第44話
wanna eat SAKURAMOCHI...wanna go to Kyoto...HEY COVID P(
爽やかな快晴に、少し涼しい高地の風。
うん、今日は実に良いハイキング日和だ。
期待を裏切らず、ζ-1では本日素敵なハイキングを企画してくれている。
今までのアクティビティは、基本単日単位のものだったが、今回は2日間とちょっと長めの遠足。チームも前もって組まれ、手には遠足のパンフレットがしっかりと各員に行き渡っている。
とはいえ、チームの発表は当日朝。メンバーは皆初対面だ。いや、一応同じ校舎にいる訓練生たちだから、初対面でもないのだが、チームを組んでの連日アクティビティはこれが初めての機会だろう。
今この場は、チームメイトとの顔合わせ時間となっていた。
「グーテンモルゲン!αコース在籍、アルバン・ベッケラート。24歳の健康優良児だ!体力は他人に負けたことがない。ちなみに先日の準備運動では、全部A+の成績をもらったぜ」
私のチームで最初に口火を切ったのは、小ざっぱりした陽気そうな男性だ。明るい赤銅色の癖毛に、綺麗なライムグリーンの瞳。大きな口は楽しそうに笑顔を浮かべている。全体的に小麦色に焼けており、健康そうな外見だ。体格の割に顔は童顔で、人懐っこい顔つきから交友関係が広そうな印象がする。快活そうな見た目と雰囲気で自然に人の輪に入れて且つ目立ちすぎることもない、諜報員向きなタイプの一例だと勝手に推察した。
ちなみに彼の口にした“準備運動”。これがまあ、死ぬほどきつかった。
彼が軽く口にした“準備運動”とは、所謂この訓練校での入門課程である。主なメニューは、長距離水泳・腕立て伏せや腹筋、懸垂等の基礎体力検査・重装備下の長距離走。こう記述すると大変すっきりしていて、うっかり一般人の体育教育レベルで捉えてしまいそうになる。
だがそれが完全なる誤りだと、初課程から思い知らされることになった。
まずこの水泳。460mを9分以下で平泳ぎかクロール等で泳がなければいけない。脚がつる。
そして腕立て伏せ。50~90回を2分以内に達成しなければいけない。未達の場合は毎セット5ポイントずつ減点されていく。腹筋運動も然り。
懸垂とか、義務教育以来なんだけれど…と遠い目になりつつ、20回以上やらされた。
そして重装備下の長距離走。これがもうきつい。模造銃や弾薬、工務装備等を20kg程背負う上、15㎏くらいあるボディーアーマーを装着して走る。つまり計35kg程の負荷をかけられながら、2.4kmを10分以下で走り切らなければならない。
これら入門課程を称して『準備運動』と称するのだが、これが準備運動なら一般人は運動する前に心肺停止するな、と思ったのは赦して欲しい。
この入門課程では最低限Aは取らないと、次の課程に進むことが出来ない。だからここにいる訓練生は皆、大体Aを取っている。逆に言うと、A超を取っているものはなかなかいなかったりするのだ。つまりA+を取っているベッケラートは、体力お化け決定である。
「君は準備運動でA+か、すごいな!俺はギリギリのAだったよ。ああ、αコース在籍のブルーノ・シュタルケだ。27歳。どちらかというと首から下より上の方が動きは良いな。地形把握には自信があるから、是非頼ってくれ。2日間よろしく」
