8話・探索と模索
アルテナの案内で実野梨、光鍔を引き連れての森への探検。
白い鎧が勇ましいアルテナに対して、実野梨と光鍔は学校指定の揃いの赤色のジャージだ。
「この実は生でも食せる。こっちはそのままでは食べられたものではないが、火を通せば食べられる。それと、こっちは保存に適している」
アルテナの知識の総動員に、籠に続々と木の実が放り込まれる。
当然その木の実も、元の世界ではお目にかかれない形状で、籠の中には山が出来ていく。
「子供の頃は野山を駆け回り、一帯の木の実は私が食い尽くし、次の季節まで生えない焼け野原にしたこともある」
と、アルテナは意外な幼少時代を語った。
「あ、あの。アルテナさん」
籠を一杯にするため、途切れること無く木の実を回収している中、実野梨はおずおずと口を開く。
「さん付けは堅苦しいだろう。年も近い。呼び捨てで構わんぞ」
南口で警備に従事するアルテナに、青海がその横に就いた時のことを実野梨は思い出したのだ。
「昨日、あおちゃんと何を話してたの?」
街を守りたいゆえの行動だろうが、やはり実野梨としては気にならない訳でもなくて。
「ああ。色々なことを話した。年が近しいのもそこで知った。君達がこの世界に来る直前の現象のことも聞いたが、それに関しては済まないがわからなかった」
青海達の感じた振動が、商店街の規模の物体を空間転移させるものに関係があるのかと言われれば、アルテナは素直に確信を持って頷くことは出来なかった。
「・・・ほら、そんな色気のあるようなことでもなかったでしょ。それにアイツがそんなタマかよ」
小声で言う光鍔に、実野梨は「う、うん」と小さく頷く。
「時に、君達は幼馴染みだそうだな」
「うん。私とあおちゃんは幼稚園から。みっちゃんは小学生・・・、そのすぐ後かな」
幼稚園と小学生の意味がわからなかったのか、アルテナは眉をひそめている。
「すっごい昔から、ってこと」
腕を目いっぱいに広げて実野梨はなるべく大きさと長さを表現する。
その姿を見て、アルテナは羨ましそうに薄く微笑む。
「良いな。昔からの友人、か」
どこか、遠くの物を見るようなアルテナの眼差し。
話しながら、3人は手際よく木の実を籠に投げてゆく。
最終的に、籠は色とりどりの実で溢れる寸前となった。
「重くない?みっちゃん」
「大丈夫よ、これくらい」
木の実ひとつひとつは小さくとも、籠いっぱいになると話は違う。
「いざとなれば私が君達の籠も請け負おう」
木の実の詰まった、籠以上の重さの鎧を纏うアルテナだ。体力には自信があるのだろう。
「結構です。大丈夫ですんで」
そうは言いつつも、光鍔の肩には今まであまり感じたことのない重さがのしかかっている。
「こんなところでいいだろう。次に採取する時は、我々の内の誰かを護衛につけると良い。比較的、商店街から近いとは言え危険がないとは限らないからな」
今回は、運良く敵の気配もなかった。
「そのまま食べるのも良いけど、これをパンの材料にするっていうのはどう?羊の夢のおじさんおばさんに手伝ってもらって」
実野梨がそんな提案を上げる。
「いい考えかもだけど、作るのはおじさん達よ。小麦粉の備蓄もあるだろうし」
羊の夢ではまだパンを焼いているらしい。小麦粉の在庫が無くなるまでは、温かい焼き立てのパンを提供してくれている。それは、商店街で生きる人間の活力になる。
「でも、それをメニューにしてこの街で売れば」
そうすればお金も稼げるかも。ひいてはこの商店街のためにもなるとは実野梨の意見。
「そんなもののために、わざわざここに来るかしら。外はあの化け物が徘徊しているかも知れないのに」
命を掛けて、訳のわからない建物の作るパンを食べに来るだろうか。
「アルテナちゃんはどう思う?」
「そのためにはここまでの街道を整備して、通行者の安全を担保せねばならない。厳しいことを言うようだが、そのために人員も金も割けないというのが本音だ」
実野梨もこの街で生きていくために伸し掛かる、厳しい現実を見た。
「ただ」
アルテナはそう付け加え。
「ここで作った物をエルドルトに売りに行く、というのならやぶさかではない。その気があるのなら販売許可証や、そこまでの世話は請け負わせてもらう」
狭まった世界で、微かな希望が見えた気がした。
木の実で詰まった籠を背負い、3人は帰還の道に。
その時アルテナがふと口を開いた。
「一応言っておこう。あっちの森には足を踏み入れないでもらいたい」
アルテナが指を指す方角に目をやると、薄っすらと濃い緑の群像が見て取れる。
