第37話
遅くなりました!
long time ladies and gentlemen, I'd like you to enjoy the cont!
「マ…マーガレット様、それは、その…あまりにも…」
宰相が思わずといった風に、言葉を漏らす。軍務大臣と財務大臣に至っては、今にも卒倒しそうな顔色をしていた。最早声も出ないらしい。
もう一度沈黙が場を支配する。
とりあえず必要な刺激は与えたので、今私から口を開くことはない。ただ眺めているのも時間が勿体ないので、頭の体操に素数でも数えていようか。いや、素数同士の掛け算の方が体操向きかな。
二桁の素数同士の掛け算を暗算していたところで、やっと相手から反応が返ってきた。
「…私めは、生まれたときから主を信じるよう教えられ、それを当然として育ってきました」
話始めたのは、モンフォール辺境伯。
予想通りだ。
これから口にするであろう内容は大体想定できているものの、黙って傾聴するポーズを取る。
「主を信じ、そして主の教えを広める役目を担う、教会府に対しても、一定の信頼を置いてきました。7日に1回は教会に通い、祈りを捧げてきました」
「ははは、大層な信心だな。唯一神は、そんな信心深い領主に、さぞ素晴らしい加護を授けてきたに違いない」
にっこり微笑んで相槌を打つと、モンフォール辺境伯の顔が目に見えて歪んだ。
「ええ、正にそうですよ。どのようなときも、主は私共を導いてくれました。ですから、数年前の蛮族襲来の際も、当然私は主に教えを請い、加護を求めました」
「それで?唯一神様は何だって?今の状況を鑑みる限り、北方民族を蹴散らしてはくれなかったみたいだが。あれか?『超えるべき試練』とでも宣ったか?」
「主のお言葉を直接聞くことができるのは、大司教様のみです!そのような言い方は――」
「中央の役人殿は、少々黙っていただけませんかな?」
ブロス辺境伯が宰相の言葉を冷ややかな視線で制す。声を荒げかけた宰相は、4大辺境伯らの表情に気付くと、勢いを失って黙り込んだ。
モンフォール辺境伯は、宰相の声など聞こえなかったかの様に、淡々と話を続ける。
「ええ、ええ、教会府に取り次いでいただき、大司教殿からお言葉をいただきましてね。『此度の蛮族の禍は、天命によりロベールの民に与えられた、第2の試練である。ロベルシエールたちは、それを乗り越えることによって、より強固な縁を得ることが叶う。これは主による、更なる高みへのお導きである』だそうです」
「私もほぼ同様の内容をお聞きしましたなあ」
ルテル辺境伯がぼそりと呟いた。
「ほお、唯一神様は随分と御厳しい御方のようだねえ。可愛い仔羊たちを態々狼に襲わせるとは!あれかな?かの偉大なる唯一神も、か弱き仔羊たちの大群を真綿で包むように護り育てるのは、そろそろ限界だと感じたのかねえ?それで、小さな狼を嗾けて、より強い仔羊を残そうと。はっはっは!素晴らしいじゃないか!可愛い子には旅をさせよ、というやつだ!弱肉強食の理を覚えさせてくれるんだろう?教育熱心じゃないか!」
「ええそれはもう。私も主のお言葉を何度も反芻し考えてみましたが、どうとってもそのような意図のようですね」
モンフォール辺境伯の返事に、ルテル辺境伯が更に言葉を重ねた。
「私は考え過ぎて、天命とは何なのかが分からなくなってきましたよ。所詮矮小な人間ごときに、偉大なる神のご意思など、理解し得ないということなのでしょうな」
「…ふうむ、ボードゥアン1世の言は、私も同感ですなあ。ロベルシエールへの試練、とのお言葉でしたが…正直なところ、現時点で最大の被害を被っているのは、主にシモン3世でしょう。もちろん私めも細かいことを申し上げれば、その試練を一部受けていると言えますが。しかしながら、直接的な暴力が我が領地に及ぶ時点で、ロベール王国の大半が蛮族に蹂躙されているということですから。そこまでいくと、最早神は我らを見放した、とも捉えられるわけでして」
ボゾン辺境伯が同意を示す。ブロス辺境伯が髭を撫でながら、平坦な声でそれに相槌を打った。
「天のご意思というのは、人間の理屈では計り知れないものなのかもしれませんねえ」
4大辺境伯の信仰心は、大体これで計り知れた。
4名とも、教会府に対する苦いものはあっても、唯一神信仰自体への抵抗感は無かったのだろう。今までは。――そう、飽くまでそれは、過去の話だ。実害が長期間続くことによって、それは既に壊されかけている。神というものに対する不信感。教会府への対抗心とも相まって、それは益々肥大化している。
更に、聖女という立場であるはずの私によって、唯一神の存在が否定されているのを感じ取っている。改めて言葉にすることで、自らの不安を明確な形で認識しているのだろう。
有難いことだ。お陰で仕事がやり易い。ハードルの高い職務というのもアドレナリンが出る。しかし私は決してマゾヒストではないので、交渉がスムーズに運ぶことを嘆く趣味もない。
「ではそんな貴殿らに一つ有用な助言をしてやろう。万事には因果関係がある。この世は歯車仕掛けの壮大な芸術作品だとでも考えれば良い。目に見えぬ程の微小な個々の歯車が、万も億も複雑に絡み合い、ゆっくりと、時には激しく、蠢いているのだよ。巨大すぎるが故に、個々の歯車には、その全容は窺い知ることが困難だ。この国の人間はその動きを、“天命”という表現をして、何か超常の存在が関わっているのだと思い込んでいる。ただそれだけの話さ。――どうだ?異世界から来た者の言うことは、中々新鮮だろう?」
