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9話・エルドルトへ征く

 異世界での生活も一ヶ月ほどが過ぎた。

 当然、元の世界に戻る有力な手がかりは未だ無く、商店街で暮らす日々を余儀なくされ、それが当たり前になりつつあった。

 商店街の住人は、青海が思っているよりものんきで、でも強く。

 自分たちが取り乱せば、年下の青海たちに不安を与え、示しがつかないとでも思っているのだろう。

 生きるために作物を作り、生き延びるためにこの世界で暮らす覚悟を選んだ。

 商店街の外に作った作物が見せる芽はまだまばらだが、確実に成長していて、青海たちに希望をもたらした。ちなみに作物の種は無人の雑貨屋から拝借した。同じく無人の花屋から種をもらい、プランターでできる野菜や香草も並行して育てることにした。

 青海たちのアイデアで制作したパンも形になり始めていた。

 採取した豆を餡状に加工し、それを詰めた焼いた、風見通り式あんぱん(仮)だ。

 本物のあんこには風味も味にもまだまだ及びもしないが、試作品を食べたアルテナの太鼓判もいただいた。

 これを大量に焼き、エルドルトの城下街で売る計画だ。そのための準備もアルテナが請け負っている。そして数日前、その許可が下りたところだという。

「本当にいいのかい?」

 そう聞く羊の夢のおじさんは、申し訳無さそうな表情。城下街に売りに行くのは青海たちの役目と相成った。

 アルテナの話を聞くと、ここからエルドルトまでは片手間に行けるような距離ではないらしい。

 若者、そして少なくとも商売に片足を突っ込んでいる青海達は、その役目に適任であろう。

 このパンは、商店街の今後を占う鍵になるかも知れない。

 青海は大きく息を吐き、深呼吸。

 久々に金銭に関わる仕事を任された。それに、この世界に来てから初めて他の人間のいる地域に足を伸ばす。それも青海の緊張を高める要因でもある。そして、それは実野梨も同様であるらしい。顔を固まらせる実野梨の顔が懐かしい感じがした。

 アルテナが車輪の付いた荷台を用意してくれた。いわゆるリヤカーのように人の力で引いて物を運ぶ荷車だ。

 作ったパンを詰めたプラスチックのケースを、荷台に乗せる。自分が作ったパンではないのに、ドキドキする感覚。

 なお、エルドルトに向かうのは青海と実野梨。荷台を含むふたりの護衛はアルテナとクロノ。商店街の守りは必然的にポロンとヴァルだ。

 青海が荷車を引き、両サイドをアルテナと実野梨が付き、殿を相変わらずの不満顔のクロノが守りに付く。ここしばらくの付き合いを経ても、クロノが商店街に対する印象が危険水域を下回ることはなかったようだ。

 住人に見送られ、商店街を発つ。

 商店街の姿が小さくなってゆく。

 今まで慣れ親しんだ場所を離れ、見たこともない場所に向かう不安と、相反するような好奇心。それは小さい頃、学校に初登校する時のドキドキに似ていて。

 道すがら、実野梨がに台を引く役を受けたがったり、交代するもその重さに荷台はびくともせずアルテナの手を借りたり。

 結局実野梨は傍らの道に生えている花や、それに釣られて舞う不思議な色の羽根の蝶と戯れたり。幸いにもさしたるトラブルもなく旅路は続く。

 やがて、青海の身体が今まで感じたことのない高ぶりで溢れそうになる。

 その最たる原因が、目の前にある巨大な壁だ。その壁は左右に大きく割れている。これこそが、エルドルトへと続く門だ。

 門の先には、見たこともない光景が広がっている。まさに中世ファンタジーの世界がそこにはあった。

 門より遥か遠くに、無数の尖塔を抱える建設物。

 それは天を突くようにそびえ立つエルドルトの中枢、エルドルト城だとアルテナは言う。あれの先端が商店街の屋根の上で見えた一部分だろう。

 直線にそびえる大通り。石畳で整備された歩道が遥か先まで続いている。その横には建物が連なる。その数は生まれ育った商店街とは規模も人の数もまるで違う。圧倒されそうな光景に青海だけでなく、実野梨も「わぁ」と驚きを含んだ声を上げた。

「ようやくこの言葉が言えるな。・・・ようこそ、エルドルトへ」

 アルテナは誇らしげに賑わう町並みに手を向け、異世界人である青海と実野梨を迎えたのだった。


 最初に感じたのは奇異な物を見る目だ。

 エルドルトの人たちにとって、青海と実野梨の姿は奇妙に見えたらしい。

 その目を引く原因は、青海たちだけでなく、騎士であるアルテナが側にいるのもその要因であるらしい。青海たちはさしずめ騎士に捉えられた不審者か。

 ただ、それは青海たちにしてみても同様で、普段着に身を包む住人らしき人がいるかと思えば、剣をぶら下げた、顔に傷のある歴戦の戦士。頭部が犬の形、言うなれば獣人と呼べるような姿まで、多種多様。

