第7話
「そう言えばこのアパートには名前があるのかい?」
「……たしかに決めてなかったな」
翌日の昼、今後の生活について話し合いをしている最中、そんなことをサーニャが尋ねてきた。妖精サイズに戻った彼女は、昨日から相も変わらず俺の頭の上に座ったまま話をしてくるのだ。
「住んでくれる人を探すのは良いとして、名前がないと不便だと思うんだよね」
「一理あるが、どういうのが良いと思う?」
試しにサーニャの中で良い案がないかを聞いてみるも、否定が返ってくる。
「あはは、ボク故郷に居た時から、そういうセンスが全くなくってさ。それに、ここの管理人はキミだろう? まあ、考えてはみるけどさ」
むむむ……と考えるサーニャ。
「アパート・エニシとかどうかな?」
「自分の名前を入れるのはちょっと」
というかそのまんますぎる名前だし。
「だから言ったろう? やっぱりこういうのはエニシ君が考えるべきだってば!」
「俺も別にこういうのが得意って訳じゃないんだがなあ」
「何か無いのかい? 好きな物の名前とか」
「それでも良いが、あんまり適当なものを付ける訳にも行かないからな。うーむ」
おそらく長い付き合いになるだろう名前だ。みんなが住んで恥ずかしくないような名前を考えてやらないと。うう、責任重大だ。
「例えばさ、こういう場所になって欲しい、みたいな願いを込めるのはどうだい?」
「こういう場所になって欲しい、か」
目を閉じて考える。俺はこのアパートにどんな人達が集まって、どんな風になっていて欲しいか。
「暖かくて、みんなが仲良く暮らして欲しいな。俺の元居た場所は、何と言うか冷たい場所だったからさ」
そう思ったところで、昔読んだ本に書いてあったとある単語を思い出した。現代社会にはない概念だったから、特に印象に残る言葉だった。
「決めた。俺のいた世界では昔、ユイノモノっていう、共同体があったんだ。血の繋がりがない十人くらいの集団で、困った時に助け合う。ここもそんな風になれれば良い、という事でアパート名は『ユイノ荘』っていうのはどうだ?」
やや突飛な名前だと不安だったが、どうやら彼女も気に入ってくれたらしい。
「ユイノソー。うん、呼びやすくて素敵だ。困った時に助け合うって言うのもなんだかキミらしい名前だと思う」
よし、と気合を入れる声と共に俺の頭から飛び立つサーニャ。やれやれようやく軽くなった。
「建物も名前も決まったし、これで住民の勧誘が出来るね! ふっふっふ大船に乗ったつもりで構えてくれよエニシ君。ボクはね、人を見る目だけはあるんだ!」
「それは心強いな……けど本当に大丈夫か?」
「失敬な! ボクの観察眼を馬鹿にしてるのかい!?」
「そうじゃなくて、無茶な勧誘とかはしなくて良いからなってこと。危ない目に遭いそうだったらすぐ逃げるんだぞ」
それについてもだいじょーぶ、とサーニャは胸を張る。
「妖精族は逃げ足だけは早いんだよ!」
「昨日、俺と会った時のことを忘れたのか?」
食うに困った商人にあっさりと捕まっていた印象しかない。
「あ、あれは完全に油断してたからであって……」
「まあ、とにかく安全第一。手伝える範囲で良いからさ」
もごもごと弁明するサーニャに告げる。もちろん、彼女に頼るばっかりではなく俺も動けるだけ動こうと思う。
「見つかると良いなあ、入居者。どんな人でも構わないから来てくれると嬉しいんだが……」
──と、そんな俺の不安はわずか数日で解消される事となる。
そして自称、人を見る目があるサーニャの言葉も、半分は真実であったことが判明する。
彼女はたしかに、それなりに行儀が良く、人の良い連中を集めてくれた。
だが、彼女が集めてきた入居希望者はどれも、とんでもなくクセの強いやつらばかりなのであった……。