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17 ゾンビ禍の新しい日常

 ゲートBでゾンビ疑いの人が射殺されるのを目撃した後、俺は隔離地区D43の全貌を探った。

 俺はデジタル双眼鏡を手に、いくつかのマンションの最上階に上がり、数日かけて周囲の様子をじっくり偵察したのだ。


 隔離地区は高いフェンスで囲まれていて、フェンスの外側をパトカーが常にパトロールしていた。

 でも、警察がフェンスの内側でパトロールをしているのは、ゲート付近だけだ。

 この隔離地区にはゲートが3つあり、その内の2つ、ゲートAとBが、避難者が集まる避難用ゲートだ。

 もう一つのゲートは、バスや装甲車が出入りするための車両専用ゲートのようだ。


 避難所は1つだけあった。小学校だ。

 避難所付近にも武装警官が沢山いて、近づくゾンビを容赦なく射殺していた。

 避難所とゲートの間は、毎日バスが行き来していた。

 避難ゲートAとBからも同じようなバスが出ている。避難用ゲートの外側にバスの発着所があって、ゲートを通過した人達は、すぐにバスに乗りこむ。

 バスの行き先は、ビジネスホテルのようだ。

 たぶん、避難者を専用の宿泊施設に運んで行くバスなんだろう。

 一方、避難所には、護送車が発着することもあった。こっちは、たぶん、感染が疑われる人を隔離施設に送る護送車だろう。


 隔離地区D43内には、もう1か所だけ、気になる施設があった。

 たまに護送車が到着する建物だ。もとは何の建物だったのか思い出せないけど、頑丈そうな建物だ。

 その付近には、普段は誰もいない。

 護送車が到着する時だけ、重装備の警官がやってくる。護送車は、隔離地区の外から来ることもあった。

 あそこはゾンビを運びこむ施設なのかもしれない。


 以上、3つのゲート、避難所、謎の施設、の5か所にだけ警察がいる。


 結論。じゃ、そこに近づかなければいい。

 俺は警察が出没する危険地帯に近づかないようにして、平和に暮らすことにした。

 

 そして、しばらくは、本当に平和に過ごせた。


 ・・・


 しばらくたった。

 俺は何も変わっていなかった。

 唯一悪化して困っているのは皮膚症状だ。

 ゾンビマークのアザの他にも、なんだか皮膚が腐ったみたいにぐちゅぐちゅしている。

 激しいニキビかアトピーか……。

 俺は、ちょっと食生活を見直そうかと思う。

 

 母さんの症状も相変わらずだ。良くも悪くも、変わっていない。

 健康状態は悪くなさそうだけど、会話すらできない。だから、いっしょに住んでいても、なんか孤独だ。

 それに、今の母さんは自分の身の回りのことができないから、見た目がすっかりゾンビのようになってしまった。本当にゾンビなんだから、仕方がないけど。

 それでも、母さんは時折、掃除をするような素振りをしたり、キッチンの前に立っていることもあった。何か料理を作ろうとしているように。以前の日課をなんとかこなそうとしているように。

 母さんは、ゾンビになっても母さんなのだ。


 そんな母さんを見ていて、俺は思った。

 ひょっとしたら、ゾンビウイルスが無くても、母さんは事故や別の病気で、こんな状態になったかもしれない。年を取って認知症になれば、似たような感じになっていたのかもしれない。


