第39話
Merry Christmas!!
この紅茶、トイトーネ帝国で飲んだものと比較すると、少々薫りが薄い気がするんだよなあ。トイトーネでは珈琲の方が主流ではあったが、紅茶もテュッレーニア都市連合からの輸入品が多く流通していた。あそこのは、前の世界で住んでいた国と負けず劣らずの品質だと感じる。特にファーストフラッシュは大変薫り高くて…と、今は紅茶について語る時間ではないか。
「私は、マーガレット様の言にも一理あると感じています」
最初に折れたのは、財務大臣。
自国を買い上げることの出来る財政規模、と聞いて、相当参っているらしい。額に手をやり、悩まし気な表情ながらも、話を続けた。
「そのような国家が存在する、というお言葉を信じるならば、現状、我が国との経済規模の格差がありすぎます。ですから…」
「財務大臣殿、それで簡単に信仰を捨てられると?」
軍務大臣が、厳しい面持ちで口を挟む。しかし財務大臣は、それに溜息交じりで返した。
「軍務大臣殿、もちろん私は、我が国の歴史を否定したい訳ではありません。確かに原初において、唯一神は聖女様を遣わし我が先祖たちをお救いになられたのでしょう。しかし、だからといって今回もお救いしていただけるとは限らないのですよ。現に、今の状況は何なのでしょう?数年前からの蛮族の侵攻。焼かれる領土に、犠牲になる国民たち。逼迫していく財政。ここまで来ても、教会府から告げられた唯一神のお言葉は、『これは必要な試練である』のみ。つまり、主は、もう既に我々を助ける気が無いのでは?」
「しかし、そのために聖女様方が遣わされたのではないか!」
「宰相殿、お言葉ですがね。その聖女様であられるはずの御方が、『神などいない。ロベールより巨大な国家が存在する』と仰っているのですよ。それについて、どう思われますか?」
「それは…」
一瞬言葉に詰まった宰相に対し、私からも声を掛ける。
「ふむ、良い指摘だな、財務大臣殿。宰相殿と軍務大臣殿は、もしや私のことを、聖女と偽った悪魔とでも考えているのではないだろうかね?聖女が唯一神の存在を否定するなど、あってはならないことだと。であれば、私が聖女であるということ自体が誤りである、と言いたいのでは?」
ちらりとそちらに視線を投げかけると、2人は気まずそうな表情になった。
それには構わず、カップをソーサーに戻して、威厳たっぷりに言い放つ。
「ではここで今一度問うてみよう。私はこの場に於いて、聖女という枠組みに捉われずに、私の話を聞いて頂きたいと伝えてある。であるから、私イコール聖女、という構図は頭から追いやってもらって結構。しかしだね、私の本当に意図するところは、諸君の今の思考の枠外にあるのだよ。分かるか?私は、聖女という記号を“超越した”存在として、私のことを受け入れろ、と要求したのだ」
そこで一息いれてから、言葉を頭に叩き込むように、明瞭な声で一語一語区切って発声した。
「簡潔に表現しようか?神だの悪魔だの、そんな虚像に目をくらませて、真実から目を逸らすな、と言っているのだ」
背筋を伸ばし、目を細めてじっと2人を睥睨する。
目を逸らすな、という言葉の通りに、私の視線から逃すことをさせない。
相手を説得するときに、自分のペースに巻き込んでしまえば、完全にこちらのものだ。現時点でこの会話の主導権は、私が掌握した。彼らの意識は既に、私の支配下にある。
「マーガレット様の仰る通りでございましょう。王政府のお三方は、我々とは少々立場が異なる。それは存じ上げておりますがね。国を動かすにおいて、過去の経験から学ぶことは、勿論大切なこと。しかし、この国の未来を考える立場にあるからこそ、過去に縛られては生きていけない、と私は感じる次第でして」
ブロス辺境伯が、同調するように発言した。他の辺境伯も、「然り」、「私も同意見ですな」、「誠にその通り」等々、相槌を打っている。
その様子に後押しされたのか、再び財務大臣が口を開いた。
「誠に正しきご指摘でございます。お恥ずかしながら宰相殿、私共宮廷貴族は此度の厄災に怯えてばかり、遂には国政の行方を神頼みにしてきたきらいがございましょう。しかし財政政策とは本来、長期的な効果を見据えて施行されるべきもの。教会府の一朝一夕なお言葉なので左右される程、軽々しいものではありません。国庫状況によっては、国が簡単に滅びます。財政こそ国を支える大きな支柱の一つです。今この様な状態で、遥かに財政規模を凌駕する大国などに攻め込まれれば、北伐どころの騒ぎでは済みませんぞ!」
財務大臣の苦悩に満ちた言葉に、軍務大臣が渋い顔をする。
軍務を司る者として、心当たりはあるのだろう。
