↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
44/59

第34話



 トイトーネ帝国での時間もあっという間に過ぎた。気が付けば私は、ガタガタと壮絶に揺れる馬車の上で、舌を噛まないことに注力している真っ最中だ。


 そう、私は既に、ロベールに舞い戻っている。今は身代わりと入れ替わるため、使いに行った侍女の格好をして駅馬車に揺られているのだ。


 「うう、産業革命よ、汝は偉大なり…」


 思わず呻いてしまう私の気持ちも、お分かりいただけるだろうか。きれいに舗装された道路、整備された鉄道網。人間というのは、一度楽を経験してしまうと、それに甘んじてしまう悲しい生物なのである。



 そうして揺られること小一時間、やっと聖女の滞在先へと到着し、無事替え玉と交代することが出来た。

 正直帝国情報局は、ロベールの眼など毛ほども気にしていない。ここまで慎重になるのは、他列強のスパイによる監視網をくぐり抜けるためである。

 ハルダー部長補佐から色々と入れ知恵されたが、どうもロベールには、テュッレーニア都市連合にカールパート王国、イベロス民衆国にカプス王国、ヴァーサ王国、果てはサヴィート連邦まで“お客様”を送り込んでいるらしい。何その豪華な面子。ここは列強のパーティー会場か何かですか?いや、どちらかというとパーティーで出される大きなパイか何かでしょうかね。皆様食いっぱぐれは許すまじと、ナイフとフォークを手に待ち構えているのでしょうか。まあまあ何と食欲旺盛なお客様で。

 しかしそういう例えでいくと、トイトーネはテーブルにサーブされる前に、そのパイを自宅へデリバリーさせてしまおうとしているのだ。そして私が宅配係。顧客に安全に美味しくお召し上がりいただくために、他のお客様の鋭い目を掻い潜って大きなパイを持ち出さねばならない。とっても重要で崇高な任務な訳です。


 「マーガレット様、東の空気はお気に召しましたか?」


 そう訊いてきたのはビュオ01、もといエマール視察官。彼も防諜任務で大変だろうに、変わらず淡々としている。

 向こうで“ヴェラ・ヴィトゲンシュタイン”という名前に慣れたせいか、久しぶりに呼ばれるマーガレットの名は、何だか違和感がした。まあそう最初に名乗ったのは自分なんだけれど。


 「ああそうだね、とても私の好みだよ。相性抜群だ」


 「そうですか。それは良かった。私もお連れした甲斐があります」


 「貴方は良い仕事をしているよ、エマール視察官」


 「ありがとうございます。冥利に尽きます」


 暗にトイトーネ帝国情報局との会談が上手くまとまったことを伝えると、心なしかエマール視察官の表情が緩む。

 彼も今回の任務に相当重要性を感じていたのだろう。まずは私と当局とで良好な関係を構築できたことで、少し安心したに違いない。


 「そういえばもうそろそろ王都へ帰還する時期か」


 「はい。そういえばフィリップ殿下とお手紙を遣り取りされていましたね。今一度読み直されますか?」


 はあ、王子から手紙なんてきてたのか。恐らく返事は適当に代筆したのだろう。要は私が不在の間に手紙を遣り取りしたから、辻褄合わせのために内容を確認しておけ、とのことだ。


 「そうだね。何か入用のものを忘れてもいけないから、念のため確認しておこう」


 フィリップとの手紙の内容は、特筆すべきものはほぼなかった。

 時候の挨拶と、体調を気遣う文章、それから訓練の進捗について。返信も、無難に頑張っていますというような文面だ。替え玉聖女は当初の予定通り、主要神官以外は一切接触させず外出もしていないとのことだから、大した土産話がなくとも問題ないだろう。マルブル建築とピノ・ノワールの農場、あとディジヨーヌ軍団の惨状…もとい雄姿を伝えれば、それで十分だと思われる。


