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回復魔法が効かない世界で、元鍼灸師の俺が経絡を視て命を救う ~治せないと言われた患者に、鍼一本で向き合う治療師~  作者: 蒼野凪


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第34話 救われたはずの人々

 灰の谷に、不満が溜まり始めていた。


 声を荒げる者はいない。

 暴動も、まだ起きていない。


 だが――


(……静かすぎる)


 それが、一番危険だった。


 俺が治療所を出ると、焚き火の周囲に人が集まっている。

 皆、こちらを見ているが、誰も声をかけてこない。


 その視線が、重い。


「……レン」


 リリアが、小声で呼ぶ。


「今朝、少し揉めました」


「内容は」


「治療の順番、です」


 やはり来たか。


 焚き火の近くで、一人の男が立ち上がる。

 民間人だ。

 年は三十前後。


「治療師さん」


 丁寧な口調。


「聞いてもいいですか」


「何だ」


「……ここにいれば、助かるんですよね」


 胸の奥が、きしむ。


「壊れないで、いられるんですよね」


 周囲が、息を呑む。


 誰もが、同じことを考えている。


「それは――」


 言葉を選ぶ間もなく、別の声が重なる。


「でも、診てもらえなかった人もいます」


 女だ。

 脚を引きずっている。


「昨日も、今日も」


 責めてはいない。

 ただ、事実を並べている。


「聞いていた話と、違う」


 小さな呟きが、連鎖する。


「ここに来れば、全部治るって……」

「戦わなくていいって……」


(……違う)


 そんなこと、一度も言っていない。


 だが。


(……伝わっていない)


 俺は、一歩前に出る。


「誤解がある」


 静かに、だがはっきり言う。


「ここは、全員を救う場所じゃない」


 ざわめき。


 男が、困惑した顔で言う。


「……でも」


「治療師がいるって」


「人も魔族も、診るって」


 期待が、音を立てて崩れていく。


「診る」


 俺は、頷く。


「だが、限界がある」


 誰かが、吐き捨てるように言った。


「……じゃあ、結局、見捨てる人もいるんだ」


 その言葉が、刺さった。


 リリアが、慌てて前に出る。


「違います!」


 声が、震えている。


「見捨ててなんかいません!」


 だが、その必死さが、逆に火をつけた。


「じゃあ、どう違うんですか」

「何が違うんだ」


 俺は、リリアを制し、口を開く。


「選ぶ」


 一言。


 空気が、凍る。


「俺は、選ぶ」


 逃げない。


「治療するか、しないか」


「今か、後か」


「ここに留めるか、戻すか」


 すべて、選択だ。


 沈黙。


 誰かが、低く言った。


「……選ばれなかったら」


 俺は、正直に答える。


「苦しい」


「怖い」


「それでも、生きている」


 綺麗事は、言わない。


 男が、俯いた。


「……思っていたのと、違った」


 それが、答えだ。


 期待は、幻想だった。


 治療は、保証ではない。


 人々は、少しずつ散っていく。


 怒鳴り声はない。

 ただ、失望が残る。


 夜、リリアが言った。


「……私のせいです」


「違う」


 即答だった。


「俺の責任だ」


 重く、確かな言葉。


 焚き火を見つめながら、思う。


(救ったはずの人々に、

 俺は、現実を突きつけた)


 それでも。


 嘘をつくより、マシだ。


 灰の谷は、今日も静かだ。


 だが、その静けさは――

 嵐の前兆だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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