↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/10

最終戦 婚約破棄ですか? よろしい、ならば決闘いたしましょう

その年、ノルディア王立学園の卒業祝賀会は、例年とは違う場所で開かれることになった。


 理由は単純である。学園の大広間を含む一部施設が、大規模な設備改修の真っ最中だったからだ。

 そこで今年に限り、卒業祝賀会の会場として提供されたのが――ノルディア王城の大広間であった。


「王城ですか……」

「王城ですね……」


 開宴前、豪奢な大広間を見渡しながら、王立学園の教師たちは妙に神妙な顔をしていた。

 ここ数年、彼らは卒業祝賀会という催しに対して、少々特殊な警戒心を抱くようになっている。


「去年は……まあ、平和でしたね」

「鉄バット同士の決闘が?」


 問い返された教師は、聞こえなかったように視線を逸らした。


「一昨年も平和でした」

「本当にその基準でよろしいのですか?」


 教師たちはしばらく黙った。

 そして一人が、希望を込めるように呟く。


「しかし、今年は王城ですよ」

「ええ」


 重厚な扉や豪奢な調度品へ目を向け、もう一人が頷いた。


「さすがに王城で決闘騒ぎは起きないでしょうし」


 全員が、ほっと息を吐いた。


 その会話を運命の女神が聞いていたかどうかは定かではない。

 ただし結果だけを言えば、その日の夜、教師たちは揃って思うことになる。


 ――なぜ自分たちは、あんなにも分かりやすいフラグを立ててしまったのだろう、と。


 ◇


 王城で行われる卒業祝賀会ということもあり、その年は例年より多くの招待客が招かれていた。


 卒業生の家族だけではない。王立学園にゆかりのある卒業生や王国軍関係者、貴族、各分野で活躍する者たちが、大広間のあちこちで談笑している。


 かつてこの学園を卒業し、その卒業祝賀会で妙に印象的な決闘を繰り広げた令嬢たちの姿も、ちらほらと見えた。


 そんな中、この日の主役となる卒業生の一人が壇上へ上がった。


「本年度、最優秀卒業生――アーデルハイド・フォン・ノルディア王女殿下」


 大きな拍手が響く。


 さらさらとした金髪は胸元まで伸び、宝石のアメジストを思わせる紫の瞳には、落ち着いた知性が宿っている。


 純白を基調としたドレスには金糸の刺繍が惜しみなく施され、ところどころに王家を象徴する紫が差し込まれていた。


 過剰なフリルや装飾に頼ることなく、細かな刺繍と仕立てそのものの美しさで、王女としての格式を示した装いである。


 アーデルハイドは十八歳になるノルディア王国第一王女であり、王太子マクシミリアン・フォン・ノルディアの四歳下の妹だった。


 彼女は優雅に一礼し、首席卒業生としての証を受け取る。


 アーデルハイドが優秀であることは、今さら王城へ集まった者たちに説明するまでもない。


 記憶力に優れ、王族教育のほぼすべてを高水準で修め、学業だけでなく若くして王族としての実務にも携わっている。


 地方へ赴けば自ら民の声に耳を傾け、王都へ戻れば改善案としてまとめ上げる。国王の公務補佐を任されれば、膨大な資料にも難なく目を通し、必要な情報を正確に拾い上げた。


 まだ十八歳でありながら、その実績はすでに王太子を上回るのではないかと評する者さえいる。


 貴族たちの間では、以前から囁かれていた。

 ――次代の王に相応しいのは、むしろ王女殿下なのではないか、と。


 だが本人は、その噂について一度も口にしたことはない。

 ただ、自分に与えられた役目を果たしてきただけである。


 壇上を降りたアーデルハイドへ、一人の青年が近づいた。


 紺色の髪に、氷のように淡い青の瞳。

 端正ではあるが、どこか冷たい印象を与える顔立ちをしている。


 ミッテルハイム侯爵家の令息、アルブレヒト・フォン・ミッテルハイム。

 二十二歳。アーデルハイドの婚約者だった。


「おめでとうございます、姫様」

「ありがとうございます、アルブレヒト」


 アーデルハイドが穏やかに礼を返すと、アルブレヒトも端正な顔に微笑みを浮かべた。

 だが、その笑みにはどこか温度がない。


「ですが……少々、困りましたね」

「何がですの?」


 アーデルハイドが顔を上げると、アルブレヒトは静かに続けた。


「姫様は、あまりにもご優秀になられてしまいました」


 思いもよらない言葉に、アーデルハイドはわずかに目を瞬かせる。


「優秀であることは、何か問題でしょうか」

「私にとっては」


 アルブレヒトの口調は、あくまで丁寧だった。

 声を荒らげることもなければ、不満げな表情を見せることもない。

 だからこそ、続く言葉はかえって冷たく響いた。


「私は、妻には私を支えていただきたいと思っているのです。ですが姫様は、あまりにもご自身で何でもできてしまう。今では私より高く評価されることさえあります」


