第35話
さて、その後の話だ。
ボランティア団体『慈愛の手』によって奪われたアイネの金は、無事満額返金された。もちろん、それだけでクェンの犯した罪が許されるなんて訳ではなく、彼には厳格な罰が下されるだろう。
一悶着があった自警団の面々とは、クェン検挙の一件以降もそれなりに交流が続いている。特に団長のトオンは見回りと称してユイノ荘へと遊びに来ることも増えた。きっと彼女はこれからも町の守護者として立派に務めを果たしてゆくだろう。
そして俺たちユイノ荘の面々はというと──
アイネの失踪から数日、女神の気まぐれか、いつの間にやらLv.999の力が徐々に戻りつつあった、とある日の朝の事である。
『職業:大家のランクが2になりました』
目覚めと共にそんなウィンドウが目の前に現れたかと思ったら、ユイノ荘がその姿を変えていた。
「すごいよエニシ君! お部屋が増えてるよ!」
「そうみたいだな……昨日まで六部屋しかなかったのに」
サーニャ驚愕した声に誘われ、眠っていたユイノ荘の住民も皆一様に外へと集結していた。(きぃちゃんは除く)
「うぅ……確かに部屋がふえておりますなぁ! えーと、いーち、にぃ、さーん……オェ」
「おい、誰かこの酔っ払い騎士の為に水を持ってくるが良い。我は嫌じゃぞ、臭いし」
「ユーリは大人。自分のしたこと、自分でする」
後ろで騒いでる者達はいったんスルー。俺は示し合わせたように現れた新しいウィンドウを見てみることにした。
『住民の人数、満足度、築年数、周囲の人々からの評判が規定値を達成したため、スキルのランクがアップいたしました。ランクアップにより居住可能部屋数が六軒から八軒へと増加。その他、設備の追加や建物の耐久性も上昇いたしました』
「どうやらみんなの部屋の設備も、良いものに変わってるみたいだぞ。後で見てみよう」
「意外と喜ばぬのだなエニシよ。アパートに住める人間が増えるということは、貴様の稼ぎが更に増えるというのに」
にやり、と笑うアイネの質問に俺は応える。
「別に。収入を増やすために大家をやってないからな。正直、お金なんてどうでも良いよ」
「ほほう、言うのう。だが人間にとっては金とは、この世で最も大事なものなのではないのか?」
「違うさ。ただ、人間が皆そう思っていてほしいという、孤独なやつがいるだけだ」
「では、金のためでないとすれば、貴様は何のために大家をやってるのじゃ?」
なぜって、そんなのは決まってる。俺が親から教わった、たった一つの簡単な理由だ。
「人助けの為さ。これまでも、これからもそれは変わらない」
「確かに! 貴様は馬鹿が付くほどのお人好しだからのう、それ以外のことなど、どうせ出来ないであろうな!」
はっはっは! と笑うアイネ。そして俺も笑う。
周りにいるみんなも幸せそうな笑顔を浮かべている。そうだ、今の俺にはこれだけあれば充分だ。
そうしてると『自分を忘れるな』とでも言いたげな紙が俺の身体に張り付いてくる。どうせまたきぃちゃんからのメッセージだろう。
今度は何が書いてあるだろう。どうせいつもの正直じゃない、へそ曲がりな文章に決まってる。結局、今日まで一度も顔を見れなかったが──互いに幸せだったらそれで構わない。
などと思っていると、なんだか久しぶりの世界幸福度を示すウィンドウが俺の目の前に表示される。
『世界幸福度が上昇しました』
「ずいぶんいきなりだな。つっても俺、特別何かをしたわけでもないんだけどな。まあ、とりあえず見てみるか」
前回の幸福度は67000とかだったはずだが、今の数値はどんなもんなのだろう。
『現在の全世界幸福度::67100』
『目標幸福度:100000』
増加量はたったの100か……。でも、世界にとってはちっぽけな数かも知れないが、今の俺の周りには幸せが満ちている。本当の幸せとは、こんな風にちっぽけなものなのかもしれないな。
そういえばこんなミッションを俺に与えたあの女神も空の上から俺達を見て笑ってるだろうか。彼女が俺に下した『世界をイイ感じにする』という希望は無事叶えられているのだろうか。
もしそうならこれからも、もっと困った人を助けられれば良いと、心の底からそう願う。
だってそれがきっと、俺がこの世界にやってきた理由なのだから。
『おいこらテメー! 勝手に話を纏めようとしてんじゃねーぞ!』
この脳内に直接響く声は……女神か?
『幸福度を上げるのに期限はないと言ったが、悠長に構えろとも言ってないからな! 困ってるやつってのは世界中にいるんだ、サボってる余裕はねえぞ!』
やれやれ、どうやら今回みたいな事件はまだまだ世の中にごまんと転がっているみたいだ。果たして、これから俺はこの世界でどんな人々や事件と出会うんだろう。今から考えるだけでワクワクしてくる。
この神様が見守る世界で俺は、奇跡のように与えられたセカンドライフでゆっくりと、そして誰かの命を助ける為に生きようと思った。




