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65 銃とアルコールとロボット

 どうやら、ゾンビにはテレパシーのような力があるみたいだ。

 俺は考えながらつぶやいた。


「でも、普段は何もないのに。なんで今それが起きているんだ……?」


 中林先生が俺の疑問に即答した。


「そこに感染初期の者がいるからだ。これまで確認されたゾンビの感応現象は感染初期の者がいた場合にだけ起こっている。ゾンビウイルスによって症状が進行すると、感染者は強い意志や感情を持たなくなる。だから、起こらなくなるんだろう」


 たしかに、完全ゾンビは、大抵いつものんびりぼーっとしていて、強い感情を抱くことがなさそうだ。

 それに、前に俺が感応現象を経験した時のゾンビ兵士はたしかに感染初期の状態だった。この蛇タトゥーゾンビも。


 俺はそこでふと恐ろしい事実に気がついた。

 俺はゾンビの感応現象の影響を受けている。ということは、ゾンビのテレパシーに反応する俺の脳は、やっぱり非感染者とは違うのかもしれない。

 普通の人間と同じつもりでいた俺としては、ちょっとショックだ。


 今も地下と階上からは、ゾンビ達の殺意に満ちた唸り声が聞こえていた。

 俺はゾンビ達のことが心配になってきた。

 先生の言っている説が正しければ、この蛇タトゥーゾンビの殺意を消さないと、他のゾンビ達が殺意に反応して殺し合いを始めてしまうかもしれない。

 ゾンビ達は生命力が強いから、死人はでないだろう。だけど、傷つけあうのをほっとくわけにはいかない。


 俺は中林先生にたずねた。


「先生、どうやったら、そのゾンビの共感力を消せるんですか?」


「能力は消えない。だが、止めたいなら、強い感情の発生源を消せばいい」


 つまり、この蛇タトゥーゾンビが俺に抱いている殺意を消せということだ。

 簡単な解決方法を、俺はすぐに1つ思いついた。

 今持っている拳銃で、こいつの頭を撃てばいい。

 だけど……。

 俺が迷っていると、中林先生は言った。


「参考までに言っておくが、私が知る限り、そこで這いつくばっている男は、誘拐・監禁・強制性交の主犯だ。さらに、感染した仲間と少女達を殺すことを主張し、実際に殺していた。地下にいるゾンビどもと比べても、ひと際悪質な犯罪者だ」


 おまけに、俺の推測によると、まだ感染していない仲間と寧音もここに連れこみ、感染させようとした。そして、寧音に反撃されて殺されかけたら、自業自得のくせに俺に逆恨みをして激しい殺意を抱いている。

 どこまでも救いようのないクズだ。死んで当然。生かしておく価値なんてない。

 だけど……。

 俺に他人の生死を決める権利なんてあるのか?

 それに、こいつを殺せば、俺も人殺しになる。

 俺はこんなクズのために、人殺しになるのか?

 ……嫌だ。

 それが俺の良心なのかゾンビの本能なのかはわからないけど、俺は人を殺したくない。 


 俺が迷っていると、俺の視界にペッポー君が入ってきた。

 ペッポー君は何かを手に持って、お掃除ロボットに乗ってぐるぐる楽しそうに移動している。


「ペッポー君、それ何?」


「これはジュースです。のみますか?」


 ペッポー君は、そう勧めてくれたけど。どう見ても、そのボトルはジュースじゃなかった。

 「ウォッカ」とか「82」とか、書いてある。

 俺は未成年だからお酒のことを全然知らない。でも、ウォッカがお酒の名前だということは知っている。

 だけど、82って、なんだろう? 

 アルコール度数っぽいけど。82って、どれくらい? 

 ジュースだったら、果汁100%とかよく見るから、ちょっと薄めなのか?