 それは雑多と言い換えられるかも知れない。それが青海のエルドルトに抱いた印象だ。

 アルテナに先導された荷車は、とある場所で止まる。ここは風見通り商店街同様、様々な店の立ち並ぶ一画であるらしかった。

 周囲から聞こえる商売っ気の籠もる威勢のいい掛け声は、どの世界も共通なのだな、と感じた。

 その建物は何らかの店の前らしい。

「ここは私たちの知り合いの食堂でな。店の前なら使ってもいいとのことだ」

 大きな、2階建ての建物。そのまま入れるのではなく、入口前には数段の階段がある。

「挨拶とかしたほうがいいのかな」

 店先を使わせてもらう身だ。それは最低限の礼儀だろう。

「じゃあ、私も行く」

 実野梨もそれに倣い、

「では、私が案内しよう」

 アルテナも実野梨に続く。

「おい、俺に見張りをやらせるつもりかよ」

 設営途中の荷車を任されたクロノの不満を背にしながら、青海たちは店の中に足を踏み入れた。


『銀竜亭』は昼間は食堂、カフェ。夜は酒場に業務形態を変える店だった。

 年季の入った木目の内装。2階へと続く階段の手すりすらも雰囲気と味が出ていて、どこかの映画のセットと言われたら納得してしまいそうだ。

 テーブルの点在する店内。客はまだ食事処を主としている時間帯だけあって人はまばら。本領発揮するのは夜なのだという。

 点在する客、テーブルの奥のカウンターの奥にいる厳つい表情の男が、入店してきた青海たちに視線を向ける。

「本当に大丈夫なのか?・・・お前たちの頼みだから請け負ったんだ」

 青海たちへの印象はよろしくないらしい。もしかしたら、クロノのような感覚の方が正しいのかも知れない。そんな気さえしてくる。

「まあまあ、いいじゃないですか店長。悪い子じゃなさそうだし。なんならここで働いてもらうってのはどーです?」

 そんなことを言ってくれたのは、店長と呼ぶ厳つい男のカウンターの端により掛かる女性。

 年は二十代半ば。長身でスラリとしなやかな四肢。ブロンドを束ねた、快活そうな女性だ。

 ここの制服なのか、メイド服みたいな衣装に身を包み、困惑している青海と実野梨に優しい眼差しを向けている。

「私シルヴィ。あっちで難しい顔をしているのが店長のランド」

 よろしくね、と、シルヴィは青海、実野梨それぞれと握手。

 店長のランドは50代くらい。それこそ、騎士かなにかに従事していなければ説明のつかない傷が肌に見え隠れしていて、押しつぶしそうな威圧感すら垣間見える。

「あの、よかったら、これ」

 実野梨が挨拶の代わりに、商品のパンをシルヴィに取り出し渡す。

 その手の品にランドは不審がっていたが、シルヴィはまだ香ばしさを持続させているパンに目を輝かせている。

「食べていい?」

 と言うので実野梨はどうぞと促した。早くアルテナたち以外の身内の感想が聞きたい。

 シルヴィはパンを見た目に似合わぬ大口で齧り付くと、すぐさまその表情を歓喜の色に変える。

「ううっ。なにこれ美味しっ!?食べたことのない味!」

 シルヴィの感想に、店内の客が明らかに青海たちへの意識の色を強めた。その様子に、なぜかアルテナが自慢げに頷いている。

「店長も食べなよ!」

 ランドにパンを差し出すも、不審な目を崩すことはなかった。

「じゃあ、私が食べますねっ」

 一個目をいつの間にか平らげていたシルヴィがランドのパンに手を伸ばした。店長の返事を待つこと無く、シルヴィは二個目を手に取り、今度はパンを真ん中で割る。

 パンの断面にすら感動を見せつつ、シルヴィは片割れにかじりついた。

 パンの感想は、そのシルヴィの表情が如実に現していて、青海はホッと胸を撫で下ろした。

 頑張ってね、というシルヴィの声援を背に受けて、青海たちは銀竜亭を後にした。


「やっと戻って来やがった・・・!」

 鬱陶しそうなクロノ顔が青海を出迎える。

 いつもと違う銀竜亭の軒先に、通行人の視線が集まる。

「悪い、ありがとうクロノ」

 謝りながらも、青海は設営の仕上げに入る。

 元の世界では魚を売っていたわけだが、今日はパン屋のバイトとして気合を入れる。

「手を貸せるのはここまでだ。後は君たちの手腕次第だ」

 アルテナとクロノは報告を含めて一旦城へと戻るらしい。帰る頃に護衛に戻ってくるという。

 場所も提供してもらい、十分すぎる助力をしてもらった。アルテナたちには感謝しかない。

「夕暮れ前には戻ってくる」

 そう言いながら、アルテナは踵を返した。その後をクロノが続く。

「あ、クロノ」

 そんな背中を青海は呼び止める。

「ほら」

 クロノに商品のパンを手渡す。

「クロノには渡して無かったよな。俺が言うのも何だけど、お礼だ」

 クロノは手の中のパンを青海に向けるものと同じ目で見つめ、

