盗賊と剣士と商人と戦士と鍛冶師 1
何時の間にかお気入り登録が二十件を超えておりました。登録して下さった方々、感謝です! 趣味で投稿しておりますが、やはりうれしいものですね!!
今回は随分長いサブタイトルですが、徐々に短くなってきます。
※相も変わらずグダグダとやってます、ご注意ください。
※ストーリー展開は僕の未熟故、基本的にスローペースです。
NPCの御者が操る粗雑な造りの馬車に揺られながら、ギルド『一撃必殺』のメンバーと女鍛冶師は一路鉱山へと向かっていた。
名前の無い異世界『Another World』のマップは広大である。アラ・ラカンを拠点とするプレイヤー達から鉱山と呼ばれている『静寂の廃棄鉱山』というエリアは、アラ・ラカン東門より出立し、石畳の街道を沿って現実時間換算で徒歩二時間の位置に存在する。
『DARK SIDE ONLINE』のシステムとして、少ない例外を除けば街道を通っている限りモンスターに襲撃される事はない。
しかし疲労値というステータスが存在し、そして疲労値のステータスは歩いているだけでも蓄積していく。
その為、プレイヤーは長距離間の移動をする場合、馬車等の移動手段を用いることを強いられる。
徒歩よりも早く目的地に着き、馬車の質にもよるが疲労は微小。ゲーム序盤では少なくない料金こそ取られるが、それでもメリットは十二分にある。
最安値で借りられる馬車の、決して乗り心地が良いとは言えない狭い荷台にすし詰め(一番の理由はラインハルトの巨体)にされ、石畳に舗装されているとはいえガタガタと振動する車輪の不具合に苛々させられながらも、これといったトラブルに見舞われる事もなく鉱山への道中は順調そのものであった。
狭い荷台、小型とはいえ幌馬車は照りつける陽射しを遮るには丁度良かったが、車内は二メートル超の大男のせいで圧迫されており、はっきり言って暑苦しかった。VR空間故に熱中症には至ることはないが、アバターに搭載された神経は全て本物同然に機能し、緩和されているとはいえ暑さも感じるのだ。
そもそも社内には二人の鎧姿のプレイヤーが存在しており、ただでさえ狭い空間をさらに圧迫していた。
大柄かつ全身鎧を纏ったラインハルトは、狭い空間内では見るだけでも暑苦しい。鬱陶しい事に当の本人は、熱いであります暑いでありますとブツブツと虚空を見つめながら繰り返している。その隣ではアキが嫌そうな顔でラインハルトを小突いていた。
「で?」
「で、とは」
「何故ワタシがココに居る?」
手拭で深紅の長髪を纏めた長身の女性――オサフネが眉間に皺を寄せ、隠す気もない苛々した様子で顔を向けてきた。
一撃必殺のメンバーではない彼女は、リンゴが協力を取り付けた『採掘』スキル持ちのプレイヤーである。
頼んでもいないのに鉱山に向かう展開を予想し、そして必要な『採掘』スキルを持ったプレイヤーを引っぱり込んできたリンゴの先読みには少々どころではなく釈然としないものの、素直に感心する。
「リンゴが連れて来たからだろう。納得しての同行ではないのか?」
「いや、納得はしている。私も鍛冶師の端くれ、金属素材は有って困るものではない。問題なのは、そこの鎧女に連れて来られたそもそもの理由だ。…何を企んでいる?」
訝しげな表情のオサフネの言いたいことは、つまりこういう事だろう。
自分は自分で目的があって同行するが、俺達の方の目的がなんなのかを訊ねているということか。
さて、どう説明したものか。ただラインハルトの鎧の素材を取りに行く、というのは面白味がない。
チラとラインハルトを見れば、相変わらずの巨躯を縮こまらせて荷台の最奥に押し込められていた。
「…そうだな。まずソイツを見てくれ、ソイツをどう思う」
「ソイツを、か?」
俺がラインハルトを指差し、オサフネがラインハルトの二メートル超の巨体を視界に納める。
オサフネは狭い車内に可哀想なくらい縮こまって押し込められるその姿をじっくりと眺め、吟味し、やがて口を開いた。
「――凄く、大きいな」
「だろう?」
「それ知ってますっ! 一世紀近く前の漫画が元ネタの奴ですねっ!!」
『…君達って本当に楽しそうだね』
はしゃぎ出したアキと、ボソリと呟いたリンゴの声が鬱陶しいが……一世紀近く前の漫画?
