六話 03 ベイガス戦
伯爵邸の宝物庫で俺はベイガスと少し距離を置いて対峙し直した。
クーベルは《壊疽の毒》が回らないように腕を強く押さえるのに必死で身動き出来ない。
シャロンは事前の打ち合わせ通りに騒ぎを聞き付けて誰か来ないか外の気配を探ってくれている。
「《呀甲拳》!」
タンッ! バシッ!
今度はベイガスが仕掛けて来た。突進からの右ストレート。何かのスキルを使ったみたいだ。
俺もベイガスも脚力強化スキルを使っているから、見て、反応して、かわし切るのは難しい。攻撃優位だ。
「ぐっ!」
俺はわずかに左に体をそらし右腕の甲で受け流すようにガードしたけどベイガスの腕と擦れ、質量の軽い俺の体が弾かれた。
スキルがあっても物理の法則は変わらない。
バギンッ! ……キュッ
「ふぉっ!」
大きな音が右後方から聞こえたのでチラリと見ると、ベイガスの拳が太い柱に当たって体を弾いていた。
おいおい今の速度なら拳が砕けていてもおかしくないだろ!
おそらく強化スキルだ、まともに食らっていたら大変な事になってた。
ベイガスは反動を利用し右回りに反転、床を蹴り俺の方に詰め寄る!
前言撤回! このベイガスって男強い!
バシッン!
「痛っ──!!」
タッ タッ!
ベイガスの蹴りが俺の脇腹にめり込んで2歩ほど弾かれた。勿論痛い。
俺の持つ《衝撃耐性》もベイガスとの《レベル補正》も背中や後頭部なんかは強く、顔面や腹とかの正面は弱い。
要するに骨のある場所が硬いって事だ。
だから防御は腕の甲側で行い攻撃は今のベイガスの様に腹などを狙う。
「ふんっ!」
タッ
ベイガスはよろけて屈み気味の俺に後ろから追撃の横蹴りをして来た。
来た! 想定したパターンの1つだ!
(《砂塵の掴手》!)
「はっ」
俺は地面に手を付きスキルで掴み引き伏せる。
《砂塵の掴手》を使った回避方法。
カーミラから教わった壁を登ったりする以外の使い方だ。
「……何っ!?」
ブンッ!
ベイガスは想定外の動きに反応し切れずに蹴りは空振りバランスを失う。
タンッ! ……グルン、キュルッ!
俺は地面を蹴って勢いよく前転し距離を取ってベイガスに向き直る。
タンッ!
相手に攻撃の組み立てを考えさせるのは得策じゃない。
体勢を取り戻しつつあるベイガスの顔をめがけて俺は右の拳を突き出す。
その瞬間ベイガスの目が異様に鋭く光った。
何かの視覚強化スキルか!?
ハシッ!
ベイガスに俺の右腕を掴まれて体ごと左先に引き付ける様にいなされる。
ズルッ!
ベイガスは今度は逆に掴んだ手を引き寄せて俺は揺さぶられバランスを崩す。
しまった!
「うわっ!」
一番恐れていた事だった。
腕力差やレベル差を含めた『力差』がある。捕まったら俺に勝ち目はない! 寝技は苦手なんだ!
「くそっ!」
何とか転ぶのを踏み留まり俺はひねられた調子で掴まれた右手でベイガスの腕を掴み返した。
仕方ない奥の手だ!
「《雷震の把手》!」
バチンッ!
「ぐわっ!」
「痛ったっ!」
俺の手の平から強い雷撃が奔る。
俺とベイガスはお互いに悲鳴を上げて手を放して離れた。
「お前!?」
ベイガスは俺の悲鳴と苦悶の表情に二重に驚く。
そう、俺も雷撃を食らっていた。
今回のミッションの報酬スキル《雷震の把手》は手の平全体から雷撃を放てるけどコントロールが難しくて自分も食らってしまう欠陥スキルだった。
「なんて奴だよ、お前は……」
「どうも」
「褒めてない呆れてるんだよ」
皮肉なのは分かってるよ。
でも普通じゃないのは俺にとって褒め言葉だ。
これで少しは掴まれるリスクは減ったかな?
「何なんだよ、コイツ!」
「テルトいいぞー!」
クーベルの驚きの声が邪魔だ外野は静かにしててくれ。
もちろんシャロンはそのまま応援してて良いぞ!
「……仕方ない、殺るか」
「兄貴!」
ベイガスは腰から短刀を抜いた。
今まで使っていなかったのが不思議なくらいだ。殺気が生まれる。
クーベルが意外そうな声を上げた。
ベイガスの体技は見事で長期戦になれば勝ち目がない。
刺される覚悟、痛みで怯まない覚悟をした。
興奮で脳内麻薬を出す!
一瞬だ、次で決める!
「ハァ!!」
ダンッ!
