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第四話


「暖かい日でよかった。風邪は引かずに済みそうだね」

 穏やかにそう言って、エドガルドが絞ったリクトの服を拾ってきた木の枝を組んだものに引っ掛けた。リクトは上半身が剥き出しの状態で、頭をタオルでがしがしと乱暴に拭いている。

 エドガルドもアナスタシアも、リクト本人も、特に何も思っていないようだが、男性の、ましてや想い人の身体など見慣れていないセレスティナは、とても落ち着いていられず、非常に居心地悪く感じていた。できるだけリクトの方を見ないように気を付けているのだが、そうすればするほど、逆に意識が向いてしまうのだ。

 ちらりと目に入ってしまったリクトの身体は、『勇者』に相応しいしなやかな筋肉に覆われていて、そして、無数の傷跡が残されていた。別にいけないことをしたわけではないのに、何故か無性に恥ずかしくなり、頬が僅かに熱を帯びる。

 セレスティナは普段通りの言動を心掛けつつ、内心、自分がリクトを意識し過ぎていることを皆に知られやしないかと、ひやひやしていた。

「あーあ。乾くまで帰れねぇな」

 頭を拭き終えたリクトがぼやく。

「とてもいい天気ですもの、すぐ乾きますわ」

 セレスティナはわざと手で庇を作って空を見上げた。こうすればリクトを見ずに済む。

 実際、セレスティナの言う通り、空には雲一つなく、日の光が高い位置から降り注いでいる。

「まぁいいじゃない。すぐ帰らなきゃいけないってわけでもないんだし、ちょうど報告したいこともあったし」

「誰のせいだと思ってんだ」

「まぁまぁ」

 どうどうとエドガルドが両手でリクトを宥めてくれている内に、セレスティナはアナスタシアに続きを催促した。

「お姉さま、報告ってなんですの?」

「あのね」とアナスタシアが立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。「私、結婚することにしたの」

 突然の発表に、セレスティナは瞠目した。

 アナスタシアとリクトの結婚の噂はずっと聞いていたし、今日だってずっと二人の仲の良さを見せつけられてきたけれど、でも、こんな急に聞かされるなんて。まだ、自分の気持ちを捨て去ることも、幸せな話を聞く心の準備も、できていないというのに。

 いけない、早くお祝いの言葉を述べなければ。そう思えば思うほど、喉が貼り付いてしまったように動かない。

 たった一言、おめでとうございます、とだけ、言えばいいだけなのに──


「いつ決まったんだ?」

 え?

 リクトの声に、セレスティナはぱちぱちと数度瞬きした。何故、リクトが尋ねているのだろう? 自分のことなのに、知らないのだろうか?

 リクトはアナスタシアに向かって話しかけている。アナスタシアは少しはにかんだ笑顔を浮かべて、リクトの質問に答えた。

「昨日、かな。プロポーズを受けたのは随分前なんだけどね」

「ったく、おせーんだよ。凱旋してからどんだけ経ったと思ってんだ?」

 リクトが呆れた、と言わんばかりに両手を広げると、エドガルドが苦笑しつつ口を開いた。

「だってアナスタシアは第一王女だよ? それに、僕だって一応これでも貴族だからね。お互いに想いが通じたから、ハイ結婚、ってわけにはいかないんだよ。まずは国王陛下にお許しを得て、次に宰相様を通じて各機関や国内の有力貴族たちと調整して……。他にもいろいろ」

 肩を竦めてみせたエドガルドは、それでも実に嬉しそうだ。アナスタシアと同じような笑顔を浮かべている。

「なんか難しいんだな。まぁとにかく、おめでとう、エド、アナ」

 リクトが言い、拍手を贈ると、エドガルドが大きく頷いた。

「ありがとう、リクト」

「セレス、貴女は祝ってくれないの?」

 アナスタシアの問いに、セレスティナはようやく我に返った。

「え? あ、いえ。お、おめでとう、ございま、す……?」

「え、ちょっと。何で疑問形?」

「あの、確認させていただきたいのですが、お姉さまはエドガルド様とご結婚なさるのですか?」

 どうやら自分の理解と事実が違っているらしい。それはなんとなくわかったのだが、今一歩状況を呑み込めていないセレスティナは、姉に問うた。アナスタシアが何を今さら、と言わんばかりの表情をする。

