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ゾンビになったと追放された俺は人類を救えるかもしれないけど人類は救いようがない  作者: しゃぼてん
4章 感染防止の自衛行動

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40 最善の選択

 結生のスマホは、着信音と共に、誰がかけてきたかを告げていた。


「美羽先輩から着信です」


 電話をかけてきたのは、広瀬美羽だ。

 結生は目を覚まし、スマホに指示を出し、眠そうな声で応答した。


「もしもし?」


「結生! 無事か?」


 とたんに、スピーカーフォンじゃなくても聞こえる高木寧音の声が、静かな室内に響いた。

 どうやら寧音はスマホをなくして、広瀬のスマホを借りているようだ。


「あ、お姉ちゃん」


「結生、今、どこにいる?」


 結生はおもしろそうに言った。


「どこにいると思う? 今ね、木根先輩と一緒に……」


 俺は慌てて言った。


「場所は言っちゃだめだ」


 場所を知られたら、寧音達に襲撃を受ける。

 寧音と広瀬が合流している状態で奇襲を受けることになったら、俺は助からない。

 だけど、結生は最初から正確な場所を言うつもりはなかったらしい。


「……秘密の場所にいるんだよ」


 結生は楽しそうだ。姉をからかって遊んでいるのだ。危機感ゼロで。

 だけど即座に危機感100%の寧音の怒鳴り声が響いた。


「さっきの声は、木根か!? あの人でなし! 結生を誘拐するとは……!」


「うん。木根先輩といっしょだよ。でも、誘拐なんてされてないって。わたしがかってについてきただけだから」


「結生、すぐに助けるからな!」


 寧音は結生の話を聞いていない。寧音の声は悲愴感いっぱいで切羽詰まっている。まぁ、寧音の視点からみれば、愛する妹がゾンビ男子に誘拐されたわけだから、そりゃ心配だ。

 いい気味だけど。


(フハハハハ。よくも俺をゴキブリ扱いして殺そうとしてくれたな。死ぬほど心配すればいい)

 

 俺が心の中で悪ゾンビになってそう言っている傍で、結生は明るくのほほんと言った。


「だいじょうぶだよ。お姉ちゃんは、ゆっくりしてて。わたしのことは木根先輩が守ってくれるから」


「そいつが一番危険なんだ!」


 結生は寧音をたしなめるように言った。


「お姉ちゃん。木根先輩は良い人だよ。たしかにちょっと変な人で、人をバカにしたようなことを言うかもしれないけど。でも、とてもいい人なんだよ」


 寧音の叫び声が響いた。


「良くない! 人ですらない! そいつはゾンビだ! 結生は知らないかもしれないが、ゾンビっていうのは……」


 結生は、寧音の言葉を遮った。


「知ってるよ。ゾンビでもゾンビじゃなくても、木根先輩は良い人なんだよ」


 正直、今の俺は俺が本当に良い人なのかはあまり自信がないけど。俺は結生にとって危険かもしれないけど。

 ともかく、この状態はもう終わりにしないといけない。

 俺は結生に言った。

 

