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7話・外の世界へ

 夜が明ける。

 定時連絡の場所にしていた商店街の中心部に、ポロンは現れなかった。

 北と南の警護を戻ってきたヴァルとクロノとのローテーションに変更した矢先の出来事である。

 南はアルテナとヴァル。北はポロンとクロノ。

 南にヴァルを残しアルテナ、クロノ、そして青海が北口に向かう。

 そこに着くと、アルテナは驚愕した。 クロノも目を見開き、仲間の元へ駆け出す。

 ポロンは目を伏せ、商店街の床部分に倒れていたが、何故か身体に毛布が掛かっている。

 周囲には商店街の人間、中には光鍔の姿もいる。

「お前ら!やはり!」

 クロノが腰の剣を抜きそうな勢いで詰め寄る。

「待て!クロノ!」

 それをアルテの手が制する。ポロンは横たっているだけで、最悪の自体に陥っているという訳では無いと確認する。

「・・・寝ているだけだ」

 伏せられた目。微かに上下する毛布に覆われた胸。漏れる吐息。

「全く、騎士の本分を忘れて眠りこけてしまうとは」

「ごめんねぇ。夜も長いから差し入れをしたのよ。そしたら目を回しちゃって」

 おばさんが人垣から申し訳無さそうに一步、踏み出す。

 ポロンの傍らには中身の残ったペットボトルが置かれている。それは甘い炭酸ジュースのラベルだ。

 アルテナはキャップの空いたペットボトルを手に取り口の匂いを嗅ぐ。

「・・・毒が入っている様子はない。何か甘い香りが」

 恐らく見たことないであろう色の水に、アルテナは眉根を寄せる。

「酒か?」

 当然、ペットボトルの中身は酒ではない。味はともかく、アルテナはそれが泡を発していることに気づき、

「ポロンは酒の匂いは勿論、炭酸水でも酔ってしまう体質なのだ。その間に街に何も被害が起きなかったから良かったものの」

 アルテナは珍しく咎める様な表情。ポロンの寝顔には赤みが差し、幸せそうなに目を伏せている。

「ポロン、起きるんだ」

 むにゃむにゃ、とまるでマンガでも言わない寝言を零しながら、ポロンは毛布と共に身をよじる。まだ出会って僅かの時間だが、その年齢らしからぬ言動が伺えるポロンも、年相応の子供なのだと思わせてくれる。

