第1章 おばさん、異世界へ行く ①
私はカートを押しながら駐車場を歩いていた。
月に一度のまとめ買いである。
冷凍肉。
骨無し魚。
冷凍野菜。
鍋焼きうどん。
味噌。
塩。
めんつゆ。
料理酒。
惣菜。
その他いろいろ。
発泡スチロール箱は満杯だった。
重い。
全部重い。
私はカートを押しながら車へ向かう。
その時だった。
「あ」
思い出した。
私は肩掛け鞄を漁る。
財布。
スマホ。
ガム。
ハンカチ。
ティッシュ。
車の鍵。
そして。
ネズミの国の缶。
私は静かに固まった。
「また忘れた……」
小銭である。
かなり入っている。
郵便局へ持って行く予定だった。
今日も忘れた。
私は小さくため息を吐く。
そして車の前へ辿り着いた。
車の鍵を押す。
ぴっ。
……
反応しない。
私は首を傾げた。
もう一度押す。
ぴっ。
……
反応しない。
「あれ?」
電池切れだろうか。
そんな事を考えながら顔を上げる。
そして。
固まった。
「え」
車が無かった。
私は瞬きをする。
もう一度見る。
無い。
やっぱり無い。
私は数秒停止した。
そして。
ぽつりと呟く。
「……私の車どこ?」
周囲を見回す。
知らない景色だった。
店も無い。
駐車場も無い。
木。
草。
岩。
私は静かにスマホを取り出した。
圏外。
私はスマホを見る。
空を見る。
もう一度スマホを見る。
圏外だった。
「……いやいやいや」
何だこれ。
何が起きた。
私はその場でぐるりと一周する。
誰も居ない。
車も無い。
建物も無い。
あるのは森だった。
私はしばらく固まり――
ふと思う。
「……もしや」
心臓が少し速くなる。
ラノベ。
漫画。
アニメ。
色々な記憶が頭を過ぎった。
私は真顔になる。
「異世界か?」
言ってみた。
返事は無い。
当然だった。
だが。
私は少しだけテンションが上がった。
「いや待て」
異世界なら。
あるのではないだろうか。
私はゆっくり右手を前へ出した。
そして。
「ステータス」
無。
私は瞬きをする。
「オープン」
無。
「ウィンドウ」
無。
「メニュー」
無。
「ステータスオープン」
無。
沈黙。
私は少し考え込む。
「言い方か?」
ラノベによって違うのかもしれない。
私は真剣だった。
その時だった。
「あ」
アイスである。
私は勢いよく発泡スチロール箱へ飛び付いた。
異世界かもしれない。
でも。
アイスは溶ける。
私は箱を漁る。
まだ溶けては居なかった。
私は少し安心する。
その時。
目の前で草が揺れた。
私は顔を上げる。
ガサ。
ガサ。
何か居る。
絶対居る。
私はごくりと唾を飲み込み――
武器になりそうな物を探す。
そして。
長ネギを掴んだ。
私はネギを構える。
かなり頼りなかった。
だが無いよりマシだった。
その時。
草むらから現れたのは。
犬だった。
茶色い犬。
中型犬くらい。
犬はこちらを見ていた。
私は犬を見る。
犬も私を見る。
沈黙。
私はそっとアイスを見る。
犬を見る。
アイスを見る。
犬を見る。
そして。
ぽつりと言った。
「……食べる?」
犬は答えない。
当然である。
だが。
少しだけ尻尾を振った気がした。