「わたくしが優秀なのが不満のようですわね」


 アーデルハイドが淡々と返すと、アルブレヒトは薄く微笑んだ。


「ええ。ですので――婚約を解消いたしましょう」


 あまりにもあっさりと告げられた言葉に、大広間へざわめきが広がった。

 教師たちの表情が、一斉に固まる。


 今年は王城である。さすがに決闘騒ぎなど起こらないだろうと、つい先ほど自分たちで話していたばかりなのだ。


 ――なのに、もう始まった。


「理由は、それだけですの?」


 周囲がざわめく中でも、アーデルハイドの声は静かだった。


「それだけで十分でしょう? 姫様は、私の手には余りますので」

「つまり、わたくしがあなたの思う通りに動かないからということかしら?」


 アルブレヒトは少しも悪びれず、軽く頷いた。


「簡単に申し上げれば。私の思い通りにならない人はいりません」


 その瞬間、アーデルハイドのアメジストの瞳から、わずかに残っていた柔らかな色が消えた。


「……そうですか」


 ほんの短い間を置き、大勢の招待客が見守る中で、改めてアルブレヒトをまっすぐに見据える。


「このような祝いの席で、つまらない理由から公然と婚約解消を宣言されたことで、わたくしの名誉は傷つけられました」

「……何ですか?」


 怪訝そうに眉を寄せた彼へ、アーデルハイドは静かに言葉を継いだ。


「ですので」


 怒声もなければ、激昂もない。

 ただ、いつもと何一つ変わらない優雅で落ち着いた声で、告げる。


「よろしいですわ。ならば決闘いたしましょう」


「……はい?」


 ◇


 ノルディア王国には、貴族同士が名誉を巡って争った際、その決着をつけるための正式な決闘制度がある。


 互いの胸元へ一輪の薔薇を留め、先に相手の薔薇を散らした者が勝者となる。


 使用するのは殺傷能力を抑えた専用武器であり、相手へ重大な傷を負わせないための安全措置も細かく定められていた。


 そして、決闘を申し込まれた側には、使用する武器区分を選ぶ権利がある。


 王族であっても例外ではない。

 むしろ、この国の王族こそ、決闘という文化に最も深く染まっていると言ってもよかった。


 王宮の職員たちが手早く大広間の中央を空け、防護結界を展開していく。

 教師の立ち会いのもと、二人の胸元には一輪ずつ薔薇が留められた。


「では、使用する武器区分をお選びください」

「近接武器でお願いします」


 教師に促され、アルブレヒトはほとんど迷うことなく答えた。


 彼自身、槍の扱いにはそれなりの自信がある。相手は王女とはいえ、一見すれば華奢な令嬢だ。

 その余裕のある表情からは、武器を扱う自分が負けるはずはないという考えが透けて見えた。


「承知しました。では、アルブレヒト様がお使いになる得物は?」

「槍を」


 教師が頷いて職員へ合図すると、ほどなくして決闘用の槍が運ばれてくる。

 アルブレヒトは慣れた手つきでそれを受け取り、穂先から柄まで一度確かめた。


 続いて、教師がアーデルハイドへ向き直る。


「アーデルハイド殿下は、何をお使いになりますか?」

「そうですわね……」


 彼女は少しだけ考えるように視線を巡らせたあと、何でもないことのように答えた。


「鞭をお願いいたしますわ」

「鞭、ですか?」

「ええ」


 一瞬だけ意外そうな顔をした教師だったが、すぐに頷いた。


「承知しました」


 ほどなくして運ばれてきたのは、白い革を丁寧に編み込んだ決闘用の鞭だった。


 アーデルハイドはそれを受け取ると、軽く手首を返して重さとしなりを確かめる。


「鞭、ですか」


 槍を手にしたアルブレヒトが、わずかに鼻で笑った。


「そのような扱いづらい武器で、私の槍に勝てると?」

「試してみればよろしいのでは?」


 アーデルハイドは涼しい顔で答えると、胸元まで伸びた金髪を高い位置で一つにまとめた。


 純白のドレスに、揺れる金のポニーテール。その手には、細身の白い鞭が握られている。


 華やかな祝賀会に立つ王女としては、ひどく不釣り合いな組み合わせのはずだった。だが、彼女が鞭を握る姿には、不思議なほど違和感がない。


「準備はよろしいですか?」

「いつでも」


 教師の声に、アルブレヒトが槍を構えた。

 その向かいで、アーデルハイドも鞭をゆるく構える。


「わたくしも、いつでもよろしくてよ」


 教師が二人を見比べ、片手を上げた。


「始め!」


 合図と同時に、アルブレヒトが勢いよく踏み込んだ。


「鞭など、こちらへ届く前に――」


 その言葉は、最後まで続かなかった。

 アーデルハイドの右腕がしなやかに振るわれ、肩から肘、手首へと流れた力が、白革の鞭を一気に走り抜ける。


 パァン――!