各々の反応はそれぞれだ。しかし少なくとも4大辺境伯らは、どこか納得した雰囲気を漂わせ始めている。
あとは王政府の3人の方だが…宰相は感情的に否定したくとも、僅かに残る理性が口を閉ざしている様だ。軍務大臣は厳しい顔をして、腕を組んでいる。財務大臣は口元に手をやりながら考え込んでいるようだが、想像よりは頭は固くないと見た。
4大辺境伯らとは違い、彼らはもう少し宗教観に頭をやられているはずだ。だが、処置する余地はある。
手始めに、軍務大臣に声を掛けた。
「なあ、軍務大臣。貴殿は私の2番目の問いに、肯定の意を唱えることが出来たか?」
「…竜についてのご質問、でしょうか」
「そうだ。貴殿は最初、信仰心から竜を狩る対象として考えられない、と答えた。しかしそれは、私の問いに対する正確な回答になっていない」
「と、仰いますと…」
「私の問いは、竜というものを、『単なる人間以外の生物』と捉えることを前提としていた。さて、その場合、貴殿は私の質問に是と非、どちらで返すのだね?――技術的な観点から、殺せるか、否か、どちらなのだ?」
軍務大臣は身体を強張らせ、目を伏せる。
少しの葛藤の後、彼は答えた。
「…無理です。不可能です。竜は生物単体として見て、非常に強力です。皮膚は強靭、高い魔力、飛行能力を持ち、時に強烈なブレスを吐きます。私共人間は彼らを懐柔する手立てはあれど、それを弑する能力などございません」
「否、ということか。ではそんな軍務大臣にサプライズをしてやろう」
「何でございましょう」
「その硬い皮膚を貫通させ、魔力など物ともせず、遥かに高高度を自在に飛び回り、ブレスをそよ風の如く防ぐ。そんな人間など軍団規模で存在する、という事実を伝えてやったら、貴殿はどんな反応をするのだろうね?」
軍務大臣ににやりと笑いかける。彼は一瞬、私の言葉が理解できない、という顔をし――そして完全に硬直した。
「そ、それは…マ、マーガレット様、今貴女様は、その、それが――事実、と仰いましたので…?」
他の面々も、相当動揺している様だ。ふむ、やはり竜を狩ることができる、というのは、この御仁らには効き目があるらしい。
トイトーネ帝国からしてみれば、幼児でもそれくらい知っているだろう、くらいの感覚だろうが。
「私は折角お前たちを、秘密のお茶会に招待したのだよ?何を今更、嘘を並べる必要があるのだ?」
「しかし…すると…まさか…ミディ山の向こうに?だとすれば、わ、我が国は…!」
「ふむ、そんな国に対抗しようなど、それこそ神にでも逆らう様なものだな」
さらりと述べると、軍務大臣はそれきり口を閉ざしてしまった。どうやら返す言葉も見つからないらしい。
思考停止した彼はそのままにして、次に財務大臣に問い掛ける。
「では次は財務大臣に聞いてみよう。最初の問いに対して、ボードゥアン1世は不可能だと回答した。貴殿はどうだ?彼と同様の見解を持っているのかい?」
顔を引き攣らせながら、財務大臣が慎重に返した。
「はい…ミディ山は、前人未到の地でございます。到底、人間が越えられるものではないと…」
「ほう、それは面白い。いや、何せね、私はあれくらいの山なら難無く越境できる技術を、知っているものでね。ちなみにその技術は、既に複数の人間が手にしている。彼らは気軽な旅行感覚で、山を越えることが出来る、というのも確認済みでね」
「は…それは」
「うん、財務大臣なら理解が深いかと思うのだが。ほら、そういった技術開発というのは、個人がどうこう出来る代物ではないだろう?そう、国家としての取り組みだ。それは、国家予算から、それだけの開発費を捻出しているということ。財政規模にすると、どれ程だろうな?ロベールくらいなら丸々買い上げることも出来てしまうかもしれないねえ」
「我が国を…買い上げる…」
財務大臣も、脳みそがスパークし始めた様だ。
さあ、最後に宰相を突き落としてやろう。
宰相も最後は自分だと分かっているだけに、何を言われるのかと慄いている。完全に怯えた仔羊だ。うーん、ラム肉はグレイビーソースでソテーにすると美味しいのだったな。
「さて、最後は勿論貴殿だ、宰相。貴殿は大トリだから、取って置きを教えてあげよう」
にこにこしながら話しかけると、宰相は狼狽えながらも反応した。
「ど、どのようなお話で、ございましょう…」
「何、取って置きとは言ってみたが、大変シンプルな内容だ。ここまで私が話した事実、それを踏まえてなんだがね。そんな国家が、唯一神などという概念を持たずとも、きちんと成立し機能しているのだよ。恐らくロベールと似たり寄ったりの年月をかけて、発展してきたと思われるのだけれどね」
「…っ!そんなことが、そんな国が、存在すると…!」
「私は嘘は話さないと、先程言ったばかりじゃないか。…今更私を疑うと?」
目を細めて凝視すると、宰相は気圧されたのか、やっとのことで言葉を紡いだ。
「あ…いいえ、とんでもございません。その、あまりにも、恐ろしい…ええ、正に、世界を揺るがす事実だと…」
「宰相、更に追加サービスだ。良いことを教えてやろう。――貴殿の見てきた世界は、所詮巨人たちの箱庭に過ぎなかった。ただそれだけのことだ」
しいん、という静寂が、部屋に重く沈殿した。




