嵐の前の静けさ
「……っ……姫様っ」
「……ぅ……ん?」
いつの間にか私は眠っていたらしい。
従者であるアラン・ジラルドが困ったような顔で私を見つめる。
「姫様、困りますよ。後少しで目的地に着くのですから」
「……すまない」
「いえ、ここまで馬車で一ヶ月。長旅だったのですから仕方がない事ではありますから。そんなに咎めるつもりはありません」
私は空を眺める。
どうやらこの国は空が青いらしい。
私の暮らしてる所では空はいつも灰色だったから新鮮に見える。と言っても、私はこの空を見るのは初めてではなくこれで2度目となる。
「それにしても随分と楽しそうな寝顔を浮かべてらっしゃいましたが、なにか良い夢でも見ていたのですか?」
「楽しそうな顔をしていた……。そうか」
ならあの記憶を夢に見ていたんだろう?
1人の少年と過ごしたあの暗い場所での事を……。
「……あの少年は元気にしているだろうか?」
今回の事で私は彼と完全に離れる事になると思う。
私は馬車に揺られながらあの鎖に繋がれていた少年の事を思い出す。
不思議な子供だった。漆黒の短い髪を持ち紫の瞳には憎悪の念を写し込んでいた。最初に見た私は恐怖心に駆られたのを10年経った今でも覚えている。
だが私は少年に勇気を振り絞って話し掛けた。
少年は不器用ながらも私と話をしてくれた。いつしか私達は敵国の人間なのに心を交わしていった。だけどそんな日々がずっと続くはずもなく、別れが訪れた。
別れる前日に彼は私と1つの約束をした。
その約束はまだ幼かったから簡単に出来る口約束のようなものだった。あれから10年経った今になって思う。その約束は永遠に叶わないと。
「……今回の作戦で戦況は大きく変わります。それが成功すれば姫様のお立場もより盤石なものとなることでしょう」
私はアランの言葉に顔を伏せる。
アランは私が少年と出会って直ぐに帰国した時に私の従者になった男だ。親衛隊の隊長、ステイン・ジラルドの息子で幼い頃から魔銃や魔剣などといった我が国の武器の扱いに長けている。
そして今彼が言った作戦というのは少年が暮らしている国に潜り込み、武力で持って制圧しようというものだ。
「これで姫様の御父上の悲願を達成できるのですね……」
嬉しそうに言うアランとは対象的に私の気分はどんどん暗くなっていく。御父上が言うように、今ここにいる国の人々がそんなに悪い人間だとは思えない。特にあの鎖で繋がれていた少年は……。
今回の事で望む事があるとすれば、その少年がこの戦いで命を落とさないように願う事だけ。もし彼に出会ったら私はどうするんだろうか?
そんな事を考えていたら馬車が止まる。
「姫様……着きましたよ」
感極まったような態度でアランが告げる。
あぁ、ついに着いてしまった。
私は外套を羽織って顔が見えないように深く被る。
「ここがラルザルク……」
目の前に広がる光景に息を呑む。
遠くからでも分かるほどに大きな都市で大きな音がこちらまで響いてくる。どうやら相当栄えているらしい。私の国とは大違いだ。
「では行きましょうか……。フレイ様っ!!」
そう告げて先を歩くアランの後を私は付いていく。そして心の中でこう願うのだ。
――どうかルーク……。貴方と鉢合わせしませんように、と。
今のラルザルク国には風1つ吹かない。聞こえるのは都市から聞こえる音だけ。それ以外はなにも聞こえない。表現は違うかもしれないが、嵐の前の静けさとはこんな感じなのかもな。私は足を一歩一歩踏み出す。ザズ帝国の宿敵国の首都、ラルザルクに向けて。




