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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
35/59

Quartett ハルダー少将の場合3



 資料上は大変婉曲的な表現でもってぼやかしてあるが、きちんと目を通せばその意図するところに気づかないはずはない。

 帝国情報局が常に抱えていたジレンマ。それを解消できる夢の様な計画。


 しかしそれが簡単に可決されるのであれば、今頃とっくのとうに叶っているはずなのである。

 この構想は、情報局と衛生課、総統府と軍参謀本部という2つの異なる指示・行動系統を考えれば、明らかに強硬な反対意見に晒されるに違いないものなのだ。

 国防軍参謀本部は、自分たち以外に軍事的活動を行う国内機関を許容できるはずもない。しかも相手は総統府直属である独立諜報機関。そんなところに公的に軍事力を持たせれば、総統府に対する国防軍の優位性は完全に失われる。参謀本部がそんな真似を見過ごすわけがないのだ。


 だが、今回ゲレン長官はその不可能極まりないであろう提案を、真面目に資料にまとめ部下に提示しているのである。しかもこうして長官自らが具体案としてまとめたということは、その上(・・・)の方々で一定以上協議がまとまっているということだ。一体どういう風の吹き回しなのか、どういう絡繰りなのか、部下としては問いただしたい気持ちが山々である。


 「長官閣下、閣下自らがこれをご提案されているということはつまり、総統府ではこの『第1部11X設立』案が具体的な段階まで協議されている、と考えても…?」


 ハルダー部長補佐の漏らした質問に、ゲレン長官は薄く笑って見せた。


 「以前から総統閣下は、帝国情報局が更なる対応能力を有することを望んでおられたのは知っての通り。そして今回、閣下は情報局の新設部隊設立を強く支持しておられる」


 「しかしその、外野からの強硬な反対等懸念事案もある訳で」


 「ああ勿論、その点に関しては調整済みだ。総統府内全大臣がこの件に関して同意を示している」


 レーリヒ部長、ハルダー部長補佐、テニッセン課長の3人とも僅かに驚きの表情をしたのも無理はない。つまり、軍務大臣にも同意をさせしめたと?ハルダー部長補佐は俄かには信じられないような気持で言葉をこぼす。


 「軍部が頷くとは…」


 それに対してゲレン長官は、したり顔で葉巻をふかした。


 「勿論何の苦も無く、という訳にはいかなかったがね。しかし今回のアレの存在が、総統閣下の御心を随分動かしたようだ。閣下も軍部の制御には今まで相当苦心していたからな、軍部との掛け合いにも大いに助力していただけた。まあ文面上は『独立諜報機関の軍備保持』とはどこにも明記していないのだし、何とか国家の番犬を黙らせることに成功したというわけだ」


 「確かに解釈次第ではありますな。ですが、解釈如何ということは即ちいくらでも軍部に口出しする機会を与えることになるのでは?」


 レーリヒ部長が懸念の意を示すと、ゲレン長官がにたりと笑った。


 「レーリヒ部長、我々は何と言う機関だったか覚えているかね?」


 「はっ!我がライヒの独立諜報機関たる帝国情報局であります!」


 「そうだ。我々は情報を扱うことに特化した独立専門機関。そして問題の部署は、その情報の中でも『最特級』のものを扱うと記載していなかったかね?」


 「はっ、仰る通りであります」


 「貴様は帝国情報局の人間として、専門外の人間たち、例えば軍部の人間なぞに我らが血肉を簡単に預けるのかね?」


 思わずレーリヒ部長がはっとした表情をする。ハルダー部長補佐もなるほど、それもそうだと内心納得していた。


 新設課の適用範囲は確かに可変的で、一見軍部にも意見具申の余地を与えるものだろう。解釈次第で彼らは口を挟む権利がある。

 しかし、そもそも「最特級」の情報を取り扱うという時点で、帝国情報局の掌の上なのだ。情報局の得た「最特級」の情報たちは、情報局の権限により限られた人間にしか共有されない。情報局の中でも一部、そして総統閣下にしかそれは触れられないだろう。そこに軍部の手が届くことはない。つまりその様な事案が発生した場合、既に事は総統閣下と情報局第1部11Xだけのものとなるのである。


