40話・守りし者
旅路を数日。
行き程急ぎの日程ではないので、帰りは緩やかに感じた。クロノもポロンもあえて進みを遅くしてくれているような気がした。青海に十分な考えを与えるように。それを察してか、帰りの船は、行きのようなトラブルもなく。その船を経て、大陸の大地の土を踏みしめた時、不思議と帰ってきた気分になった。
「こっからはひとりで戻れるだろ」
今はちょうどエルドルトと商店街の分岐点辺り。そこからはひとりでも戻れる。剣を貰っておいて良かった。
「クロノ、ポロン」
踵を返し、背を向けるふたりに向かって青海は声を掛け。
「・・・ありがとう。何も手掛かりは得られなかったけど」
ふたり、そしてディアラには頭をいくら下げても足りないくらいの感謝がある。
「・・・お前らが元の世界に戻る手段はな。その代わり、とんでもねえものが出てきた」
それは、この世界と青海の世界を繋ぐ、微かな糸。
「こっちは情報を共有してから、副隊長でもそっちに向かわせる」
そう言い残して、クロノとポロンは城の方向へと歩いていった。
その顔は、信じられない物を見るような目から、潤んだ涙が滲み始めた。しばらく見ていないだけで、ずいぶんと懐かしく感じる。
「あおちゃんっ!」
その少女は一目散に青海の身体に飛び込んで、その顔を胸に埋めた。
その無事を確かめ、安堵したのか、胸の中から小さい嗚咽が聞こえてくる。
青海は優しく実野梨の頭に手を乗せ、撫でる。
「・・・ただいま」
実野梨は、小さな声で「おかえり」と返し。それに気付いた、周りの商店街の人々が、青海の帰還を喜んだ。
青海はその場にいる実野梨を含めた人達に向かって、深く頭を下げた。
旅費を捻出してもらってまで赴いた旅路では、何の成果も手に入れられなかったからだ。
「青海くんが無事ならそれでいいよ」
そんな旨の言葉を次々と掛けられる。心の中では落胆が占めているに違いない。微かな希望を信じたその分だけ、反動は大きいだろう。それを、見せないでくれるのがまた心が痛かった。
「・・・おかえり」
光鍔は平静な顔で青海を迎え入れる。
「光鍔、源じい居るか?」
挨拶もそこそこに、思いがけない人物を求める言葉に、光鍔は目を丸くする。
「・・・家に居ると思うけど。どうしたの?」
光鍔の言葉を聞くやいなや、青海は着の身着のまま足を進める。
光鍔の家である、玉田骨董店に向かって。
がしゃ。
と、刀の残骸をその老人の目の前に転がす。
老眼鏡の奥の目が、それを大した感情を乗せずに見る。
「ずいぶんと派手に壊してきたな」
むき出しの刀身。砕けた柄。ひしゃげた鍔。それを収める鞘が机の上に並べられ、武器としては無惨な様相だからだ。
「どういうことだ?」
青海は静かに、ただ真摯に。源次を問い正す。
「人が貸した物をぶっ壊してきて言うセリフか」
逆に、店の物だった刀をこんな形にして、と言う気持ちが源次の言葉の中にはある。
それは済まないと思っている。だが、だからこそわかった事実がある。
青海と源次のただごとではない雰囲気に、実野梨はハラハラと交互にその顔に視線を送り。光鍔はそれを静かに見守っている。
「このことを、源じいは知っていたのか?」
青海は、刀身を指差し。
名の刻んである部分を強調。
源次はそれに一瞥。
「・・・日本刀だ。名ぐらいは刻んでいるだろう」
刀に造った者の名と銘が刻まれると教わったのは源次からだ。骨董店を営むくらいだから、そういう知識も潤沢だろう。
だが、これに関しては一介の骨董店店主には手に余る事実だ。
青海は、刀身を裏返す。本題を問い詰めるため。そこに刻まれているものに、実野梨は目を見開く。
「こ、これって」
実野梨はエルドルトに頻繁に足を運ぶことがあるのでわかったようだ。剣に刻まれている文様の意味。そして、それがこの国のシンボルマークであることに。
「エルドルトの紋章・・・?」
震える声で、実野梨は言う。
刀という、自分達の見慣れた物に、異国の紋章が刻んであることに、言い得ない感情が身体を揺さぶっている。
源次は、それに対しても目の動きを一切変えること無く。
「・・・お前が信じるか信じないかは別だ」
そう言い始め。
「この刀の出自、由来は私の預かり知らないことだ」
・・・だから、知らないと?青海は源次の言葉に黙って耳を傾ける。
「私達は、代々受け継がれていた『これ』を守り通せ。それだけを祖父から言われていた」
つまり、源次は刀は持っていたが、それが何のために存在し、誰が造ったかかは知らないと。そして、源次の祖父に課せられ、それを守っていた。
「いつか訪れるその日まで」
最後の源次の言葉は、この状況を見越してのことなのか?