 鋭い破裂音が大広間に響いた。

 次の瞬間、アルブレヒトの胸元で薔薇が弾け、赤い花弁が宙へ舞う。

 踏み込んだ姿勢のまま、アルブレヒトが固まった。


 教師が勝利を宣言する中、アーデルハイドは鞭を静かに引き戻し、少しだけ首を傾げた。


「雑魚でしたわね」


 教師の誰かが、小さく呟いた。


「王城なのに……」

「いや、王城だからなのでは……?」


 ◇


「アーデルハイド!」


 怒声とともに人垣を割って進み出てきたのは、金髪に紫の瞳を持つ青年、王太子マクシミリアン・フォン・ノルディアだった。


 二十二歳になった彼は、四年前より多少大人びてはいたものの、こちらを見下ろすような尊大な目つきだけは何一つ変わっていない。


「なにをしてるんだ!」

「正式な決闘ですわ、お兄様」

「そういうことを言っているのではない!」


 マクシミリアンは、いまだ呆然と立ち尽くしているアルブレヒトを一瞥した。

 彼は王太子の側近としても、近くに置かれている青年である。


「お前まで、男を立てるということができないのか!」


 その言葉に、大広間の一角で銀髪の令嬢がゆっくりと瞬いた。


 リーゼロッテ・フォン・トートヴァルト。

 四年前、まったく同じようなことを口にしたマクシミリアンを、巨大鎌で叩き伏せた本人である。


「懐かしいですわ」

「そこ、懐かしがるところですか?」


 隣のエルンストが小声で返す。

 一方、アーデルハイドは兄へ冷ややかな目を向けていた。


「お兄様、まだ、そのようなことをおっしゃっているのですね」

「何?」


 険しい顔になったマクシミリアンを、彼女は静かに見据えた。


「四年前、リーゼロッテ様に敗れ、お父様から王太子教育をやり直すよう命じられたはずでしたよね」

「私は十分に学んだ!」


「……何を?」


 静かな問いだったからこそ、大広間によく響いた。

 マクシミリアンは一瞬言葉に詰まり、苛立ったように頬を引きつらせる。


「王女であるお前は、いずれ降嫁する身だ! 余計なことなど考えず、夫に従っていればいいんだ!」


 大広間が、水を打ったように静まり返った。

 アーデルハイドはしばらく兄を見つめていたが、やがて小さく息を吐く。


「よく分かりましたわ」

「何がだ」


「今日をもって、お兄様には王太子の座を明け渡していただくことにします」

「…………は?」


 今度こそ、マクシミリアンの顔から表情が消えた。

 だがアーデルハイドは構わず国王夫妻へ向き直り、まっすぐに告げる。


「お父様、お母様。王位継承権を賭けた正式決闘を申請いたします」

「アーデルハイド……」


 国王フィリップが眉を寄せた。

 その隣では、王妃マルグレーテが驚くでも慌てるでもなく、手にしていた扇を静かに畳む。


「無差別級総合決闘を望むというのね?」

「はい」


 ざわり、と今度こそ大広間全体に大きな動揺が広がった。


 無差別級総合決闘。


 それはノルディア王家に古くから伝わる、王位継承争いなど、よほど重大な理由がある場合にのみ許される上位決闘である。


 通常の決闘とは違い、武器の制限はない。

 剣も槍も弓も魔導銃も使用でき、魔法や徒手格闘、武器の奪取や拘束、投げ技に至るまで、規定された安全措置の範囲内ならば何をしても構わなかった。


 ただし、たった一つだけ変わらないものがある。

 勝敗を決めるのは、胸元に留められた一輪の薔薇。先に相手の薔薇を散らした者が勝者となる。


 そして、王位継承権を賭けて正式に成立した場合、その勝敗はそのまま次代の継承者を決することになるのだ。


「まさか、逃げるおつもりですか、お兄様?」


 アーデルハイドが静かに問いかけると、マクシミリアンの表情がたちまち険しくなった。

 もともと高い自尊心を真正面から刺激され、引き下がれるはずもない。


「誰が逃げるものか! いいだろう。王族としてどちらが上か、思い知らせてやる!」


 自信満々に言い切る息子を前に、フィリップは深々と額を押さえた。

 その隣では、対照的にマルグレーテがにこやかに微笑んでいる。


「陛下。正式な申し出ですし、理由も十分でしょう?」

「いや、しかし……」


 言い淀む夫へ、マルグレーテは笑顔を向けたまま首を傾げた。


「陛下?」

「……分かった」


 フィリップは諦めたように息を吐き、二人を見据える。


「国王として、無差別級総合決闘を許可する」

「ありがとうございます、お父様」


 アーデルハイドが一礼し、マルグレーテも満足そうに微笑んだ。


 そのやり取りを見ていた教師たちは、揃って遠い目をする。


「王城なら、さすがに決闘は起きないと思っていたんですが……」

「誰がそんなこと言ったんでしたっけ」


 互いに顔を見合わせ、やがて一人が肩を落とした。


「我々です……」


 ◇


 王城大広間は、ほどなくして無差別級総合決闘のための本格的な決闘場へと作り替えられた。


 王宮魔術師長がアーデルハイドとマクシミリアンの双方へ最高水準の防御魔法を施し、さらに大広間全体を覆う強固な防護結界を展開する。


 王位継承を賭ける無差別級総合決闘ともなれば、その安全措置も通常の決闘とは桁が違う。

 たとえ至近距離から大砲を撃ち込まれたとしても、致命傷には至らないほどだという。


 なぜ王城の大広間で、そこまで本格的な決闘ができるようになっているのか。

 それを深く考えてはいけない。


 ノルディア王国だからである。


「では、武器を選べ」


 長剣を手にしたマクシミリアンが促したが、アーデルハイドはあっさりと首を横に振った。


「選びませんわ」

「何?」


「すべて使いますので」


 一瞬、大広間が静まり返った。