「そうよ? 他に誰がいるの?」

「お姉さまは、リクト様と恋仲なのだと思っておりました」

 セレスティナは姉とリクトを交互に見ながら答える。

「「はぁ!?」」

 アナスタシアとリクトの声が綺麗にはもった。

「何で!?」

「それは、お二人が、お互いのことをこれ以上なく理解し合っているように見えましたので」

 すかさず理由を尋ねてきたアナスタシアに、セレスティナが正直に答える。リクトも相当なショックを受けたようで、顔を引き攣らせていた。

「あり得ん。こんなジャジャ馬、エドにしか乗りこなせねぇよ」

「なんですって!? ロリコンに言われたくないわよ」

「うっせぇ、ロリコンじゃねぇし!」

「あらぁ? 誰かさんが十六になる前に意地でも帰るってずっと言ってたの誰でしたっけねぇ?」

「てめぇ、ちょっと黙れ!」

 リクトがアナスタシアを指差して叫ぶ。その表情には珍しく焦りが見えた。その慌てぶりにリクトの弱点を突いていることを確信したらしいアナスタシアが、意地の悪い笑みを浮かべる。

「あら、そんなこと言っていいの?」

「だから黙れって!」

 リクトは眉間に皺を寄せ、握った拳を震わせている。

 仲良さげにいがみ合う二人を眺めて、セレスティナは、これで恋仲でないと思えと言う方が難しいと感じていた。

「二人とも、それくらいに……」

「ふーん、リクトってば、そういうこと言うんだー」

 エドガルドの仲裁が、アナスタシアの言葉に遮られる。そして、アナスタシアは懐から紙飛行機を取り出した。

 以前、セレスティナの部屋へ飛び込んできたものと折り方がよく似ている。

 アナスタシアは、まるで世間話でもするように話を続けた。

「そういえばね、最近、ようやく平和になったじゃない? だからね、今、私、魔法でもうちょっとみんなの暮らしを便利にできないかなーって思って、手紙を紙飛行機にして相手に飛ばすって魔法を開発してるとこなんだー。

 こないだ試作機を作ってみたんだけど、どうやら上手くいったみたいなのよねー。で、コレが試作機二号」

 アナスタシアはにっこりと笑うと、三人に背を向けて思いっきり紙飛行機を飛ばした。

 紙飛行機は初めこそ真っ直ぐ飛び立ったが、風に煽られたわけでもないのに突然急旋回し、セレスティナ目掛けて飛んでくる。そしてセレスティナの周りをくるりくるりとゆっくり回りながら、足元へ着陸した。

「私宛て……?」

 セレスティナは首を傾げてアナスタシアを見たが、アナスタシアは悪戯っぽい笑みを浮かべたまま答えない。否定しないということは「是」だろうと、セレスティナは紙飛行機を拾い上げ、折り目を開いた。

 そこに並んでいたのは、羽ペンにも文字にも慣れていないことが一目でわかる、見覚えのある文字。


 この世界で、君に出会えてよかった。

 君が好きだ。その笑顔を守りたいと思う。

 だからオレは、命を懸けて、この世界を守ると決めた。

 明日、出立する。

 そして、必ず帰る。


 手紙を読み終えたセレスティナは、ニヤニヤと笑う姉を見、再度手紙に目を落とし、そして、訝し気な表情のリクトを見た。どう見ても、これはリクトの筆跡だ。自分がこの世界の文字を教えたのだから見間違いようがない。

 それが、自分に届いた──?

