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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
24/59

第19話



 列車に乗せられてから1日と少しといったところだろうか。

 相変わらず私はコンパートメントに缶詰めである。トゥーマン少尉からは「警護上の都合のため」との説明を申し訳なさそうにされたが、要は情報規制のためだ。

 しかし彼らの会話を掠め聞いたところから推察するに、異分子であるこちらへの国内情勢の隠匿というより、国内外に対する機密保持という側面が強そうだ。私の存在はまだ政治上か軍事上の機密事項らしく、この列車も「西方からの物資輸送」という名目で走行させている。


 そして今は、「相互交流と長い道中の気晴らし」としてトゥーマン少尉、ベッカー伍長の3人でトランプに興じているところだ。


 「ううむ…チェック」


 「おや少尉、弱気ですね」


 「私は慎重派でしてね」


 「そうですか、それでは私はコールで」


 「おお、伍長はノリが良いようだ」


 「自分にツキが回ってきていると信じていますよ」


 「さて、それはどうでしょうか…レイズ」


 「ヴィトゲンシュタイン殿はなかなか強気ですなあ!」


 チップの代わりは情報。本来であれば酒だとか葉巻だとか金品を賭けるのだが、生憎私には持ち合わせがない。そこで私は金品でなく、「相手に質問する機会を与える」ことを賭けることにした。普通ならこんなものチップの代わりになりもしないだろうが、私の場合は特別だ。

 ロベールにおける客観的立場については、ほぼトイトーネには筒抜けであろうと考えている。しかし私自身の個人情報については、ロベールにおいて一切漏らしたことがない。つまり相手は私について、異世界人であること、ロベールにおいて聖女という役割を与えられていること、膨大な魔力を保有していること、ある程度高度な魔術を行使できること等は知っていても、私がどんなバックグラウンドを持ち生きてきたのか、政治的志向や知識レベル、大きく言えば「どんな思考をする人間なのか」という情報は一切持ち得ないということ。

 そういった点で、質問をすることで少しでも私個人の思考回路を読み解く一歩になる。彼らからしてみれば良いチップだろう。…まあ少尉か伍長が私に勝てたらの話だが。

 何回か場が回って、ゲームも終盤になる。


 「さてでは互いのポーカーを開示しましょうか」


 少尉は7とJのツーペア、伍長は9とQのツーペア、そして私は4~8のストレート。


 「この勝負、私が貰ったようですね」


 「うあああヴィトゲンシュタイン殿、お強い!」


 「また俺が最下位か…!」


 「ふふふ」


 私はこれでも結構カードは強いのである。見たところトゥーマン少尉は、あまりツキが無さそうなタイプだ。賭け事はお勧めしない。


 「さて、それでは15年ものとモントクルストのNo.4は私のもの、ということですね」


 にっこり笑いながら差し出された琥珀色のボトルと葉巻のケースを受け取る。


 「まったく、少しはツキが回ってくると思ったんだが…ヴィトゲンシュタイン殿は強すぎですよ」


 そう溜息をつきながら言った少尉の目線の先には、私の横に置かれた数本のボトルと葉巻のケースたち。


 「チッチッチ、少尉は少々詰めが甘いのですよ。私からそう簡単に巻き上げられると思ったら大間違いです」


 「ははは!このアルコールたちも上司からカードでがめたものだったんですがねえ…ああ、今度また巻き上げにいかないと」


 「おい伍長、お前どこでそんなにと思ったらカードでぶんどっていたのか」


 「私の薄給では、こういった良い酒の価格は少々高いのですよ」


 ベッカー伍長はそこそこ強いらしい。ふと元戦利品だったというアルコールを手にとって見てみたが、なかなか質の良さそうなものだった。


 「法務局の酒保は、なかなか品揃えが良さそうですね」


 「そうなんですよ、一応栄えある国家公務員ですからね、良いものを置いてもらっています」


 「葉巻もなかなかのものですねえ」


 「まあ普段は紙煙草ですよ!これは以前上司からいただいたものでして」


 「いいなあ、私は紙煙草以外手を出せませんよ」


 「伍長はこう見えてヘビースモーカーだからなあ」


 「ふうん、家で奥様に文句言われません?」


 というのも、ベッカー伍長は左手薬指に指輪をしていた。簡素なものではあるが年季が入っているところからして、いつも身に着けているのだろう。この国で結婚した男女が結婚指輪を身に着けるという習慣があるのか知らないが、さり気なくこの国の慣習を知る機会でもあると思って話を向ける。


