第23話
英雄的役割?何を馬鹿げたことを、と一瞬思いかけるも、相手の意図を正しく理解するために念のため再確認をする。
「英雄的役割、と申しましたか?先程私は陸海空軍において、時代錯誤の騎士道精神のような道化になるつもりはないと明確に申し上げたつもりでしたが、それを他でもない情報局でやれと?お言葉ですがゲレン上級大将。まだ道化をやるにしろ、軍の戦闘にてこの膨大な魔力をぶち放しでもして、それらしい美談を作ってプロパガンダを流す方が、余程お手を煩わせることなくかつ有用かと存じ上げますが?」
多少辛辣な口調になってしまったかもしれないが、正直言って諜報機関という精密かつ知能性が求められる職場で「英雄的活躍」など、最も似合わない単語だと言っていいだろう。
あれか、元の世界でいう某国諜報機関から元諜報員への放射性物質のプレゼントを「英雄的活躍への褒賞」と捉えるなら、諜報機関において英雄的活躍を出来なくもないのか?だとすれば、益々そんなもの引き受けたくないに決まっている。
まあそれは冗談にしておいても、帝国情報局が求める私の役割というのは明確にせねばなるまい。
「確かにプロパガンダ目的であれば、帝国国防軍にて赫々たる戦功を打ち立ててもらう方が効率的だ。実際我々の内部でもそういった意見も出ていた。単純な話ではあるが、貴殿をライヒ陸軍若しくは空軍に所属させ、そこで戦果を上げてもらうというものだが」
ゲレン上級大将も素直に認める。
しかしそれを選択しなかったということは、私が情報局に属することでそれを上回る利益が得られると判断したから以外の何物でもない。
考えられる理由は主に二つ。一つは、今次情勢を鑑みた上で、軍隊では活用機会が見込まれないということだ。周辺国家状況に関してまだ私は何ら材料を持ち合わせていないが、少なくともまともに統制された軍事機構があり、政府も機能しているとすれば、陸ないし海を隔てて隣接したそれなりの国家が存在するであろうことは自明の理である。その上で、仮想敵国や係争地域の有無、政治思想や歴史的軋轢の度合いによって、国家予算に占める軍事費というのは上下する。私の魔力の活用機会が見込まれないということはつまり、そこまで差し迫った軍事的衝突が近隣諸国と見込まれない、もしくは脅威たる仮想敵国が存在し得ない程この国の国力が群を抜いているということが考えられるのだ。
二つ目に考えられるのは、陸海空軍(レーリヒ中将は“国防軍”と述べていた)での必要性を鑑みた上でも、更にそれを上回る活用性が情報局にある場合である。私はあまりこちらのケースは想像していなかったのだが、もしかすると情報局内で近々特殊任務等の実行計画があるのかもしれない。そう仮定すると、その特殊任務実行部隊に私を戦力化し投入させようという試みがあってもおかしくはない。
先程の「英雄的役割」というゲレン上級大将の言葉を言葉通りに解釈するとすれば、もしや二つ目の理由が近いのだろうか?
「しかし私の所属は帝国国防軍ではなく、情報局が望ましいと貴殿らは結論を出された。…これは情報局にて何某かの大規模計画、もしくは特殊任務強化計画が施行される可能性があるということでしょうか?その計画に、私が適任だと推薦されている、そういうことでありましょうか」
私がそう発言した瞬間、その場の空気が変わった。ゲレン上級大将の眼がすっと細められる。
「ヴィトゲンシュタイン殿、それは貴殿の発想かね?」
これは当たりだ。
恐らく帝国情報局は、何らかの新規計画を起草している。そしてそれに私の魔力ないし異世界の知識を利用しようとしているわけだ。
「ええ勿論。私は所与の条件から考え得る可能性を示したに過ぎません」
他3人の視線が交錯する。その視線たちをけむに巻くように、私は紫煙を吐き出した。
「ふむ、なるほど。良い。誠に良い。こうもとんとん拍子で話が進んでくれると、嬉しい反面諜報員としては恐ろしくもあるな」
レーリヒ中将が苦笑いしながら葉巻を咥え直し、腕を組む。
彼はゲレン上級大将と目を合わせ、一つ頷くと私に再び話しかけた。
「ここからはまだ情報局内でも、一部にしか開示されていない極秘情報だ。口外しないという前提の下、お話しさせていただくことになる」
おっとこれはいけない。うっかり色々と考えながら話していたら、相手のペースに乗せられて最後の首輪を嵌められるところだった。
私がここまでついてきた目的は、彼らの都合の良い道具になることではない。勿論実態を鑑みた上で転職することは大いに検討しているが、まだ飽くまで検討段階である。決定権は私が握るべきであり、彼らに握らせてはいけない。
「失礼ながら、私はそういった計画があるのではないか、という仮定を申し上げただけで、現時点で貴殿らの内部事情を把握したわけではありません。内部事情を知ったとなれば、私は貴殿らの何らかの活動に参加する他ありません。参加しないという選択肢を選んだ場合、それは貴殿らにとって処刑命令執行事由に当てはまるでしょう。私は一個人の権利として、自分の身柄の自由を確保する必要がある。よって、私からのご提案を呑んでいただける場合にのみ、貴殿らの活動に関わるお話を伺いたい次第です」