 「――いいえ、情報は我らが糧、我らが戦場。武器を撃ち放すしか能の無い奴らになぞ、早々手渡してやる義理もありません」


 レーリヒ部長がしっかりとした声で答える。それを聞いたゲレン長官は、満足気に紫煙を吐き出した。


 「ふむ。貴様はきちんと理解出来たようで何よりだ。諸君、今話した通り、この案のは既に閣議決定がなされ、最終案は総統閣下の承認が得られた段階にある。そのつもりで内容を精査してもらいたい。いいかね?」


 「「「はっ!承知いたしました」」」


 「宜しい、では話を進めよう。以前から構想のあった新部隊設立についてだが、記載の通り名称は11X、主作戦及び広域工作偵察ということで、第1部11課のラインに入れる。担当地域は世界全域。第1部の他課で対処困難な非常に高度な国際政治事案を、独自の方法で秘密裡に対応する。それに際し一定以上の戦闘力を有することが認められる。…ああそれと一点、汎用的な手段を取ることが難しい場合に動く部隊であるから、その活動内容は対外・対内的どちらにおいても物議をかもす可能性を含んでいる。しかして、当該課の存在は情報局内においても一般非公開とし、関係者のみ活動の詳細を知るところとする」


 ハルダー部長補佐は資料をスクロールして暫し逡巡した。

 情報局内でも存在を秘匿する部署。まあそれはそうだ、独立諜報機関内の戦闘部隊なんて、下手に公には出来ない。当該課所属局員は全員、名目上はいずれかの地域担当課の予備人員として配属されるらしい。工作偵察を担当する第1部の各ラインは、正規の職員である秘密活動員から現地調達人員である密告者まで数多く抱え込んでいるから、その中に予備人員として紛れ込ませてしまえばカモフラージュしやすいだろう。


 指揮系統は非常に簡潔だ。最高責任者は帝国情報局長官、その下に直接11X課長が付く。第1部部長は主任顧問を務め、11A課長は11Xの諜報計画プランナー主任担当を兼任する。実質、情報局長官直属の部隊というわけだ。


 彼が一瞬目を留めていたのは、配属予定の名簿。長官は言わずもがな、ディートヘルム・フォン・ゲレン上級大将である。そして主任顧問となるのは、彼の上司である第1部部長、カール・フォン・レーリヒ中将。諜報計画プランナー主任は、11A課長のエルマー・フォン・テニッセン准将。そして、肝心の11X課長は――


 …まあここまでくれば流石に彼も、自分の振られるであろう役割くらい理解する。


 「…小官が、11X課長でありますか」


 資料には、既に決定事項の様に『11X課長:ラインハルト・フォン・ハルダー少将』と記載されていた。


 「然様。貴官のこれまでの功績を評価しての抜擢だ。直属の上司であるレーリヒ部長からもお墨付きの推薦があった。不足はあるまい?」


 ゲレン長官の眼が僅かに細められる。鋭い視線に晒されているのを意識しつつ、ハルダー部長補佐は淡々と返答した。


 「はっ!微力を尽くして務めさせていただく次第であります」


 「宜しい。あくまで非公開人事であるから、貴官には継続して第1部部長補佐の職には就いてもらう。11X課長としての役割は、表向きは部長補佐業務の一部とする。但し11X課業務のみ実質的な命令系統としては、私の直属となる。戦略レベルの決定権は全権長官に属するものとするが、作戦レベルの決定権は課長に一任する。主任顧問は作戦立案に際しての相談役といったところだな。ああ、人事に関しては、出来得る限り貴様の要望を聞いてやるつもりだ。予算も固定年度分とは別に必要経費があれば、その都度私にねだりたまえ。まあ一応今まで何かの時の為にしこたま貯め込んだ、情報局きっての秘密の財布(・・・・・)があったのでね、固定予算案だけでもある一定以上の潤沢な装備は揃えられるはずだが」


 そう言われて思わずハルダー部長補佐が予算案の頁を開くと、一体何処から湧いてきたのかと笑いたくなるような数字が並んでいた。

 帝国情報局は公式予算とは別建てで、非公式ルートからの投資を受けているとか、架空名義での資産運用を行っているとか、そのため実質資産は予算の倍以上あるだとか、内部の噂は色々あったが…これは案外噂も間違ってはいないのかもしれない、と彼は内心頷く。

 