なんのことだ?
それは置いといて、ラインハルトが大きいと言う単語に耳聡く反応し、縮こまらせていた巨躯を乗り出してきた。
暑苦しいからそのまま鉱山に到着するまで小さくなってろ、ただでさえ狭いんだから。
『大きいとはつまり、頼りがいがあるという意味でしょうか?』
「違う。邪魔という意味だデカブツ。あと暑苦しいから隅で小さくなっていろ。寄るな」
オサフネにボロクソに言われたラインハルトが沈黙し、ゆっくりと身を縮める。ガシャガシャと全身鎧を鳴らし、先程までよりも狭いスペースに格納されたラインハルトに、アキが最初からそれくらい縮こまっとけよと情け容赦のない罵倒を浴びせる。
キツめの女性と二十以上年下の少年に弄られたラインハルトが陰を背負った。可哀想に、同情はしてやらんが。
改めて、鋭い視線のオサフネが聞き直してきた。
「それで、この大男がどうしたというのだ?」
「コイツの鎧を造る。でっかくて頑丈で重々しいとびきりの鎧をな」
「…ふむ。武器は?」
「でっかい馬上槍。主な素材は巨鎧猪の牙を予定している」
「ほう。盾は?」
「クソでっかいタワーシールド」
そこでオサフネが口を閉ざし、腕を組んで目を閉じた。ガタゴトと馬車が揺れ、ガシャガシャとラインハルトの鎧が軋む。
空は晴天。馬車が進むのは一面の草原を縦断する一筋の石畳の街道。時折街道をすれ違うNPCと御者のNPCが軽い挨拶をし、彼方には放牧された羊の群れと羊飼いのNPCが見える。もはや現実では見る事の出来ない、牧歌的な光景だった。
稀に緊急クエストとして放牧された羊がモンスターに喰い殺さる事件が発生するらしいが、牧歌的な光景だった。
数分後、オサフネがおもむろにカッと目を見開いた。
「面白い、なるほど騎士という訳だなっ! そうかそうか、ならばこんな鉄屑同然の貧相な鎧なんぞ着せられんなっ!!」
痛快と表情で語り、オサフネは豪快に笑いだした。荷台の中では突然高らかと笑いだした深紅の髪の女性に、俺を除いた全員が驚愕していた。
いやいやオサフネなら分かってくれると思っていたのだ。
誇り高く、職人気質の高いオサフネならば、思い切ったプレイスタイルには剣に関係しなくとも手放しでも賛同してくれると信じていた。
「…オサフネさんもヤスヒロさん寄りの人種だったんですね、吃驚ですよ」
『だからこそヤスヒロを気に入ったんだよ。凄い説得力でしょ?』
「全くですね」
オサフネの様子にヤレヤレと肩をすくめるリンゴとアキ。
この二人の言う俺寄りの人種とはどういう意味なのか、後で真剣に問い詰めねばなるまい。俺には拳で語る用意がある。
そしてラインハルトは驚愕した姿勢から、兜の中でボソボソと呟いていた。
『…自分はとんでもないギルドに加入してしまったようです、片身が狭いです。今からでも考え直し――』
「いらないのか? 白銀牙のランス」
『なんなりとお申し付けください、団長殿っ!!』
「………僕、こんな大人になりたくないです。後狭いので動かないで下さい」
退団を考え出したラインハルトを物で引き留める。馬鹿め、お前の様な面白いプレイヤーをみすみすと逃してたまるかっ!
白銀牙を素材としたランスは製作依頼すら出していないが、しかしラインハルトを引き留めるには十分な効果を持っていたようだ。
掌を返すように下手な態度になったラインハルトに、アキが軽蔑の視線を向けていた。
アキは十四歳の中学生。大人と言う存在に対して思春期特有の嫌悪感にも似た複雑な感情を抱いているのだろう。
だがやがてコイツ自身も思い知ることになる。何時の間にか自分の嫌っていた大人に、少しづつ、徐々に至っていくのだ。
その流れには誰も逆らえない。
少年漫画や青春ドラマにおいて、大人は悪として定義されている事がとても多い。
主人公とは自由の象徴だし、そして大人とは束縛の象徴とも言える。
俺自身週刊少年誌は大好きだし、時には吐き気を催す様な腐った大人に嫌悪感を抱いたこともある。
しかし主人公が、少年達が、善であると誰が判断できると言うのか。
ある朝、鏡を前にしてふと思う事がある。その鏡面には少しづつだが確実に、かつて大っ嫌いだった大人の姿が見えてくるのだ。
俺は間も無く二十歳を迎え、何時の間にか三十、四十と歳を重ねていくのだろう。俺もラインハルトの様な大人になるのだろうか?