「スピーカーモードにしてくれるか? 俺も寧音と話をしたい」 


 結生はスマホに指示を出し、スピーカーモードに変更した。

 俺は電話の向こうの寧音に言った。


「安心しろ。結生は無事だ。今のところは」


 俺はただ事実を言っただけだ。でも、言ってみたら、かなり誘拐犯っぽいセリフだった。

 寧音の必死な声がスマホから響いた。


「木根、目的はなんだ? なんでもいう通りにする。結生にだけは手をだすな」


 俺は別に何も要求するつもりはなかったんだけど。そんなことを言われたら、何か要求したくなる。


「じゃ、土下座しろ。カメラの前で、「木根様、ゴキブリ扱いして木刀で撲殺しようとしてすみませんでした」ってちゃんと謝れ」


「くっ……」


 寧音の顔が悔しそうにゆがんでいる。寧音にとっては俺は学校で一番嫌いな奴だからな。

 寧音の葛藤が見て取れるのが、楽しい。


「お姉ちゃん、またそんなことをしてたの?」


 なにげに、結生のその呆れた声の方が、寧音にはダメージが大きそうだった。


「うっ。違うんだ。そいつはゾンビだから……」


「お姉ちゃん、ゾンビだからって暴力をふるっちゃだめだよ。ちゃんと謝って」


 結生は俺の味方だ。寧音は苦悶の表情を浮かべている。

 悪ゾンビになりきった俺は、スマホにむかってキスするふりをしながら言った。


「おーい。謝らないと、俺が結生にディーープなキスをしちゃうぞー? ゾンビの本能剥きだしにしちゃうぞー? 助けに来た時には、『もう遅い。おまえの妹は俺がいただきゾンビにした』って状態になっちゃうぞー?」


 悪ふざけしすぎたので、結生の反応が気になったけど、結生は笑っていた。

 寧音の声が響いた。


「わかった! 謝罪をするから、結生には手をだすな!」


 スマホの画面に、土下座をする寧音の姿が映った。


「ゴ、ゴキブリ扱いして、殺そうとして、すみませんでした……」


 いつも偉そうにしていた高木寧音が従順に俺に土下座をしている……かなり愉快だ。


「よーし。じゃ、三回まわってワンと……」


 俺が調子にのって、もう一つ注文を出そうとしたところで、結生が俺の言葉を遮った。


「先輩。お姉ちゃんのことは、もう許してあげてください。わたしからも謝りますから。お姉ちゃんがご迷惑をおかけしてすみませんでした」


「結生は謝る必要ないって。まぁ、結生に免じて許してやろう」


 打ちひしがれた様子の寧音が顔をあげた。


「頼む。結生を返してくれ」


 さてと、ここからは予定通りに進めよう。


「結生はちゃんと返してやる。俺の安全を保障するならな」


 結生をこの部屋に置いて俺がホテルから逃げた後、ホテルの名前を告げればいい。

 そうすれば、結生は安全に寧音と合流できる。そういう計画だった。


「俺がここを離れた後で結生の居場所を伝える。そしたら、ここに来て結生を連れて避難……」


 ところが、そこで、結生が突然、ぶ然とした声で言った。


「先輩、勝手に何を言ってるんですか?」


「え?」


 理解できない俺に、結生は、はっきりと言った。


「わたしは避難しません。先輩といっしょにいます」


「は?」

 「結生?」


 俺と寧音が同時に聞き返した。結生はきっぱりと言った。


「だから、わたしは避難しません。先輩といっしょにいたいんです」


 寧音の焦った声が聞こえた。


「結生、な、なにを言って……? ま、まさか、木根、貴様、結生を洗脳したんじゃ……」


「んなことできるか!」


 たしかに、俺が結生にゾンビ的価値観を刷り込んでしまった感じはするけど。

 俺は決して、「わたしはゾンビにどこまでも付いて行きます」みたいになる洗脳はしていない。できるはずがない。そんな能力、俺にはないんだから。

 なんで結生は避難したくないんだろう?