レーリヒ中将は眉尻を僅かに上げ、ちらりとゲレン上級大将を見た。
こちらの要求は通させてもらおう。かつ私は判断材料に足る情報を得る機会を与えられ、その上で彼らと共同戦線を組むかどうか決めるべきである。
「そもそも私は既に、諜報員の所属氏名という機密情報を知ってしまっている。この時点で私は危険人物になってしまっているわけだ。私は貴殿らが名乗る前に、盤上から退場することも出来たわけです。それをせずここまで貴方方の為すがままを許容したということはつまり、私は貴方方にある程度の譲歩を見せているわけです。これだけでも私としては、自らの安全圏を大幅に逸脱するような冒険をしているのですよ。ですから、私の出来る譲歩はここまでとさせて頂きたい」
「ふうむ」
ゲレン上級大将は一つ唸ると、腕を組んでこちらに鋭い視線を投げかけた。
「いいだろう。今後協力し合うかもしれぬ相手に抜かりが無いというのは、ある意味喜ばしいことだ。…それで?貴殿は我々に何を求めるのだね?」
よし、ここからは私のターンだ。
やられっぱなしでは、企業戦士の名が廃る。世界が変わったとしても、私は絶対に勝ちを取りに行く。
「私が貴方方に求めるものは二つ。まず一つ目はトイトーネ国防軍の軍備をお借りしたい。そうですね、本来一戦闘団程が望ましいですが、それが厳しければ陸もしくは空軍の一大隊分でも宜しいでしょう。二つ目は、私の言動や行動について、一個人としての自由と権利を保障していただけること、そして身体と精神の安全を侵犯しないことを約束願いたい、というものです」
「二つ目の要求に関しては、勿論保障しよう。そもそも貴殿の自由主権を拘束出来るような実行力が、我々にあるのかというのも疑問だがな。それは置いておくにしても、貴殿は今も、そしてこれからもトイトーネ国民である限り、その身の安全と主権は護られると約束しよう」
レーリヒ中将はそこでいったん言葉を切ると、葉巻を吸ってから再び口を開いた。
「論点は一つ目についてだ。これに関してはまず貴殿には、その要求の意図を明確にしていただかなければいけない。何故我が軍の兵科を必要とする?何に使うつもりだ?」
「トイトーネ帝国情報局第1部13Hでしたか?クルマン大佐は十分な仕事をされているはずです。貴方方もロベールがなぜ聖女というものを召喚するに至ったかはご存知でしょう?」
するとテニッセン准将が顎に手を遣りながら答える。
「如何にも。クルマン大佐らは十全の働きをしていますよ。北方遊牧民の南下防衛のため、でしたかな?まあ随分とお粗末な砂のかけ合いをしているようですが」
「左様ですな。…まさかその下らない戦争ごっこに我々の軍備を使いたいと?ああ、まだ貴殿は我々の軍備を目にしていないのでしたな。勿論これから貴殿には国防軍の現状を、その眼で確認していただこうとは思っているが…先にはっきりと申し上げると、ロベールの軍団とやらが玩具の兵隊に見えてくるくらいの歴然とした実力差はありますぞ。最早同じ“軍”という機構の枠に当て嵌めるのも、烏滸がましいというレベルだと忠告しておこう。トイトーネ国防軍の軍備に不足はないと自信を持って言えるが、さりとて我々も辺境の戦争ごっこに無意味に付き合うほど暇と資金を持て余しているわけでもないのでな」
まあ眉を顰めるレーリヒ中将の気持ちも理解できなくはない。軍事費だってこの国の国民から徴収した血税から賄われているはずだから、それを利益もない未開国での討伐もどきに使うなど、本来であれば笑止千万といったところだろう。
しかしこれは私とトイトーネ帝国情報局、延いては国防軍参謀本部との取引である。私の目的のためには、少々帝国情報局及び国防軍も財布の口を緩めていただかなければ。
「ええ、まだ私は実際に拝見しておりませんが、トイトーネ国防軍の軍事水準というのは高いものなのでしょう。ロベールと比較するのは烏滸がましいという気持ちは、重々察しているつもりです。ですからもちろん国防という点で考えれば、ロベールの小競り合いなどに兵科を投入するなど、この国にとっては何の利もないことと捉えられるのは仕方のないことと承知しております」
いったん葉巻を口にくわえ、目の前の面々の表情を観察する。
テニッセン准将はにこやかではあるが、少々困り顔だ。随分無茶なお願いをしてきたなあという感じだろうか?とりあえず上司2人の出方を窺っている様子。
レーリヒ中将はというと、腕を組みながら難しい顔をしている。自国軍備には相当自信があるのだろう、だからこそそんな下らないことに簡単に貸し出せるものではないぞといった態度だ。
そしてゲレン上級大将。彼も葉巻を吸いながら、思案顔でこちらを見ている。まだ私の話に続きがあることは承知なのだろう、話の続きの落ちどころ次第で考えてやらなくもない、といったところか。
ここで一番の決定権を持つのは、情報局長官であるゲレン上級大将。彼の意識を惹くようなプレゼンが出来なければ、この交渉は決裂だ。
ここからが肝心だ。如何にこの提案が彼らにとってもメリットのあるものだと納得させられるか。さあ、私の本領発揮である。