そこでふと、ラインハルトはどうしてVRMMOに参加したのだろうかと疑問に思った。騎士になりたいと叫んだ彼は、三十代半ばのサラリーマンなのだとか。
VR技術が確立したのがおよそ二十年前。家庭用VR機器が普及しだしたのは十年前で、手頃な価格で購入可能となったのはほんの数年前だ。
―――詮索は止めよう、マナー違反だ。
というか善とか悪とか何を考えてるんだ俺は、恥ずかしい。二十年も生きていない小僧が偉そうなことを考えたものだ。
そんなこと考えるくらいならドラゴンを倒す手立てを考えた方が万倍もマシだろう。
思考を切り替え、いざドラゴン打倒計画を企てようとした時に、隣に座るアキから声を掛けられた。
「ヤスヒロさんヤスヒロさん、提案があるのですが」
「ドラゴンを倒す方法か?」
「違います」
「気は乗らんが、聞こうじゃないか」
「造る造る詐欺を提案します。このデカブツはきっと良い奴隷になりますよ? 白銀牙は二本しかありません、勿体ないです」
『っ!?』
『アキくん、ハルトさんをあまり苛めないであげて。オジサンの心は繊細なんだよ?』
ワザとラインハルトに聞こえる声量で言い放つアキの、なんと性質の悪い事だろう。
おそらく本気半分、冗談半分なのだろうが、それを聞いたラインハルトがあからさまに反応している。
兜越しの表情は自分を騙したのかっ!? という仰天の表情だろう。ガタガタと身を震わせてこちらを窺って来た。
「あー、造る造る。大丈夫だ、何も問題ない」
『信用できませんっ!! ……自分、先程頂いたランスでも構いませんのに』
「なら、ランス置いて出ていけ。中途半端な装備の騎士なんて要らねぇよ」
『白銀牙のランスが凄く欲しいですっ!!』
「じゃ、働け」
『ヤスヒロもハルトさんで遊ぶのも程ほどにね、あとハルトさんは座って。誰かさんのせいで凄く狭いんだから』
珍しくリンゴが本気で苛立っている。控え目な声量の落ち着いた口調には刺々しさが滲み出ており、兜越しの視線でラインハルトを睨みつけている。
ああ、そうか。長い付き合いで半ば忘れていたが、こいつも一応女性だったか。
ラインハルトの様な暑苦しく、でっかく、ムサい存在が隣に座っていれば、それは苛々もするだろう。
すまん、配慮が足りなかった。
……帰りは座る順番には気を配ろう。
「賑やかなギルドだな」
「ん? あぁ、俺のギルドだからな。なんなら加入しても構わないぞ?」
「フフ、それは困るな。私は刀鍛冶なんだ」
さり気なく勧誘してみたが、穏やかな笑みを浮かべたオサフネにあっさりと断られてしまった。
勧誘しておいてなんだが、これでギルドに加入されても俺が困る。
職人気質で誇り高い彼女には、このまま孤高の職人を貫いて欲しいものだ。加入してくれるなら、それはそれで構わないのだが。
オサフネもウチの団員に勝るとも劣らず、面白いプレイヤーなのだから。
そしてオサフネの表情が一変、普段にも増して怜悧なものとなる。
彼女の視線は、俺の後腰に携えられた片手半剣――バスタードソードに向かっている。
ゲーム内時間で一日。現実時間でおよそ5~6時間は掛ると言っていた強化を、オサフネは4時間ほどで完璧にやってのけた。
いや、昼食の時間を除けばさらに短いだろう。まさか昼食を抜いたとか? いやいや、まさかな。
「その剣の情報、どうする?」
「オサフネの好きにすれば良い。俺はどうもしない」
「そう、か。ならば秘匿しよう」
「理由を聞いても?」
「個人的なものだ、大した理由はない。それに、こういう情報は己で見つけ出すべきだ」
オサフネの言うバスタードソードの情報。いや、正確に言えば『性能強化』の情報なのだが、確かにバスタードソードを受け取った時には驚いたものだ。
俺の要望通りに刀身は延ばされ、鍔は振り回し易さを考慮して削り、刀身の幅は狭くなっていた。
剣のステータスも一新され『切味』と『重心』こそ変化はないが『耐久』が著しく上昇していた。……スキルスロットは全消失したが、これは承知の上だ。
問題なのは『重量』だ。現在の筋力値では辛うじて許容範囲のその値は、使い方次第では最悪持て余す可能性も見受けられる。
まぁ、刀剣とは元々そういうものなのだ。達人だって剣の振り方を誤れば怪我をする。甘んじて受け入れよう。
バスタードソードの話は終わったのだが、しかしオサフネの様子がおかしい。怜悧さは変わらないが、先程よりも険の強い表情だ。
彼女は少しだけ顔を寄せ、他のメンバーには聞こえない声量で重々しく口を開く。
「あの鎧女は貴様の友人だそうだが、相違ないか?」
「あぁ。十年来の浅い付き合いの友人だが、どうした?」
「………そう、か。貴様がそう言うのならワタシは何も言わん」
鎧女――リンゴの事だろうが、アイツがどうかしたのだろうか?