 「万が一に備えて、手紙の内容は暗記しておく必要があるかな」


 「殿下から何かお話を振られた際に、スムーズに遣り取りするに越したことはありませんね」


 「だな。…はあ、書類の内容暗記など苦ではなかったはずなんだが…興味の無いものを記憶に留めておくというのは、存外労力がいるものなんだな」


 「はは、今のは風の空耳ということで聞き流しておきましょう」


 「そうしてくれ」


 苦々しい思いで、手紙の束を広げる。勿論そこにはフィリップからの手紙だけではない。ヴィザンティ軍団長やら、議会のお偉方やら、教会府からの挨拶まで届いている。どれもこれも、要約すれば中身は同じ。「聖女様はどういう状態で、どのくらいで実戦に立てそうですか。何ならうちの勢力について下さいね」。まあざっくりとこんな感じだ。いっそのこと形式美なんて捨てて、実務的な連絡だけにして欲しいのだが…まあ、そうはいかないのが大人の社会である。


 ふとそのうちの一つに目を通すと、マリアの動向について書かれた書簡があった。ふむ、私の替え玉は、替え玉なりによくやってくれていたらしい。お陰で私が不在にしていた数週間、教会府がどのような動向をとっていたかが、大まかではあるが把握できる。


 マリアは聖女として、概ね良くやっているようだった。基礎的な魔法は大体使いこなせるようになったらしく、現在は応用魔法、彼女の場合は治癒魔法等を習い始めたとのこと。

 だが、実質的な彼女の役割は、物理的に兵士たちを治癒することではない。いや勿論、それも出来るに越したことはないのだが。


 本当に教会府がマリアに求めているのは、彼らの広告塔としてその力と印象を、下々の民に見せつけることだ。報告を読む限り、そういう意味で彼女は、良くやっていると評して良いだろう。彼女は王都においても貴族たちだけでなく、下層市民にまで姿を見せ、声掛けをしているという。巷には彼女の絵姿が出回り、マリアを“盾の聖女”の再来として歓喜する民が続出しているとのこと。ここまで印象操作が上手くいっていれば、教会府の上層部は、今頃ほくほく顔に違いない。


 教会府の枢機卿たちのしたり顔を想像して、思わず湧き上がる明確な殺意に口の端が吊り上がる。殺人においては、殺意の有無が判決に影響するという。しかし、個人の殺人は犯罪になれど、“戦争”という名の下の大量殺人は、この世界においても無罪なのだ。これから私が行うのは、戦争ですらない、一方的な植民地支配である。そこで如何に殺意を持っていようと、“未開地の安定統治”という明白なる大命マニフェスト・ディスティニーが、全てを正義として肯定してくれる。ふふふ、何て愉快愉快。


 …おっといけない、淑女としてここはポーカーフェイスを貫かなければ。エマール視察官が、見てはいけないものを見てしまったかのようにさっと目を逸らしたのを、私は見逃してはいない。良きビジネスパートナーとして、トイトーネ帝国の関係者に変な印象を持たれるのは宜しくないのだ。だからエマール視察官、今の表情はきっと貴方の見間違いですよ。


 「エマール視察官は、マリアについてどのような印象を抱いているのかな?」


 とりあえず彼の見てしまったものを忘れさせるため、それらしい話題を振ってみる。


 「マリア様ですか。そうですね、正に聖女とはこうあるべき、という姿を体現していらっしゃるかと。貴賤の差別なく、全てのものに対して平等に救いの手を差し伸べる。幼さ故の素直さというのもありますが、とても柔軟性があって人を信じることに長けた方。教会府が長年説いてきた、伝説の聖女様そのものかと」


 成程、概ね私と同意見というわけだ。教会府の駒として最大限に活躍していると。

 そうなってくると、帝国情報局が図るロベールの早期植民地化計画にとっては、いよいよ障害となってくる。こちらは教会府の求心力を最大限削り取った上で、出来るだけ速やかな支配を目指しているのだ。そmそも、私にとってみたら教会府の没落、唯一神信仰の衰退こそが第一の目標なのである。トイトーネ帝国によるロベールの植民地化というのは、その副次的作用でしかない。勿論トイトーネ帝国情報局にとっては、植民地化の方がメインなのだけれど。