収穫に訪れた森とは規模も密度も違う木が奥に連なっている。
言い方が気になった。
入るな、ではなく踏み入れるな。
実野梨と光鍔は顔を見合わせたのだった。
「『聖域』?」
ヴァルの言葉に、青海はその単語を繰り返す。
青海も、ヴァルに件の場所にある森には近づくなと忠告を受ける。
「あそこはエルドルトを守護する聖なる獣の住まう森。そして、歴代の王の御霊が眠る場所でもある。そのことを別にしても、素人が足を踏み入れようものなら、瞬く間に方向感覚を狂わされ、迷う」
ただ、その言葉は迷う危険性よりも、森そのものへの侵入を咎めているように思えた。
帰宅すると実野梨、光鍔は食べられる実の特徴と外観を写真に撮り、それを載せた小冊子を作成。これを住民に回覧板のごとく回して情報を共有するのだ。
コピー機を含め、今までいた世界と何ら変わらず機械が使えるのは相変わらずなんとも奇妙な感覚だ。もっとも、コピー用紙やインクは現存する分しかないので、大切に扱わなければならない。
失敗しないよう、慎重かつ丁寧に出力。住人分の冊子を何とか刷り終えた。これを明日の定時集会で配るのだ。
「ありがと、あおちゃん」
加藤家のプリンター機で黙々と印刷。
「ふーん。俺らが採ってきたものと大体同じだな」
ホチキスで止められた小冊子をパラパラとめくり、青海は印刷された情報を眺める。
採ってきた木の実の詰まった籠は商店街の中央部に置き、アルテナの説明のもと絶賛味見中だ。
青海達の木の実採集と同時進行で、商店街の外部に土を掘り起こした跡が見えた。
何を植えるにしろ、畑を作る動きが始まっていた。それは、確実に青海たちがここでの生活を根付かせることを示す。
コピーし終えた冊子の束を机の端でとんとんと鳴らしながら、
「これ、明日まであおちゃんの部屋に置いておいてもいい?」
「別にいいぞ」
机の上にうず高く積まれる冊子の山。
「・・・ねえ、アンタらってまだ窓使って行き来してるの?」
青海の部屋に久しく訪れていなかった光鍔が聞く。
昔からの癖に加え、1階を経由して部屋を往来する面倒さを解消する、青海と実野梨の連絡路だ。
「そうだな」
この世界に来る寸前も、宿題をするために実野梨は窓枠を乗り越えてきた。
この行動はお互いの親に咎められることもなかった。大きな物を運び込む等の危険な行動以外はしないとの約束で。それ以外なら、事実上の常時開放状態だ。
よく見ると、青海のベッドには趣味ではない大小さまざまなぬいぐるみが鎮座している。それは青海本人のものではなく、実野梨の部屋からいつの間にか漂流してきたぬいぐるみだった。
無論、青海はそれらに興味はないし、愛でることはない。あくまで隣の部屋からやって来て、帰還することの叶わなくなった悲しきぬいぐるみ達である。
「もうさ、この部屋で暮らしちゃえば、実野梨」
青海のベッドの光景を見て、光鍔は呆れたように言うと、実野梨は瞬間湯沸かし器の如く顔を真赤にさせた。
「な、なななみっちゃんっ!?」
ままならない口元のまま光鍔に詰め寄る実野梨。眼前まで押し迫った実野梨の顔は、僅かに熱すら感じるようだった。
「八百屋から魚屋に鞍替えするのもありなんじゃない?」
含みを持った笑みでからかうように光鍔が言うと、実野梨の顔の赤みが増大する。困ったように口元をあわあわとまごつかせながら。
・・・反応を見るのが怖い。
実野梨がゆっくりと振り返ると、青海はあくまで冷静な表情。
「鞍替えも何も、俺達はまだ手伝いの身だし、まだ本職に就けている訳じゃない」
その言葉を聞き、光鍔は大きくため息を吐いた。
「・・・大変ね、アンタも」
光鍔は同情するような目で、実野梨の肩に手を置いたのだった。
翌日。
パン屋『羊の夢』に呼び出された青海と実野梨。光鍔。
羊の夢のご主人であるおじさんは、青海達の採ってきた木の実で試作品にあたるパンを制作したという。
いくつかのサイズ、形のパンがテーブルに並べられておる。どれも、まだ湯気の香る焼き立てだ。
実野梨の言っていたパンを作ってエルドルトの人達に売る、と言う案を聞いたのだという。この商店街の生活のためになるのなら、とこの夫婦は協力を申し出てくれた。
「若い子の意見が聞きたいんだ」
と、おじさんは言う。
いつも店に並ぶジャムパンやクリームパンはもう作るのは困難だ。それらは毎日新鮮な食材を使って作るからだ。パンの中身はこの世界の食材に頼るしかない。
この世界の木の実を使ったパンの第一弾。木の実をジャム状のソースにし、それを生地で包み、焼いた。
試食係にはアルテナも加わってもらった。そういうことなら私も協力しよう、と。