オサフネの様子から察するに何かを警告してきたのか、あるいは注意を促したのか?
敵視とは違うだろう、オサフネがリンゴを目の敵にする理由はない。
だがあの口調では、まるでリンゴを警戒しておけと言っている様なものだ。
―――オサフネがどういう意図かは計り知れないが、その忠告はまったくもって必要ない。
俺がアイツを警戒しなかったことなんて、ただの一度もないのだから。
馬車の料金は重量制だったらしく、主に巨漢の大男のせいで跳ね上がった料金に騒ぎ出すアキを尻目に、辿りついた廃墟を眺め見た。
『静寂の廃棄鉱山』と言うエリアはアラ・ラカンより徒歩で片道二時間、馬車を用いても一時間程の距離にあり、馬車の利用料金の高さも相まってプレイヤーの姿は多くない。しかしそれは時間の問題だろう。
鉱山とは鉱物を採掘するだけの場所ではない。知識として浅く覚えている程度だが、採掘した鉱物資源を選鉱、製錬する場でもあるのだ。そして『静寂の廃棄都市』というエリアには宿泊施設や鍛冶屋、酒場の名残を残す廃墟が立ち並び、生活の残り香を漂わせている。
鉱山の都市というものだろうか。坑道へと続く大通りを進みながらそれとなくNPCの姿を探してみれば、ポツリポツリとその存在を確認出来た。
『DARK SIDE ONLINE』のキャッチコピーは「世界を運営しよう」というシンプルな物だ。
シンプルだが、その言葉の意味は計り知れないものがある。この世界に生きる住人の一員となり、プレイヤーはこの世界を開拓していく事になる。
この廃墟然とした鉱山の都市も、プレイヤーの行動次第ではかつての栄華を取り戻すのではないだろう。
…かつてと言っても、ゲーム的にはこれが初期状態なのだけれど。
『大工』スキルを持ったプレイヤーが発起すれば、廃墟の建て直しは可能となる。
現在の職業大工のプレイヤー達と言えば、俺の知っている限りアラ・ラカン居住区の自由開発区画で大工作業に勤しんでいた筈だ。
建造しているのは簡素な一軒家だが、まだまだ住居と言える段階ではなく、しかし素人目には骨組みは完成していたように見えた。
やがて大規模な開発計画が始まれば、この廃墟も何時の日か見違えるような立派な都市へと変貌するのかもしれない。
坑道へと続く道すがら、初日から一足先に鉱山エリアを探索するプレイヤーの一団と出会った。
何でも彼等は、採掘に来たプレイヤー同士の混雑を避けるために有志を募ってエリアのマップを作製しているらしい。
『地図』作成スキルは、職業測量士の専用スキルだったか。聞けば彼ら全員が測量士であるとのこと。
彼等は自分達の利益を度外視し、この美麗な世界観を楽しむことだけに全てを掛けているのだとか。最終的な目標は世界地図の作成なのだという。
気さくに笑いながら、一団のリーダーから無料で配布しているというマップを手渡された。……一瞬でアキに引っ手繰られた。
『色んなプレイヤーがいるでしょ。VRゲームを股にかける某釣りギルドや某測量ギルドなんてのも結構有名な話だよ』
「戦闘とかは二の次か?」
『闘うだけがVRゲームの楽しみ方じゃないよ。どうして君は、あのプライベートルームを気に入ってるの? 始めてゲームにログインした時に、君はどう思った?』
……なるほどね。
俺は天空に浮かぶ部屋といういかにもVR空間らしい現実ではあり得ない光景を気に入っていたし、始めて『DARK SIDE ONLINE』にログインした時はゲームや漫画でしか見たことのない多種多様な装備品やそれを纏う様々な種族に感動したの覚えている。
ドラゴンと闘う事ばかりを考えていたせいで忘れていたが、ただ闘うだけでは、ただ時間を戦闘に費やすばかりでは。
それだけでは『DARK SIDE ONLINE』が、この世界が勿体ないじゃないか!