 俺はペッポー君にきいてみた。


「ペッポー君。それ、ジュースじゃないよね?」


 ペッポー君はかわいい声で答えた。


「ジュースみたいなものですよ」


「ジュースみたいなお酒ってこと? じゃ、ペッポー君、それちょうだい」


「はい。どうぞ。レッツ・エンジョイ!」


 俺は酒瓶をペッポー君から受け取り、蛇タトゥーゾンビの口にビンを押し込み、アルコールをむりやり注ぎこんだ。

 お酒は気を紛らわせるのに良いらしいから。

 これで殺意を消す作戦だ。

 殺意さえ消してしまえば、こいつはただのゾンビだから、殺すまでもない。


「さぁさ、嫌なことは飲んで忘れろよ」


 蛇タトゥーゾンビは、ちょっと抵抗している。

 喉の穴から酒が漏れ出てくるし、蛇タトゥーゾンビはまるで拷問を受けているように苦し気だ。だけど、気にせず、俺はひたすらアルコールを流しこんだ。

 あっち側ではペッポー君が拍手をしながら応援するようにコールをしていた。


「のんで、のんで、のんで」


 やがて蛇タトゥーゾンビは、抵抗するのをやめてゴクゴク飲みだした。

 階上と階下のゾンビ達は静かになってきた。

 アルコールが効いているようだ。思ったよりも早く。

 ゾンビはアルコールに弱いのかも。と思った時、中林先生の声が聞こえた。


「ふむ。その度数の酒を常人が一気飲みすれば、急性アルコール中毒で死ぬが。おもしろい実験だな。ゾンビのアルコール耐性がわかるぞ」


「え? アルコール度数82って、そんなに強いんですか? ペッポー君はジュースだって言ってたのに……」


 俺がそう言うと、神取さんのあきれたような声が聞こえた。


「アルコール検知機能がなくて物体認識能力も低いAIの言うことなんて信じないで。それは簡単に引火するアルコール濃度よ。そのままガバガバ飲むものじゃないの。先生が言う通り、そのボトルを1本飲めば、致死量をゆうに超えるんだから。ビールのアルコール度数は5%前後って、知ってる?」


 俺は慌ててビンを蛇タトゥー男の口から引っ張り出した。だけど、すでにビンに残っていたアルコールを全部注ぎ終えた後だった。

 今更どうしようもない。

 ゾンビだから、たぶん、大丈夫……。


「知りませんでした」


 俺が返事をすると、神取さんは俺に注意した。


「これだから、毎年お酒で死ぬ学生がいるのよ。文亮君。今後気をつけてね。特に一気飲みは血中アルコール濃度が一気にあがって、脳が麻痺して呼吸停止になるから」


 無知って怖いな。俺はこいつを助けるつもりで殺そうとしていたとは……。


「それから、殺す気がないなら、酔って寝ている人は横向きにして。仰向けに寝ていると窒息死することがあるから」


 神取さんの注意を聞いて、俺は一応蛇タトゥー男を押して横向きにした。

 蛇タトゥー男は小さく唸るだけで、もうほとんど自分では動かなくなっていた。

 動かなくなった蛇タトゥー男は、ひたすら涙を流していた。

 こいつに殺意はもうない。このまま気絶するか眠るかするだろう。

 そして目覚めた時には無害なゾンビになっているはずだ。……目覚めることがあれば。

 俺は、楽しそうに踊っているペッポー君に頼んだ。


「ペッポー君。俺は行かないといけないから。後は頼んだ。こいつを見てて」


 ペッポー君はがんばるポーズをして、元気よく返事をした。


「うん。ボクにまかせて。ボクがたくさん遊んであげるよ」


 なんかペッポー君の言葉が不気味に聞こえるけど、気のせいだろう。

 俺は空のビンを床に捨て、パラダイスワンの外にむかいながら中林先生にたずねた。


「先生。結生は、俺の友達は、どこですか?」


「今いる場所はわからないが、しばらく前の映像で歩いているところが映っていた。同じくらい小柄な、赤い腕章をつけた人間と一緒にいた」


 一緒にいたのは、きっと、広瀬美羽だ。


「どこに向かっていましたか?」


「あの方角は、おそらく、赤い腕章の生徒達が根城にしている建物だな」


 結生は広瀬に自衛兵団の本拠地に連れていかれたということだ。

 自衛兵団の根城なら、結生にとっては安全な場所かもしれない。

 だけど俺は即座に中林先生に告げていた。


「場所を教えてください。そこに向かいます」


6章終わりです。ありがとうございました。

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