第8話
さて、俺がこの世界に来て早数ヶ月が経過した。サーニャの協力もあってユイノ荘は六部屋全部に入居者がいる状態だ。素晴らしい。そして今日は入居者から家賃を受け取る日。本来ならウキウキな気持ちになるべきはずだが……。
「何事もなく済むと良いがなあ……」
思わずそんな弱音が出る。いや、みんな根は良い人ばかりなんだ。ただ恐ろしいほど困った人ばかりなだけで。
それに女神から課せられた『世界をイイ感じにする』というミッション進捗も芳しくないのが憂鬱を加速させる。
無意味と思いつつ、俺は何度目かの幸福度を測るメーターを呼び出す。
『現在の全世界幸福度::67000』
『目標幸福度:100000』
「全然変わらんな……結構色んな人を助けてるはずなんだけどな」
うすうす感づいていたが、俺個人が出来ることで世界全体の幸福度を上げるなんて、土台無理な話なんじゃないか? 大家ではなく皇帝にでもなっていれば話は変わっていたかも知れないが……。
「うだうだ愚痴ってても仕方ない。俺は俺、個人で出来ることを頑張るだけ。今は幸福度の事よりも家賃の回収に行くのが先決だ」
俺は入居者一覧を見て、今月は誰の部屋から訪れようかと思案する。
一〇一号室
御堂エニシ
一〇二号室
アイネ・ヘッドバット
一〇三号室
ユーリッド・メロメロン
二〇一号室
サーニャ・パンヤ
二〇二号室
ハオ・バイバーイ
二〇三号室
きぃちゃん
さて、何を隠そうこの中で一番の問題児は一〇二号室のアイネだ。とりあえず彼女は後回しにするとして、まずはサーニャの部屋に行くことにしよう。
「サーニャ、起きてるかー? 今日は家賃の回収日だぞーっと」
「まーっていたよエニシ君!」
インタフォーンを押すと同時にひょっこりと郵便受けからサーニャが顔を出す。
「毎月こうやってお部屋を回らなきゃいけないなんて、大家さんって言うのは大変だねえ。でもお金をやり取りするだけなら銀行に行けばいいんじゃない?」
「住民との顔合わせも兼ねてるからこの形が良いんだよ」
銀行、と聞くとATMがあったりといったイメージを持つがここは異世界。俺のいた時代の物とは少しだけ異なっている。
窓口へ行き預けたお金は、一部を除き魔法の力を用いて別の次元へプールされるのだ。そこのお金はハイロウ帝国のどの銀行からも出入金が出来るという便利なシステムになっている。
この異次元ワープ技術の話を聞いたとき、○mazonみたいな通販サイトが利用したら、ドローンやトラック運送よりもとんでもなく便利なんだろうなぁと思ったが冷静に考えてこの世界にはインターネットが存在しない。ネットがなければ通販サイトもない、お粗末。
もし家賃収入で食べていけなくなったらそっちの方向でお金儲けをするとしよう。まずはインターネットを開発するところから始めないとな。
「なるほど顔合わせの為かあ。いろんなこと考えてるんだねぇ。はい、これが今月の家賃だよ!」
よいしょと、サーニャが郵便受から顔をひっこめたかと思うと、代わりに紙幣入った封筒が顔を出す。
「はい、確かに受け取ったぞ。──恒例の質問だが、なにか住んでて困ってることとかないか?」
「うーん、他の住民のいびきがうるさいとか、夜中に酔っ払って奇声をあげるとか、野生動物をハンティングして軒先に吊るすこと以外は特に不満はないかなぁ」
「……先月も注意したんだが、みんななかなか直んないんだよな。悪いな、管理が出来てなくて」
「ううん! ボクが探してきた人たちだからさ! それにエニシ君だって皆を追い出したりするつもりもないんだろう?」
「そうだな。俺も一度顔合わせして入居してもらった責任もあるし、迷惑だからて追い出すのも酷い話だろ?」
俺の発言に彼女はふっと笑い。
「キミってやつは本当に……」
「優しい男?」
「ううん。お人好しで損をするタイプだなあって」
「悪口かよ! ま、まあそれでも良いさ。それで住む家を奪われずに済む人がいるんならさ。よし、じゃあ次は二〇二号室に行くか」
そう告げると、あ、とサーニャがこちらを引き留める。
「さっきね、隣からごそごそと何か準備する音がしてたから気を付けるんだよ。首とか腹とか、急所を守るんだよ、急所を」
「なんで家賃を回収するだけなのに命がけになるんだよ」
俺がここまで頑丈じゃなったら何か月も前に死んでいただろうな。元気な体で産んでくれてありがとう、女神よ。いや、産んじゃいないか。