『君が心の底から『DARK SIDE ONLINE』を楽しめた時、その時にお金返してくれればそれで良いって私は言ったけど、もう返してくれるの?』
「――いや、まだまだだ。まだ楽しみ足りない、俺はこれっぽっちも|『DARK SIDE ONLINE』《この世界》を遊び尽くしていない――ドラゴンも倒してないしな」
『やれやれ、それじゃあ何時になったら返してくれることやら』
それはすまんな、金に関しては財布の事情が複雑に絡み合う大問題なんだ。本当はすぐにでも返してやりたいんだがな。……嘘じゃないぞ?
それにしても迂闊だった。こんな重要で簡単な事を俺はあろうことか忘れ、そしてあろうことかリンゴなんぞに気付かされるとは。
VRゲーム産業にてVRMMO-RPGが最も人気である理由。それはRPGと言うゲームジャンルを、正しくその意味の通りにしたことに他ならない。
一撃必殺には、ロールプレイと言う意味では凄まじく濃い面子が揃っている。
徹底した商人のアキに、物語の様な理想の騎士を志すラインハルト。一撃必殺のメンバーではないが、頑固一徹な職人としてのスタイルを貫くオサフネ。
リンゴは知らん。だがこいつも、それなりに目指している明確なイメージが存在する筈だ。
俺は盗賊で、剣士だ。ドラゴンを倒すと決めた剣士なのだ。
だからと言って、それ以外の目標を持ってはいけないなんて誰かが決めた訳でもない。
現時点では他にやりたい事は考え付かないが、まぁ、焦る事はない。暫くは、こいつ等と全力で遊ぶ事だけ考えよう。
マップ片手に先導するアキに付いていくと、剥き出しの山肌に大口を広げる巨大な坑道に辿りついた。。
―――辿りついたのだが、目には言ったソレは果たしてこれは坑道なのだろうか? 錆びてはいるがトロッコのレールが敷かれているし、廃棄された資材も端に積まれている。しかし問題なのは坑道の大きさだ。坑道の高さは6メートル程もある、幅は10メートル近い。
鉱山と聞いて俺がイメージしたのは、剥き出しの山肌の各所に坑道が掘られた複雑な内部構造の迷路のようなものだったのだが。
「配布されたマップによりますと、この大坑道はまだほとんどが未開拓のようですね」
「…なぁリンゴ、坑道ってこんなに大きいものだったか? 土竜の怪獣の巣か何かの間違いじゃないのか?」
『さぁ? でもあながち間違いではないかもねしれないよ、土竜型の大型魔獣の巣を再利用した坑道っていう設定かもしれないし』
「ということは、大型魔獣が生息している可能性も無きに非ずということだな!」
「目的を履き違えないでくださいね。僕達は金属素材を収集しに来たのであって、今回は戦闘が目的ではないんですから」
最優先は金属素材の採掘だ。しかし、向こうから現れた場合は止むを得ないだろう。
「もう少し先にある脇道の先に丁度良い採掘ポイントがあるみたいですね。モンスターも居ないみたいですし、他のプレイヤーが来る前に陣取っちゃいま―――」
「案内はワタシに任せろ、実はココには一度来たことがある。化物共も出現するが、貴様等なら問題ないだろう」
「頼む。んじゃ、行くか」
『モンスターね、気を付けて行こうか』
ゲーム開始初日に坑道に訪れた事のあるオサフネを先頭にして、隊列を整える。
『索敵』スキルを持ったリンゴがオサフネの隣に並び立ち、ならばと俺は女性陣二人の前に出る。坑道とは言うが、RPG世界においてはいわゆる迷宮という物なのだろう。そしてダンジョンには罠が付き物だ。
職業盗賊の専用スキルである『看破』スキルは、アイテムの鑑定力という面では『鑑定』スキルに遠く及ばない。
しかし『看破』スキルは応用の幅が広く、プレイヤーのスキルを判別したり、時にはダンジョンに設置された罠を見抜くことも可能だ。