 まあつまり、このままマリアに活躍されすぎると、折角トイトーネ帝国情報局のエージェントや機関員たちが暗躍して弱めてきた教会府への信頼が、回復の兆しをみせてしまうのだ。大変問題である。


 「ふむ。私もほぼ同様の感想だね。あの子は聖女の役割を正しく(・・・)果たしている。…貴方、上司から今後の仕事について、説明はあったのだよね?」


 「はい、ボスから果たすべき職務内容は順次伝えられております。『“走者”の脚を落とせ。“魔弾”の弾道を空けろ。』それが我々の仕事です」


 “走者”はロベール教会府の符号。走者の脚を落とせ、とは、教会府の求心力を削れとの意味だ。

 ちなみに“魔弾(ツァウバークーゲル)”とは、私の暗号名である。…これは決して私の希望ではない。ゲレン長官直々の命名である。至って真面目な顔をしながら「貴官のコードネームは“ツァウバークーゲル”だ」と宣言された時には、案外このおじ様ノリノリなんじゃないか、とか思ってしまった。いやだって魔弾って…私はsilver(銀の) bullet(弾丸)じゃないんですよ。私への期待とこき使う気が満ち満ち溢れたコードネームに、少々引き気味になったのは私だけじゃ…ああ、私だけか。


 「その通り。そしてその使命を果たすのに、現状の風向きは少々西風が強すぎる(・・・・・・・)とは思わないか?」


 「そうですね、聖都は元々ですが、王都に西風が吹き始めるのは喜ばしいことではありません。ただ、我々も常に風は読んできましたからね。この程度であれば想定内ですし、航路にそこまでの影響はでないかと」


 「随分と楽観的だな」


 「ロベール王国には、聖都・王都以外にも北都・東都・南都・西都があります。そして各地方都市は年々“走者”の重力圏を離れつつある。特に北と西は顕著です。王は今は“走者”の愛玩犬を愛でるでしょうが、王は移り気でしてね。ほら、都会の民というのは流行りの先端を取るのが粋、という性質でしょう?」


 「成程、愛玩犬への熱も冷めやすい、というわけか」


 「はい、ですから、我々は焦ることなく、じわじわと走者の脚を落とすことに尽力するべきだと」


 エマール視察官の言い分はこうだ。聖都は元々教会府の本城。現状彼らの影響が強いのは、致し方なし。王都も今はマリアの活躍のお陰で教会府寄りの風が吹いているが、王都の市民たちは信心というより、伝説という話題性に湧いているだけ。であるから、ある程度騒ぎが落ち着けば、教会府への求心力は下がっていくだろうと。

 そして重要なのは、各地方都市の動向である。各地方都市は工作活動の甲斐もあってか、教会府の影響下から脱落しつつある。特に北方民族襲来による被害から、北都と西都は市民の唯一神信仰離れが顕著だ。これらの現状から、帝国エージェントたちは地道に教会府の求心力を削ぐことに注力し、私が最後のとどめを刺しに行く地盤を固めておくべき、ということらしい。


 「はあ、この際走者の脚を一思いに、ばっさりと切り取ってしまえればいいんだけどねえ」


 するとエマール視察官は少しばかり微笑んで、私の言葉に頷いた。


 「そうですね。“魔弾”が彼の者の脚をぶち抜いてくれることを、我々一同大変期待していますよ」


 ああ、「それは貴女の仕事ですから、きっちりお願いしますね」ときましたか。はい、そうですか。

 引き受けといてなんだが、新人に対して少々業務過多ではないですか?え?弊局は新人から大きな仕事を任される、大変やりがいのある職場です?


 私も大概ワーカホリックだと思っていたが、彼らは最早サイコパスの域に達しているかもしれない。

 せめて私は感覚正常者でいようと、固く心に誓うこの頃だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。