「…私めも財務大臣殿の言を、否定することはできませんな」
重々しい口調で、軍務大臣が暗に肯定の意を示した。
宰相は依然難しい顔をしているが、反論の余地もないのか黙っているばかりだ。
それを見て、財務大臣が再び口を開いた。
「ですからマーガレット様、私めは、私めの責務から、貴女様のご意見に従うまでであります」
「では財務大臣、貴殿は唯一神信仰を捨て、教会府を責務に反する者、つまり敵と認識することに異存はありませんね?」
「はい、ございません。全てはマーガレット様の思うままに」
「宜しい!王政府の人間はもう少し石頭かと思っていたが、例外もあったようだな」
にこにこしながら手を叩くと、財務大臣は静かに頭を垂れた。
さあそろそろ…と思って軍務大臣を見遣ると、予想通り口を開けたり閉じたり、何か言うのを迷っている。
勿論優しい私は、そんな彼にも声を掛けることを忘れない。
「おや?貴殿も何か含むところがありそうだね、軍務大臣」
私に声を掛けれられて、一瞬彼はびくりと肩を震わせた。ちらりと宰相の方を窺ってから、歯切れの悪い調子で口を開く。
「あー…そうですな。私はその…信仰心を捨てるというのは少々、堪えがたいように思えまして…。そうまでして得られるものが何なのか…もちろん、マーガレット様のご意見にも、一理あるというのは存じ上げておりますが…」
「ふむ、軍務大臣。貴殿は今、『そこまでして得られるもの』と言ったかい?」
「あ…はい」
何を言われるのか、と警戒する軍務大臣に対して、私は盛大に笑って見せた。
「はっはっは!愉快愉快!!『得られるもの』だと!!なあ、4大辺境伯殿!聞いたかい?彼はこの期に及んで、『得られるもの』なんて言い始めたぞ?これ程可笑しいこともあるまい!!」
私の言葉に、4大辺境伯もそれぞれ同調して笑い声をあげる。
「なんとまあ、悠長なことで!」
「得られるもの、ですか…私共にその発想はございませんでしたなあ!」
「ほっほっ!流石は勇ましき軍務大臣殿です。我々とは根本的に違いますのう!」
「ははは、いやいやジャン4世、彼は華々しき王政府のお役人様ですぞ。我々辺境伯とは、見えているものが違っていらっしゃるのは致し方ないことでしょうぞ!」
各々好き勝手言っているが、つまりは全て彼の発言に対する盛大な皮肉だ。存分に馬鹿にし放題しているのである。
その気持ちは分からないでもない。だって、この期に及んで「得られるもの」だなんて…脳筋は脳が腐っても脳筋なのだろうか?
「まあまあ、4大辺境伯殿。彼もまた唯一神信仰によって生み出された、哀れな仔羊の一匹なのだ。状況を正しく把握出来ないことを責めては、余りにも酷というもの。私はこれでも親切な方だと自負しているのでね。懇切丁寧に教えてやろうと思うのだが」
「なんと、マーガレット様は流石ですな。軍務大臣殿、マーガレット様の御慈悲に感謝なされた方がよろしいぞ」
ルテル辺境伯が呆れた表情で、軍務大臣に声を掛ける。当の本人は、何を馬鹿にされているのか余り理解していない風の顔をしていた。
「と、仰いますと…」
「軍務大臣、貴様に訊くがね。貴様はどこまで阿保で強欲なのだ?『得られるもの』だと?ここまで絶望的な状況にありながら、まだ自分が何かを得られる立場だと、思いあがっているのかい?はっ、とんだ傲慢さだな!」
鼻で笑って指摘してやると、軍務大臣は委縮したように眉を下げた。
「それは…」
「貴様、自分たちの立場を、本当に理解しているか?諸君に突き付けられている選択肢は、只の2つだ。――魂を捧げて肉体だけは残してもらうか。魂も身体も蹂躙され略奪されて、塵となって消されるか。どちらかのみ。貴様は『奪われる』立場であって、『得る』立場になど無い。理解したか?」
少々凄んでやると、いとも簡単に彼は心を折られたらしい。
それでも宰相は、なけなしのプライドを振り絞って口を挟んできた。
「し…しかし、マーガレット様。そ、それでは私共が、貴女様に協力する意味がないのでは…どちらにせよ、私共は奪われるのであれば…結局のところ…」
「ああ、そうだぞ?諸君は『意味が無い』。かの巨人にとって、貴様など虫けらも同然の存在。踏み潰すなど訳も無い。そんなものに協力を仰ぐと?ふん、馬鹿馬鹿しい。諸君は協力を求められているのではない。ただ、かの巨人の慈悲によって、尊厳をもって全てを捧げる権利を与えられたのだ。尊厳ある搾取か、文字通り虫けらとして肉塊も残らず摺り潰されるか。それを態々、かの巨人は選ばせてくれるというのだぞ?それだけでも有難いと、思わないのかね?」
