十七話 01 肉体改造訓練
王都クロイセフォンの冒険者組合の待合室には今朝から《陽炎の迷宮》に出立する冒険者達がちらほらと集まっていた。
「凄いっすねマルキス先輩。ついに《A級》冒険者になったらしいじゃないっすか!」
「へへっ、まあな」
マルキスと言う冒険者がパーティメンバーと立ち話をしていると、後輩の少し若いひょうきんそうな冒険者が媚びるように話しかける。
後輩冒険者の後ろには3人の冒険者がおりマルキス達を尊敬の眼差しで目を輝かせていた。
バタンッ
入口から静かに扉の開く音と共に、ロイナードがローブをたゆませながら入って来た。
「あっ、ロイナードさんだ。組合に顔を出すなんて珍しい」
「えっ? あれがこの王都に居る5人の《S級》冒険者の1人のロイナード様⁉」
ロイナードの姿を見て待合室の冒険者達の空気が変わる。
「ロイナードさん久しぶりです、俺達《荒砂の猟犬》もついに《A級》冒険者に成れたんですよ!」
「ほう、君は確かマルキスくんでしたか。それはおめでとう」
冒険者でロイナードの名を知らぬ者は居ない。
この王都でも数少ない《S級》冒険者である事は勿論、後輩の育成にも精力的でこれまで数多の冒険者を導いてきた冒険者組合の重鎮である。
遠目に見る冒険者達もロイナードに敬意を示すように背筋を伸ばす。
「へへっ、この間ついに《砂足蜘蛛》を倒せたんです」
「マジっすか先輩! 流石っす!」
「いやぁ苦労したよ、何しろ《砂足蜘蛛》の装甲は魔物の中でもかなり硬いからな」
「もう1回倒せって言われても倒せるかどうか!」
「1回倒せただけでもマジ凄いっすよ」
マルキス達は自慢げに自らの功績を言いふらす。
しかし《砂足蜘蛛》を倒したのはマルキス達ではなくテルト達であり、マルキス達に《砂足蜘蛛》を倒せる実力は無い。
「ふむ……」
「あのっ……ロイナードさん?」
マルキス達の実力はロイナードも知ってはいたが人は成長するもの。
今なら倒せるようになっていても不思議は無い。そこは疑いはしなかった。
「私の知り合いに、《砂足蜘蛛》が何匹もいても倒せるように努力してる人達がいます、貴方達も見習って慢心せずに精進する事です」
「はっ、はぁ……」
マルキス達は予想と違いロイナードは表情を陰らせる。
マルキス達にとって不幸な事にロイナードはつい最近《砂足蜘蛛》の集団を倒そうとしてる者達に出会っていた。
しかも彼等は冒険者ですらない。
「やれやれ、こうも差があるとは」
年も若く冒険者でもない彼等、エナとテルト達と比べてマルキス達の志の低さにロイナードは苦い思いを感じてしまう。
いや別にマルキス達が悪い訳ではない。
多くの冒険者は《A級》にすら成れずに引退するのだ。
心の中でマルキス達への擁護をしつつロイナードは特別な人しか入れない4階のギルド長室へと向かう。
「……《砂足蜘蛛》の集団を倒せるようになるなんて、無理に決まってるよな」
「それこそ《S級》冒険者じゃなきゃねぇ……」
マルキス達はロイナードが何に失望しているか理解できず戸惑っていた。
「それってつまり、先輩達が《S級》冒険者になれるって期待されてるって事っすよ!」
「……へへっ、そっ、そうかな?」
「そうっすよきっと!」
ロイナードの想いを知らないマルキス達は再び緊張感のない会話に戻っていった。
◇◇◇
クロイセフォン市内の往来の雑踏をクーベルがだらしなく歩いていた。
「テルトの奴、本気で《陽炎の迷宮》に行くつもりらしい」
最初クーベルはテルトを殺そうと思って付け回していた。
しかし何だかんだ一緒に居るうちにそんな気はとうに失せていた。
「俺は何をすりゃ良いんだ。ベイガスの兄貴」
目的を見失ったクーベルは心の中でベイガスに問いかける。
ベイガスが生きていれば今頃は商人になる準備でもしていたんだろうか。
だがベイガス亡き今、クーベルに商人になる方法も独り立ちする術もなかった。
宙ぶらりんなクーベルと違いテルトは今《陽炎の迷宮》に向かうため必死で行動している。
その様を見て自分の今後に思い悩む。
心の中にベイガスが現れクーベルに何かを語りかけるように口が動かす。
「一緒に行くべきだってのか?」
言葉は聞こえ無かった。
そう言った様に感じたのは、それがクーベルが言って欲しい台詞だったからだ。
クーベルはいつの間にかテルトの事を気に入っていた。いつも言い争いばかりしているのに奇妙な事に。
「だがよぉ、俺のこの右手で何が出来るってんだ」
右手を見つめ考える。
《陽炎の迷宮》に行けばこの間の魔物とも戦わなきゃならない。
しかしクーベルにはテルトの様な強力なスキルもない。
それどころか右手が殆ど使えないのだ。
ドンッ スサッ……
クーベルは正面から来た40歳前後の女性と肩がぶつかる。
人混みの中ではよくある事なので2人はお互い謝罪もなく通り過ぎる。
ポンッ、ジャラジャラ……
「へへっ、俺の腕も鈍っちゃいねぇな。左腕一本でも十分よ」
しばらくしてクーベルは左手に握られた財布をお手玉する。先程の女性から抜き去った財布だ。
