第20話
先日の大変有意義な情報収集を経て、私は早速行動に出ることにした。
政治的思想と、宗教的観念の確認である。
ロベールは絶対王政を布いており、かつ唯一神信仰という所謂中世のカトリック信仰のような、硬直的な文化概念でもって国民を統率している。謂わば王政と教会府の二大勢力による閉鎖的統治。
ではトイトーネ帝国はどのような体制をとっているのだろうか?
まずトゥーマン少尉との最初の会話で、「トイトーネ帝国憲法による基本的人権の尊重」があると知ることが出来た。つまり国民主権の思想が一般的であるということ。
しかしそれ以上の政治的理念についてはノーインフォだ。国民主権といったって、必ずしも資本主義であるとは限らない。共産主義者たちだって、国家は市民のものだと言っているではないか。
それから宗教的概念の有無。何処にも民俗信仰的なものはあるものだと思っているし、それを否定する気は無い。他人の宗教観に首を突っ込むほど無粋な人間ではないと自負している。しかし、信仰の自由が認められていない場合、例えばロベールのように一神教信仰の強制などされてはたまったもんじゃない。
だから、先々のことを考えて今から情報収集しようと思う。
どうやってするのかって?そりゃ古今東西広く使われている手法、相手との会話からの情報取得である。
「少尉、いただいている珈琲とチョコレートはとても上質なものですよね。どちらも薫りが素晴らしい」
「そうでしょう、別部署が特別に調達してくれた品でしてね。実を言うと私も普段こんな上等品は口にしていません。完全にヴィトゲンシュタイン殿の奢りですな!」
「ははは!私の懐から出たものではないですが、存分にお楽しみくださいな!私も帝都を散策する機会があれば、是非求めたい品ではありますが…実質価格はどの程度なのでしょう?」
「そうですね、この質の豆だと大体200gで70RN、チョコレートは1㎏で120RNといったところでしょうか」
「成程。国民所得対比でいうと、どのくらいの物価感覚になるのでしょう?」
「私は財務省の人間ではないので、正確な数値は存じ上げませんが、大体であれば…。そうですね、一般公務員の月給で4,500RN程度ですので、上層部の人間にならないと嗜好品には金をかけられないですね」
「嗜好品というと、アルコールや葉巻の類も入りますね」
「ええそうなんですよ、葉巻なんて一種上層部のステータスですよ。尉官でしたら大抵の者は紙煙草を吸っていますし」
「そうなんですね。そういえば先日開けていただいた12年もの、公的価格だと幾らくらいのものなんですか?」
「あれは大体ボトルで500RNでしょうか。まあカードの戦利品なので…」
「ははあ、少尉もツキが良かったときもあったんですねえ」
「ヴィトゲンシュタイン殿が強すぎるだけですよ!まあ上層部になると40年ものとかで、ボトル価格3,000RNもするものを飲んでいたりするとか…少尉の薄給では全く手の出ない代物です」
「少尉殿の勤労あってこその上層部の高給でしょうね!ところでそれだけアルコールに値段が付いているとなると、酒造会社は相当儲かっていそうだ」
「ええ正にそうですよ。まあ政府も酒税をかけているので、多少は税金で取られていく分もあるのでしょうが。ああ、公務員なんてやらずに酒造会社でも立ち上げた方が、今頃富豪にでもなれていたかなあ」
起業という概念があるということは、少なくとも企業の民営化は認められているということ。資本主義経済の原理は通用しそうだ。
「しかし富豪になればなったで、ノブレスオブリージュが相当重くかかってきませんかね」
「はは、それは間違いないですね。何せ一定以上の資産家たちはかなりの額の納税義務がありますし。まあそれもあって国定企業になろうとオーナーたちは躍起になっていますよ」
「国定企業というと?」
「ああ、国と特別なパートナーシップを結んでいる企業のことです。国定企業になれば、国から様々な援助や保証を受けられます。財政的にも戦略的にも優遇されている訳です」
「へえ、それは魅力的な待遇ですね。しかしパートナーシップというからには、政府からも相応の要求を出されるのではなくて?」
「そうですね、主に情報開示と国益のための活動を求められます。例えば国定企業で有名なので言うと、魔動工業を中心として一大派閥を築いているライヒェツィヒランドルフ社ですが、あそこは税金の軽減と国家ライセンスの付与を享受する代わり、全社員データの提出と他国輸出におけるありとあらゆる他国軍事情報を仕入れて、国に提供しているんですよ。民営とはいえ、ほぼ国家保有企業といってもおかしくないですね。軍需産業や情報産業では、こういった国定企業が数多く存在しています」