「無理に起こさなくてもいいんじゃないか?」

「・・・そういう訳にもいくまい」

「こっちの不手際だし、寝かせてやらないか?」

 微睡みに包まれている時が一番幸せなのは、青海たちもポロンも同じだと思う。青海だったらここでいい夢を壊す気にはなれない。

「・・・まあ、起き抜けでは頭も回らないだろうからな」

 アルテナは、ポロンの身体を揺するる手を下げた。

「クロノ、ヴァル。このまま警護を引き継いでくれ。私は少し仮眠を取る」

 街の隅でもいいから貸してくれ、と言うアルテナに、青海はちゃんとした部屋で休むことを勧める。ここがいくら屋根の付いた商店街と言えど、だ。

 それに、家主不在の家がここには山ほどある。この状況下なら、それも許されるだろう。

「心配するな、いざという時すぐに動ける状態であることが必要だ」

 そう言って、アルテナはシャッターの閉まった軒先に背と腰を預け、渡された毛布と共に剣を抱きとめ、瞼を伏せる。

「君もいい加減休むといい。・・・これからじゃあないのか、ここでの生活は」

 気を張りすぎるな、とでも言いたいのだろう。それきり言いい終えると、アルテナは眠りに就いた。

「・・・調子に乗るなよ」

 アルテナの伏せた睫毛に魅入られそうになった青海の意識を、横から聞こえる言葉で引き戻される。

 藍色の髪の剣士、クロノが巌しい瞳が青海に投げつけられている。

「俺たちがお前たちを守ってやってるんじゃない。お前たちが俺たち守られているのを忘れるな」

 それだけ言うと、クロノは颯爽と北口に向かった。

 相変わらず商店街に敵意を持つクロノ。その理由はわからなかったが、代わりに遅れてきたかのように、青海の身体を襲う疲労と睡魔の波が。

 アルテナに言う通り、青海は朦朧といかけながら我が家に帰った。

 鉛のように重くなった身体をベッドに投げ出す。

・・・どうしてこうなってしまったのか。

 元の世界に帰る方法。この世界で行きていく方法。実野梨や光鍔。商店街のみんな。

 色んなことを考えているうちに、青海の眼前があっという間に真っ黒に塗りつぶされた。

 それが眠りにつく合図だと気付いた時には、青海の意識は深い奥の中に沈んでいった。


 目を覚ますと、そこは当然見知った部屋。しかし、その家の先が見知らぬ世界だと思い出し、青海は沈んだ気持ちでベッドから起き上がった。

 時間はまだ昼にも到達していない。

 重い足取りのまま1階へ降りる。

 そこにはエプロン姿の実野梨がキッチンで料理をしていた。

「あ。おはよ〜、あおちゃん」

 振り向き、笑顔を見せる実野梨。

 フライパンが油を弾けさせ、卵とベーコンの焼けるいい匂いがする、トースターの中にはパンが2枚収まっており、赤い熱を帯びている。

 そこだけ切り取ると、幼馴染みが珍しく朝食を作ってくれるの図、に見える。

「冷蔵庫の中、整理しないと食べられなくなるかもだから」

 その言葉で、自分たちが未だ異世界で足踏みをしているのだと思い知る。

「簡単だけど、朝ご飯食べよ」

 テキパキと実野梨はテーブルに朝食の準備をする。

「あ、今度みっちゃんも呼んで食べようか。その方が楽しいかも」

 サラダ、漬物。そして焼き終わったトーストが最後にテーブルに乗った。

「いただきまーす」

 青海とテーブルを挟んで椅子に座った実野梨が手を合わせる。

 実野梨の極めてのんきな声と共に、トーストをかじる小気味よい音が響く。

「うん。美味しいよ。あおちゃんも食べて!」

 それが、どこか無理をしているように見えて、青海は胸が苦しくなった。

「実野梨」

 青海がその名を呼ぶと、実野梨は食事をする手を止める。

「・・・元の世界に帰りたいか?」

 実野梨はその問いに、僅かな逡巡。そして、口を開く。

「帰りたいよ、勿論」

 その目の先は、元の世界の風景を映しているのか。自分の家。学校。旅行に行った親たち。

「でも、みんながいるから。あおちゃんが一緒だから」

 寂しくない、とでもいうのか。

「私の考えだけど、いい?」

 実野梨はあくまで笑顔で務める。

「確かに早く帰りたいよ。でも、急がないで。逸らないで。ゆっくり行こうよ。その前におばあちゃんになっちゃうのは少し困るけど」

 言って、実野梨は小さく笑った。

 実野梨は、青海の焦りを感じ取っているのかも知れない。

 この状況は誰の所為でもない。ましてや青海の所為でも。まるで元の世界に帰るのが青海の使命かのように、焦っていた。

「そう、か」

 実野梨の思いを飲み込んで、青海は頷いた。

「そうだよな」

 そして、吐いた答えを青海は反芻した。

「生き急ぐことは、ないよな」

 そうだよ、と実野梨は笑った。

「冷めちゃうよ。食べよっ」

 実野梨に促され、青海と共に食事を再開させた。


 住民が商店街の中心部に招集され、今後の方針について話し合いが行われた。

 今すぐに元の世界に帰ることができない今、ここで生活をする覚悟を決めなくてはならない。

 大人たちが商店街の外の土地を耕し畑を造ることとなった。今すぐ食べ物が手に入る訳では無いが、商店街の食料が目減りしていく中、作物の入手はいずれ必要なことだ。