 その中で一人だけ、特に驚いた様子もなく眼鏡の位置を直した青年がいる。


 エリアス・フォン・シュヴェルト、二十六歳。

 アイスブルーの長髪を低い位置で一つにまとめた、灰色の瞳の青年だった。


 ノルディア王国決闘省に所属する決闘武器専門官であり、正式決闘に使用される武器の登録や管理、安全基準の策定までを担う、文字どおり武器の専門家である。


「アーデルハイド様、すべてお出しすればよろしいのですね?」

「ええ。すべて並べて頂戴」


 エリアスは少し考え、さらに確認した。


「……秘蔵のものも?」


 その問いに、アーデルハイドの紫の瞳がわずかに輝く。


「もちろんですわ」


 エリアスもまた、どこか満足そうに眼鏡を押し上げた。


「承知いたしました」


 彼が合図すると、壁際に設けられた扉が次々と開き、その奥から大量の武器が運び込まれてきた。


 剣や槍、大剣、斧、弓、魔導銃といった見慣れたものから、棒、刀、巨大鎌、巨大な戦槌、小型の投擲武器まで。


 中には、どう扱うのか一目では分からない奇妙な形状の武器まで混じっている。


 それらが大広間の壁際へずらりと並べられていく光景を眺め、教師の一人が思わず呟いた。


「王城って、学園より武器が揃ってませんか?」


 すると近くにいたエリアスが、何の疑問も抱いていない顔で答えた。


「王城ですから」

「その説明で終わらせていいんですか?」


 その時、アーデルハイドがおもむろにドレスの留め具へ手をかけた。


「少し失礼いたしますわ」


 ばさり、と純白のドレスが床へ落ちる。

 マクシミリアンだけでなく、周囲の招待客からも息を呑む音が上がった。


 その下に隠されていたのは、黒を基調とした実戦用の戦闘服だった。


 身体の動きを妨げない細身の仕立てながら、随所には金糸による豪奢な刺繍が施され、王女としての品格も失われていない。


 腕や脚の関節部には動きを補助する特殊合金が使われ、足元は膝まで届く黒の編み上げブーツ。太腿のベルトには小型のナイフが収められ、腰元には先ほどの白革の鞭も携えている。


「おい、あの服は何だ?」


 フィリップが呆然と尋ねると、隣のマルグレーテはにこりと笑った。


「わたくしのお下がりですわ」

「お下がり?」


 聞き返されても、王妃は当たり前のように頷く。


「ええ。特殊合金を使っていますの。丈夫ですし、とても動きやすいですわよ」


 あまりにも平然と説明する妻を、フィリップはしばらく見つめた。


「君、昔何をしていたんだ?」


 マルグレーテは答えず、ただ優雅に微笑んだ。


 ◇


 戦闘服の胸元に改めて薔薇を留めたアーデルハイドが、決闘場へ進み出る。

 中央に立つのは、ノルディア王国決闘省所属の決闘審判官だった。


「両者、準備はよろしいですね?」


 マクシミリアンが長剣と盾を構えた。

 アーデルハイドも頷き、壁際へ並ぶ大量の武器へ視線を向ける。


 審判官は二人を見比べると、片手を高く上げた。


「――始め!」


 合図と同時に、アーデルハイドが真っ先に手を伸ばしたのは魔導銃だった。

 迷いなく引き金を引くと、光弾が一直線にマクシミリアンの胸へ走る。


「甘い!」


 盾が上がり、火花が散った。

 それでもアーデルハイドは止まらず、移動しながら立て続けに撃つ。


 一発、二発、三発。

 すべて違う角度から、薔薇だけを正確に狙っていた。


 その射線を見つめていたジェラルドが、小さく頷く。


「素晴らしい。魔導銃の射線に迷いがありませんね」


 隣のルチアが目を輝かせた。


「まあ。わたくしも負けていられませんわね」

「ルチアは、張り合わなくても十分でしょう?」


 ジェラルドが顔を向けると、ルチアは楽しそうに微笑んだ。


「いいえ。あれほど見事な射撃を見せられたら、撃ちたくなってしまいましたわ」


 ジェラルドは少しだけ困ったように眉を下げると、指先で銃を構える真似をしていたルチアの手をそっと包んだ。


「今日は祝賀会だからね?」

「分かっていますわよ?」


 そう答えて嬉しそうに手を握り返すルチアを、ジェラルドはどうにも信用しきれない顔で見つめていた。



 アーデルハイドは魔導銃を武器架台へ戻すと、今度は掌を掲げた。

 空気中の水分が一気に凍結し、十数本の巨大な氷柱となってマクシミリアンを取り囲む。


「行きますわよ」

「そんなもの!」


 マクシミリアンも魔法を展開した。

 魔力弾と氷柱が真正面から激突し、砕けた氷が結界の内側で煌めく。


「氷魔法に、あんな使い方があるのね」


 アンネローゼが感心したように呟くと、隣のフェリクスが即座に口を挟んだ。


「アンネは絶対に真似しなくていいからな?」

「そうね。城じゅうを氷漬けにしちゃうかもしれないものね」


 あっさり頷かれ、フェリクスは眉を下げた。


「俺の職場まで凍らすのは勘弁な」

「フェリクスが大事にしているものを壊すわけないわ。安心して」


さらりと言われ、フェリクスは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……そういうことを平然と言うよな、アンネは」

「何が?」

「いや。なんでもない」


 不思議そうに首を傾げるアンネローゼを見て、フェリクスは小さく笑った。


 

 次にアーデルハイドが手に取ったのは、二本のバトルアクスである。


「は?」


 ランベルトが素っ頓狂な声を上げた。


「ここにもバトルアクス二本持ちがいる! どうなってんだこの国!?」


 アーデルハイドは構わず踏み込み、左右のバトルアクスを交互に振るう。

 重い刃が唸りを上げ、マクシミリアンも大剣へ持ち替えて真正面から受け止めた。


 ガァンッ!


