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rain drops





「きりーつ、気をつけ、れい」


「あざっしたー」


「さあ、部活部活!」


「今日宿題何出てたっけー?」






 放課後の教室は賑やかだ。


 でも、それもすぐに落ち着いて、教室は一日のざわめきから解放されたように音がなくなる。代わりに、遠くからマウスピースの少し間の抜けた音や、ランニングでアップをしている掛け声が聞こえてくる。


 私はモノトーンのグラデーションがかかっている空を、机に頬をつけたまま、ただぼんやりと外を眺めていた。



「降ってきたね、雨」


「うん……そうだね」


 隣の席の友達がそう言ったけど、私はうまく返事ができなかった。


 窓ガラスには細かな水滴が広がっていて、その向こう側の景色が少しにじんで見える。




『涙は、悲しさや辛さを一緒に洗い流す』



 いつかどこかで聞いた言葉が、ふいに頭の中に浮かぶ。でもその瞬間、私は乾いた笑顔になっていたと思う。




 そんなに簡単に流れてくれるなら、こんなに苦しいわけがないから。












 彼の事が好きだったんだと、思う。


 多分、ずっと前から。

 そして、気づいたときにはもう、どうしようもないくらいに。





 彼とは同じクラスでも、特別仲がいいわけじゃなかった。教室で近くにいた時に、たまに話すだけだった。でも、それだけでなんだか心が軽くなった。


 話すときの感情で、くるくる変わる表情。嘘のない、こっちも釣られてしまいそうになる笑い顔。彼のその顔を見るだけで、その日一日が少しだけ明るくなった。


 でも――




「俺さ、好きな人できたんだよね」


 放課後の廊下ですれ違った時に聞こえてきた彼の一言が、一週間たった今でも鮮明によみがえる。


 いつもの嘘のない少し照れた、でも真面目な顔を見て、それが本気の言葉なんだとわかった瞬間に、胸がぎゅっと締めつけられる。同時に、自分の気持ちに気付いてしまった。


「そっか、よかったね」


 それだけ言って、何もなかったみたいに振る舞った。本当は、その場から走って逃げてしまいそうだったのに、うまく笑えたと自分でも思う。


 その時の私は、不思議と涙は出なかった。







「……ホント、サイアク」



 学校からの帰り道、傘を差しながら歩く。

 アスファルトに落ちる雨粒が、ぽつぽつと音を立てる。


 ふと、花屋の店先に置いてある花に目が留まった。


 大きめの緑の葉っぱの中央に花びらが白い、小さな花。普通だったら気にも留めないはずなのに、なぜか気になった。





山荷葉さんかよう───雨の降る日には、不思議な事が起こりますよ』




 紹介の札に書かれた文字に、私は足を止めた。「不思議な事」ってなんだろう?と思って見ていると……






「……え……?」






 確かに咲いていたのは、白い花だった。


 けれど、先に濡れていた花びらは透明になっている。まるでガラス細工のような、触れると壊れてしまいそうな小さく可憐な花が、そこにあった。




「……きれい」




 そう呟いた瞬間、その花びらに雨粒が当たり、花は散ってしまった。



 緑の葉っぱの上に散った白と透明の花びらを見て、「なんて儚いんだろう」と感じた瞬間に、私の視界は霞がかかったようになってしまった。



 ねえ、もし本当に、涙が悲しさを流してくれるものなら。どうして今、私は、こんなに苦しいままなんだろう。


 葉っぱの上に落ちた白い花びらにそっと指を伸ばし、手のひらにとった。その上にぽとぽとと溢れた涙が落ちた。


「ねえ、私の涙でも、あなたは透き通ってくれるかな」


 私は小声で呟いてみたけれど、白い花びらから答えは返ってこなかった。








 山荷葉の鉢を少しだけ雨に当たらないようにそっとお店の方に寄せて、私はまた歩き始める。


 雨粒が傘を叩く音が大きくなってきた。

 周りの音がかき消される。

 普段なら、文句の一つも言ってただろう。



 でも、今は。


 もっと、もっと強く降ってほしい。

 全部をかき消してしまうくらいに。

 私の中に溜まったものを、全部洗い流してしまうくらいに。


 しばらくそのまま歩いていると、制服の袖がじんわりと濡れてきた。






 でも、それでもいいと思った。


 今日だけでいい。

 今日だけは、この雨に甘えていたい。

 誰にも見せられないこの気持ちを、全部預けてしまいたい。


 この雨の中だったら

 この傘の中だったら


 私の今の顔を、誰にも見られなくて済むから。







 家に着いた頃には、雨の勢いは落ち着いていた。


 家までの道は、いつもと同じなのに、少しだけ遠く感じた。でも、玄関の前に立ったときには、不思議と心は少し軽くなっていた。


 顔も体もずぶぬれで気持ち悪い。

 それでも、確かに何かが流れていった気がした。



「……明日からは」



 私は小さく呟く。


 新しい私に、なれるかどうかは分からない。きっと、すぐに全部忘れられるわけでもない。


 それでもいい。


 好きだった気持ちは、嘘じゃないから。

 ちゃんと痛かったことも、全部、本物だから。



 この気持ちに後悔なんて、ない。

 雨に濡れて、透明になって、そのまま散ってしまったとしても。未来の私はきっと笑って思い出せるはず。



 本気でそう思ってる。

 でも、今は………。





 傘を閉じて、ドアを閉める。

 外ではまだ、雨が静かに降り続いていた。









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