「・・・こんなもので懐柔できると思うなよ」

 そう言い残すと、クロノは城の方向へと向かって歩き出した。相変わらずな態度に、アルテナは肩を竦めるのであった。


 結果から言えば、ケースにあるパンは全てが売り切れた。

 物珍しさもあったのだろう。茶色く焼けた香ばしい匂いはどこの世界の人間だろうと鼻をくすぐるものらしい。

「すごいよあおちゃん、売り切れた!」

「おじさんたちの力だ」

 純粋にパンの美味しさが伝わったのかも知れない。

 ただ、作り主である本人は満足はしていない。中身のあんこについては本物とは言い難いからだ。これから改良を重ねてクオリティを高めていくという。

 持ち帰る人もいれば、その場で食べていく人もいた。その顔は一様に笑顔を貼り付けていた。それが、少し誇らしい。

 服装が物珍しいのか、異国からの行商人である青海と実野梨に興味を示し、話しかけてくる人も。

 アルテナに釘を刺されていたのは、なるべく異世界から来たということは伏せておくように、と。周囲に不要な不安を与えないため、そして青海たち自身にも余計な危機を防ぐため。

 なので、どこから来た、という質問には遠い場所から来たというかなり苦しい答えでお茶を濁している。

 城の人間にこそ商店街の存在は知られているが、城下の人間には伏せられているという話だ。

 革袋に詰まった硬化の量は、以前アルテナから受け取ったものよりも重量感がまるで違う。

「俺、ランドさんに挨拶に行ってくる」

 荷台もあらかた片付けて、あとはアルテナの迎えを待つだけだ。

 実野梨に細かい後片付けを任せて、青海は銀竜亭へと戻る。

 青海からの報告を聞いたシルヴィは、パンの完売を祝福してくれた。

「おい」

 と、カウンターの奥から険しい顔のランドが姿を現す。

・・・そうだ、この様子では次も店先を貸してくれるとは限らない。

「俺のパンはシルヴィに食われちまったからな、今度は俺の分も頼むぜ」

 その顔は相変わらずの無骨だが、とりあえず門前払いされた訳ではなさそうで安心した。

「は、はい」

 カウンターの上に水滴の付いたグラスが2つ置かれる。

「ふふ、店長から」

 シルヴィが小声で注釈。当の本人は早々にバックヤードに消えている。

「外のお嬢ちゃんも呼んできなよ」

 そうだ。実野梨に片付けを任せたままだ。

「ちなみに、ふたりは恋人同士?」

 実野梨との関係を知らない人間からは、十中八九出る質問だ。

「いえ、そんなんじゃないですけど」

 青海の否定に、シルヴィは笑顔。

「凄く息もピッタリだったし、お互いがお互いの考えていることが分かる、って感じ!」

「・・・まあ、付き合いだけは長いですから」

 幼稚園、小学校、中学、高校。おまけに行く異世界までもが一緒だ。

 実野梨を呼びに扉を開ける。

 だが、そこに実野梨の姿は無かった。

 荷台がまとまった荷車だけが残され、通行人の喧騒がそこにはある。

「・・・実野梨?」

 名前を呼ぶが、返事は返ってこない。  

 周囲を見回す。それらしき姿はない。目立つ姿だから、見逃すはずもないのだが。

 何度目を凝らして見てみても、見知った顔は見当たらない。

 青海の背筋がさあっ、と寒くなる。

 何かのトラブルか?

 異世界で迷子だなんて・・・!

「あ、あの」

 青海は近くの人に声をかけた。

「あそこにいた、女の子を知りませんか」

 荷車の辺りを指さして、聞く。

「ああ、俺もパンが欲しかったんだが、売り切れって言われてよ」

「そ、その子、どこへ?」

 最も重要な部分。

「・・・あのふたりは知り合いじゃあないのか?」

 知り合い?

 この世界に商店街の人間以外に顔見知りはいない。それがアルテナたちなら別だが。

「その人、騎士団の人でしたか?」

「いや、普通の格好をした男ふたり組だったよ」

 ざわっ。

 背筋の冷たさが確信めいたものに変わる。

「その男たち、どこへっ!?」

 詰め寄らんばかりの勢いの青海に怯みつつ、その人は視線と指を動かし教えてくれた。

「そこの路地裏に入っていったよ。あっちは、っておい!」

 男が言い終えるよりも早く、青海は教えられた方へと駆け出していた。

 くそっ!

 油断していた。

 アルテナたちが友好的な人物だから警戒を薄れさせていた。

 クロノが青海たちを信頼に足る人物かどうか値踏みしていたのは、何ら不自然では無かったのだ。

 自分たちもそうでならなければいけなかったのだ。自分の世界ですら、信頼できる人間はどれくらいいるのか。

 後悔の念に苛まれ、青海は地面を蹴る足に力を込めた。

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