陰惨 ~ジャック・ドラグナ~
イタリア系マフィアにはちょっと独自の空気がある。
自分にとって兄弟同然の人間を殺しても、ケロリとしていることだ。
というか、兄弟そのものを殺してもケロリとしていることもある。
「あいつ、どこ行ったんだ? こっちにも全然連絡がないんだ」
こう言えて、一人前のマフィアなのだ。
メキシコの麻薬カルテルとかチャイニーズ・マフィアにはこの文化は希薄だ。
絶対にないわけではないが、めったにあるものではない。
ライバルや司法関係に四肢切断をふくめためちゃくちゃな殺しを食らわせるのと、子どものころから兄弟同然に育った男を殺すのは、とんでもない差がある。
ところが、マフィアで誰かを殺すことになると、その親友に殺せと命令が下る。
それなら間違いなく油断するからだ。
これがちょくちょくある。
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ここにジャック・ドラグナとフランク・ボルジアというふたりの人物がいる。
ふたりは親友であり、どちらも1922年に結婚し、お互いの保証人になるほどの仲だ。
のちにドラグナはロサンゼルス・ファミリーのボスになり、ボルジアはドラグナに殺される。
ボルジアがドラグナを警察に売ったとか、裏切ってライバルについたからとかではない。
25,000ドルの恐喝に応じなかったから殺したのだ。
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禁酒法時代、もちろんロサンゼルスにも大儲けのチャンスがやってきた。
以前取り上げたデイヴィス市警本部長の厳重な管理のもと、ロサンゼルスのギャングたちもしっかりと儲けていた。
当時のマフィアのボスはジョセフ・アルディゾーネ。
ドラグナとボルジアはその下にいた。
ただ、ドラグナはマフィアの正規メンバーだけど、ボルジアはあくまでそこに属さなかった。
ボルジアはいわゆるシュガーマンだった。
酒そのものではなく、酒の材料を売る。
おもにコーンシュガーと呼ばれる糖蜜だが、これはかなり儲かる仕事だった。
実際、禁酒法時代のクリーヴランドでは、このコーンシュガー利権をめぐって、かなりひどい抗争が起きている。
ドラグナはマフィアのなかで密造酒を扱い、ボルジアはコーンシュガーを扱い、どちらも儲けて、若手として頭角をあらわしてくる。
すると、ボスが目の上のたんこぶになる。
1931年、アルディゾーネが失踪した。
この少し前、アルディゾーネは車で移動中に銃撃され、同乗者が死亡、自身も怪我を負っている。
それで、これ以上は無理だし、もう十分稼いだ、ということで、裏世界にボスの座を引退することを宣言した。
それでも失踪した。
警察が疑ったのは、この後にボスになったドラグナと、それにボルジアだった。
アルディゾーネが失踪するとき、ちょっと知り合いと会ってくると言って出かけたのだが、その知り合いがボルジアだった。
結局、物証はおろかアルディゾーネの死体すら見つからず、ふたりは不起訴になった。
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1933年、禁酒法が終わった。
マフィアたちも新しい稼ぎにシフトしていく一方で、ボルジアは合法のワイン製造業者に転身した。
1951年、ボルジアは手持ちのワイナリーを売った。12万5千ドルになった。
ところが、ロサンゼルス・ファミリーのメンバーであるガスパレ・マトランガが2万5千ドルを払えと脅してきた。
ボルジアからすれば、バカげていた。
こんなチンピラが何言ってやがる。おれはお前のボスと『おれ、お前』の仲だぞ。
ボルジアはドラグナに相談した。
お前のところの子分がおれから金をゆすり取ろうとしている、と。
そこで、ドラグナは、
「なんてこった。ガスパレの野郎。わかった。ちょっとトニーと話してみよう」
と、言った。
トニーとは、ロサンゼルス・ファミリーの古参幹部トニー・ミラビレのことで、前ボスの時代からドラグナとボルジアとは親しい仲である。
「トニーが言うなら、間違いはないな」
ボルジアはトニー・ミラビレの家に行き、そして、失踪した。
2万5千ドル恐喝の黒幕はドラグナだったのだ。
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2万5千ドルは当時の価値としては、平均的な一戸建てをふたつ建ててお釣りが来るくらいで、そのお釣りでシボレーの最新モデルが買えた。
大金ではあるが、三十年来の友情を犠牲にするだけの価値はあるか?