思い起こせば、青海はこの刀に救われてきた。今回の旅も然り。エルドルトの襲撃事件は言うに及ばず。まるで、この刀が青海達を守ってくれたように。
だが、それだけだ。源次に聞けば、この謎は好転するかと思ったが、更に謎は深まる。
この刀を遺した『誰か』は、青海達がこの世界に招かれることを知っていたのか?そして、この刀が必要なことも。
とりあえず。
今のことも含めて、アルテナ達が来た時にでも相談しよう。ここでは纏まる考えも纏まらない。これ以上源次を問い詰めても、変わらないだろう。
「・・・源じい、この刀。直せるか?」
このままでは武器としては使えない。代替の剣は手に入れたものの、今まで使っていたこれには愛着もある。それにそれ以上の意味が未だありそうなのだ。これは、青海の直感にすぎないが。
「・・・私は鍛冶師じゃないのだがな。善処しよう」
破壊された刀は源次に預けることとなった。あれだけの石の山に押しつぶされながら、刀身は折れることはなかった。それだけで、これは異質な剣ではある。そのことに、何故おかしいと気づかなかったのだろう。
「ふう・・・」
青海は小さく息を吐き。未だ見えない未来。そして、この複雑な絡まり、ほどけない不可解な謎。色々な物がこねくり回り、青海はようやく疲労が身体を侵食していることに気付いた。
「あおちゃんっ。お腹空いてない?」
自体が一段落したことを察した実野梨が、努めて明るく言う。積もる話もあるのだろう。ウォルテルスに行っている間、こちらでも何があったのか聞くのもいい。いない間のことも頭に入れておきたい。
その時。
青海は何かを思い出した。今まさに話していた中にあった、微かな違和感。
青海は源次に向き直り、
「源じい、さっき、『私達』って言ったよな」
源次がこの刀を守り、継いできた自分をひとりではなく『達』と複数形で言った。
「この商店街に、源じいと同じ使命を持った住人がまだ、いるのか・・・?」
その青海の言葉に、源次の眉が僅かに揺れた気がした。
「・・・鋭いな。昔は後先を考えない向こう見ずなただの子供だと思っていたが」
呆れたような、懐かしむような源次の言葉。そこは、自分の孫ではないにも関わらず、厳しさと優しさが込められている気がした。
「もうひとり、この商店街に私と同じ役割の人間がいる」
その告白に、青海と実野梨。光鍔は言葉を発せずとも、驚く。そして、源次の次の言葉を待つ。
「それは」
誰かの喉の鳴る音すら聞こえるようだ。
源次の鋭い目が青海を捉え、
「『栞堂』の店主、倉支柄司だ」
青海はその場から無意識に駆け出していた。
帰りを知った大人たちが青海に声を掛けるも、それを振りほどくほどのスピードで商店街を駆け抜け。
古書店、『栞堂』の前で膝に手を置きつつ、息を整える。
魔を断つ力を宿す刀。それが、この事態を見越したように商店街に眠り。
玉田源次はその刀を守り継いだ人であり。
誰が、難のために。
それはまだわからないが、確実にその刀は意味のあるもので。
源次と役割を同じくする人物がまた別にいて。それが。
「・・・司さん」
昔から、ミステリアスな人だった。
商店街に店を構えながら、この街の催事には滅多に参加せず、触れ合おうとせず。逆にその思慮深い風貌は一部の熱心なファンが付いているくらいだ。
古書店という店柄か、司は知識の造形も深く、事実頭がいい女性だった。
子供の頃、学校の宿題を教わり、何度もお世話になった。
思い起こせば。
源次と同じく、壁一面に積まれた古書の塔。昔の青海は文字だらけの本よりも、まだ漫画にしか意識が向かない年頃だったため、ある種退屈だったのだろう。勿論、積まれた本の中には高価なものもあるだろう。
教わっている立場でありながら、手持ち無沙汰で勉強そっちのけで本を弄くる青海に、珍しく雷が飛んでくることがあった。
集中力のない青海を諌めたものだと思っていた。それが、源次と同じ理由だとしたら?