 鈍い衝撃が響き、その身体がわずかに後ろへ押し込まれる。


「ぐっ……!」


 さらに二撃、三撃とバトルアクスが迫る。

 左右で異なる軌道を描く刃を見ながら、ヒルデガルトが腕を組んだまま感心したように頷いた。


「いい振りね。もう少し極めたら、《断風(だんくう)》まで届きそうよ」

「マジかよ……俺も早く出せるようになって、ヒルダに並びたいぜ」


 ランベルトが真剣な顔で呟くと、ヒルデガルトは彼へ微笑んだ。


「帰ったら、また一緒に鍛錬しましょう」

「おう! 俺、頑張るから!」



 アーデルハイドは追撃せず、バトルアクスを武器架台へ戻すと、今度は一本の棒を手に取った。

 長い棒が軽やかに回転する。マクシミリアンも槍へ持ち替え、間合いを取った。


「王女様も東方の師範に教えていただいたのでしょうか?」


 クララが興味深そうに身を乗り出す。

 イグナーツは王女の足元をしばらく見つめ、それから首を横に振った。


「いえ。あれはおそらく、王女殿下ご自身で組み立てたものですね。クララとは重心のかけ方が違います」

「イグナーツ様、よく分かりますね」


 感心したように見上げられ、イグナーツは穏やかに微笑んだ。


「ずっとクララのことを見ていますからね」


 さらりと言って、クララの肩を抱き寄せる。


「ふふ。私も同じです」


 クララも嬉しそうに笑い、その腕へ身を寄せた。



 棒と槍が何度も打ち合わされ、乾いた音が大広間へ響く。


「いつまで武器を変えるつもりだ!」

「まだ始まったばかりですわ」


 苛立つマクシミリアンをよそに、アーデルハイドは棒を戻し、次に一本の刀を手に取った。


「なんだ、それは」

「刀ですわ」

「また変な武器を――!」


 マクシミリアンも負けじと壁際からクロスボウを取り、素早くアーデルハイドへ向ける。


「これならどうだ!」


 放たれたボルトが、一直線に迫った。


 一閃。


 鋭い音とともに、飛来したボルトへ刃引きされた刀身が叩き込まれる。

 強い衝撃に耐えきれなかった軸が中央から折れ、二つに分かれて床へ転がった。


「は?」


 マクシミリアンはクロスボウを構えたまま固まり、落ちたボルトと妹を交互に見た。


「矢を……叩き折った……?」


 観客がどよめく中、ラベンダー色の髪を揺らしたレイチェルも、わずかに目を見開く。


「飛んでくる矢を、刃引きした刀で叩き折るとは……王女様、やりますね」

「レイチェル様も、できるんじゃないですか?」


 隣のカズトに問われ、レイチェルは少しだけ胸を張った。


「できます。居合でしたら、負けませんから」

「うん。それは俺が一番よく知ってますよ」


 その言葉にレイチェルは目元をわずかに和らげ、ごく自然にカズトの袖をそっとつまむ。


「カズトが分かっててくれるなら、それで構いません」


 カズトは嬉しそうに笑い、袖をつまんでいたレイチェルの手をそっと握った。

 

 