次に口を開いたのは、割合私と背が近い男性。シュタルケと名乗った彼は、明るいブルーグレーの髪にアイスブルーの瞳が、理知的な印象を醸し出していた。流石に一般人とは異なるが、訓練生の中では細身な方で、全体的に線が細い感じだ。正直、厳つい顔立ちや体形をしている他の連中から見ると物理的な安心感があるせいか、外見的な印象で勝手な安心感を抱いてしまいそうな相手だ。そこが諜報員として強みになりそうではあるが、今は緊張しているのか笑顔は少し硬い。しかし動揺するタイプではないだろう、と心中で見積もった。
ちなみ彼らの言うαコースとは、所謂シュペッツ訓練生の一般課程を指している。
一方私が属するのは、γコースと呼ばれる特殊課程だ。まあ特殊といっても、シュペッツ所属であることに変わりない。単純に母数が少ないから、希少扱いされているだけである。
具体的に何のコースかというと、魔動戦闘機専門の養成課程である。
γコースの人間は、シュペッツ一律の選考過程で魔力適性を認められた者たちが、本人の希望問わず問答無用で集められている。それほど魔動戦闘機というのは、適性のある人間が少ないらしい。
膨大な魔力と魔法操作能力、そして基準値以上の情報処理能力を買われた私は、最初からこの課程に入ることが決められていた。
まだ実際マギーイェーガーなるものを目にしていないのだが…諜報員兼戦闘機乗りと考えれば、ちょっとわくわくしてくる。
続いて口を開いたのは、大柄で厳つい男性だった。
「ギュンター・フォン・ハルトマン、25歳。γコース所属だ。俺も身体能力で足を引っ張ることはないだろう。対魔力耐性と持久力はそれなりにある。一緒のチームになれたことを嬉しく思う。よろしく」
ハルトマンは私から見て、見上げる程上背があった。私は元の世界で女性にしてはかなり高身長で、小柄な男性を軽々と抜かしてしまうくらいだったのだが、その私より20cmは高いだろう。短めの無造作な銀髪に薄い灰色の瞳で、褐色の肌をしている。25歳と言ったが、彫りの深い顔立ちのせいか、鍛えられた軍人のような体格のせいか、はたまた厳つい雰囲気のせいか、全く年齢相応さがない。眼力強めなお陰で、威圧感の方が全面に出ている。
「へえ、魔動戦闘機乗りかあ!ハルトマンは魔力量が多いんだな!対魔力耐性があるってことは、魔術尋問受けても吐きにくいってことだろ。諜報員としての適性ばっちりだな」
ベッケラートがにこにこしながらハルトマンに声を掛ける。話し掛けられた彼の方は、表情を全く変えずに淡々と答えた。
「ああ、ただ年々魔術尋問も高度化していると聞く。訓練はしっかり受けるに越したことはない」
「その通りだな。…じゃあ彼がγコースっていうことは、君もγコースか?」
シュタルケが私の方を見て、質問をしてくる。3人の視線が私に集中した。
チームは各4名。ツーマンセルを組んで小隊単位で行動する。ツーマンセルは通常、同じコースの者同士で組むことになっている。ベッケラートとシュタルケはαコース同士、ハルトマンがγコースということは残る私もγコースだろう、というわけだ。
「ああそうだ。γコース所属、ヴェラ・ヴィトゲンシュタイン。27歳だ。私は第1課程はそこそこの評価だったが、魔法操作と次元干渉魔術は得意だ。とはいっても、今回のハイキングは魔法無しのようだから、出番はあまりないな。精々記憶力で勝負するとしよう。2日間よろしく」
にこりと笑って挨拶すると、3人とも一瞬じっと見つめてくる。
何だろう、何かおかしなところでもあっただろうか?
ちなみに私の実年齢は27歳ではない。帝国情報局が用意した経歴上、私はルプレヒト大学工学部を卒業後、民間企業にて2年勤務、退職し帝国情報局シュペッツに志願したことになっているだけだ。
もしかして、年齢詐称がばれている…?
