第22話
「さて、“マーガレットさん”、その節は楽しい一時をありがとうございました。そして初めまして、ヴィトゲンシュタイン殿」
まず口を開いたのは右手手前に座っていた男性。水色の髪に水色の瞳、歳は私より少々上だろうか。髪色と眼鏡なしという相違点はあるが、その端正な面立ちは私がロベールで2度程対面したものだ。
「お久しぶりです“カルメルさん”。いや、ここでは別のお名前でしょうか、生憎私は存じ上げませんで」
そう、ロベールで最初に接触してきたカルメル氏である。制服を見ても分かる通り、やはり彼は軍関係者のようだ。
しかし次に発された彼の言葉によって、私は少々想定を変更せざるを得なくなった。
「ああいえ、お構いなく。私も正式に御挨拶できていなかったもので、失礼いたしました。改めまして、トイトーネ帝国情報局第1部13H課長、ヨゼフ・フォン・クルマン。帝国より大佐を拝命しております」
カルメル氏改めクルマン大佐は、微笑しつつも淡々とした声色で所属を明らかにした。
…帝国情報局?
先程までここに案内してくれた少尉は、「国防省法務局」の所属だと言っていた。「帝国情報局」とは初耳の機関だ。
何だか物騒な予感がするのだが。
しかも最初に名乗った彼が大佐というと、上座に座っているのはそれ以上の官位の人間。私は随分大層な面会を求められていたらしい。
「初めまして、クルマン大佐。以前“同胞”を紹介したいと仰っていましたが、それはこちらの方々のことでしょうか?」
「ええ、左様で。クルマン大佐、面会の機会を良く取り付けてくれた」
私の問いに答えたのはクルマン大佐の隣に座る男性。きちんと整えられた薄緑の髪に緑眼、にこやかな表情をしている。歳は40程度だろうか?
「成程、ご説明ありがとうございます。…一つ確認ですが、先程のトゥーマン少尉は“国防省法務局所属”と伺っていたのですが。私が実際お世話になっていたのは、貴殿らの仰る帝国情報局、ということでしょうか?」
「ああ、クルマン大佐、説明して差し上げたまえ」
「はっ。…はい、ヴィトゲンシュタイン殿。疑問に思われているでしょうね。簡単にご説明いたしますと、我々はトイトーネ帝国情報局という、帝国内の独立諜報機関でしてね。まあ裏方公務員とでも思っていただければ結構です。先程の少尉は一時的に出向中の者でして。ですから恐らく少尉からも説明がありました通り、貴殿の保護担当させていただいているのは、我々帝国情報局です」
へえ、独立諜報機関。――独立諜報機関?
物騒極まりない単語が出てきた。“独立”ということは、彼らは国防省の者ではない。軍階級は所持しているが、軍部の諜報・防諜機関ではないということだ。現にトゥーマン少尉の所属先を、“出向先”と表現している。
しかし少尉の説明では、私がロベールから護送されているという情報は「後見機関のみに開示されている」、とのことだった。つまり国防省に籍を置いている少尉が護送担当したにも関わらず、他の省庁どころか当の国防省ですら私の所在をあずかり知らぬと。
これは、もしかすると、してやられたのでは。
脳がアドレナリンを大量に分泌し始める。一本取られたとてまだ勝負はこれからだ。現状を即時分析しつつ、落ち着いて事を運ばなければ。
そんな私を差し置いて、クルマン大佐の隣の男性は、にこやかに彼に告げた。
「さて、クルマン大佐、貴官の任務はここまでですね。ご苦労様」
「はっ!有難きお言葉であります。では小官はこれにて退室させていただきます」
クルマン大佐は直立して敬礼すると、私に向かって一瞬微笑んでからきびきびと退室していった。
これで室内には、私とクルマン大佐の上司であろう3人が残された。先程退室を促した男性が再び口を開く。
「ああ、私はエルマー・フォン・テニッセン准将、帝国情報局第1部11A課長です。宜しく、ヴィトゲンシュタイン殿」