 アーデルハイドはすでに刀を鞘へ収め、次の武器へ視線を向けていた。

 ここまで来て、ようやくマクシミリアンの顔に焦りが浮かぶ。


「なんで……そんな東方の武器まで使えるんだ!?」

「学びましたので」


 当然のように返され、マクシミリアンは声を荒らげた。


「答えになっていないぞ!」

「なっていますわ」


 涼しい顔で答えたアーデルハイドが、次に手に取ったのは巨大鎌だった。


 その姿を見た瞬間、マクシミリアンの表情が露骨に引きつる。


「それは……」

「懐かしいでしょう?」


 四年前、彼が一度、その薔薇を刈られた武器である。

 観客席では、リーゼロッテが楽しそうに手を合わせた。


「まあ。王女様も巨大鎌を使うのですね!」

「王妃様がトートヴァルトの遠縁ですからね」


 エルンストの言葉に頷きながら、リーゼロッテは弾む声で続ける。


「帰ったら、わたくしも鎌を振りたくなりましたわ。エル様、付き合ってくださいね」

「ええ。いくらでも付き合いますが、今は少し手を痛めていますよね?」


 エルンストはリーゼロッテの左手を取り、少し痛めている箇所へそっと触れた。


「エル様はなんでもお見通しですわね。では、治ったら付き合ってくださいね?」

「もちろん。リーゼが満足するまで」


 リーゼロッテは嬉しそうに微笑むとエルンストの腕に身を寄せた。

 非常に穏やかな会話だった。

 内容が巨大鎌の鍛錬でなければ。



「くそっ!」


 マクシミリアンは大剣で受けたが、巨大鎌はその独特な軌道で刃の外側から回り込み、胸元の薔薇へ迫った。


 辛うじて身体を反らしてかわした彼を追うことなく、アーデルハイドは巨大鎌を武器架台へ戻す。


 そして今度は、何も持たなかった。

 マクシミリアンが訝しげに眉を寄せた、その直後、アーデルハイドが一気に懐へ入った。


「な――」


 腕を取り、足を払う。

 重心を崩された王太子の身体が綺麗に宙を舞い、防御魔法に守られながら床を転がった。


 その動きを見ていたヴィクトリアが、感心したように目を細める。


「足さばきがお上手ですね。独学で身につけられたのでしょうか」

「あなたみたいなご令嬢が、もう一人いるのは困りますね」


 隣のヨハンが苦笑すると、ヴィクトリアは楽しそうに彼を見上げた。


「でも、わたくしが怪我をしたら先生が診てくださるでしょう?」

「診ますけど。だからといって怪我をしていいわけじゃありませんよ」


 念を押されても、ヴィクトリアはにこにことしている。


「ふふ。頼りにしています。ヨハン様」

「これからは、怪我をしていないヴィクトリアと会う時間のほうを増やしたいですね」


 困ったように答えながらも、ヨハンの声はどこか柔らかかった。



 その間にもマクシミリアンは立ち上がったが、アーデルハイドはすでに次の武器である弓を手にしていた。


「ふざけるな!」


 抗議など気にも留めず、矢をつがえる。

 一射、二射、三射と、間を置かずに矢が放たれた。


「わあ! 王女様、弓を射るの速いねー!」


 モニカが楽しそうに身を乗り出す。

 隣のミゲルは、再び盾を構えたマクシミリアンへ目を向け、苦笑した。


「ああやって盾で防がれると、どうしようもないけどね」

「でも、盾から出たところを的確に狙ってるよ!」


 言われて射線を追い、ミゲルは感心したように頷いた。


「ほんとだ。よく見てるね、モニカ」

「でしょー?」


 ミゲルに褒められ、優しく頭を撫でられたモニカは得意げに笑った。



 一方のマクシミリアンは、盾の陰へ完全に身を隠していた。


 矢は盾そのものを狙うのではなく、上から、横から、わずかに覗く身体を追うように次々と飛来し、彼は顔を出すことさえできなくなっている。


「卑怯だぞ!」

「弓を使っているだけですわ」

「ぐっ……!」


 やがて矢が止んだ。

 恐る恐る盾の陰から顔を出したマクシミリアンの目に、今度は一本の鉄バットを手にした妹の姿が映る。


「おお!」


 途端にクラウディアが前のめりになった。


「王女様、いいもん持ってるじゃねえか!」


 マクシミリアンは無言で盾を構え直した。

 もう、それしかできることがなかった。


「来い!」


 アーデルハイドが踏み込む。

 足から腰へ、腰から肩へと力がつながり、全身の体重を乗せた鉄バットが一気に振り抜かれた。


 ガァン――!


 鈍い衝撃音とともに、盾の中央がべこりとへこんだ。

 マクシミリアンが、へこんだ盾を無言で見つめる。


「いい振りしてんな!」


 クラウディアは満足そうに頷いた。

 その隣で、ディックは相変わらずのんびりしている。


「でも、鉄バットが一番似合うのはクラウディアだよね。かわいいし」

「……うるせぇよ」


 クラウディアは頬をわずかに赤くしながらも、視線だけは決闘場から外さなかった。


 周囲が足さばきや重心、射線、武器の扱いについて真剣に語る中、ディックだけは、ほぼクラウディアを見ていた。


 ◇


 壁際には、まだ大量の武器が残されていた。

 招待客の一人が武器架台へ目を向け、近くの職員へ尋ねる。


「あれは何だ?」

「巨大ハンマーです」


 答えを聞いて頷くと、今度は隣に並ぶ小さな武器を指した。


「その隣の小さい刃物は?」

「東方の投擲武器ですね」


 少し離れたところでは、カズトも武器架台を眺めながら感心したように目を細めていた。


「苦無や手裏剣だけじゃなく、手甲鉤まで揃えているのですか。すごいですね」

「すごいの基準がおかしくないですか?」


 レイチェルが静かに返すと、カズトは苦笑する。


「いや、東方でもここまで一か所に揃えているところは、あまりないので」

「王城って何なのでしょうね」


 その疑問に答えられる者はいなかった。


 実際、王城の武器庫には、学園にはない得物まで数多く収められている。


 歴代の王族が使ってきたものや、外国から持ち込まれたもの。さらには、正式決闘で新たに使用され、決闘省が安全性や規格を確認したうえで正式登録したものまであった。


 ある意味、ノルディア王城の武器庫は、王国最大の武器博物館でもある。


 だが、アーデルハイドは並んだ珍しい武器のどれにも手を伸ばさなかった。

 鉄バットを戻し、しばらく武器架台を見渡したあと、エリアスへ視線を向ける。


「エリアス」

「はい」

「あれを」


 それだけで意図を察したらしく、エリアスが眼鏡を押し上げた。


「承知いたしました」


 彼は自ら奥の武器架台へ向かい、一本の武器を取り出した。

 それを見た瞬間、マクシミリアンの顔が完全に理解を拒否する。


「は?」


 短い鎌に長い鎖。その先には、小さな重りが取り付けられていた。


「鎌……? いや、なんか鎖もついてる……?」


 エリアスからそれを受け取ったアーデルハイドを見て、とうとうマクシミリアンが声を上げる。


「なんだその武器はぁ!?」


 アーデルハイドは、そんな兄の反応など意にも介さず答えた。


「鎖鎌ですわ」


 軽く手首を動かすと、鎖の先についた重りがヒュン、ヒュンと風を切り、彼女の周囲で円を描き始める。

 それを見たフィリップが、思わず目を見開いた。


「鎖鎌まで使えるのか、あいつは」

「あの子、変な武器が好きですからね」


 隣でにこやかに答えたマルグレーテへ、フィリップは顔を向ける。


「変な武器マニアなのか?」

「ええ」


 少しも迷わず頷かれ、フィリップは眉を寄せた。


「王女に対して、その言い方はどうなんだ」

「事実ですもの」


 どうやら母親は、娘の趣味をかなり正確に把握しているらしい。


 一方のマクシミリアンは、使いものにならなくなった盾を置き、再び長剣を手にしていた。

 目の前で回り続ける鎖鎌を、警戒するように睨みつける。


「どうせ、その鎖で隙を作って、鎌で薔薇を狙うつもりなんだろう!」


 その言葉に、アーデルハイドが不思議そうに首を傾げた。


「これ、鎌がメインだと思っています?」

「何?」


 兄を見据えたまま、アーデルハイドは鎖の回転をさらに速める。


「お兄様はご存じなくても、仕方がないかもしれませんが」

「変な武器だな!」


 マクシミリアンは長剣を構え直し、吐き捨てるように続けた。


「お前にはお似合いだ!」

「ありがとうございます」

「褒めていない!」


 アーデルハイドは楽しそうに微笑んだ。


「ですが――本当は、こう使うのですよ?」


 手首が返る。

 次の瞬間、勢いよく放たれた鎖が長剣へ巻きついた。


「なっ――!」


 ガチャッ、と金属同士が噛み合う。


「捕まえましたわ」

「はぁ!?」


 アーデルハイドは腰を落とし、そのまま鎖を強く引いた。


 ガキィン――!