『団長殿、自分を先頭にして下さい。盾になりますっ!』
俺がリンゴとオサフネの前に出ると、長大な馬上槍と成人男性が丸ごと隠れてしまうような大盾を構えたラインハルトが待ったを掛けた。
彼の持つ長大なランスは、とある槍職人が趣味に走って製造した特大のランスである。耐久力こそ正規品のランスを凌駕するが重量が目に見えて増大してしまい、要求される筋力値が馬鹿みたいに跳ね上がってしまった規格外武器なのだ。
現状では、ラインハルト以外のプレイヤーには装備できない代物だろう。
このランスを購入する際にその槍職人とは顔を合わせたのだが、彼自身も趣味とロマンの赴くままに製造した槍を、まさか装備できるプレイヤーが存在した事に驚いていたのが印象的だった。渾身の槍を装備してもらえる事が余程嬉しかったのか、その槍職人は喜色満面の様子でランスを売ってくれた。
あの槍職人も面白いプレイヤーだったが、彼に白銀牙を用いたランスの製造依頼を出すのも良いかもしれない。
それはともかく、隊列の件だが。
「駄目だ、視界が塞がる。邪魔」
『なんですとっ!?』
「斜め前なら許す。存分に壁になってくれ」
『そういうことならば、任されましたっ!!』
のっしのっしと鈍重に巨躯を動かし、ガッシャガッシャと鎧を鳴らしながら、上機嫌にラインハルトが位置に就く。盾になれることが余程嬉しいらしい。
『怪力』スキルと『強力』スキルを合わせ持つラインハルトだが、その彼を持ってしても超重量の装備は負担となる。
歩くだけでスタミナゲージを消費し、重い装備を纏う為に疲労の蓄積も早く、満腹度の減少が早い獣人の特性も相まって、ステータスの消耗が早いのだ。
一番のペナルティは、走れなくなるということだろう。
俊敏性を捨てた完全な盾となるスタイルは、もはや動く城である。
「いやいや待って待って、待って下さいよっ!? だからココより少し先の脇道に採掘ポイントがっ!!」
「そこの主な採掘素材は?」
「鉄鋼がメインらしいです」
「じゃ駄目だ。ガイを納得させる素材でなければ意味がないし、その程度の素材じゃ高が知れる」
「…そう言えばそうでしたね」
効率と利益を重視するアキらしい意見だが、もう暫くの間だけ俺の我が儘に付き合って欲しい。
なんだかんだと俺達の都合に付き合ってくれる十四歳の腹黒少年には、いつか報いらなければならない。
――――こいつならどんな状況でも自力で利益を見出す気がするのだが。
指針が決まったところで、オサフネが進みだした。その歩みは、大坑道の奥へと向いている。
何時の間にかオサフネの片手には火を灯されたランタンが握られており、反対の手には柄の長い鉄槌を携えていた。
背後ではアキもランタンを取り出していた。
RPGの洞窟では何故か松明が灯っていたり、光源が見当たらないのにキャラクターの周囲だけ見渡せたりするのが、一応ダークファンタジーを謳っている『DARK SIDE ONLINE』では、洞窟の様なエリアを探索する場合明かりを確保するのは必須なのだ。
「十分ほど進んだ先に良質鋼の採掘ポイントがある。その辺りから化物共が出現した筈だ」
「以前ココに来たと言っていたが、その時はどうした?」
「あぁ、鶴嘴で殴り殺した」
何ともないように言ってのけるオサフネだが、生産系の職業に就くプレイヤーはスキルの関係で戦闘用のステータスが伸びにくい。
それどころか本来武器ですらない採掘用アイテムでモンスターを殴り倒すとは、この女鍛冶師もなかなか侮れない。
男前過ぎる。
採掘用アイテムでモンスターを撃破した事もそうだが、つるはしにも攻撃判定があることにも驚かされるものがある。
『具体的にどんなモンスターだったのかな?』