テニッセン准将はそう言って手を差し出してきた。素直にそれに応じて握手を交わす。厚みのある大きな手だった。
浮かせた腰をソファに戻すと、続いて左手に座っている男性が口を開いた。
「カール・フォン・レーリヒ中将だ。帝国情報局第1部部長を拝命している」
こちらは堅そうな雰囲気の男性だ。がっちりとした体格に薄い紅茶色の短髪と同色の顎鬚、オレンジ色の瞳はなかなか鋭い。レーリヒ中将も同様に手を差し出してきたので、握手を交わす。
そうして最後に自然と視線は目の前の席に移る。薄い金髪の50過ぎの男性。堂々とした佇まいに金色の眼は淀みなく事象を捉えている。口角は少しだけ上がっているが、私を見詰めるその瞳は鋭い刃のようだ。
「ディートヘルム・フォン・ゲレン上級大将。帝国情報局長官を拝命している。ヴィトゲンシュタイン殿、この度は面会に応じていただき光栄の限りだ」
握手をしつつ、互いの視線が絡まる。
背は高そうなものの、体格は割合細身だ。レーリヒ中将の方が物理的な威圧感はあってもいいくらいである。しかし、ゲレン上級大将には単純に外見では図れない底知れなさが感じられた。獲物を捕らえんとするハイエナのような存在。これはその類の人間だ。
「改めまして、ヴェラ・ヴィトゲンシュタインです。こちらこそお会い出来て大変光栄であります」
ああ、光栄ではあるとも。
情報局の部長課長たちに、将官の中でもトップクラスの官位を持つ長官?誠に遺憾ながら、ここまで大層な面子を揃えられるなど、想定外も甚だしい。
独立諜報機関なんて、機密性の相当高いであろう機関に所属する人間。しかもそこの高官位者が揃いも揃って所属を明らかにして挨拶してくるなど、処刑命令にサインされたようなものだ。そう、つまり私の身柄は今大変不安定というか、境界線の上で綱渡りをしているような状態にさせられているのである。
まあ消すことが目的であれば、最初からわざわざ情報規制まで行ってまでして私をここに連れてくる必要などないのだから、彼らの意図が処刑でないことは確かである。但しこちらの返答如何によっては全力で存在を消さんとするぞという、言外の脅迫ということだろう。何にせよ、ノーリスクハイリターンとはいかないということだ。
「しかし驚きました、こうも錚々たる方々にお迎えいただくとは。どのような方にお会いしても失礼が無いように常より心掛けているつもりですが、私のような一国民にとっては身に余るものがある様にも思えますね」
するとゲレン上級大将が再び口を開く。
「いやそんなことはない。ヴィトゲンシュタイン殿のお噂は予てより部下から聞いているからな。貴殿の突出した知性と理性、そして能力を感じて是非話してみたいとこちらから無理を言ったのだ。寧ろ来ていただいたことに感謝している」
貴様の身辺情報はきっちり押さえているぞ、という念押しだろう。言われなくても、ロベールが技術で劣っていることを考えれば、防諜などあってないようなもの。ここまでの道中で見る限り、トイトーネからしてみればロベールには諜報員というより、観光客でも渡航させているような気安ささえあるのではないだろうか?全く、ロベールの視野狭窄さには驚くべきものがあるとしか言いようがない。
「確かにここまで近いとは言い難い道のりでしたが、私としてもご招待いただけたことには大変感謝しております」
私の言葉にテニッセン准将がにこやかに反応した。
「そうでしょうねえ、ロベールからここまでは中々遠かったでしょうねえ」
その意味が単純な物理的距離だけではないことは、この場にいる誰しも分かっていることだ。
「ええそうですね。まだ今の時点でも距離を測りかねているところですよ」
そう、私は色々な意味でまだこの国との距離感を完全に把握しているとは言えない。
勿論クルマン大佐との会話やここまでの移送手段、その手際からして、トイトーネが私の期待するような技術を有しているだろうということは推測がついた。
