十一話 03 魔神人形戦
マリエールはエナの住む丘の中腹にある館へ向かっている。
彼女はテルトに『もうお嬢様の呪いの事は諦めて下さい』そう言ってしまった事を後悔していた。
その言葉を発した直後、テルトは失望とも軽蔑とも取れる顔で目を反らした。
当然だ。
それはマリエールが、エナが一生呪いに苦しみ孤独でいる事を肯定してしまったに等しい。
「ハァ……ハァ……」
この坂を登ったのは数年前、エナの母親のメラニーが亡くなった時以来だ。
家の店を継ぐためエナの側に最後まで付いていられなかった。
「ふぅ……」
長い坂道にマリエールが一息ついた。
「エナお嬢様……」
ジャラ……
メラニーは懐にある金貨10枚を握りしめる。
マリエールはこのお金でエナを王都に連れて行く決心をした。
王都には聖教の本山があり、そこの聖司祭様ならエナの呪いを解呪できるかもしれない。
旅の間はエナに男が近寄れなくても困らない様にメラニーが付き添えばいい。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…………
「後少し」
もっと早くそうするべきだったのかも知れない。
ドッ‼
「……何かしら?」
エナの館の方から何かが激しくぶつかる音がした。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…………
「何……あれは……」
マリエールがエナの館まであと100メートル程の距離、坂道の終わりに差し掛かるとそこには異様な光景が繰り広げられていた────
◇◇◇
俺は《魔神人形》と対峙しながら素早くスキルをチェックした。
【《呀甲拳》】
タイプ肉体強化、消費SP3、効果時間1分
両手の拳を、岩と同程度に固くする事が出来る。
SP5消費が可能で、鉄並みの硬さになる。
【閉じる】
《呀甲拳》には聞き覚えがある。
ガレオロス盗賊団のベイガスが使っていたスキルだ。
現在『SP26/32』、昨日レベル20になり最大値が上昇してる。
さっき《疫病抗体》で6ポイント消費していたけど、戦いには十分だ。
「シャロンは下がってて!」
「うん!」
俺はシャロンを下がらせる。
《魔神人形》の質量は100キログラムは越えているだろう。
シャロンは人モードでも体重は20キログラム程のままだ。
それに戦闘向きじゃないからとても戦力にはならない。
「もう少し強く叩けば壊れるかしら?」
ズドッ……ズドッ……
リベットが操る《魔神人形》が迫ってくる。
俺は早速スキルを試してみる事にした。
(《跳鼬の飛脚》!)
「《呀甲拳》‼」
タンッ‼ バシィッ! ズシャ‼ ズザザザァーッ!
スキルで飛び込み右の拳を《魔神人形》の右腕に打ち込むと、腕の表皮が砕け散った!
《呀甲拳》を使うと拳と指の感覚がやや麻痺した感じになって手を開くのが難しくなる。これは欠点かもしれない。
俺はそのまま後方に滑りながら体を捻り《魔神人形》に向き直る。
魔神の右腕は黒紫の土がはげて木製の人形骨格が肌を晒していた。
「テルト凄い!」
「あらあら、腕が壊れちゃった?」
シャラシャラシャラシャラ…………
「なっ!?」
ところが壊れたと思った《魔神人形》の右腕に胴体から黒紫の土が流動して塞いだ。
そして足元から先程崩れた土を吸収して完全に元通りに戻る。
「でもこんな事もできちゃうみたい。どう? お兄さん」
「そんな……!」
こんなのどうやって倒せと!?
「目障りなのよ!」
ズドッ……ビュン! ハシッ!
《魔神人形》は素早く踏み込み右腕を振り下ろす。
それを俺は拳で弾く。
さっきと違って今度は既に早さを知っていたから反応出来た。
「エナお姉ちゃんは、私だけのお人形なの!」
ブビュン! タンッ!
続けて左腕の2撃目をジャンプで回避。
目が大分慣れたな。
「勝手に持って行くなんて許さない!」
(《砂塵の掴手》!)
ザッ……シュン! シャッ!
横に薙ぎ払う右腕の3撃目は際どい。
勿体ないけどスキルを使用して地に伏せてかわした。
「勝手な事を! エナはお前の人形なんかじゃ無い!」
「誰がそんな事決めたのよ!」
ザッ……シャン! タッ!
伏せる俺に向けて左腕の4撃目を打ち下ろす。
俺はそれを右に立ち上がりながら避けてかわす。
無茶な体勢の連続なので大腿筋に乳酸が貯まる。
そろそろ反撃だ!
「それは!」
(《呀甲拳》‼)
パシィー‼ ズシャ‼
体勢を戻そうと腰を上げる《魔神人形》の左腕に、俺はスキルを出し惜しみせず打ち込む!