「うむ、 蜥蜴に蚯蚓、あとは蛞蝓というところだったか」
『…じ、自分急用を思い出しましたのでっ! 失敬させて貰います』
リンゴがモンスターの詳細を聞き出し、オサフネが大まかなモンスターの形状を挙げていく。
トカゲ、ミミズ、ナメクジ。おそらくそれらは、ファンタジー特有の生態系を無視して不自然に巨大化したモンスターだろう。
男性でも生理的に受け付けない類の生物だ。きっと張り切った技術力に定評のある開発スタッフが、光沢とか感触を無意味に再現して一層エゲツなくなっているはずだ。
ナメクジという単語を聞いて、兜越しのくぐもった声がバレバレの口実を吐いて脱退の意を示す。
そうか、リンゴもナメクジは苦手なのか。図々しい神経の持ち主とは言え、意外と女らしい感性の持ち主だったのか。
―――だが、今俺の鼓膜を振るわせたのは重低音の渋い声だった。情けなく声を震わせていたが、それは女性の高い声では決してない。
というか、
「三十路じゃねぇかっ!?」
『後生です、団長殿っ! 自分、どうしても蛞蝓が苦手でありましてっ!!』
ガタガタブルブルと二メートル超の巨躯を揺すらせる騎士は、あまりにも情けない。騎士になるんじゃなかったのか、そんな様でどうする。
しかしランスと盾を取り落とさんばかりに震えだす三十代男性の様子は只事ではなく、彼にとって重要な理由があると確信させられた。
壁役がこの様子では戦闘もままならない。一同と顔を見合わせて一端の歩みを止め、ラインハルトに問いただす。
「理由次第だ。で?」
『自分地方の出身でして…』
「"地方"ですか? という事は僕が生まれる以前の話ですね」
『はい、およそ30年程前の話です』
震える彼はやがて語り出す。
凡そ三十年前。現代では珍しい自然に面した地方都市の出身である彼は、六歳を数えたその年に悲劇に見舞われたらしい。
実家の縁側にて昼寝をしていたラインハルト少年(当時六歳)は、仰向けに寝転がった姿勢で寝惚けながら、天上に張り付く"ソレ"を捉えた。
軟体動物門腹足綱――巻貝の内、殻が退化して消失したもの――ナメクジ。
ラインハルト少年はナメクジを寝惚け眼で認識し、だらしない顔でボーっと見ていた。何時までも見ていた。
ナメクジが天上から離れ、自分の顔面に落下してくるのを、何時までも見ていた。
そして、
『じ、自分のくっ 口に…ジャストミートしたでありますぅっ!!』
『うわ…』
『あ、挙句…飲み込ん――っ……そう言う事です』
想像してしまったのか、リンゴが嫌悪感の籠った声を上げた。鳥肌でも経ったのか、全身鎧越しに肌を摩っている。
俺だって気分が悪いし、アキも表情が青褪めている。
小学生の理科の解剖授業で女子生徒が手を付けることもなく、男子も嫌々ながら触っていたあの生物を、ラインハルトは飲み込んでしまったというのか。
なるほど、トラウマものだ。
彼の事情は理解した。そういう訳なので、
「じゃ行くぞ」
『団長殿!? しかし、自分は』
「騎士になりたいんだろう?」
『勿論ですともっ! いや、ですがしかし』
ラインハルトにとって重要な騎士のワードを用いてみたが、反応は思わしくない。三十代のオッサンがみっともない。
ビクビク震える大男の姿がいい加減鬱陶しいので、最終手段に出よう。
巨躯を情けなく縮こまらせる騎士に向かって、一言。
「トラウマの克服を手伝ってやる」
『っ! だ、団長殿ぉおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「うるせぇ、暑苦しい。反響するだろうが」
その一言に感激したのか、ラインハルトが野太い声で雄叫びを上げた。馬鹿野郎、坑道中に響いてるじゃないかっ!
モンスターが出てきたらどうする―――いや、むしろ呼び寄せろっ!!