 「ああ、結婚指輪で分かりましたか。妻には文字通り煙たがられていますよ!」


 「ははは!そのうち換気されて交換(・・)されないようにしろよ」


 「気を付けます!」


 3人でひとしきり笑いながら、社会的慣習は元の世界とそこまで相違ないらしいということを記憶しておく。こうしたちょっとした会話も、私にとっては情報を得る大事な手段だ。


 そうやってゲームと会話を楽しみながら、目的地までの時間をゆったりと過ごす。

 到着してからは軽い尋問もあるだろうし、まあそう手荒には扱われないだろうとは考えているが、悠長にしていられないだろうというのは自明の理だ。私自身も色々と知っておきたいことが山ほどある。


 トゥーマン少尉から巻き上げた葉巻に火を付けながら、口内に広がるスモーキーな薫りを楽しんだ。




 それから更に1日と少し。周囲の景色が明らかに変化していた。

 最初は険しい山稜の中腹を走っていたのがいつの間にか平地に変わり、工業地帯と思われる場所に入っていく。

 貨物もしくは燃料の積載でもあるのか、列車は工場群の中で一時停車した。何やら外で乗務員と工場関係者がやり取りしているのも見える。


 「と、ここでぼんやりしているだけも詰まらない。折角の寄り道だ、何を造っているのかくらい見せてもらおうじゃないか」


 勿論、直接自分の脚で出向いて見学という訳にはいかない。残念ながら私は、目的地に到着するまで走る鉄籠の中だ。そこから一歩も外に出ることは許されていない。

 しかし、「魔法を使うな」とは一言も言われていないのである。一応この列車にもある程度の欺瞞術式はかけられているようだが、逆に言えばそれは「外部からの魔法探知」に対する工作であり、「列車内部から術式行使する」ことに関してはなんら影響はないのだ。

 つまり私が何らかの魔法を使うことは可能。まあ多少の妨害術式は組み込まれているかもしれないが、私の魔力量であればそんなもの問題にもならないはず。

 念のためハルスバントは首から外してある。これを通して魔法を使うことは、私にとってある意味枷と成り得るかもしれないからだ。


 「さてさて、まずは手近な…そうだな、あのあたりの製造物を検分させていただくとしようか」


 視野内の建物を認識、特定。目標物に対するスキャニング開始。詳細の3D映像のホログラムを作成…と。


 「おやおや、これは当たり(・・・)だな」


 もしかして、と多少の期待はしていたが、期待通りのモノが出てきてくれた。

 視界右に表示された立体ホログラムは、明らかに装甲戦闘車両を象っている。キャタピラーに全面装甲、戦車砲を収納した全周砲塔。そう、戦車だ。

 主砲は120㎜滑空戦車砲、砲身は44口径か。砲塔正面右側に7.62㎜汎用機関銃、車長用潜望鏡の銃架に12.7㎜重機関銃、装填手用ハッチ周囲に同じく7.62㎜汎用機関銃。

 かつ砲弾は装弾筒付翼安定徹甲弾。湾岸戦争でイラク軍のT-72戦車を撃破したアレに近いものだろうか。少なくとも2,000mの距離から装甲に対し砲撃した場合、540㎜の貫徹力を持つと言われている代物。

 それとこれは…キャニスター弾か。1発の弾体に10㎏超のタングステン球が詰まっており、発射すると散弾銃のようにタングステン球が放出される仕組み。所謂対人用砲弾、一度に多数の敵兵を狩ったり、遮蔽物の背後にいる標的を破壊したりするのに有効なものだが…。彼らは市街戦も既に想定しているということだろうか?


