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21 出発

 歴史の教科書や資料集にたまに出てくる、一言だけの出来事。

 古代から人類が絶え間なく繰り返してきた行動。

 様々な文明が、帝国が、王国が、近代国家が行ってきた事。

 何十万、何百万、何千万と、推測の数字だけが出て、そこに含まれる人の名前は出てこない出来事。


 虐殺。


 このままでは、俺も母さんも近所のゾンビのみんなも、そんな歴史資料集の片隅に一言だけのっている事件の数字の一部になってしまう。


 20XX年 ゾンビ大虐殺 推定死亡者 約○○〇〇万人


 その一人に。

 ……絶対になりたくない。

 絶対に、母さんやご近所ゾンビを、その一人にするわけにはいかない。


 だから、俺は急いで父さんに教えられた研究所に向かうことにした。

 一刻も早く治療薬の開発につなげないと。

 このまま政府がゾンビを殺す法案を成立させて、国防軍によるゾンビ掃討作戦が開始されたら、俺達はもう助からない。

 でも、ゾンビウイルスに治療法があるとわかれば、政府の方針も変わるはずだ。

 たとえ治療薬はできなくても、治療薬ができる可能性があるとわかれば、きっと、それだけでも変わるはずだ。

 俺はそう信じていた。

 


 俺は地図を見ながら考えた。

 問題は、どうやって研究所に行くかだ。

 ロックダウン前であれば、ここから研究所までは自転車ですぐに行けた。

 だけど、今は無理だ。研究所はこの隔離地区D43の外にある。


 俺が見たところ、隔離地区D43はたぶん1キロ四方程度の大きさだ。

 だけど、公表されている情報によると、この辺りの封鎖地区の範囲はもっとずっと広い。

 どうやら、広い封鎖地区の中に複数の小さな隔離地区があるようだ。

 俺のいる隔離地区D43と研究所がある隔離地区D42は、たぶん同じ封鎖地区内にある隣接した隔離地区だ。

 でも、隔離地区D43とD42は一枚のフェンスで区切られているわけではない。

 研究所の方角を双眼鏡で観察したら、隔離地区D43のフェンスの向こう、少し離れたところに、もう一つ似たようなフェンスが見えた。

 つまり、隔離地区D42に行くには、一度隔離地区の外に出た後で、もういちどフェンスかゲートを越えて隔離地区D42の中に入らないといけない。


 避難用ゲートは警察が常に監視していて、ゾンビが近づけば即射殺される。

 それに、ゲートでは身分証と顔のチェックも行われていた。バレずに通過することはできない。

 ゲート以外の場所から外に出ても、フェンスの周囲は常にパトロールのパトカーが走っていて、フェンスには監視カメラも設置されている。

 フェンスの間でうろうろしていれば、すぐに見つかり、逮捕されるか射殺される。


 結論。フェンスを越えて研究所まで行くのは無理だ。


 俺は、頭を抱えた。

 だけど、数分後、俺は閃いた。


 フェンスを越えるのが無理なら、越えなければいい。


 俺は地図を確認した。

 やっぱりだ。

 地下鉄が使える。


 ここと研究所のある隔離地区D42は、たぶん地下鉄でつながっている。

 もちろん、封鎖地区内を電車が走っているとは思えない。

 だけど、電車が止まっているなら、線路内を移動することができるはずだ。

 今までの警察の動きから考えると、わざわざ封鎖地区内の地下鉄をパトロールするとは思えない。


 俺は地下鉄の運行状況をネットで調べた。

 やっぱり、封鎖地区内で地下鉄は動いていない。

 封鎖地区外で折り返し運転になっている。 

 よし、これでいこう。



 俺はすぐに出発の準備を始めた。

 まず、俺は父さんの部屋に向かった。

 父さんは、部屋に置いてある防弾チョッキを使えと言っていた。他にも部屋にあるものはなんでも使っていいと。

 父さんが危ない場所に取材に行っていた頃の名残で、父さんの部屋には色々変なものがある。

 俺は防弾チョッキを探して装着し、他にも使えそうなものを見つけてはリュックにいれた。

 だけど、一番欲しかったヘルメットは見つからなかった。ゾンビ的に一番狙われて一番危ない部分が頭だから、ヘルメットがないのは痛い。