まず国交の無い辺境まで長距離鉄道が引かれていることから、鉄道網は一般的に普及していると考えられる。自動車が存在することから、ガソリンないしそれに比類する化学燃料による動力装置も開発済み。更に無線通信を行っていたことを考えると、魔法工学による発電等も可能になっていると思われる。
それとハルスバントから見る魔法の高度運用だ。ハルスバントを検分した時にその内部構造を少々覗いてみたが、魔術回路を複雑に組み合わせて稼働させているようだった。ハルスバントを介して魔法を行使するとを言っていたから、私が体内に保持している魔術回路を対外機械化したようなものだろうか。
そういえば列車内でパスポートを検分していった国境警備員は、ハルスバントをしていなかったな。更にここに入る際、入口ゲートで憲兵にハルスバントをチェックされた。そこから考えると、この機器は軍関係人限定で支給されているものである可能性が高い。
となると、軍部は魔法技術の運用という点で一般人より優遇されていると考えられる。軍事力が強化されているというのはこの場合私にとって好都合だ。ロベールでの北方攻勢において、その軍事力を利用できれば私の生存確率が大幅に向上することが期待できる。
一方トイトーネ帝国情報局もまた、私を利用しようとしていることは明らかだ。ロベールにて聖女の情報収集に勤しんでいたことからも、恐らくその魔力を有効活用できないか検討しているのだろう。その点については理解できる。
ただ予想外だったのは、情報局の面々が素性を現して面会してきたことだ。独立諜報機関ということは、対外諜報機関の要であるはず。一諜報員が接触してくることならまだしも、そこのトップたちが顔ぶれを露わにするなどあり得るだろうか?それに軍事利用せんとするなら、どちらかというと私のこの力は陸軍等の管轄になると考えていたのだが、ここに軍部の将校たちは列席していない。
そうなると、情報局が直接私に関わってくるということだ。即ち諜報員としての活用?しかし如何に魔力量が膨大だとはいえ、それこそぽっと出の奴などにスパイなど任せるだろうか?
うん、普通に考えてする訳がない。となると彼らが出張ってきた目的とは?軍部の人間ではなく諜報機関が直接私に顔を見せる理由とは如何に?まずはそこを探らなければいけない。
「そうでしょうねえ。まあ、まずはお近づきの印にでも」
そういってテニッセン准将が葉巻を進めてきた。ありがたく頂くことにして、火を頂戴する。暫くしないうちに部屋には4人分の紫煙が立ち込めた。
ふーっと煙を吐き出して、一瞬目を瞑る。言葉遊びをしながら腹の探り合いをするのもまた一興かもしれないが、時間というのは有限である。どうせここまで来たのだ、一太刀振るうのに最早躊躇などない。
それでも一応ある程度は言葉を選びつつ、私はにこりと微笑んで口火を切った。
「私は様式美というものに理解はあるつもりですが、時間というものが大変貴重であるという考えにもまた同意する次第です」
そこでいったん言葉を切って、目の前のゲレン上級大将を見る。すると彼も微笑みながら頷いた。
「そうだな、私も貴殿のその意見には同意する。我々は文明人として相互への尊敬の念を言葉に込めるという作業には大いに評価するが、同時に限られた時間の中で如何に有意義な会話をするかというのも大切であると考える」
「おや、意見が合う様で何よりです」
どうやらこの場のヘッドと認識の擦り合わせは出来たようだ。そう、会談において重要なのは議題を提示する前に、相互の価値観というものを共有しておくことである。
「では単刀直入に御伺いいたしましょうか。貴方方は私に如何なる可能性を求めていらっしゃるのか?そうですね、もう少し具体的に申し上げましょうか。何故軍部ではなく情報局の方なのでしょう?貴方方の所属氏名はそれだけで一級品だ。ある意味私は手に武器を持ち、そして白刃がこの首に突き付けられているわけです。それを以てして、貴方たちは私に何を求めているのか」