堂々と肯定されるのは予想外だったのか、宰相が言葉に詰まって口をぱくぱくさせている。まるで死にかけの魚だ、と在り来たりな感想を浮かべてしまった。私はもう少し、表現力を磨いた方が良いかもしれない。
「マーガレット様のお言葉は大変厳しく聞こえますが、それは仰っていることが全て事実だからでしょう。自分に都合の悪い真実ほど、耳に痛く、心に刺さるものはありません。かく言う私めも、複雑な感情で心が一杯でございます。しかしですな、追い詰められた状況において、真実を見逃すことの方が、向き合う痛みよりも遥かに恐ろしい結果を招くと、国を動かす方々であれば、当然知っていますでしょう?窮地であるからこそ、真実から目を背けてはならないのですよ。それが、賢き為政者たる行動です。そうは思いませんか?」
ルテル辺境伯が、静かながらもきっぱりとした口調でその場に語り掛ける。
4大辺境伯は皆、頷いて同意を示していた。財務大臣も黙して耳を傾けている様子から、異論はないと見える。
あとは宰相と軍務大臣だが…両方ともルテル辺境伯の言に思うところがあったのか、反論の言葉は出てこない。
ゆっくり紅茶を飲みながら待っていると、軍務大臣の方が先に折れた。
「ボードゥアン1世の仰る通りでございましょう。今の我々に、真実から目を逸らす余地などない。竜さえ屠ってしまうような国など…我が国軍がどう足掻こうとも、どうにもなりませぬ。そんな国に攻め入れられれば、我が国は一面火の海でございます。教会府の面子を立てるために国民を塵にするより、信仰を捨てることで無駄な血を流さない方が、私にとっては大事であると思いますな」
「軍務大臣殿…」
「軍務大臣はロベール国防のトップだからね、賢明な判断何よりだ。いやあ、かの国は圧倒的な力を持っているからね、そもそもロベールに私を通して、形だけでもお伺いを立ててもらっただけ、幸運としか言い様がない」
肩をすくめて言うと、宰相が口を開いた。
「その、マーガレット様は、どのようにしてかの国に接触を?というか、どうやって交渉にまで持ち込んだのでしょうか…?」
「企業秘密故、詳細は答えられないな。答えられる範囲でというなら、3つ。私は異世界から来たからこそ、ロベールの価値観に縛られることなく思考が出来る。そして、私は曲がりなりにもロベールに召喚された身、この地が無為な蹂躙に晒されるのは少々気分が乗らない。だから、かの国の要人と直接、私の知恵と身を振り絞って協力を仰いだ」
「つまりマーガレット様は、ロベール王国の誰の支援も得ず、お1人でかの国と渡り合っておられた、と…」
「ははは、そう述べれば私のこれまでの口上も、少しは心象良く受け入れて貰えるかい?」
苦笑すると、その場の全員が各々の反応を示す。ある者は驚きを、ある者は戸惑いを、ある者は痛ましげな表情を。まあどれも的外れではあるが、心象を良くするのに、勘違いは都合よく利用させてもらう。
「マーガレット様、これまでの数々の無礼、大変申し訳ございませんでした。私めは貴女様を、少々勘違いしていたようです。確かに信仰心を捨てよというのは、主を信じ生きてきた私にとって、身も引きちぎられる以上の痛み。しかしそれによってロベール王国が、無残な蹂躙を免れるのであれば、私は苦渋の決断をするのみ。そしてマーガレット様は、その御身一つでその大国を動かされてしまいました。私はこれから主ではなく、貴女のお力を信じようと思います。どうか、どうか私たちに、救いの手を…そのためには私は、全てを捧げるつもりでございます」
宰相が頭を下げて懇願した。その隣で、軍務大臣も同様に膝に手をついて頭を垂れる。
「私もです、マーガレット様。大事な兵の無駄な流血を防ぐためにも、私も貴女様に心を捧げようと思います」
一瞬の沈黙を置いてから、私は徐に手を叩いて笑顔を作った。
「素晴らしい!!流石、私が見込んだ諸君だ。心配するな、諸君の魂はそっくり私が貰ってやる!その代わり、かの国からの援助は責任もって約束しよう!諸君にもたらされるのは、蹂躙の上の破滅ではない。魂と引き換えの安寧だ!」
そこで一息入れてから、両腕を広げてその場を見渡す。
酒の場なら、一先ずここで乾杯といくが…今日はお茶会だ。杯はないので、議会調で行くとしよう。
「さて、改めて諸君。唯一神への信仰を捨て、生まれ変わった新しき時代の者達よ。諸君が産声を上げた今日という日に、そして教会府と北方民族という2つの敵を撃ち滅ぼす同志たちに、感謝と激励の拍手を送り合おうではないか!」
部屋に響く盛大な拍手を聞きながら、今の演説は少しは情緒性があったのでは、と我ながら他人事のように感心していた。