 エルドルトの領地出るはずのここの地を掘り返すこと。これが商店街の人間に許された最低限の譲歩だという。

 本当に生活が立ち行かなくなった場合、そこで初めてエルドルトの保護を受けられる。

 青海たちが元の世界に戻るまで、なるべくならお世話にならないことを祈るばかり、いや、目指すべきだろう。

 全て手動かつ手探りだが、幸いなことに商店街の金物屋の道具は置いてあったので、それを拝借した。

「この辺りで採れる木の実や果実を教えよう。しばらくの繋ぎになるはずだ」

 そう提案したのはアルテナだった。その言葉に用意したのは軍手や大きめのカゴがいくつか。

「食料調達は2グループに分けよう」

 商店街の総意として、アルテナたち、エルドルト騎士団との連絡窓口は青海たちに任せるとのことだった。年が近いからということが大きな理由だった。

 食料調達に、クロノは辞退。商店街の警護の方が数百倍はマシだと。相変わらずの態度に、アルテナは小さくため息を吐いた。

「では、もうひとりの警護はポロンでいこう」

 すっかり酔いも醒め、血色の良くなったポロンが頷く。

 ちなみに昨夜の酔っぱらい騒動の後、ポロンは商店街の大人たちのアイドル敵存在になりつつあった。

 青海たちよりも年下で、まるで孫に接するかのようにお菓子を突きつけられ、それを齧り付く姿に和ませられている。

「私の班はミノリとミツバでいいんだな」

 木の実の採集を買って出たのは実野梨と光鍔。実野梨はともかく光鍔が名乗り出たのは正直驚きのほうが大きい。

「では、アオミとヴァルは別のポイントで採取を」

 ヴァルと行動を共にするのは初めてだ。・・・少し緊張。

 青海組とアルテナ組に別れて、北口南口から商店街からそれぞれの採取ポイントへと向かう手となった。

 良く考えたら、この世界に来てから初めて商店街の外に足を踏み入れることになる。

 広大な大地が生む風が青海の頬を撫でる。

 草原を泳ぐゆったりとした流れが、青海たちと歩みの足並みを揃える。

 しばらく風景を目に納めたところで、青海は頃合いを見て聞いてみる。

「あの、ヴァルさん」

「・・・何だ」

 近くで見るとその威圧感さえ感じられる体躯が目を引く。青海よりも頭ふたつは軽く大きい。所々顔に垣間見える傷が、歴戦の勇姿を思わせる。

 さらに、その身より大きい槍を携えた姿は、頼もしさを超えて気迫すら感じる。

 どうやら口数の少ない人物の様だが、その質はポロンとは違う感じがする。言うなれば背中で語る、無骨な武人。

 ただ、クロノほどは敵意は感じられない。かと言って友好的には見えない。

「どうして俺たちに手を貸してくれるんですか」

 友好的なのはアルテナくらいで、他のメンバーはどうなのだろう、と。

「上官からの命令だからな。命令とあらば、それは騎士として何よりも優先されるべきものだ」

 機械のような口ぶりで、ヴァルはとつとつと語る。

「クロノがあんな態度なのは何故かわかりますか」

 ヴァルはしばしの間、逡巡。やがて口を開く。

「あいつも国を思うがゆえの行動だ。詳しいことは俺が語るまい。知りたいのであれば、本人から直接聞け」

 聞いて素直に答えてくれるだろうか。クロノには、商店街の人間に近寄らない、馴れ合わない壁が見える。

 ヴァルは槍とは別に、腰から短刀を引き抜き、草を刈りながら手慣れた動きで前へ進む。先導された青海はその後に続く。

 鬱蒼とした草の中、陽の光のうっすら差し込む優しい雰囲気の森だ。まるで童話の中にでも入ったかのような。 

 その辺の茂みから、小動物が顔を覗かせても不思議には思わない。

 知りたいついでに、もうひとつ質問を投げかけてみる。

「あの、用立ててもらったお金で武器が欲しいんですが」

 昨日アルテナから受け取った硬化の詰まった革袋。この世界のレートはまだ知らないが、量だけなら相当枚数入っていた。

「・・・武器?」

 ヴァルは青海に振り向くこと無く聞き返した。商店街には本格的な武器はない。バットやゴルフクラブで代用しているが、心もとない。

 商売柄、家には包丁もあるが、流石にそれに手をつけるわけには行かない。いざというときの、最終手段だ。

 欲しいのは、それこそ剣や槍。商店街のみんなを守る武器だ。

「何のつもりかは知らないが、悪いことは言わない。やめておけ」

 ヴァルは青海の言葉を突っぱねた。

「見た所、お前はおよそ戦いには向いていない。ヘタをすれば怪我ではすまない。大切な者がいるのであれば、なおさらだ」

 ヴァルは、青海が武器を欲している理由を一瞬で理解したようだ。いいように解釈すれば、戦いは自分たちに任せろと言いたいのだろう。

・・・悔しい。

 返ってきた答えは、青海には何も出来ないと言われたのと同義だからだ。

「今、お前たちがするべきことは、生き延びることだ、そのために、我々がいる」

 鎧越しのその背中はこの上なく頼もしい。

 騎士であるアルテナたちとは比べるまでもないが、それがアルテナたちとの力の差の距離のように思えた。

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