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42 自衛兵たち

 夜の街は暗い。でも、まだ電気は供給されているので、街灯は消えていなかった。

 敵に見つからないように、俺は暗いところを選んで歩いていた。俺にとっては、なるべく暗い方がいい。

 俺は真っ暗でも、見えるから。

 俺は暗視ゴーグルと集音器を装着していた。どちらも父さんの部屋で見つけたものだ。父さんがどんな取材をしていたんだか疑っちゃうけど。

 暗視ゴーグルのおかげで、夜でも視界は良好。

 集音器を装着すると、かなり遠くの音まで聞こえるようになった。聴力がよくなっても俺には距離感はわからないから結生には劣るけど。何もつけないよりは早く敵を察知することができる。

 

 どこかからゾンビのいびきが聞こえていた。今は、他には物音は聞こえない。

 俺がホテルを出てから、もう10分くらいはたった。

 俺が出発して15分たったら寧音にホテル名を告げるように、と俺は結生に言ってあった。15分あれば、普段なら1キロ以上移動できる。俺は研究所までたどりつける……はずだった。

 実際には、俺はほとんど研究所に近づけていない。


 どこかから会話が聞こえはじめた。


(また自衛兵団か?)


 これで3回目だ。

 俺は建物の間の狭い隙間に入り息をこらし、集音器から聞こえる会話に耳をすました。


「はぁ。なんだって、夜中までゾンビ狩りしないといけないんだよ。こんなに暗いとゾンビがどっから出てくるかわかんないじゃん」


 若い男の声だ。自衛兵団っぽいけど、やる気ゼロ。もう一人の声が聞こえた。


「どうしても逃がすわけにはいかないんだってよ。走るゾンビらしいよ。この辺に潜伏してるってさ」


「走るゾンビって、走って襲ってくるやつだろ? 夜にそんなのに襲われたらヤバイじゃん」


 やる気ゼロ自衛兵は明らかにビビっている。

 走って襲ってくるゾンビ……たしかにそんなのがいたら怖いけど。

 本当にそんなゾンビいるのか? 俺は見たことがない。


「この辺のボスかもってさ」


「ボスゾンビ? マジで遭遇したくねぇー。自衛兵団入って気づいたんだけど、俺って弱いんだわ」


「おまえ、こないだ不良にボコボコにされてたもんな。銃持ってんのに。で、あいつらに銃奪われかけて。助けにきた黒田先輩に超怒られてたっけ」


 銃を持ってて負けるって、こいつ、相当だな……。


「あの時は黒田隊いてマジ助かったわ。黒田パイセンって本物のソルジャーって感じだよな。俺は、ボスゾンビとか、絶対ムリ」


「いくらゾンビ倒しても、レベルアップとかないもんな」


「そうなんだよ。現実はつれーぜ。集合時間まだ?」


「後15分くらい。団長は全部隊に討伐指令を出すらしいから、俺達はこれで帰れるだろ」


「15分か。走るゾンビ出たら、俺は速攻逃げるから、よろしくな!」


「お、おう。しかたがないから俺も逃げるぜ」


 俺が自衛兵でも、速攻逃げる。三十六計逃げるに如かず。やる気ゼロ自衛兵は正しい判断をしている。

 と思ったところで、俺はふと思った。

 このやる気ゼロ自衛兵は、そもそも、なんで自衛兵団に入っているんだ? やめて安全なところに避難すればいいのに。それが一番正しい判断だ。

 何はともあれ、自衛兵達の声は遠ざかっていった。


 俺は念のために声が聞こえたのとは反対の方角へ進んで行った。

 いくら弱くてやる気のない自衛兵だとしても、銃を持っている危険人物には違いない。避けるべきだ。


 こういう風に敵の気配を避けながら進んでいるせいで、俺はなかなか目的地に近づけなかった。

 ホテルからはだいぶ離れたけど、研究所には近づいていないどころか、遠ざかっているかもしれない。


 なるべく暗い路地を選びながら歩き続けて、さらにしばらくたった後。

 通りの先の十字路の方に、ちらちらと懐中電灯のあかりが見えた。

 たぶん、また自衛兵団の奴らだ。

 俺は近くのビルの入り口に身を潜め、耳をすました。しだいに自衛兵達の会話が聞こえるようになってきた。


「なぁ、順。いつまで自衛兵続ける? うちの親、早く避難しろって言うんだけど」


「俺は別にやめる気はないな。良太の親は、もう避難したんだっけ?」


「ああ。姉ちゃんと妹を連れて、親戚ん家にいる」


 俺はそこまで会話を聞いて、この二人が同じ学年の黒田順一と速川良太だと気がついた。

 サッカー部の奴らだ。特別に顔がいいわけでも勉強ができるわけでもない。運動神経がものすごいわけでもなく、サッカー部が大会で優勝するわけでもない。どこにも目立つ特徴はないけど、平凡にさわやかな感じで女子にモテて、スクールカーストちょっと高めな感じの奴らだ。