「あ、あおちゃん」
実野梨は追ってきたようで、息を切らせながらも、青海に並び栞堂を見る。
「・・・まさか。司さんが」
実野梨も信じられない気持ちなのだろう。青海同様、実野梨も司には世話になったクチだ。
別に悪いことを目論んでいるわけではないだろう。ただ、青海達の知っている人間の知らない顔が、今の今までこの街にいたのだ。驚きは大きい。
青海は実野梨を引き連れ、店内に足を踏み入れる。
倉支柄司。
彼女もまた、何かを守り、何かの使命を負った人間なのだろうか。
薄暗い店内。仄かに灯る電球の明かりが雰囲気を底上げする。さしずめ魔女の巣窟か。ここが異世界であることが、更にそんな錯覚を増幅させる。
彼女はそこにいた。
相変わらず、カウンターの向こうで外の世界で起きていることなど意に介さないように、落ち着き払っている。
客ではない闖入者に、眼鏡の奥の目が横に滑る。それと共に肩口で揃えられた緩やかなウェーブが緩やかに揺れる。
「やあ。・・・その格好も様になってきているんじゃないのか?」
皮肉でも、褒め称えるわけでも無い、中庸な言葉遣いで司は言う。ウォルテルスからの帰りのため、格好は着の身着のままだ。身体を包むのは軽装鎧。腰には剣を下げている。
「司さん」
青海はカウンター越しに司へと押し迫り、真摯な瞳で彼女を見据える。
そして。
「・・・司さんも、『そう』なのか?」
源次同様。何かを引き継ぎ、何かを守り。
司はその言葉に手にした本をめくる指を止め。深く、澄んだ瞳を青海へと向けた。
「・・・まさか、私が生きている内にこんな怪異が起きて。自分の使命が果たされる時が来るとは思わなかったよ」
息を吐きつつ、司は己の置かれた状況を顧みる。その言葉で、青海は確信する。司も源次と同じく使命を胸にする人間なのだと。
「司さんは知っているのか!?俺達がこの世界に連れてこられた理由を!」
司を問い詰めるように、その顔に押し迫る青海。形のいい唇が薄く笑みを形作る。
「残念ながら、私も受け継ぐ以外の意味は押し付けられてはいない」
正面から、まっすぐと。青海の視線を受け止める。
落胆したように、青海は司から顔を離し。だが、すぐに持ち直す。それだけでは早計だ。
「・・・司さんは、何を受け継いだんだ?」
源次が刀を守ってきたように、司も何らかの『アイテム』を自分の使命として守ってきたのだろうか。
司は腰を上げ、立ち上がる。
「もしかして、私がその守る者に選ばれたのは、この店があったからなのかもしれないな」
そう言いながら、司は壁一面に積まれた本をどけ、本来の収まる場所である本棚の一面を露出させる。洋書や図鑑。様座な本の背表紙が一斉にこちらを向いているのは壮観でもある。
「木の葉を隠すのなら森の中。そんな感じがするよ」
言いながら、更に本棚から本を数冊抜き取る。そばにある本の山がさらにうず高く積み上げられ。司は空いた本棚の奥に手を入れ。
青海はその光景に既視感があった。
子供の頃、司に勉強の面でお世話になっていた時、周辺の本棚を弄っている時。珍しく司に怒られたことを思い出す。
司は、やがてふたつの本を取り出す。収められている古書に負けず劣らず。それは装丁も古い二冊の本だった。
「これが、私が何があろうとも守れと言いつけられていた本だ」
赤を基調としたものと、青を基調とした本。
だが、その二冊の本は、側面に何かが付いている。まるで勝手に開かないように、鍵で施錠されていた。
「これじゃ、読めないね」
それを見た実野梨が言う。
実野梨の言う通り、青海はその本を手に取り、鍵の部分に触れるも、ガチャガチャと固い手触りがするだけで、開く気配がない。
「・・・これ、鍵とかないのか?」
この本が、もしかしたら元の世界に戻るためのヒントが記されているかもしれない。気持ちも逸る。
表紙はエルドルトの言葉だろうか。青海の預かり知らない題名らしき言葉で紙面を飾り。それは青と赤も同じだった。それ自体が刀同様、この世界との繋がりを示すもので。
司は首だけを動かし、本をよく見ろと言わんばかりに。
その本に施された金属部分を見ると、そこにはどうやら鍵穴も錠もない。これではそもそも本を開くことはできないではないか。
「もしかしたら、これを開くことが出来る人物は、君達ではないのかもしれないね」
司の言葉に、青海は改めて落胆し。そんな青海を元気づけるために、実野梨は青海の方に手を添える。
果たしてこの本は、青海達の希望に成り得るのか。それは今はわからなかった。