するとテニッセン准将が口を挟んだ。
「例えば対ロベール諜報の新人採用活動だとかは考えませんでしたか?」
諜報員のヘッドハンティングだと?そんなの答えは決まっている。
「ロベールへの新たなスパイ要員?いいえ、私はその可能性を完全に否定します。いくら聖女という巨大な魔力を持った人間が存在したところで、たったの2人だ。ロベール自体が軍事的脅威になることは、あり得ないでしょう。であればロベールに対する諜報要員は、現状のままで問題ありません。寧ろたった数日見ただけの私でも、ロベールに割く人員があれば他国への諜報員を用意する方が、乗数的に生産性があると考えますね」
「なかなか辛辣な意見だ。しかし的確でもある。私たちは対ロベールに関しては、特にこれ以上のアクションをする必要を考えていない。あれは謂わば手付かずの未開の地だ。金塊が埋まっているならまだしも、そうでもない只の荒地であれば放っておくのが道理」
紫煙を吐き出しながら、レーリヒ中将がはっきりと言い切った。
「如何にも。ではそのロベールから魔力量が突出しているだけの人間に、情報局が上層部の顔を明かしてまで手に入れるだけの金塊を持っていると考えますか?」
私の言葉にテニッセン准将が眉尻を下げながら返答する。
「いやいや、ヴィトゲンシュタイン殿は〝魔力量が突出しているだけ”と仰いますがね、私共はクルマン大佐からの報告を受けて、貴殿がそれを抜きにしても優秀な人材であるという可能性を見出したのですよ」
「過分な評価、身に余る思いです。しかし私が有用性のある人材だったと仮定して、利用するなら陸海空軍での活用というのが妥当な線ではないでしょうか?」
するとレーリヒ中将が鋭い視線を寄越した。
「ふむ、貴殿はトイトーネ帝国国防軍にて、単独で活躍するほどの実力があると自負していると?」
おっといけない、これは言葉足らずだった。これでは私が近代化された軍において、単独で戦力に影響を及ぼす存在だと考えるような、時代錯誤な英雄思考の間抜けだと勘違いされかねない発言になってしまう。私はそんな、ドン・キホーテ的な思考回路は持ち合わせていないのだとしっかり弁明せねば。
「いいえ、言葉の使い方を少々間違えたようです、大変失礼致しました。仮にも私は自分が、緻密な暴力装置である軍機構において単騎で活躍するというような、そういった見当違いも甚だしい思考はしておりません。陸海空軍での活用といったのは、例えば技研での研究利用や魔力供給面での活用に回される可能性が高いと考えていたためであります」
それに対しテニッセン准将が納得したように頷いた。
「確かに貴殿の魔力運用形態については、その独自性や量的視点から間違いなく軍部の技研は欲しがるでしょうからねえ。魔力供給という点でも、その魔力量を活用して魔力補給線に影響を与えるでしょう」
「ええ、ですから私は純粋に疑問を持つわけです。何故多数の利になりそうな技研や教導隊での利用ではなく、情報局という一番活用性のなさそうな機関が私をヘッドハンティングしに来たのかと」
そうして目の前のゲレン上級大将を見詰める。彼は品定めするような視線を暫く送ってきた後、身を乗り出して重々しく口を開いた。
「確かに貴殿を表面的に評価した上では、情報局というのは最適とは言い切れぬ配置であることは承知している。その一方でだね、ヴィトゲンシュタイン殿。我々は、我々の求めるものを持っているのではないかと、貴殿に期待を寄せているのだ」
そこで彼はいったん言葉を止めると、にやりと口の端を吊り上げて私に向かって宣った。
「私たちの貴殿に求める役割。――それは帝国情報局にて、英雄的活躍をしてもらうということなのだよ」