市場経済は市場経済だが、かなり国家のテコ入れが入っているというところか。いや、テコ入れというかもはや企業と政治の癒着だな。この構造、元の世界で近年急成長を遂げた大国も、同じような手を使っていたような…。他国に自国企業の根を周到に張り巡らせ、他国政府の情報まで仕入れてこさせるやり方。
そういえば加熱する情報世界大戦の渦中にあった、某国通信企業の行方は一体どうなったことやら。
「ふむ、そうなると必然的に政府の力が強権なのでしょうね」
「そうですね、複数政党ある中でも基本的には大ライヒ党が主政党ですから、集権性は高いでしょうね」
一応政党は複数存在するようだ。
しかし油断は禁物。基本的に一党主導ということは、一党優位政党制の可能性が高い。場合によってはヘゲモニー政党制も考えられる。下手をすれば、内実はほぼ一党独裁ということもあり得る。ファシズム国家は出来れば遠慮願いたい。
「大ライヒ党ですか。どのような政策を掲げていらっしゃるので?」
「そうですね、一言で言えば大ライヒ主義といったところでしょうか。トイトーネ帝国こそ世界の中心なり、これは総統府が常に喧伝している文言ですよ。我らがライヒは、世界の覇権たるには如何なる手段も択ばない。そのせいで他の列強諸国と多少の軋轢が生まれた時期もありましたが、現時点で我らがライヒは世界の超大国。ライヒの国力の前では他国も黙するしかありませんな!」
…正に拡張主義、覇権主義国家だ。
さて、困った。これは私にとって、大きな選択を迫られる場面かもしれない。
一資本主義者としては、自己利益を追求するのに2通りの方法がある。
一つは民間企業ないし国家機関の一従業員として、成果をあげ高い対労働報酬を得ること。元の世界の私も、本業はこちらだった。
しかしエンプロイーの立場で貰える対価には、限界がある。そこで満足できないものは、更なる利益を求めて起業する。つまりエンプロイヤーの立場になるのだ。
経営者であれば、単純計算すれば自分の会社が儲かっただけ利益を得ることが出来る。まあ一定以上利潤を出すと凄まじく加算される税金で、手取りはさして変わらずという指摘もあるが。
そこで問題になるのが、国家と市場の関係性である。
アメリカのような徹底した資本主義国家であれば、人々は市場経済の動きに限りなく集中して、自己利潤を追求することができる。アメリカンドリームとは、正にそんな国家体制から生まれた言葉だ。
しかし社会主義国家のように国家が市場に介入する場合、国民は単純に自己利益を追求することは叶わなくなる。国益が優先されるのだ。そうなると高い報酬を得るためには、限りなく国益=自己利益の状態に近づける必要がある。簡単に言えば、国家の中枢で上り詰めることが最短ルートになる。
そう仮定した場合、今得られた情報下から推察してこの世界において私が取り得る選択肢は、3つあると考えられる。
他にも先進国が存在する可能性に賭け、別国家にて就職ないし起業すること。安牌を取り、このままトイトーネ帝国にて何らかの国家機関に属すること。超国家的組織を立ち上げ、利潤をあげること。この3つである。
一つ目の選択肢は、他にトイトーネに匹敵ないし超越する国力を持つ国家が存在する、ということが前提となる。つまり世界が多極体制であることに賭けるのだ。もし現代の米国や西欧諸国のような国が他に存在していれば、これを選びたいところではある。
しかしトイトーネが一極体制の雄であった場合、この選択肢は途端にボツなる。弱小国家の民間企業なぞ、国家の圧力による国際市場での負けが目に見えている。
そうであれば二つ目の選択肢が、勝ちに行く最善策となる。トイトーネ帝国が国際的に大きな力を持つ国家であれば、その公僕として昇進する、外交や内政を操るポジションを狙っていくのが妥当だろう。
但しトイトーネが共産主義国家であった場合、この案は完全に破綻する。私は自由主義、資本主義を求める一個人である。利益の完全なる分配という名の下に有能な人材を抹殺していくコミーには、決してなり得ない。
最後の選択肢は、共産主義が世界を支配していた場合の最終手段だ。最早世界への抵抗とも言える。そもそもビジネスになる商材を見出し、かつ超国家的権力を持てるビジネスモデルを設計しなければならない。情報産業とか宇宙産業とか…と考えてはみるが、残念ながら私は凡人。非常にハードルの高い選択である。
