39 就寝
テレビを消した後、俺は結生にたずねた。
「寧音に電話しなくていいのか?」
結生は、ちょっとしてから小さな声でぽつりと言った。
「じゃ、かけてみます」
結生は寧音に電話をかけたけど、応答はなかった。
俺はスマホを置いた結生に尋ねた。
「そういえば、自衛兵団ってグループについて、前に寧音が何か言ってなかった? 寧音もメンバーなんじゃないかと思うんだけど」
「ジエーヘーダン? 聞いたことがありません。お姉ちゃんは生徒会と剣道部には入っていましたけど」
「学校が休校になってからできたグループだよ。犬養と広瀬はメンバーのはず」
「学校がお休みになってからは、お姉ちゃんはわたしと一緒に家にいたから違うと思います」
「そっか」
寧音は、犬養より結生を守ることを選んだってことか。
「でも、そういえば、美羽先輩が犬養先輩たちとお掃除ボランティアをしているって話は聞いたことがあります。お姉ちゃんは美羽先輩に「手伝いたいけど、今は余裕がない」って言っていた気がします」
お掃除ボランティア……。
「それに、避難するときに、美羽先輩や学校の人達が途中まで一緒に来てくれました。途中ではぐれちゃったけど、そのボランティアの人達だったのかも」
自衛兵団は避難者の護衛みたいな役に立つこともやっているのか。俺としては複雑な気分だ。
俺はふと気がついたことを結生にたずねた。
「そういえば、避難って二人だけで? 他の家族は?」
「それが……。最初は家におじいちゃん達もいて、おじいちゃんの道場の門弟の人達も来てくれてたんです。でも、ある日突然、お姉ちゃんが、みんなは先に安全なところに避難したって言って。わたしに何も言わないで突然避難するなんて……」
結生は、少し何かを疑っているような様子でそう言った。
たぶん、誰も避難はしていないだろう。
ゾンビになったか殺されたか、その両方か。
「それからは、お姉ちゃんと二人だけでした。みんなとは避難したら会えると思うんですけど」
俺は何も言えなかった。
俺が無言でいると、結生は俺に頼んだ。
「先輩、髪を乾かしてほしいんです。ドライヤーを見つけてくれますか?」
「いいよ。この椅子に座って」
ドライヤーの袋はデスクの上にあった。俺はドライヤーのプラグをコンセントに差し込み、机の前の椅子に座った結生の濡れた髪を乾かした。
ドライヤーの温風に混ざって良い匂いが漂ってくる。
思わずうっとりしてしまう匂いだ。
俺だって同じホテルのシャンプーを使ったはずだけど、こんないい匂いはしていない。なんでだろう。
結生の髪を乾かし終えた後、まだ夕暮れ時だったけど、俺たちは寝ることにした。
休める時に休んでおかないと。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
何気なく、俺達は同じ部屋の別々のベッドに入った。
そう。俺はまだ同じ部屋にいた。
結生は何も言わなかったし、俺も何となく布団に入って、そこで気がついた。
(俺は、なんで同じ部屋に泊まろうとしているんだよ! 別の部屋にいけよ! このゾンビ!)
それに、俺は全然眠れそうになかった。
布団の中に入って寝ようとしているのに、俺の鼓動は運動中みたいに激しい。
隣のベッドに結生が寝ている。まったく無防備に。俺が潜りこんで襲っても抵抗はできない……。
そんなゾンビらしいことを考えると、鼓動が激しくなる。
でも、実は最初から、その気になればいつでも俺は結生を襲って体液交換でも何でもできた。
力の弱い結生が俺に抵抗する事なんてできない。
俺が罪に問われることもない。すでにゾンビの俺は死刑囚も同然だし。
後には口のきけないゾンビになった結生が残され、誰に訴えることもできず、殺されるだけだ。
そんなことは俺の心が許さないだけで。
俺は今日の逃避行を思い返した。
今日、何度も結生を高木寧音や広瀬美羽に渡すチャンスはあった。
俺がとっさの「判断ミス」を繰り返してそのチャンスを潰していたのは、たぶん、結生を手放したくなかったからだ。
でも、それは、なんでだろう。
知らないうちにゾンビウイルスが俺の脳を支配しているのか? それとも、別の無意識の欲望?
じきに、結生が寝息をたてはじめた。
寝息が口を想像させ、俺は猛烈に結生の小さな唇を襲いたい欲求を感じた。
俺は暗がりの中、そっと寝返りをうち、隣のベッドの結生を見た。
昼間歩いている時の結生と、布団に入って寝ている結生では、ゾンビ本能への引力が違う。
布団からはみ出した小さな細い手に、枕の上に乱れ広がる髪の毛。
暗くてほとんど見えないはずなのに、俺の目にははっきり見えた。
俺の心臓がますます暴れ出し、熱い血液が全身にめぐった。
俺はそっと布団からぬけ出した。
服を脱ぎすてゾンビのアザが全身に浮かんだ裸体となり、結生のベッドにもぐりこみ、折れそうに華奢な体を抵抗できないほどきつく抱き、服を破るように剥ぎ取り皮膚をすり合わせ、叫び声を消すように口を口でふさぎ、細い太ももを掴み……。
脳内に浮かんだそんな変態極悪ゾンビの妄想を振り払うように、俺は結生のベッドに背を向け、荷物を手に取った。俺は大股で部屋の外へ向かった。
この部屋にいるわけにはいかない。
清く正しいゾンビ男子として、俺は俺の童貞を守らねば。
その時、突然、結生のスマホが鳴り響いた。