 それから向こうにあるのは…自走多連装ロケット砲?主武装は227㎜ロケット弾12連装が可能な発射機。更に地対地ミサイル1発発射可能な装備か。更にあのロケット弾、クラスターの類だな。この世界ではまだオスロ条約のようなものはなされていないのか、それとも単純にトイトーネが批准していないだけか。イラク軍が「スチール・レイン」と恐れたあれが、大量生産されている。


 検分したところでは、私の知る限り先の湾岸戦争で活躍した代物の類似品が多く揃っている。それを相当量生産している工場群。トイトーネ帝国は、元の世界でいう米帝様を追うような軍備を保持していると見て良いだろう。


 「ロベールで軍団というものを見た時には、随分とファンタジックな世界に連れ込まれたと思ったのだが…。残念ながら、剣林弾雨の血路は避けられないか」


 ロベールの火力といえば、マスケット銃のみ。いや、精々数発しか撃てない巨大魔法術式でも、一応火力に入れてやるべきだろうか?…無理だな、いくら巨大魔力の放出とはいえ、核爆発並みの威力でもなければ数発では全く意味がない。ここで生産されている軍備の前で、試射程度しか撃てないものなんぞ火力に数えるのも哀しくなってくる。


 例えロベールの魔法士たちが防御膜を張ったとして、120㎜戦車砲に227㎜ロケット弾を防ぎきる効力があるだろうか?

 どう見積もっても無理難題、プティングを金属バットで殴りつけるようなものだろう。そもそもあの防御術式は、対弓防衛を想定したものだ。通常の弓矢か精々大弓をはじく程度の強度設定しかされていない。鉄の洗礼など浴びれば、それこそスチールレインによって血の湖(ブラッディレイク)の出来上がりだ。


 比較するのも嫌になってくるが、一応竜騎士たちも考慮に入れてみようか。空を飛べるという点だけ見れば、竜というのはある程度使い物になる…と考えたいところではある。だがしかし、ここで問題なのはその飛行能力。そもそも竜の飛行高度は通常500、メートル換算すると約150mだ。速度も巡行で50、時速換算で約90km/hだから、イメージで行けば低速のヘリくらいしかない。飽くまでこれは観察がてら私が魔法で見積もった数値だから、多少の誤差がある可能性はあるが。

 高度500なんて、汎用機関銃で十分攻撃可能な範囲である。万が一機関銃で竜の皮膚を貫けなかったとしても、120㎜戦車砲で対空砲撃でもすれば、竜が大乱獲出来るに違いない。騎手である竜騎士なぞ、魔法を出現させる前に空に血花を咲かせるのが関の山だ。


 ここから見える範囲の施設では攻撃ヘリや爆撃機、戦闘機の類は置いていない。だが、ここまで近代化された武器を揃えている以上、恐らく航空戦力もそれなりにあるだろうというのは見当がつく。


 更にこれに高度な魔法運用が加わったら?…これじゃあロベールは未開文明の地と呼ばれても仕方ないレベルだな。


 「トイトーネがここまで近代化されているとなれば、私も計画を大きく上方修正することが可能かもしれん」


 当初トイトーネ帝国の内実が不明瞭すぎたため、当面はロベールでの生存確率向上のために利用してやろうと考えていた。今もまだ政治的背景や経済力、文化価値感は掴みきれていない。しかし、トゥーマン少尉たちの文明的な会話、周到に張り巡らされている諜報網、そしてこの軍事技術を鑑みると、もしかすると、生存のための保身以上の目的が果たせるかもしれない!


 つまりは、本格的な転職活動だ。まさかこんなに早く転職を考える機会が巡ってくるとは、思いもしていなかった。

 但し、もう少し政治的志向等を探ってみる必要はあるだろう。私は基本的に自由資本主義を支持している。流石にいくら国力があろうとも、ボリシェヴィキの巣窟だったりしたら全力で手を引きたい。


 まだ考査すべき事項は幾つも存在するが、軍事力という点で確固たる物証を発見できたのは、正に僥倖である。


 「ふふ…ふはは!これは一足早く、あの忌々しい唯一神信仰に、自由主義の教育をしてやれるかもしれないなあ!」


 薫り立つ珈琲片手に一人笑みが零れてしまうのも、仕方あるまい?

 


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