 次は、母さんの食べ物の準備。

 研究所までは、何事もなければ日帰りが可能な距離だ。だけど、隔離地区外に出るとなると、何が起こるかわからない。

 俺は念のため風呂場やタライに新しい水をため、大量のシリアルをテーブルの上に並べて置いた。


「母さん、食べ物はここに置いておくから。おなかがすいたら食べて」


 母さんはうつろな顔で座っている。その手には、どこから出てきたのか、俺が小さい頃に遊んでいたぬいぐるみを握っている。


「じゃあ、行ってくるから」


「う~」


 小さな声で返事があった。母さんはちょっと寂しそうだ。

 俺はリュックを背負い外に出た。ドアにカギをかけ、外にドアストッパーを置いた。間違って母さんがさまよい出てしまわないように。


 マンションの外に出ると、青空がきれいだった。

 小鳥が楽しそうにさえずっている。「なんだか、ちかごろニンゲンが少ないねー」「そうだねー」とか、しゃべってそう。

 俺が知る限り、ゾンビウイルスに感染するのは人間だけだ。

 だから、人類は大変な目にあっているけど、他の動物と地球にとっては関係ない。


 近頃、町はちょっとだけ荒廃していた。

 荒らしている犯人は、ゾンビだ。

 俺は近所の知り合いゾンビには食べ物を配っているけど、隔離地区内のゾンビ全員に配るほどの余裕はない。

 だから、飢えたゾンビがあちこちに嚙みついていた。

 飲食店に入りこむゾンビもいれば、木に噛みついて樹液をなめてるっぽいゾンビもいるし、地面のアリを食べているゾンビもいる。

 ちなみに、昆虫食ゾンビは、俺が他の食べ物をあげても、「こんなまずそうなもの食えるか」とバカにするように「うっ」と言って無視する。昆虫の方が好きらしい。


 でも、ゾンビが全員ハングリーに食べ物を手に入れようとするわけじゃない。

 例えば、スーパーの前のバス停で座っているお婆さんゾンビ。まったく動かないし、食べているところを見たことがない。

 俺はスーパーに行くたび、お婆さんゾンビの前にパンやクラッカーを置いていたんだけど、お婆さんゾンビは見向きもしなかった。

 そして、いつの間にか、お婆さんゾンビ周辺に大量の小鳥が集まるようになって、いつも小鳥がお婆さんゾンビの頭や肩にとまっておしゃべりをしている。

 俺が置いたパンやクラッカーは、たぶん、小鳥が食べている。


 お年寄りゾンビは代謝が超低そうだから、食べなくていいのかも。

 というか、そもそも、ゾンビってみんなナマケモノなみに鈍くて動かないから代謝が低いのかも。

 近頃、俺がいつも食べ物をあげているご近所ゾンビや母さんは、みんな太ってまん丸になってきたもんな……。けっこう小食なのに。

 

 俺は、駅に行く前にスーパーに立ち寄って、バッグヤードに続く出入口のカギを開けた。ゾンビキッズが自分で倉庫から食品を取り出せるように。

 今のところ、ゾンビキッズは倉庫から食料品を取り出すことを覚えていなくて、他力本願だ。でも、飢えたらそれくらいできるだろう。

 と思いつつ、親切な俺は、念のため段ボールから食品を出して、店内に置いておいた。


 それから、俺はいつもの場所にドッグフードの袋を置いていった。

 知り合いゾンビに配達している食料は昨日多めに配っておいたし、脂肪を蓄えているから、たぶん、これで大丈夫だろう。


 やるべきことを終えると、なんだか少し寂しい気持ちになった。

 なんやかんや言って、俺はゾンビ達との忙しいけど穏やかな暮らしがけっこう好きだった。


(すぐに戻ってくるつもりだけど。でも、戻ってこられるかな……)


 考えると、不安になる。不安を振り払うように、俺は早足で歩きだした。

 今は、目的地へ生きてたどり着くことに集中しないといけない。

 ゾンビのみんなを助けるためには、俺が途中で死ぬわけにはいかないのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾンビほのぼのし過ぎだろw [気になる点] わざわざ封鎖地区内の地下鉄をパトロールするとは思えないとありますが、こんな状況であれば真っ先に出入りが出来ないようにし、もしそれが出来ないので…
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