 長剣がマクシミリアンの手から弾き飛ばされ、遠くの床を滑っていく。

 彼は空になった右手を見て、転がった剣を見て、それから妹を見た。


 完全に言葉を失っている兄をよそに、アーデルハイドは鎖を手繰り寄せ、鎖鎌をエリアスへ返した。

 そして腰元へ手を伸ばし、最初の決闘でも使った白革の鞭を取り出す。


 それを見たエリアスが、満足そうに眼鏡を押し上げた。


「やはり、アーデルハイド様には中距離の可変武器がよく似合う」


 小さな呟きは歓声に紛れ、本人には届かなかった。

 アーデルハイドは手の中で鞭の感触を確かめると、どこかほっとしたように微笑んだ。


「やはり、鞭が一番手に馴染みますわね」


 マクシミリアンの顔が引きつった。


「ま、待て――」

「では、これで終わりですわ。お兄様」


 アーデルハイドが一歩踏み込む。


 パァン――!


 白い鞭が鮮やかに走った。

 マクシミリアンの身体には、傷一つない。ただ、胸元に留められていた一輪の薔薇だけが、花弁となって宙へ舞った。


 ◇


 一瞬の静寂のあと、決闘審判官の声が大広間へ響き渡った。


「勝者――アーデルハイド・フォン・ノルディア王女殿下!」


 さらに審判官は、王家の正式な決闘規定に従って高らかに宣言する。


「無差別級総合決闘の規定に基づき、王位継承権は勝者へ移行! 本日をもって、アーデルハイド殿下をノルディア王国王太女と認定いたします!」


 その瞬間、大広間が大きなどよめきに包まれた。


 十八歳の卒業祝賀会。

 アーデルハイド・フォン・ノルディアは、婚約者を鞭でしばき、兄をありとあらゆる武器でしばき、その日のうちに王太女となったのである。


 一方、王太子――いや、たった今元王太子となったマクシミリアンは、胸元から薔薇を失ったまま呆然と立ち尽くしていた。


 そんな息子を見て、フィリップが重い表情で立ち上がる。


「マクシミリアン。四年前、私はお前に――」

「あなた」


 その声だけで、フィリップの言葉が止まった。


「……はい」


 国王が大人しく座り直すと、代わってマルグレーテが優雅な足取りで息子の前まで歩み寄る。


「女を甘く見るから、そうなるのですよ」

「母上……」


 王妃は息子を眺めながら頬へ手を添え、心底不思議そうに首を傾げた。


「どうしてこんな子になってしまったのかしら。やはり陛下に任せず、わたくしが性根から鍛え直して差し上げますわ」

「……何をするおつもりですか」


 不安そうに尋ねられ、マルグレーテは扇を口元へ添えた。


「そうですわねぇ」


 何をさせようか思案するように、ほんの少し目を細める。

 そして何かを思いついたのか、にっこりと微笑んだ。


「まずは、大鎌を一本まともに振り回せるようになりなさい」

「なぜそうなるのですか!?」


 声を上げた息子へ、マルグレーテは涼しい顔で答えた。


「あなたは特殊武器への理解が足りませんもの」

「そこなのですか!?」


 マルグレーテはそれ以上の反論を許さず、息子の腕を掴んだ。


「さあ、参りますわよ」

「待ってください母上! 私は今、王太子の座を――」


「元、ですわね」

「母上ぇぇぇぇ!」


 そのまま引きずられるように連れていかれる息子を、フィリップは何とも言えない顔で見送っていた。


 だが、ふとあることに気づく。

 ――ということは、久しぶりにマルグレーテが大鎌を振るう姿を見られるのか。

 ちょっとだけ胸が高鳴った。


「陛下?」

「……なんでもない」


 不思議そうに声をかけてきた側近へ、フィリップは何事もなかったように首を振った。


 どうやらこの国では、息子だけが特別おかしかったわけではないらしい。


 ◇


 決闘のあと、アルブレヒトとの婚約も国王の裁可を受け、正式に解消されることになった。

 大広間の一角では、決闘省の職員たちが慣れた手つきで武器の回収と点検を進めている。


「魔導銃、異常なし」

「双斧も問題ありません」


 報告を受けながら、エリアスは確認済みの武器へ目を通していく。

 別の職員が、中央のへこんだ盾を持ち上げた。


「盾が一枚、要交換ですね。鉄バットによる変形です」

「記録しておいてください」


 エリアスは淡々と指示を出しながら、最後に先ほど使われた鎖鎌の状態を確かめていた。


「エリアス」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはアーデルハイドが立っていた。

 高く結んでいた髪はすでに解かれ、長い金髪がいつものように背中へ流れている。


「お疲れさまでした、アーデルハイド様」

「ありがとうございます」


 エリアスは鎖鎌を職員へ渡すと、眼鏡を押し上げた。


「魔導銃、重武器、長柄武器、刀、徒手、弓まで、いずれも高い水準でしたが……特に鎖鎌から鞭への切り替えは見事でした」


 普段の彼を知る者なら、明らかに口数が増えていることに気づいただろう。

 エリアスは回収されていく武器へ目を向け、さらに続けた。


「鎖で相手の主武器を奪い、そのまま最も習熟している、間合いを変えられる武器へ戻る。非常に理に適っています」


 もちろん、アーデルハイドはよく知っている。

 この男は、武器の話になると三倍ほど喋る。


「ふふ。やはり、エリアスはそこをご覧になっていたのですね」

「もちろんです」


 迷いのない返事に、アーデルハイドは微笑みを深めた。