確かにクーベルは右手は使えないがまだ左手が残っている。
「……」
クーベルは少し考え踵を返し逆方向へと歩き出す。
やがて先程の女性の背中を見つけると速度を上げて距離を詰める。
「ちょっと奥さん、財布落としてたぜ」
「えっ? ……あらやだ本当!」
クーベルは肩を叩き、振り返った女性に盗んだ財布を差し出す。
「気を付けなよ」
「親切にありがとう」
クーベルは後ろに歩きながら右手を上げて女性の前から立ち去った。
金が欲しくない訳じゃなかった。
でも、もしテルト達と《陽炎の迷宮》に行くなら泥棒家業とはおさらばしなければならない。
「まっ、やれるだけやってみっか」
《陽炎の迷宮》に行く事が危険なのは承知の上。
バダットに殺されかけた時にテルト達が来なければどうせ死んでいた命だ。
クーベルの心は決まりかけていた。
◇◇◇
俺ことテルト・リバースとエナはゴルトン雑貨店近くの空き倉庫に来ていた。
最近はすっかりここが俺達の根城になっている。
お金にはまだ余裕があるので俺達《陽炎の迷宮》に行くための戦いの準備のため特訓する事にした。
「それで特訓って何をするんですか?」
「スキルにはスキルレベルってのがあって、使い込んだりするとレベルが上って効果が強くなったりするらしい」
「はい」
エナに俺は軽く準備運動をしながら答える。
誰に聞いてもスキルレベルの事は知らなかった。
今の話も全て仮説でしかない。
「まずエナは回復魔法のレベルをあげるのが良いと思うんだ」
「かなり深い傷を負った時に備えてですね、でもどうするんです? まさかテルトがわざとケガをするとか?」
「いやいや似たようなものだけどちょっと違う、試したいことがあるんだ」
「試したい事ですか?」
確かにわざと怪我して傷を直すのも考えたけどそれは痛いから嫌だ。
それより試したい事があった。
「《想造の粘視》!」
俺は幻影を作るスキルで自分の姿を作り出す。
そしてその幻影を動かしつつコピーを作り、連続モーション映像の立体版が出来上がった。
「はっ、やっ! とうっ!」
俺は幻影を半透明にしてその上をなぞるように正確に動く。
重心がイメージと違うのか所々ズレてしまう所がある。
「あのっ……テルト一体何を?」
「体を精密に動かす訓練だよ、スキルに頼り切らず基本の体裁きを身に付けるんだ」
「……なるほど?」
《想造の粘視》は、SPの消費量を増やせばエナにも見えるように作れるけど、節約してる為エナには奇妙に見えてるはずだ。
けれど俺は気にせずに続けた。
どんなにスキルを覚えてもそれを使いこなすのは俺自身の肉体だ。
スキルに頼らない基本の体作りの必要性を感じていたんだ。
それと人間には体性感覚と言って皮膚の下にも神経があり、手や足が今どこにあるのかを感じている。
それを正確にイメージ通りに動かす練習も必要だと感じていた。
筋肉だけ鍛えてもそれは力の強さであって技の強さに繋がらない。
「そして終わったら食事を取る、鶏肉がいい。はむっ、もぐもぐもぐ」
「ご飯食べたばかりなのに?」
俺は事前に買い置きしていた冷めた鶏肉を頬張る。そして水で流し込むんだ。
本当は牛乳とプロテインが欲しかったけどこの世界の牛乳は結構高いんだ。
もちろん牛じゃなくて牛的な何かの家畜の乳だろうけど。
「さあエナ、俺を回復してくれ」
「えっ? でもテルトどこも怪我して無いじゃないですか?」
「いや、人間は激しく動くと筋肉が壊れるんだ。そしてそれを回復すると以前より筋力が強くなる、超回復って奴だ」
タンパク質の摂取を終えた俺はエナに回復魔法を頼む、これが狙いだった。
もし俺の仮説が正しければ通常の何倍もの効率で筋力アップできる筈だ!
「よく分からないけどやってみますね、《治癒の水疱》」
エナが俺に腕に手をかざすと回復魔法を使う、胸、背中、太ももから足へ、全身くまなく術をかけてくれた。
なんか気恥ずかしいけどこれも肉体改造の為だ! うん!
「……よし、かなり疲れが取れた」
「これで良いんでしょうか?」
「そう、後はこれを繰り返す!」
俺とエナはこれを1日に10回ほど繰り返した。
◇◇◇
そして3日後。
「ふんっ! どうだ、この肉体美!」
1回目ではそれほど効果は感じられなかったけど、3日ほど続けた結果俺の体はムキムキになっていた。
俺はナルシズムに浸ってエナにボディービルダーの様に体をくねらせ肉体を見せつける。
うーっ、マッスル!
「テルト……何だか気持ち悪いです」
「気持ち悪ーい!」
「うぐっ、この筋肉の良さが分からないとは……」
エナとシャロンには不評だったようだ。
短期間で鍛えた為筋肉が不自然に付いたのも原因かな。
「あっ所でエナ、回復魔法のレベルは上がった?」
「どうなんでしょう、自分ではよくわかりません」
「そっか、回数が足りないのか、レベルが上がるのに別の要因が必要なのか」
俺も訓練しながらスキルを使っていたけど、スキルレベルが上がった実感は無かった。
やり方が違うのかな?
まあもう少し続けてみるか。