 つまり、これは親の介護をする、よくある普通の平凡な状態だ。

 そう思って、俺はこの状況に適応することにした。


 俺はヤングゾンビケアラー(介護を担うゾンビの若者)として、毎日、母さんの介護をしながら、料理、掃除、洗濯と慣れない家事をこなしてきた。

 電気、ガス、水道、インターネットは今のところ全部元のままだから、生活に不便はない。

 念のため、いつもお風呂に水をためて、バッテリーを充電しているけど。

 それから、俺は何度も隔離地区内のスーパー、コンビニ、ドラッグストアに通って食料品や日用品を買いためた。


 ところで、今のスーパーは荒れまくった無法地帯で、危険だ。

 どういう仕組みなのか、どこから集まってくるのか、スーパーに住みついたゾンビキッズの数はどんどんと増えていた。

 ゾンビキッズは言葉はしゃべらないけど互いにコミュニケーションを取っていて、まるで動物の群みたいだ。


 ゾンビキッズは、子どもゾンビはどんどん仲間にいれる。だけど、なぜか同じゾンビでも大人ゾンビは敵だとみなす。

 スーパーの食品が減ってからは、ゾンビキッズは攻撃的で、スーパーに入ろうとした大人ゾンビを噛み殺しそうな勢いで攻撃する。

 俺もゾンビキッズに攻撃されるようになった。俺はまだ17才で法律上は児童なんだけど。ゾンビキッズ的に子どもの上限年齢は、小学校低学年くらいっぽい。


 俺は、最初、もうスーパーはゾンビキッズ専用ということであきらめようかと思った。

 でも、ちょっともったいない。ゾンビキッズが使わない商品もあるから。

 だから、俺はある時、コンビニで入手したお菓子を投げながら、スーパーの中を走り抜け、バックヤードに駆け込んだ。

 バックヤードの倉庫にある段ボールはまだ手付かずだった。

 店内につながる出入口のカギを閉め、裏口のカギを開け、その後で、俺はお菓子の段ボールを開けて、スーパーの入り口に戻ってゾンビキッズに献上した。

 ゾンビキッズは遠慮なく俺のお菓子を受け取っていたけど、特に怒っている感じではなかった。俺がどこからお菓子を取ってきたのか、よくわかっていないようだ。


 それ以来、俺は裏口から出入りして必要な物を取りつつ、段ボールから出した商品をゾンビキッズに提供している。

 近頃は、俺はゾンビキッズに品出しの人として覚えられていて、噛みつかれなくなった。ゾンビキッズは、俺を見るなり、早く商品を出せ、とうるさく唸るけど。



 さて、俺は家事や買い出しをするだけじゃない。ボランティアにも勤しんでいる。

 まず、俺は近所の犬や猫に餌やりをしていた。

 隔離地区では、飼い主が避難したりゾンビになったりして飼育放棄されたペットたちの問題が深刻だ。

 だから俺は、路上や庭で飢えている元・ペット達にドッグフードやキャットフードを配っているのだ。


 そういえば、ずっと犬の散歩を続けているゾンビもいる。犬の散歩中にゾンビになったみたいで、ずっと犬のリードを手放さない。

 でも、犬もゾンビも、俺が置いていくドッグフードのおかげで、毎日元気だ。

 主従逆転したせいで犬はパンデミック前より活き活きしてうれしそうだし、犬とゾンビも以前より仲がよさそうだ。犬がゾンビをつれて、一日中、散歩している。


 他にも、俺は近藤家とか近所のゾンビ一家に少しずつ食料を運んでいた。

 あと、知っている近所の人が徘徊ゾンビになっているのを見つけるたび、その人の家に送り返したりもしている。


 こうやって俺は、家族とご近所に全力で貢献する、ゾンビ禍における新しい生活様式を実行しているので、毎日すごく忙しい。

 ゾンビになるまで、ボランティア活動なんてしたことはなかったけど。

 ボランティアって意外といいものだ。みんなを助けているっていう充実感がある。

 ただの自己満足かもしれないけど。

 なにしろ、ゾンビは感謝の言葉とか言ってくれないから、どう思っているのかよくわからない。


 だけど、充実した毎日の中で、一つだけ気になっていることがあった。

 テレビのニュースは毎日、ゾンビウイルスの感染者数と死亡者数を報じていた。

 感染者数は、たぶん、実際よりだいぶ少ない。だけど、そんなことより、不気味なのは、死亡者数だ。

 毎日、死者数がかなりの数に上っていて、近頃は新規感染者数とほぼ同数か、死亡者数の方が多いくらいになっている。


 ゾンビウイルスで死ぬことがあるんだろうか? 

 俺が知る限り、この近所で病死したゾンビはいない。

 じゃあ、あの死亡者数は、いったい何の数なんだろう。


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