第35話 分かれ道
灰の谷に、二つの流れが生まれた。
誰が決めたわけでもない。
自然に、そうなった。
一つは、戻りたい者たち。
王国へ、魔族の陣へ、元の場所へ。
もう一つは、戻らない者たち。
戦場に戻らない。
壊れたまま戦うことを、拒んだ者たち。
焚き火の配置が、変わった。
寝る場所も、食事の列も、
いつの間にか分かれている。
(……目に見えるようになったな)
俺は、遠くからその様子を見ていた。
声を荒げる者はいない。
だが、視線が違う。
「……また、先に診られた」
戻りたい派の兵が、小さく呟く。
「戦えない奴を優先するからだ」
それを、戻らない派の男が聞き返す。
「壊れてるのは、俺たちだ」
「だったら、戦場に行け」
「行ったら、死ぬ」
言葉が、刺さる。
リリアが、間に入ろうとするが、
俺は、首を振った。
「……今は、触るな」
下手に触れれば、火がつく。
だが。
「治療師さん!」
声が上がる。
戻りたい派の代表格の兵だ。
「はっきりしてください」
周囲が、静まる。
「俺たちは、前線に戻れるんですか」
正面からの問い。
逃げ場はない。
俺は、一歩前に出る。
「戻れる者もいる」
事実だ。
「だが、全員じゃない」
「……基準は」
兵の声が、震える。
恐怖と、期待。
「俺が決める」
一瞬、空気が凍る。
「なんだ、それは」
誰かが吐き捨てる。
「結局、あんたの気分か」
痛い言葉だ。
「違う」
俺は、静かに否定する。
「壊れ方を、視ている」
「限界を、知っている」
それでも、納得はされない。
「それでも……」
戻らない派の男が、声を上げる。
「戻れない奴は、どうなる」
俺は、答える。
「ここに残る」
「いつまで」
「分からない」
正直な答え。
ざわめきが広がる。
「じゃあ、俺たちは……」
宙ぶらりんだ。
その瞬間、誰かが叫んだ。
「だったら、分けろ!」
沈黙。
「戻りたい奴は、戻る」
「戻らない奴は、残る」
「中途半端が、一番悪い!」
極端だが、分かりやすい。
人は、線を欲しがる。
リリアが、俺を見る。
判断を、委ねている。
俺は、深く息を吸った。
「……分ける」
一言。
それが、火種になると分かっていても。
「だが、条件をつける」
人々が、息を呑む。
「戻る者は、
もう一度、俺の診断を受ける」
「戻らない者は、
ここで生きる覚悟を持て」
誰も、簡単には頷かない。
それでいい。
選択には、重さが必要だ。
夜。
焚き火は、完全に二つに分かれた。
同じ場所にいながら、
別の世界。
俺は、鍼を拭きながら思う。
(……分かれ道は、できた)
もう、元には戻らない。
この場所は、
選択の結果を、受け止める場所になった。
それが、俺の責任だ。
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