「わたくしも、エリアスが槍や薙刀を構えている姿は、とても素敵だと思って見てしまいます」


 今度はエリアスが言葉に詰まった。


「ありがとうございます」


 武器についてならいくらでも語れるくせに、自分のことを褒められると途端に弱いらしい。

 そんな彼が少し視線を伏せたあと、胸元から小さな箱を取り出した。


「アーデルハイド様……こちらを受け取っていただけますか」


 アーデルハイドが差し出された箱を受け取り、蓋を開く。


 中には、王女が身につけても見劣りしないほど美しい、繊細な意匠の指輪が収められていた。

 彼女は目を瞬かせ、エリアスを見上げた。


「これは……」

「まず、ここの留め金を外してから、こちらを押してみてください」


 言われるままに留め金を外し、指先で小さな突起を押す。

 カチ、とかすかな音がして、装飾の一部から小さな刃が飛び出した。


「まあ……!」


 アーデルハイドの紫の瞳が、一気に輝く。


「携帯性と安全性を考慮して、刃は短くしてあります。誤作動を防ぐための二重ロック付きで、装飾部分も強度を損なわない構造です。アーデルハイド様がお付けになっても見劣りしない意匠と、実用性を両立させました」


「とても素敵ですわ」


 心から嬉しそうに指輪を眺める彼女を見て、エリアスの表情もわずかに和らいだ。


「ありがとうございます。ただ……これは、武器としてお渡しするためだけに作ったものではありません」


 その言葉に、アーデルハイドが顔を上げる。

 エリアスは今度こそ指輪から目を離し、まっすぐに彼女を見つめた。


「私は、これからもあなたと一緒に新しい武器を見ていきたいと思っています」


 アーデルハイドは何も言わず、彼の言葉を待っている。

 エリアスは小さく息を吸い、静かに続けた。


「新しい武器が入れば、最初にあなたへお知らせしたい。あなたに似合うものを考え、あなたがそれを扱う姿を、これからも一番近くで見ていたい」


 一度言葉を切り、改めて告げる。


「そして、できることなら――公私ともに、あなたのお隣に立たせていただきたい」


 アーデルハイドの頬が、ほんのりと赤く染まった。


「それは……求婚と受け取っても?」

「そのつもりです」


 アーデルハイドは改めて指輪へ目を落とした。

 王太女として身につけても申し分のない美しさと品格があり、そのうえ、刃まで出る。

 実に彼らしい贈り物だった。


 アーデルハイドは刃を収めた指輪を大切そうに手のひらへ載せ、柔らかく微笑んだ。


「喜んで」


 そう答えると、エリアスは珍しく、心から嬉しそうに笑った。


 ◇


 それから、しばらく後。


 正式に王太女となったアーデルハイドは、以前にも増して多忙な日々を送っていた。


 王族として担う公務は増え、次代の王として学ぶべきことも山ほどある。それでも、王城の決闘省へ顔を出す習慣だけは変わらなかった。


「アーデルハイド様」

「どうしましたか、エリアス」


 執務机で書類に目を通していたエリアスが、何気ない様子で一冊の資料を差し出す。


「西方の国から、新しい武器の資料が届きました」

「まあ!」


 それまで王太女らしい落ち着いた顔をしていたアーデルハイドの紫の瞳が、途端に輝いた。

 エリアスは資料を開き、そこに描かれた武器を示す。


「蛇腹剣というそうです」

「蛇腹剣?」


 興味深そうに覗き込む彼女へ、エリアスは頷いた。


「ええ。剣でありながら刃がいくつもの節に分かれていて、状況に応じて鞭のように伸ばして扱えるのだとか」


 眼鏡を押し上げながら、どこか楽しそうに続ける。


「可変する間合いと独特の軌道を考えると、きっとアーデルハイド様によくお似合いになると思います」

「まあ! ぜひ試してみたいですわ!」


 すっかり武器談義に夢中になった二人を、少し離れた場所から眺めていたフィリップが、そっと眉間を押さえた。


「本当にこの娘を、次の女王にして大丈夫なのだろうか」


 隣にいたマルグレーテは、そんな夫の心配を聞いても動じることなく、にっこりと微笑んだ。


「あの子に喧嘩を売る人が現れなければ、大丈夫かと思いますわよ?」

「現れたら?」


 問い返された王妃の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「……さあ? どうなるか分かりませんわね」


 フィリップは、それ以上何も聞かなかった。


 

 ――ノルディア王国。

 古くから決闘を重んじ、実に多種多様な武器を生み出してきた国。

 そして何より、売られた喧嘩には正式な手続きをもって全力で応じる国である。


 その次代を担う王太女は今日も、隣に立つ婚約者と楽しそうに新しい武器の資料を覗き込んでいた。


 ――彼女が後に、民をよく見て国を治める賢王として名を残すことになるのは、また別のお話。


 もっとも、その長い治世の中で、彼女へ不用意に喧嘩を売った者がどうなったのかについては――記録を読む限り、あまり深く追究しないほうがよさそうだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

お分かりだと思いますが作者は武器好きです。

多種多様な武器とカップルが書けて楽しかったです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最高! 面白かったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。