ドラグナもボルジアも五十過ぎである。
理由は推測ではあるが、金以外にもある。
はやい話が、気安過ぎた。
ファミリーに属さず、ボスに直接ものを言える人間はファミリーにとって都合が悪い。
それに前ボスのアルディゾーネ失踪にボルジアが絡んでいるとすれば、ドラグナ自身の権力の正当性にとって、厄介なことをいろいろ知っている。
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ボルジアは失踪扱いだが、これは殺人で捜査されないためである。
もちろん、警察も馬鹿ではないので、他殺の線でも調べるが、死体が見つかるよりはまだ調べ方が大人しい。
ただ、ボスには捜査とか縄張りとかファミリーの立場とかと同時に家庭生活がある。
ここからが陰惨なところだ。
つまり、三十年来の付き合いのある親友で、しかもお互いの結婚のときの保証人ともなれば、家族ぐるみの付き合いだ。
死体が見つかったら、いろいろ厄介だけど、失踪なら善意の第三者を装って、自分の妻とボルジアの妻にこう言える。
「フランクのやつ、どこに行ったんだろう?」
「心配だな」
「何かに巻き込まれたんじゃなきゃいいんだけど」
「なあ、お前。これはポーリーンには内緒だが、実はフランクのやつ、ちょっと女に入れ込み過ぎてな、もしかしたら、その女と逃げたのかもしれん。ポーリーンには絶対に言うんじゃないぞ」
自分が殺した親友の妻が涙を流して悲しんでいるのに「大丈夫さ。きっと戻ってくる」と優しく言えるとしたら、もう生粋のサイコパスだ。
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ボルジアは親友のトニー・ミラビレの家に招かれ、そこで絞殺された。
なぜ、そんなことがわかったのかというと、綱引きの要領でふたりがかりで絞殺したわけだが、その片方を引っぱっていたジミー・フラティアノが当局に寝返ってしゃべったのだ。
説得も最後の通告もなし。
いきなり首にロープを巻きつけて、ひっぱった。
フラティアノが言うには、この手の絞殺は時間がかかる。たっぷり五分以上。
そのあいだ、ボスの三十年来の親友はゲーゲー呻いて苦しんで、おまけに括約筋が緩む。
「この野郎、ションベンもらしやがった。カーペットを換えたばかりなのに!」
「まだ、マシだ。これからクソももらすぞ」
ボルジアの死体はその後、どこかに運ばれて埋められたが、それには立ち会っていないので、フラティアノはどこに死体があるのかは知らなかった。
結局、見つかっていない。
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三十年来の親友を、共通の親友で安心させて呼び出して、大小の便を垂れ流す方法で苦しめて殺して、遺族には死体を残さない。
全ては2万5千ドルのために。
陰惨ポイントが針を振り切っている。
おまけがあるのだが、このフラティアノという殺し屋、似た手口で、さらにふたり殺したことを白状している。
ひとりはユダヤ系ギャングの手下。ひとりはタホ湖出身の一匹狼のギャンブラー。
これにワイン製造業者のボルジアを加えたこの三人には共通点がない。
ただ手口がえぐいくらい似通っている。
安心させておびき出す。
屋内でふたりがかりで絞殺する。
死体は見つからない。
当時のロサンゼルス・ファミリーはトラブルの種をこのルーチン・ワークで処理していたのだろう。
銃で一発で即死させ、葬式で棺の蓋が開けて遺族が最後のお別れをできるように顔を狙って撃たない。
そういう配慮よりも、見つからないためのマニュアル作業のほうが、ドラグナには大事だったようだ。