 そう考えたところで、俺は、はっとした。ひょっとしたら、原因は寧音の方かもしれない。 


「高木、おまえ、実は、妹を虐待しているんじゃないのか? だから、結生は帰りたくないんじゃ……」


「なにを! 私はいつも結生のためを思って……」


 俺はここぞとばかりに、びしっと言ってやった。


「過干渉も虐待だ。この毒姉め。おまえはゾンビウイルスのことやロックダウンのことすら全部隠していただろ。立派な虐待だ!」


「貴様、よくも……何も知らずに……」


 そこで、結生があきれた様子で、俺達に割って入った。


「もう。ふたりでケンカしないで。わたしはお姉ちゃんも先輩もどっちも好きです」


「それなら、結生は寧音と避難しろよ。ここはゾンビだらけで危ないんだ」

 「こんな奴を好きだと……。とにかく、すぐに避難しないと危ない」


 俺がしゃべるすぐ後で、電話の向こうから寧音の声がしていた。だけど、結生は姉を無視して俺に言った。


「危ないところに先輩ひとり置いていけません」


「俺にとっては危なくないんだよ。俺はゾンビに襲われないから」

 「そんな奴の心配をする必要はない!」


 相変わらず寧音の声が響いていたけど、結生は寧音を完全に無視して俺に言った。


「そんなことありません。先輩だって危ないです。今日だって銃撃されたり爆発したりしてたじゃないですか」


「あー、うん、たしかにな」

 「銃撃? 爆発? 結生がそんな危ない目に……」


 寧音が電話の向こうで狼狽えている。俺は寧音を無視して結生に言った。


「とにかく、俺は結生を連れて行くことはできない。だから、結生は寧音と一緒に避難……」


 俺には結生を守り切れる自信がない。敵が多すぎる。ゾンビ、犬養達、その内やってくるだろう国防軍、そして俺自身。結生を守りながら、感染させないようにしながら、この隔離地区で生き延びるのは難易度が高すぎる。

 結生はふくれっ面で、泣き出しそうな声で言った。


「いやです。だって、避難しちゃったら、もう二度と先輩と会えなくなるじゃないですか。先輩は避難できないんですから。わたしが避難しちゃったら、もう二度と会えないじゃないですか。そんなの嫌です」


 俺は何も言えなかった。

 結生の言う通りだということを、俺は知っていた。

 結生が避難したら、たぶん、俺たちはもう二度と会えない。

 俺は隔離地区の外には出られない。結生は隔離地区には戻れない。


 希望的な観測を言えば、感染が収束してロックダウンが終われば、また会えるかもしれない。

 でも、そんな未来は、たぶん来ない。

 俺はいつの間にか、希望を失いつつあった。

 家を出た時は、治療薬ができるとわかれば、ゾンビのみんなも人類も助かると、俺は信じていた。

 だけど、この隔離地区で行われていることを見ている内に、俺はそんな希望を失いつつあった。

 人々は、たとえ治療が可能だとわかっても、やっぱりゾンビを殺そうとするんじゃないだろうか?

 たとえ殺さなかったとしても、ゾンビや元ゾンビを受けいれて一緒に暮らそうとするだろうか?

 隔離が解かれ皆が幸せに暮らす未来を、俺はもう想像できなかった。

 

 だから、たぶん、非感染者の結生とゾンビの俺はもう二度と会えない。

 そして、俺はこの時、気がついた。

 もう二度と結生に会えないということが、俺にとって重大なことなんだってことを。


 結生は俺にとっては何でもない、今日会って、しばらく一緒にいただけの少女だ。

 結生は俺にとって二度と会えなくなったって何も不思議はない他人だ。

 なのに、なぜだろう。

 俺の胸は痛い。叫びたくなるほど苦しい。

 

 俺は無言で結生を見つめた。

 俺はその時に気がついた。

 たぶん、俺はこの少女に恋をしている。

 

 

 ・・・



 だけど、結局、俺はその夜、結生を置いてホテルを出た。

 恋なんていうのは所詮、生殖本能が見せる幻だ。

 俺の場合はゾンビウイルスが見せる幻かもしれないけど。

 いずれにせよ、幻だ。

 そう自分に言い聞かせて。


 もしもゾンビウイルスが流行する前に学校で会っていたら、俺は結生と付きあっていたかもしれない。

 もしも俺がゾンビじゃなかったら、結生と一緒に避難して、いつまでも一緒にいたかもしれない。

 だけど、今さらそんなことを言っても仕方がない。

 俺はゾンビで、ゾンビパンデミックの世界の隔離地区にいる。

 俺は俺が生き残るために最善の決断をすべきだ。

 俺は結生が生き残るために最善の決断をすべきだ。


 そして、俺が導き出した最善の答えは、結生を寧音に任せここから避難させることだった。

 それが結生のための最善の策だと、その時の俺は信じていた。

 

4章終わりです。ありがとうございました。

次章は2週間以内には投稿開始したいと思います。

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