以上を考慮すると、現実的に考えられるのは最初の2つ。ああもう、自分の能力によって選択肢が制限されるというのは、何て屈辱的なんだろう。
兎も角、現時点で最も重要なのは、トイトーネ帝国が如何なる政治体制にあるかだ。その内情をきちんと把握してから、落ち着いて次の手段を講じなければ。
「成程、トイトーネ帝国はそこまでの覇権を掌握しているということですね、素晴らしい。大ライヒ党も国政の中心を司っているということは、それだけ国民の支持率が高いのでしょうね。党の力が大きいのか、それとも総統にカリスマ性があるのか…そういえばロベールでは唯一神信仰によって求心力を得ていましたが、トイトーネ帝国にもそういったものがおありで?」
「いえいえとんでもない!我がトイトーネ帝国国民は、神などという子供騙しのような虚像などを崇める馬鹿ではありませんよ!我々の信ずべきものは、我がライヒの歴史を形成してきた祖先の魂と、それを受け継ぎ民衆を導く総統閣下であります」
「ほう、そういった信教的条文というのは、憲法にも記載されているのでしょうか?」
「ええもちろんです。主政党である大ライヒ党は、党規約で公的に無神論を宣言しています。ただし憲法において、我々は信教の自由を約束されていますよ。しかし同時に、公衆衛生を妨害するような活動は禁じられています。今のところ政府から公式に認められている宗教といえば、理教くらいでしょうか」
宗教色が強くないというのは良い。憲法において信教の自由が認められていることは大事だ。しかし、公衆衛生面からの取り締まりがあるということは、実質宗教活動は制限されていると同義。しかも政府から“公式に認められる”必要があるということは、ほぼ宗教は国家に管理されていると見て間違いない。
とはいえども、私自身無神論者である。特に信教など持たない身からしてみれば、寧ろ政府が正式に無神論を展開しているというのは思想的に合っていると言えなくもないかもしれない。
だが、考えても見給え。拡張主義で市場経済が成立しているとなれば、大戦間期の欧米列強のような国を想像しかけたが…これはちょっと違う。どちらかというとあれだ、国旗も政治理念も元は真っ赤っ赤だったけれど、高度経済成長と国際社会への体面のために、近年赤がオレンジくらいに変色しつつある国家と類似している気がする。
私は無神論者だが、コミーではない。いやむしろ資本主義体制の信奉者、共産主義ほど非生産・非効率な思想もないだろうという考えの持ち主だ。プロレタリアートの権力奪取?労働対価の順次配当?私的所有権の全廃?生産手段の社会的所有?なんて馬鹿馬鹿しい!それを実行して生まれたのは、結局財産の平準化による労働意欲の低下。無能な働き者と有能な怠け者を大量生産した挙句、有能な働き者は強制収容所行きだ。そりゃ体制破綻するに決まっている。
どうしよう、今更逃亡も難しいだろうが、念のためコミーが跋扈していないか確認しないと…。
「あの、もしかすると、トイトーネ帝国は共産主義的な思想が主流で?」
するとトゥーマン少尉は笑顔で明言してくれた。
「いやまさか!我がライヒは純然たる資本主義社会を形成していると言えますよ!ああ、国定企業のお話をしたので少々勘違いなされましたかな?単に国家権力が強力であるというだけで、共産主義のように国が経済を抑制したりしていないので、ご心配なさらず」
思わず私もにっこり笑顔を返す。ああそれは安心だ。とりあえず転職における一番の不安要素が取り除かれて、ちょっと肩の荷が下りた気分。
私は私の能力を存分に発揮し、それに見合った対価を得られる職場を欲しているのだ。イデオロギー的制約によって能力報酬が得られないなど、許されるべきではない。
「成程、色々とお話していただきありがとうございます。トイトーネ帝国は素晴らしい国家ということが、少尉のお話で十分伝わってきましたよ。愛国心の強い国民を持つというのは、強い国家に必須ですからね」
「ええ、正にその通り!強い愛国心こそ強い国家を作り上げる!私はライヒに生まれてきたことを誇りに思っていますよ」
「少尉のような国民が、この国の地盤を強固なものにしているのでしょうね」
「ははは、そう言われると嬉しいものですなあ!」
珈琲片手に会話による基本的な情報収集。これぞ文化人としての最低限の嗜み。
こうやって少しずつ、大トイトーネ帝国、延いてはこの世界のピースを集め、パズルを解いていく。パズルゲームは大好物だったのだ、ここに来て漸くまともなゲームが出来そうでちょっと楽しみかもしれない。
さあ、次のゲームはどんなステージが待っているのだろうか?