腕周りの砂が崩れ飛んだ!
「こっちのセリフだろうが‼」
一瞬スキができて胴体ががら空きだ。
俺は《核呪》があるはずの場所目掛けて右の拳を打ち込む!
ズッシャアァァン‼
《魔神人形》の胸の黒紫の土が剥がれ《核呪》がむき出しになる!
見えた! これだ、これさえ壊せば!
「終わりだ!」
シュッ、ガシッ!
「‼」
それはあまりにも早かった。
トドメの一発を打ち込もうとした俺の体を《魔神人形》が抱きしめる様に抱え込む!
しまった!
「つーかまーえた♪」
「がはっ‼」
「テルト!」
《魔神人形》が両腕で俺を締め上げる。
なんだこのパワーは!
《衝撃耐性》の効果で若干軽減されてるけど、とても逃げ出せそうない。
「《跳鼬の飛脚》!」
ガシッ! ガシッ!
「うふふ、無駄よお兄さん。死ぬまで離してあーげないっ!」
「そんな!」
俺は唯一の筋力増加スキルを使い脱出を試みたけど《魔神人形》は腕だけは緩めない。
これはヤバい、脱出は不可能だ!
「お兄さん知ってる? エナお姉ちゃんってね、この町から出たことが無いの」
ミシッミシッ…………!
「がっ……!」
《魔神人形》の両腕が万力のようにじわじわと締め付ける。内蔵が飛び出そう!
「私がエナお姉ちゃんに《魍魎の疫災》の呪いを掛けて、誰とも会わないように、私だけが会えるようにしたの」
「リベット……」
ガシッ! ガシッ!
「ぐっ……!」
俺は苦しさのあまりもう一度《魔神人形》を蹴ろうとしたけど、締め付けが強く上手く蹴れない。
「エナお姉ちゃんはね、自分から積極的に人と関わろうとしない、自分の意思で動けない、自分の力じゃ何もできない」
ミシッミシッ…………!
「はっ……!」
くそっ……うるさいな、イライラする!
「私の最高のお人形なの。だからお兄さんなんかに絶対渡さないわ」
「……ははっ……」
リベットの奴さっきから何言ってんだか。見当外れなんだよ。
俺は思わず苦しみながらも無理やり煽る様に笑う。
「……何がおかしいのかしら?」
《魔神人形》の腕が俺が喋れる程度に微かに緩む。
抜け出す事は出来ないけど、どうやらリベットは俺に喋らせてくれる様だ。
「エナがこの町から出た事が無い? 残念だけどあるんだよ」
「嘘よ。エナお姉ちゃんにそんな事出来るわけがないわ」
「……!?」
ずっと一緒にいるのにエナの事全然分かってない。
「自分から積極的に人と関わろうとしない? いいやエナは俺に会いに来てくれた」
「お兄さん何を言っているの?」
「自分の意思で動けない? いいやエナは俺を助けようとしてくれた」
「……テルト!?」
「自分の力じゃ何もできない? いいやエナは俺を救ってくれた」
「さっきからなんの話よ!」
なんでだろう言葉が止まらなかった。言わずには居られなかった。
《魔神人形》の腕が再び俺の強烈に締め付ける。
どうやらリベットは俺に喋らせた事を後悔してくれた様だ。嬉しいね。
ミシッミシッ…………!
「ぐっ……だからエナは、お前の人形じゃ……ない!」
「……ふぅん、そう。でも、もうどうでもいいわ。お父様がエナを殺す為に暗殺者を雇っちゃったし」
「なっ!?」
「私も言う事を聞かないお人形さんは要らないの。新しいお人形を探すわ」
エナに暗殺者だって⁉
ゾワゾワゾワゾワッ…………!
「ぐわっ!」
俺の首筋を赤黒いアザがうごめく。
嘘だろ!
「あら? そのアザは《魍魎の疫災》の疫病よね? そっか解呪の為にこの人形に呪いを移したのね?」
「ぐぅ……」
「そんな!」
この状況でこれは絶望的だ。
俺の持つスキルではこの状況を打開できない。
エナもあの呪陣から動く事はできない。
シャロンもダメだろう。
「いい事思い付いちゃった。お兄さんを絞め殺すのは止めて、この呪いでもがき苦しみながら死んで貰う事にしましょ。ね? その方が楽しそうでしょエナお姉ちゃん」
「止めなさい! リベット!」
「かはっ……げほっ!」
俺は喉からタンを吐き出すと口の中に鉄の味がにじむ。
タンじゃなくて血じゃんか。
「あははっ、お兄さんの体は後でお人形の材料にでもしてあげる!」
赤黒いアザが俺の顔や手を侵食していく。
服で見えないけど全身が既に蝕まれている。
もう……駄目なのか? 諦められない、諦めたくない──!
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