22 地下の地獄絵
閲覧注意:この話以降3回は、特に不快な描写、残酷な描写が出てきます。
俺は地下鉄の駅に向かって歩きながら考えた。
どうやって駅に入るかが問題かもしれない。きっと駅の入り口は閉まっているはずだ。
だけど、行ってみると、地下鉄入り口のシャッターは、完全に閉まってはいなかった。半分閉まりかけた中途半端なところでとまっていて、そこに、支柱のようにゾンビがはまっていた。
ゾンビは瞑想でもしているかのように、あぐらをかいて座っている。ゾンビが障害物になって障害物検知センサーが作動、シャッターはそこでとまったようだ。
シャッターにはまったゾンビは、いつでも移動できるはずなのに、そのままだ。なんだか修行僧みたいな風格を醸し出している。
「こんにちは。通りますよ」
「う」
俺は四つん這いになってシャッターをくぐり、駅の中に入った。ゾンビは返事はしたけど微動だにしなかった。
駅の中に入ったのは、パンデミック後、初めてだった。
シャッターをくぐると中は暗い。
俺はサングラスを外し、懐中電灯のスイッチをいれた。
強力なLED懐中電灯なので、明るさは十分だ。
俺は地下鉄の構内に続く階段をおりていった。
駅の構内はガランとしている。
懐中電灯の光円の端に壁の黒い染みが見えている。と思ったら、その黒い影がのそりと動きだした。
よく見れば黒い服のゾンビだった。
懐中電灯のあかりが眩しかったらしく、ゾンビは不機嫌そうに唸って腕で顔を隠していた。
駅の売店の中にも人影があった。
売店のおばさんが、ぼーっと立っていて、懐中電灯の光で、売店のおばさんの目が不気味に光っていた。
売店おばさんゾンビは、無表情に顔だけ俺の方に向け、俺が歩くのに合わせて顔を動かした。
ゾンビは俺を襲ってこないとわかっていても、普段見慣れないゾンビだと、少し怖い。
俺は駅のホームに降りていった。
階段をおりながら、俺は顔をしかめた。
なんだか嫌な臭いがする。生ごみの強烈な匂いと便所の臭いを混ぜたような。それと、不快な音。
俺は懐中電灯であたりを照らした。
ざっと見たところ、ホーム上には何もない。
ホームの下。線路内には、ホームから落ちてしまったらしい、薄汚れた服装のサラリーマン、OL、学生のゾンビがうろついていた。それから、無数の蠅。
OLゾンビのブラウスは前がはだけ、大きな乳房があらわになっていた。でも、ゾンビマークのあざが浮かび蠅がたかる乳房は、ただひたすら気色悪い。
ゾンビたちは、俺には興味をしめさず、歩き回っていた。蠅はゾンビの周囲をふくめ、至る所で飛び交っていた。
不気味な光景だ。
(ここはまるで地獄みたいだ)
見たところ、線路内に危険はなさそうだ。
だけど、強烈な臭いと不快な音に、俺は怖気づいた。
それでも、ここを進むしかない。
俺は、ホームの端にいったん懐中電灯を置き、ホームの下に降りた。
ホームの下に降りると、嫌な臭いがますます強烈になった。マスクをしているのに、頭が痛くなるほどの強烈な臭いだ。
それから、もの凄い数の虫の羽音と何かを咀嚼するような音。
蠅は俺にもまとわりついてきた。皮膚が出ないように帽子・マスク・ネックウォーマー・手袋の完全装備だからちょうど良かったけど。それでも帽子やマスクにぶつかってくる音は不快で、それに目の中に入ってきそうで嫌だった。
俺は蠅を振り払いながら、懐中電灯で歩き回るゾンビ達を照らした。
周囲のゾンビ達も、やたらと蠅にたかられている。
よく見るとゾンビの顔、特に口のまわりに蠅が群がっている。
ゾンビは、たまに舌をのばして、その蠅を食べている。ゾンビの口の周りには血液が付着しているように見える。
俺は、線路上をゆっくりと、懐中電灯で照らしていった。
あちこちに蠅がたかっている。
でも、線路わき、ホームの下には他より大きな蠅の大群があって、なにか大きな塊があった。
衣服の端が見える。
あの塊は、かつて人間だったもののようだ。
よく見えないし見たくないけど、たぶん今は腐敗した肉と骨の塊。
蠅の他にネズミもたかっている。
そこに、ゾンビも一匹たかっていた。懐中電灯の光に反応して、ゾンビはゆっくりふりかえった。口にネズミを咥えたまま。口のわきから、蛆虫も滴り落ちていた。
俺は急いで懐中電灯の向きをかえた。
吐き気をこらえながら、俺は冷静に考えようとした。
駅の構内には売店があるから、食料がある。でも、ここにはない。
ホームの下に落ちて上がれなくなったゾンビにとって、食べるものは、蠅と蛆虫とネズミ以外にない。だから、仕方がない。
腐敗する前にはあの死体も食べ物だったかもしれない。だとしても、仕方がない。
地上にいれば、このゾンビ達も、もっとまともな物を食べてのんびり暮らしていたはずだ。
(帰ってきたら、ここに食料を運ぼう。それか、ゾンビがホーム上に上がれるようにスロープを作るか……)
もう二度と来たくないけど、この惨状は放置できない。
とはいえ、今は先を急がないといけない。
俺は、蠅にたかられた塊からなるべく距離を取って、通過した。
足もとを無数のネズミが行き交い、蠅が煙幕のようになっていて、通過する俺の全身にぶつかってくる。その中を通り過ぎた直後。
俺は突然あることを思い出して、慌てて自分の足もとを確認した。
俺の足は、線路わきのサードレールの防護板を踏んでいた。サードレールは電車に電気を送るためのレールだ。たしか、触れれば死ぬこともある高電圧が流れている。
(危なかった。こんなところで、さっそくうっかり感電死するところだった)
どんな死に方でも死ぬのは嫌だけど、こんなところでネズミと蛆とゾンビの食料になるのは勘弁だ。
俺は足元に気をつけながら、ふたたび歩きだした。