ベイガスが短刀を両手に持ち床を蹴り迫ってくる。
そう、それが一番強い。
二刀流とか片手剣が強いのはゲームの世界だけで、現実では両手を使った全力の『力振』が勝る。
プロの格闘家でも刃物を持った一般人からは逃げるって言われているんだ。
それだけ武器は強い。
けれど俺はカーミラの作った幻影相手に何度もナイフ対策を練習してきた。
全ては予測、イメージが勝負を決める!
俺は両手を下から前方に上げやや体を右にそらし、左手の手の平を外側に捻り、正面から向かってくるベイガスの左手甲に擦り付ける。
(《砂塵の掴手》!)
ハシッ!
おれは柔道を習っていた。
柔道の欠点の1つは袖が無い相手を掴めない事で、ベイガスの服には袖が無い。
だけど俺の《砂塵の掴手》は例え砂だろうと掴む事が出来る!
キュルッ
俺はベイガスの左手甲を『掴ん』で左横に押すと逆に軽い俺の方が右に僅かに動く。
右手を伸ばしてベイガスの襟を掴み、体を左回転させ、ベイガスの腹を俺の腰に乗せ、そのまま足を伸ばし、腕を前にベイガスの体ごと振り落とす!
《背負い投げ》俺の様に体格が小さく力が無くてもタイミング次第で威力の出せる技だ。
ドガッシャーーンッ!!
「ぐあっ!!」
「兄貴!」
ベイガスの体がガラスケースの上に落ちて破壊する。
ヤバい! 背負い投げは落下場所によっては人を殺す事もできる。
俺に出来るかは試した事が無いけどさ!
「ぐっ、くそっ!」
良かった生きてる。
レベル差が10もあると《レベル補正》で攻撃が通らなくなる。
でも俺の様な《魔闘士》にはそれを突破する術がある。
カーミラから教わった《ガードブレイク》だ。
直接手で触れて魔撃を叩き込む事で一時的に《付与状態》を破壊できる。
こんな風にね!
「《劈く雷迅》!」
バチンッ! バチンッ!
「ぐわっ!」
俺は電撃を《ガードブレイク》済みのベイガスの右足と左足に放つ。
これで当分動けないな。
後は伯爵邸の前で大声でも出して人をここに誘導しよう。
「兄貴!」
忘れてた、もう1人いたな。
俺は腕を抱えてるクーベルとかいうバンタナの男に近付く。
「くそっ、殺してやる!」
「テルト! 誰か来るよ! 凄く早いよ!」
「何っ!」
見張りをしていたシャロンが報告してきた。
「盗賊団がもう来たのか? 予定時刻より早いぞ!」
「計画変更でしょうか、気付く事ができて幸いです。急ぎましょう」
会話が聞こえる近い!
「急いでテルト! 見つかっちゃうよ!」
「わかった行こう!」
一瞬迷ったけど会話の内容から駆け寄って来てるのは騎士のアレクレス達だ。
万一見つかったら俺も盗賊団の仲間として捕らえられる。なんて事もありえる。
いやあいつなら本当にありえる!
俺は目を戻すとクーベルも青ざめた顔をしている。
手の毒もあるし……まあ逃げられないか。
タンッ……タンッ!
俺とシャロンはその場を立ち去った。
◇◇◇
「明かりをつけろ」
「はい」
宝物庫に駆け付けたアレクレスの命令に遅れて来たビシターが壁のガラスの文様に触れて応える。
光が壁を伝って天井の中央の魔光灯にゆっくりと伸び到達すると光を広げ部屋全体を照らした。
そこには争った形跡と壊れたガラスケースの上に倒れ無言でアレクレスを見つめるベイガスが居た。
「貴様がガレオロス盗賊団の賊か?」
「……」
カツカツと近付くアレクレスにベイガスは答えない。
ビシターが《天羅の星華》のガラスケースに近付く。
「アレクレス様、ケースに毒が塗られています」
「なるほど、夜目が利かず毒に触れたか」
ビシターはベイガスは視覚強化スキルを持っている事を知っていた。
夜でも毒を見逃すはずがない。
「……レベル26か、雑魚だな。1人で忍び込んだのか?」
「いえ、仲間が2人程はいたはずです。声は良く聞こえませんでしたが」
ズシャッ!
「ぐあっ!」
アレクレスがベイガスの喉に剣を突き刺す。
ピクリとした後ベイガスは絶命した。
「アレクレス様、良いのですか? 仲間の口を割らせなくて」
「そんな事はどうでもいい」
ヒュン……! カシュ
アレクレスは軽く剣を振り血を払い落とし鞘に戻す。
ビシターは安堵の表情を浮かべる。
ベイガスの口からビシターの名が漏れ出る事は無くなったからだ。
「賊が侵入し、それに気付いた俺が切り倒した」
「はい」
「これで多少は昇進の足しになる。この俺を夜更けまで待たせたのだ、それくらいの介がなくてはな」
魔光灯の光がゆらゆらと闇に揺れる────
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