 「拝見したところ、小官の預かる部隊というのは中々に恵まれていると察する限りであります」


 この莫大な予算で一体どれだけの設備や装備を整えるつもりやら…と思いつつ、ハルダー部長補佐は部隊装備の詳細の頁に目を通す。


 個人装備に関しては、トイトーネ帝国国防軍の中でも最新版のものがずらりと揃っている。特に最新型ハルスバントであるアーフケーレン75Vを標準装備として配備予定なのは驚きだ。アーフケーレン・フィルマといえば帝国内でも最高峰の技術力を誇る軍需工場。製品は最高品質であるが故に、生産費が馬鹿にならない。国防軍の中でも資金の潤沢な空軍の一部にしか配備されていない代物のはず。


 魔法銃(グリメウェア)もメレンブルク社のMBG-35、これも世界で最高水準の機能性を備えた武器だ。今までの魔法銃は個人魔力の高エネルギー化変換率が精々15%程度だったものを、最大変換率40%にまで引き上げた驚くべき品。平均変換率でも30%、旧来製の倍はある。更に魔力固定化係数値も減少され、他製品と比較して10%も次元干渉率が向上した。具体的なスペック例でいけば、最大射程距離が3220mから3730mに、同距離破壊エネルギー量は120mga/秒から240mga/秒まで増幅。大変画期的な製品なのである。

 しかしこれも、超高度な技術力と高価なパーツが必要とのことで、量産には至っていない。使用しているのは帝国国防軍の特殊部隊くらいだ。


 そこで、ハルダー部長補佐の眼が全体装備へと移っていき――停止した。

 そこに記載されているのも、どれも現存装備の最新型だ。装甲車両、自連装ミサイルに自走型地対空ミサイル、若干の固定翼機に汎用揚陸艇くらいは想定内だった。

 しかし記載されている装備はその程度ではない。加えて戦闘機・爆撃機・偵察機、空母に潜水艦。明らかに国防軍陸軍だけではなく、海軍や空軍の装備まで入っている。思わず部隊の組織構造と配備人員・想定業務範囲を確認して、暫し彼は固まった。いや、これは。特殊部隊なんてどころじゃない。


 「長官閣下、少々質問を宜しいでしょうか?」


 「なんだねハルダー部長補佐?」


 「その、小官は当初“一個戦闘団”が基準であると理解していたのですが、この資料を拝見いたしますと、その、“戦闘団”というには余りある規模であるかと見受けられますが」


 そう言ってから、ちらりと他の2人に視線を投げる。彼らもまた、想定外の規模に困惑の表情を隠しきれていないようだった。

 そんな部下達の反応など気にもせず、ゲレン長官は淡々と言葉を返す。


 「流石に私もこれを、一戦闘団と同等の規模だなどとうそぶける程、軍備に無知ではない。しかしそもそもだね、当該案には戦闘力に関して『最低限(・・・)一個戦闘団以上』と記述してあるだろう?そこに上限は記載してあるかね?」


 確かに保有戦闘力に関して、上限はどこにも明記されていなかった。

 しかしだからといって、こんな途方もない部隊をいきなり運用できるのか?兵科どころか、そもそも軍種すら複合しているではないか。


 「はい、仰る通りであります。しかしながら、軍種まで横断的であるというのは…現時点で国防軍ですらそのような運用方法は試しておりません」


 「軍部がやらないからといって、我々がやってはいけないという道理はあるまい?」


 ゲレン長官の涼し気な様子に、思わずレーリヒ部長も唸る様に口を挟む。


 「しかし閣下、軍事のプロである彼らですら行っていないのです。ましてや我々は個々の工作部隊こそ既存すれど、本格的かつ大規模な軍事運用に関しては未経験です。つまり横断的な軍種での部隊運用というのは、それだけ未知数であり、運用に関して多くの問題点も発生するでしょう。それは新設部隊の設立目的を考慮すると、機動性という点で弊害になり得るのではありませんか」


 「貴官の言わんとするところは理解している。我々はあくまで情報に関しての練達者であり、大規模軍事活動は専門外であった。そんな我々が、軍部ですら未踏の軍種混合運用を本格始動させられるのか。勿論そのような懸念の声が挙がるのは重々承知ではある。だが、何故その道のプロフェッショナルである彼らが陸海空軍の連携運用をしなかったか、という点を考察したとき、私は寧ろ我々にこそそれが出来得るのではないかという結論に達したのだ」