おじさんが頷くのを合図のように、4人はパンを手に取る。
柔らかくも、香ばしいパンに口をつける。
「おいしーい」と、実野梨の意見。
「ん。おいしい」
これは光鍔。
「ふむ」
アルテナは自分の世界のパンとは口当たりの違いに目を丸くしている。
一方、青海は無言。
甘酸っぱく果肉も程よく残っており、一言で言えば、美味しい。
「どうだい、青海くん」
感想を言わない青海に、おじさんは不安の顔。
「美味いけど」
「遠慮なく言って?」
奥さんが言葉を言い淀んでいる青海のその先を求める。
「美味いけど、それだけな気がします。たぶん、こういうのって、もうあったりするんじゃないんですかね」
パンの中身は木の実のジャム。売るとなると、ありふれた商品を買うだろうか。
「確かにこういうのであれば、城下街でも買えるな」
「おいしいのに」
「マジな意見やめろよ・・・」
アルテナを除く女子組は好みの味らしく、当然青海も美味いとは思って入るが、商品として考えた場合は別の話だ。
「さすが、青海くんは鋭いな」
青海に気付いたことが、パンのプロであるおじさんが気が付かない訳が無い。実野梨と光鍔の意見は決して手放しで喜ぶべきことではなかった。
ただ、これはまだ試作品だ。改良の余地はある。ただ、小麦粉も無限ではない。
「みんなもアイデアがあれば遠慮なく聞かせて欲しい」
そんな不安を感じさせない、おじさんの笑顔。少なくとも、元の世界に帰るまでは、自分のやりたいことが制限される時間があってはいけない。
毎日、いつもと変わらない焼き立てのパンの香りが立ち込める店でなければならない。
「とは言ってもな」
先程のパンのようなありふれたものではない、画期的な商品。
青海は頭を掻きながら考えを巡らせる。
「君達ならではの味が出せればいいのではないか?」
アルテナはそう言うが、それが出来ていたらおじさんは苦労していないだろう。
アルテナは少し視線を外し、考える表情。
「・・・ポロンがこの街の住人に貰っている食べ物は何だ?我々には見せてくれないのだ」
ポロンの警備の番には、差し入れと称しておじいさんおばあさんから食べ物や飲み物を受け取っている。・・・炭酸系は除いて。食い意地が特段悪くないポロンが、夢中になる食べ物。
と、そこへおつらえ向きにビニール袋を下げたおばちゃんが通りがかる。
今の南口の警備はポロンだ。
「・・・それ、ポロンへの差し入れですか?」
青海が聞くと、おばちゃんは破顔。
「そうよぉ。あの子、食べる姿が可愛くて、ついあげちゃうの」
おばちゃんは袋の中身を見せてくれる。
「なんだ、それは?」
それも当然アルテナには馴染みのないものだろう。
袋の中にはまんじゅうや羊羹。渋い和菓子の詰め合わせが入っていた。
「ごめんね、そっちのお嬢ちゃんには渡したことは無かったかしら」
言いながら、袋の中からまんじゅうを3つ取り出すと、それをアルテナに手渡した。
生地が茶色の、ごく普通のまんじゅうだ。
「甘いもんは頭にいいよ。あのおっきい兄ちゃんと、怒った顔の兄ちゃんにも渡してやりな」
そう言って、おばちゃんは袋の中身をポロンに届けるべく、立ち去った。
アルテナは手のひらの上に乗るまんじゅうの存在に困っていたが、実野梨の「食べてみてよ」という言葉に、意を決するようにまんじゅうの包装を剥いた。
「では、いただくぞ」
手にしたまんじゅうを恐る恐る頬張る。
目を見開くアルテナ。そして、すぐさま巌しい表情に変える。
「・・・許せんな」
次に出たのは、そんな言葉だった。
「ポロンの奴め、こんな美味い物をひとりで食べていたというのか・・・!」
怒りすら滲ませた表情で、南口にいるであろう仲間に向かって恨み節を差し向けた。
まんじゅうを1個を口の中に収めると、アルテナは頬を膨らませたまま甘い幸せを噛み締めていた。
それを青海達に凝視されていることに気がついたのか、口の中のものを飲み込み、赤くなった顔で軽く咳払い。
「・・・これは我々が食したことがない味と風味だ。・・・この味ならば商品になりうるのではないか?」
3人は顔を見合わせる。
それはもはや、あんぱんだ。
「あんこはどうするんだよ」
この商店街には和菓子屋はない。
「豆なら何でもいいのかなあ」
小豆を使わないあんも、あるにはあるだろう。
「この辺で豆は採れるのか?」
「思い当たる節はある。今度の採集はそれを目的としよう」
今回の件でわかったことは、次の食料採集の確約。
そして、アルテナの意外と甘い物好きだという姿だった。