思わず首を捻っていると、ベッケラートが最初に反応した。
「あ、悪い!女性の候補生ってほとんど見かけたことなかったからさ。本当にいるんだって思わずまじまじと見ちゃったよ。悪気はないんだ気にしないでくれ!っていうかヴィトゲンシュタインも魔力量多いんだなー。魔動戦闘機乗りって、相当適性ないと候補生にもなれないって聞いたぞ」
どうやら数少ない女性訓練生ということで、注目されていたらしい。そういえばζ-1に入ってから、講義の度にちらちら視線を感じたりすることはあった。自意識過剰かと思っていたが、案外そんなことだったのかもしれない。
どうもここの所、性別という概念を忘れがちな気がする。仕事に男も女も無いので、それ自体特に問題には思わないが、自分が外見上女に見えることは流石に意識に入れておこうと思った。
「そうだね、私は平均よりは多い方だと思う。ただどちらかというと、魔法操作能力を買われたくちかな、とは思っているけれど」
「へえ、魔法操作が得意なのはすごいな。魔動戦闘機は並みの操作能力じゃ乗りこなせないって聞いている。魔力回路が複雑すぎて、魔力量が多いだけじゃどうにもならないんだってな」
続いてシュタルケも話に乗ってきた。彼は魔動戦闘機に興味があるのか、緊張しつつ好奇心には勝てない、という顔をしている。
「らしいね。まあ入隊試験では適性は認められたけれど、当然操縦経験は無いから。実際乗ってみないと力量は測れないだろう」
そう言いながら、ちらりと斜め前に視線を向ける。
話を振ってくれたベッケラートとシュタルケの横で、未だ発言せず固まっている1人。ただでさえ厳つい雰囲気をしているのだから、黙って凝視されるとこちらとしても居心地が悪い。…と、直接言葉にはせず、仕方なしにハルトマンにも話しかけることにした。
「そうか、となると私は君とツーマンセルを組むことになるな。よろしく頼むよ、ハルトマン」
円滑なコミュニケーションの基本は、表情。笑顔が大事だ。にっこり笑って、彼の猛獣の様な視線を、少しでも緩和することを試みる。
「…よろしく」
…試みたのだが、余り効果は無かったようだ。かなりぶっきらぼうな反応をされた。
なんだろう、ライバル視でもされているんだろうか?それとも、こんな軟弱な奴と組むなんて嫌だとか思っているとか?どちらにせよ、私は自分の能力が上にきちんと評価されれば問題無い。ハルトマンがその邪魔をしないのであれば、彼が私に如何様な印象を抱こうと個人の自由だ。
「おいおい、随分無愛想じゃないか!こんな美人と組める機会なんてないぞ?もう少し楽しそうな顔しようぜ」
そこですかさず、ベッケラートが茶化すように突っ込みを入れる。この感じだと、ベッケラートはチームのコミュニケーション活性材確定だな。折角チームの空気を円滑にしようとしてくれているのだ。彼の気遣いを無駄にしないために、私も軽い調子で返しておこう。
「ベッケラート、君が大変紳士なのは理解したよ。だがこの場合、恐らくハルトマンの判断は賢明だ」
「お?なんでだ?」
「何故なら君たちは1日経つ頃には、私を“美人”なんて言ったことをすっかり忘れるだろうからね。それどころか、人間に美醜の差があるという考え自体捨てることになるぞ」
お道化て言うと、ベッケラートは意味を理解したらしく、わざとらしく驚いた顔をしてみせた。
「なんだって?まさかヴィトゲンシュタイン、君みたいな絶世の美女は、雪山で凍えかけて歯をがちがち鳴らしたり、断崖絶壁のボルダリングで豚みたいな声を出したり、その日の晩御飯として蛇を食べたりなんて、まさかする訳ないだろ?」
「ははは!そんな訳ないじゃないか!私みたいな美の化身はだな、そんなはしたない真似は決してしないのだよ。いいかい、凍えかけたら雪女も真っ青な表情で歯を食いしばるし、ボルダリングでは豚どころか闘牛も尻込みするくらいの声を出してやるし、晩御飯は蛇どころか昆虫だってメニューに入れるからな」
私の言葉に、ベッケラートは歓声を上げて手を叩く。
「流石だ!やっぱりζ-1に入ってくるような女性は、女の中で美しいってだけの人間なんかとは格が桁違いだな!」
彼の合いの手に、私含め3人が爆笑する。…勿論ハルトマンは、ぴくりとも口角を上げないままだ。
「まあ焦らなくても、これから否が応でも仲良くなるさ。なんて言ったって、7日間のハイキングだからな」
一頻り笑った後、ハルトマンをちらりと見ながらシュタルケが肩を竦めて言った。
「パンフレットを見る限り、なかなか面白そうなハイキングになりそうだな」
ハルトマンが手元のしおりに目を落として、落ち着き払った口調で相槌を打つ。言葉とは反してその表情は全く"面白そう"を表現してはいないが、少し声色が上がった気がする。存外心中は、わくわくしているのかもしれない。
「なんて言ったって、雪山が舞台だ。しかも非魔法依存行軍だろう??うんと雪遊びができるじゃないか!」
ベッケラートの朗らかな言葉通り、今回のハイキングは非魔法依存行軍だ。魔法を一切使ってはいけない。魔術反応があった瞬間、砲兵隊に狙い撃ちにされることになっている。
…え?さっきから、凍えるだの断崖絶壁のボルダリングだの、蛇や昆虫を食べるだの、行軍だ砲兵隊だの、ハイキングにしては物騒な単語が飛び交っている?