 「と、仰りますと」


 「国防軍が各軍の統合運用に踏み切れなかった理由。それはとても複雑かつ単純な理由だ。――各軍の歴史性の違いによる統合指揮系統設立の困難さだよ」


 「確かに陸軍はライヒが内陸国家だった帝国軍時代からのものですし、海軍は北海へ進出した際に主に海賊らを統率して創設された軍。空軍は産業革命後、陸軍所属だった航空部隊が独立して出来たものですから…まあ成立時期も経緯も全く異なるわけですが。しかし一番新しい空軍でさえ、設立から60年経とうとしています。海軍なんて海賊だった時代なんて何百年前ですか?」


 「貴官の述べた通りではあるのだがね。しかし軍というのはどうも規律以外にも“伝統”という縛りがあるらしいのだよ。まあ理屈と感情は別物、というわけだな」


 つまり、陸海空軍が頑なに別組織として行動したがるのは、各々の伝統性というプライドを張り合っているからだと。

 勿論そこには他の理由も存在している。帝国国防軍の陸海空軍は、軍事大国なりにそれぞれかなりの規模を有している。それを統合するとなると、組織が巨大化しすぎて運用の効率が悪くなる。指揮系統も複雑化して、機動性が失われてしまう可能性も高い。そういう意味で、デメリットも多く存在することは理解できる。

 しかし最大の壁が、単なる感情とは…脳筋野郎どもはこれだからいけない、とハルダー部長補佐は内心呟く。


 レーリヒ部長も同様の感想を持ったようだ。葉巻の煙を吐きながら、呆れたように首を振った。


 「はあ、全く戦争屋の考えることときたら…伝統だのなんだのは歴史家にでも語らせて、隊服やら儀礼やら形式上のものなんて、美術家や演出家にでも任せれば良いのでは?」


 「ははは、歴史家や美術家や演出家が大活躍しそうですな」


 「良案ですね!国防軍の中の無能な働き者に、良い転職先を斡旋できるではありませんか」


 「テニッセン課長、貴様中々鋭いな。実は以前、陸軍大将から有能な人員育成の大変さを愚痴られていてね…今度国防相経由で、国防軍参謀本部に正式提案でもしてみるか」


 どっと会議室に笑い声が響く。

 一頻り笑い終えたところで、ゲレン長官が再び口を開いた。


 「国防軍が二の足を踏んでいるからといって、我々が同じ轍を踏む道理はない。我々情報局と国防軍は、完全に別個の組織だ。寧ろ私は、無駄な楔のない我々情報局だからこそ成し得る可能性も高いと考える。帝国史上初の統合部隊と称して良いだろう。アレの配属はもう決定事項ではあるが、それ以外の編成に関しての全権は11X課長に全権を預けると保証する。どうだね、やれるかねハルダー部長補佐?」


 質問形式での問いかけではあったが、ゲレン長官のそれは完全に否とは言わせない圧がある。

 実際自分がやれるだろうか?と彼は冷静に状況を分析する。


 元来の独立諜報機関の職務範囲を大きく逸脱した新設部隊。最早それは工作偵察という域を超えた、大規模戦闘部隊だ。しかも歴史上初めての軍種統合。前代未聞と言って良いだろう。

 情報局内部においても秘匿される存在。その任務は困難で複雑を極めるであろうことは察して然るべし。

 代わりにその運用の難易度と比例して、その充当装備環境は最高のものと言えるだろう。しかも上司は帝国情報局のトップである長官のみ。人員選抜も自らの裁量で行える。上司にも部下にも恵まれる環境というのは、相当運が良くなければ巡り合えない。


 そして何よりハルダー部長補佐は、上司もが認める仕事人間だった。情報局に入局してから今日まで、一に仕事二に仕事三に仕事、仕事を生きがいにしてきたような男だ。困難な業務というのは、彼にとってある種活きの良い餌のようなものなのである。


 だから、彼の返答はゲレン長官が想定していた通りのもの以外有り得ない。


 「遂行せよ、とご命令下さい。小官は、トイトーネ帝国繁栄の糧となる誇りと共に、万全を尽くして任を負うと誓います」


 「宜しい!これより貴官を11X課長に任命する。そうだな、11Xというのは事務上の編成名称であるから、秘匿呼称を付けておこうか。特殊任務部隊――“シュペッツ”。貴官はシュペッツ司令官だ」

 

 「はっ!」


 びしりと敬礼するハルダー部長補佐、改めハルダー司令官。


 こうして、トイトーネ帝国情報局に、新たな一幕が上がったのだった。


 

 




これにておじ様方の重唱は、一旦幕間となります。

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