第38話 閉じる決断
翌朝、灰の谷は妙に静かだった。
人が減ったわけではない。
むしろ、集まっている。
焚き火の周囲に、自然と円ができていた。
俺が中央に立つと、誰もが口を閉じた。
――待っている。
答えを。
俺は、深く息を吸った。
「ここは、閉じる」
一言。
ざわめきは起きなかった。
それだけ、皆が予感していた。
「正確には」
続ける。
「今の形では、続けない」
人々の視線が、俺に集まる。
「この場所は、全員を救う場所じゃない」
既に言った言葉だ。
だが、今日は逃げない。
「治療には、条件を設ける」
リリアが、少しだけ目を伏せる。
それでも、止めない。
「第一に」
俺は、指を一本立てる。
「ここは、長く留まる場所ではない」
ざわめき。
「治療は、回復か、帰還のためのものだ」
「住むための場所じゃない」
逃げ場を、塞ぐ言葉。
「第二に」
二本目の指。
「治療対象は、今ここにいる者のみ」
新規の受け入れは、しない。
はっきりとした線引き。
「第三に」
三本目。
「治療の優先順位は、俺が決める」
ざわめきが、広がる。
「理由は、説明しない」
さらに、静まる。
「納得できない者は」
一拍置いて。
「ここを去れ」
残酷に聞こえる。
だが、これ以上の誤魔化しはしない。
誰かが、震える声で言った。
「……それでも、見捨てないんですか」
俺は、答える。
「見捨てない」
即答。
「だが、保証もしない」
現実だ。
焚き火の火が、揺れる。
しばらく、誰も動かなかった。
やがて、一人の兵が立ち上がる。
「……俺は、戻る」
静かな声。
「ここに甘えていた」
彼は、深く頭を下げ、去っていく。
続いて、数人が動く。
戻る者。
去る者。
そして――残る者。
人数は、目に見えて減った。
それでいい。
それが、限界だ。
リリアが、隣に立つ。
「……痛い決断ですね」
「ああ」
否定しない。
その時、エルシアが現れた。
今日も、護衛はいない。
「……閉じたか」
「半分だけな」
俺は、そう答える。
「賢い」
彼女は、短く言う。
「切りすぎれば、恨まれる」
「切らなければ、壊れる」
彼女は、俺を見る。
「これで、責任は明確になった」
「ああ」
逃げられない。
だが、逃げない。
エルシアは、踵を返す前に言った。
「……あなたは、治療師だ」
それだけで、十分だった。
夕方。
灰の谷は、少しだけ広くなった。
人が減ったからではない。
重さが、減った。
俺は、鍼を拭きながら思う。
全員を救えない。
だが、続けられる。
それが、俺の選んだ責任だ。
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