当然だ。先の"準備運動"然り、シュペッツ訓練校、もといζ‐1でのハイキングが世間一般のハイキングであるはずがないじゃないか。
ハイキングという名の、実質2日間のサバイバル訓練である。
水・食糧共に基本現地調達。道具はサバイバルナイフとスコップ、ロープのみ。装備は冬用としては最低限の夜戦服と、鉄帽子、ゴーグル、グローブ。はっきり言って、雪山で生き残れるぎりぎりのラインだ。
この訓練を考案したやつは、相当なサディストに違いない。まあ人間は極限状態に置かれると、自己中心的な行動を取ったり判断が鈍ったりする。そういうのをふるい落とすための訓練なのだろう。
「雪遊びかあ。小さい頃はよく雪合戦したなあ」
「お、シュタルケもか?俺もよくやったよ。あと学生時代は、学舎の3階から降り積もった新雪に飛び降りるのとか流行ってたな」
「ああ、やんちゃな学生たちがやっていたが…ベッケラート、君はその口か」
「当たり前だろ?あんな楽しいスポーツ、なかなかないぜ。しかも冬限定だ!」
「はは、それじゃあベッケラートは新雪切り込み隊長で決定だな!」
「おいヴィトゲンシュタイン、俺は紳士だぞ。レディーファーストに決まってるじゃないか」
「残念、私は淑女ではなく戦乙女の方だ。敵への突入は先陣を切るが、今回は新雪で窒息死しそうな君らを迎えにいく役割を取ろう」
「おい、ヴァルキューレは戦死した勇者たちを迎えに行くんだろ」
顔を顰めてシュタルケが言うので、にやりと笑って返してやる。
「そうだ。まあ精々勇猛果敢に雪と死闘し給え、紳士諸君!」
「やめろ!縁起でもないこと言うな!」
すると、わいわいと言い合う私たちの声に、唐突に低い声が落とされた。
「雪遊びとは、雪崩耐久ゲームのことではないのか?」
思わず3人揃って、発言元を無言で見詰める。発言の主であるハルトマンは、至って当然のことを聞いている、という顔をしていた。
コミュニケーション強者のベッケラートが、最初に訊き返した。
「…悪い、ハルトマン。君、今“雪崩耐久”ゲームって言ったか?」
「そうだが?」
「ええとそれは、雪崩を耐える、っていう?…え?雪崩を耐えるってどういうことだ?」
シュタルケが整理しようとして、逆に混乱に陥っている。
その様子を少し訝しげに見ながら、ハルトマンが淡々と答えた。
「そのままの意味だろう。雪崩に飲まれて、如何に無酸素状態で耐久し、迅速に脱出するか、というゲームだ」
「「「は???」」」
思わず私たちが唱和してしまったのも、致し方あるまい。
雪崩を躱す訓練というなら、百歩譲って納得しよう。しかし、雪崩に飲まれるのが前提?あのぎっちぎちに雪に埋まって呼吸も身動きも出来ない状態で、耐久?重い新雪を掻き分けて、迅速に脱出?
色々と非常識なセンテンスが出てきて、混乱するのは当然だ。
「…ていうか、それゲームなのか?」
そう、何より私たちの脳内を占めていた最大の疑問を、ベッケラートが言葉にしてくれた。
「そうだが?俺が学生の頃は、冬季休暇中に家族でやるゲームの定番だったぞ」
――こいつの家族、絶対に超人サイコパスの集団だ。
ハルトマン以外の3人が、彼に対する共通の認識を抱いた瞬間だった。