「あの、お姉さま、これは一体どういう……?」

 姉に尋ねようとしたセレスティナの持つ手紙の文面が見えたのか、リクトの顔が引き攣った。

「てんめぇっ! いつの間に!?」

 リクトがアナスタシアに食って掛かる。が、一瞬早くアナスタシアは転移魔法を発動していた。

「じゃーねー♪」

 アナスタシアはセレスティナに向かって意味あり気にパチリとウィンクを残し、彼女に手を取られたエドガルドの姿と共に文字通り消え去った。

「ちょっ、おい、待て!」

 叫んだリクトの声は聞こえなかったらしい。リクトはその場にしゃがみ込んで顔を伏せた。

「ったく、アイツは……。どうしろっつーんだ……!!」


 何が起こったのか理解できず、セレスティナはしばし呆然とした。

 とりあえず辺りを見回してみる。リクトと干されたままの彼の服、そしてリクトの馬以外、いつの間にか何もない。ご丁寧にも、アナスタシアは持って来た荷物や自分たちの馬だけでなく、セレスティナの馬も一緒に転移させてしまったらしい。

 どうやって帰ればいいのかしら。

 セレスティナの頭にまず浮かんだのは、そんな疑問だった。

 そよ風が吹き、パタパタという音が聞こえてきて、そういえば手紙を持ったままだったと思い出す。

 アナスタシアの話によると、この手紙──と言うよりも独白だろう──は、リクトがセレスティナに宛てて書いたもの、ということになる。文面から察するに、魔王討伐の旅に出る前日に書いたもののようだ。

 『君が好きだ』

 その個所をそっと指でなぞる。この『君』というのが自分のことだとようやく思い当って、セレスティナの頬に熱が集まって来る。

「あ゛ー、もぉー!!」

 突然リクトの声がして、セレスティナの肩がびくりと跳ねた。リクトがガシガシと頭を掻きながら立ち上がり、セレスティナの方を向く。

 リクトに真っ直ぐに見つめられて、セレスティナは固まった。

 そういえば、今ここにはリクトとセレスティナの二人しかいない。今まで二人で過ごしたことはあっても、必ず護衛や侍女が近くにいた。だが、今は、他に誰もいない。二人きりだ。

 そう思い当たり、ますます頬が染まっていく。

 リクトはやはりほんのり赤く染まった頬を指で掻きながら「えっと、順番がいろいろ変っちゃ変なんだけど」と切り出した。

「そこに書いてある通りだよ。セレスといると癒されるし、楽しい。セレスに笑ってて欲しいから、オレは魔王を倒すって決めた。旅の間も、いつもセレスのことを想ってた。

 セレスが好きだ。旅に出る前からずっと。もちろん今も。できればオレは、これからもずっと、セレスと一緒に過ごしたい」

 リクトはいったん言葉を切ると、柔らかく笑った。

「つーわけで、返事、聞かせて欲しいんだけど」

 セレスティナの心が温かくなる。自然と笑みがこぼれ、気持ちが言葉となってこぼれ出た。

「私も、リクト様のことを、ずっと、お慕いしていました。私もリクト様とこれからもずっと一緒にいたいです」

 セレスティナの言葉に、リクトが心底嬉しそうに微笑んで手を差し出して来る。セレスティナがその手を取ると、ぐいと力強く引かれた。

「きゃっ!?」

 気が付くと、セレスティナはリクトの腕の中にいた。顎を持ち上げられるのに従って顔を上げると、目の前に、蕩けてしまいそうに甘く自分を見つめるリクトの顔があった。思わず目を瞑る。

 唇に、柔らかいものが押し当てられた。啄むように。何度も、何度も。角度を変えて。キスの雨が降る。

 次第に膝の力が抜けてきたところを、逞しい腕に支えられた。

 リクトの胸にそっと頬を寄せるセレスティナの耳に、リクトの囁きが届いた。

「セレスティナ、愛してる」

「ねぇ、アナ」

「なぁに、エド」

「よく二人が想い合ってるってわかったね」

「そりゃ、セレスは妹だし、リクトは旅に出る前からあんな甘い手記書いてるし、嫌でもわかるわよ」

「旅に出る前からって言うと、セレスティナは十一歳……?」

「そ。マジでびっくりよねー。そりゃセレスはしっかり者だし大人びてるけど、私たちからみればまだまだ子供だったでしょ? そんな子に当時十七歳の男が惚れる?」

「あぁ、それで……」

「うん、だから」

「「ロリコン」」


※この世界では十六歳で成人するので、『十七歳の男=成人男性』です。一方で、『十一歳=まだまだ子供』の扱い。

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