 黒田はゴールキーパーで、背が高くて高校生にしてはけっこう筋骨たくましい体型だった。

 速川のポジションは知らない。速川は普通の身長で細マッチョというか普通の体型だった。

 他は特に何も知らない。

 速川は黒田に言った。

 

「それにさ、なんか俺もうゾンビとか見るのもイヤなんだよ。最初はみんなで一緒に騒いだり、楽しかったけど」


 俺は不思議に思った。


(嫌なら、早く避難すればいいのに。なんで避難できるのに避難しないんだ?)


 さっきのやる気ゼロ自衛兵もそうだけど。

 俺があの自衛兵や速川なら、とっくに避難している。隔離地区は危険なだけでいいことなんて何もない。しかも、わざわざ自衛兵団に入って感染リスクに身をさらすなんて。とんだ自殺行為だ。 

 黒田の低い声が聞こえた。


「俺はゾンビを撃つのが楽しいけどな。シューティングゲームみたいで」


 こういう奴もいるのか……。俺には理解できない。

 速川は気弱な声で言った。


「俺、グロいの好きじゃないんだよ。それに、やっぱ……感染するかもしれないだろ?」


「たしかに。リアルに命がけだからな」


 黒田の口調は、「だから楽しい」とでも言いそうだ。一方、速川はちょっと泣きそうな声で言った。


「今までも感染した奴、何人もいるじゃん。正直言って、俺、死にたくないんだよ。でも、ひとりだけ先に抜けたらさ、臆病者チキンとか言われそうだろ?」


 ひょっとして、速川は臆病者と思われたくなくて自衛兵団を続けていたのか? 

 俺は心の中で叫んだ。


(空気読むなよ! 速攻、辞めろよ! そんなバカな理由で残っている間に感染したらどうすんだよ!)


 でも、黒田はあっさり認めた。


「言われるかもな」


 俺だったら、速川に「おまえはマトモだ。臆病者なんかじゃない。死にたがりのバカ達と殺したがりのサイコパスどもにつきあってないで、早く自衛兵団をやめて避難しろ」って言うけどな。

 ま、こういうことを言う俺は、昔から空気読めない奴認定されて友達少ないんだけど。

 きっと、空気を読める速川は、みんながやるっていうから自分だけ嫌だと言えずに自衛兵団に入っちゃったんだろう。可哀そうな奴。

 速川は気弱な調子で言った。


「今やめたら……。また学校始まったらさ、みんなにハブられそうじゃん?」


「かもな。俺は友達やめないけど」


 黒田、意外といい奴なのか……。

 黒田は付け足した。


「でも、もう避難命令出るから、走るゾンビを始末したら全員で避難する予定らしいぞ」

 

「そっか。じゃ、それまで待とうかな」


「ああ。とっとと始末しよう。走るゾンビを」


「うん。そうだな。みんなで走るゾンビを倒して、みんなで避難しよう」


 もしも俺がゾンビじゃなかったら、こいつらの会話に温かい友情とチームの力を感じたかも。

 といっても、俺は昔から連帯感とか団結力とか大っ嫌いなんだけど。

 団結団結言う奴らは、無理やり他人を巻きこんで勝手な価値観を強制してくるから。特に犬養とか。

 どっちにしろゾンビの俺としては、ハブられたくないなんて理由でゾンビ狩りをされちゃたまらない。


 俺は暗視ゴーグルをつけ、通りの先をのぞきこんだ。

 速川と黒田らしき人影が、十字路の交差点を渡って行った。誰だか判別できるほどちゃんとは見えなかったけど。

 たぶん、少なくとも一人は自動小銃を持っていた。


 それにしても、自衛兵団が探している「走るゾンビ」……。

 それって……。

 俺はある考えに思い至ったけど、すぐに頭を強く左右に振った。


 いや、まさかな。ありえない。

 たしかに、俺は走れるけど。

 「走るゾンビ」が俺のはずはない。


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