オイオイと咽び泣き身を震わせるラインハルトだが、離れてそれを眺めていた三人の声が聞こえた。
「ヤスヒロさんのアレ、絶対嘘ですよね」
『だろうね。本音は面倒臭くなっただけだと思うよ』
「…しかし、蛞蝓が何故恐ろしいのだ? エスカルゴと大して変わらんだろうに…」
「え?」
『は?』
「………どうしたのだ?」
『ぬぇぁぁぁぁあああっ!! 必殺のッ『チャーーーーージ』ッ!!』
「叫ぶな、暑苦しい!」
咆哮を上げたラインハルトが前方へのステップを発動し、腰溜めに構えた特大のランスを解き放ちつ。
前方向のステップ後に発動可能となる槍武器のアーツ『チャージ』とは単純に突進攻撃であり、主にステップの移動速度と距離によって威力を変動させる。
だが如何に高速の移動を可能とするステップであろうとも、重量級装備のラインハルトの巨体では僅か数歩分の前身が限界である。これが普通の体躯のプレイヤーならば、この少な過ぎる移動距離の突進攻撃に威力を期待できない。
しかしラインハルトは天を突くような大男だ。その二メートル超の巨躯を裏切らない重量と豪腕から繰り出される一撃は、彼の持つ特大のランスの重量も相まって、僅かな移動距離であろうとも『チャージ』の攻撃力を劇的に増大させる。
結果ラインハルトへと飛び掛かった哀れな岩石質の鱗を持つ蜥蜴――ロックリザードは木っ端のように吹き飛ばされ、絶命した。
全身鎧故に消耗が激しく、アーツ発動後の硬直も相まってラインハルトの動きが止まる。
その決定的な隙をロックリザードの群れは見逃さず、新たに二体のロックリザードがラインハルトへと飛び掛かった。
岩石質の鱗と同じく、岩の特性を備えたロックリザードの爪は鋭くはない。その代わりに、鈍く重い一撃となって敵対者を襲うだろう。
蜥蜴というよりは大型の鰐と表現するのが妥当な二体のロックリザードの爪撃が、ラインハルトの分厚い鎧を叩く。
僅かにラインハルトが呻くが、岩石の爪は全身鎧の装甲を僅かに傷付けるだけに留まり、致命傷には至らない。
ロックリザードの群れの最前線に立つ巨大な騎士の背中は、その程度では微塵も揺るがない。
硬直の解けたラインハルトが勢いよく大盾を投げ捨てる。スキルを用いない盾の投擲はロックリザードの一匹へと吸い込まれ、ラインハルトと比べれば小さくとも成人男性を覆い隠す鋼鉄の重量を持って押し潰した。
続け様に巨大な馬上槍を両手持ちに構え、振り被る。その狙いは、ラインハルトに纏わりつく二体の岩蜥蜴。
『続けて、騎士の『スウィング』でありますッ!!』
振りかぶったランスを、渾身の力で薙ぎ払った。暴力の限りに叩き付ける野蛮な一撃は、ルーツとして獣人の戦士を選択したラインハルトの獅子面に相応しく、豪快にロックリザードを吹き飛ばした。
騎士であると言って憚らないラインハルトであるが、彼の職業は戦士である。
種族獣人の初期職業に騎士の選択項目は存在しない。
彼が何故騎士の職業を選ばなかったのかは不明だが、彼が戦士の職業であるからこそ、この豪快な戦い振りは実現する。
しかし、その代償は存在する。
『ぬうっ!?』
雄々しく槍を振っていたラインハルトが、突然膝を突いた。スタミナゲージは限界まで消耗され、回復までには時間が掛るだろう。
獅子面を覆い隠すグレートヘルムを僅かにずらして、大柄の巨躯にしてみれば可愛らしい大きさの道具鞄の中から携帯食糧をゴツイ指で器用に取り出し、兜から覗いた犬歯の光る口へと捻じ込んだ。
肉体的なステータスに優れる種族獣人だが、その代償として代謝が凄まじく大食らいである。
ゲームシステム的に言えば、満腹度の減少が早いのだ。
重厚な全身鎧故に疲労の蓄積も早く、それはステータスの消耗が激しいことも意味している。
己の身を省みない、徹底した盾の戦闘スタイル。ラインハルトが見出し、極めて行くのはそういうものなのだ。
スタミナが回復したらラインハルトは鈍重に立ち上がり、再びモンスターの群れに突っ込む。特大のランスで薙ぎ、突き、そして叩く。
隙を見計らってタワーシールドを回収。時には盾で殴り、潰し、また投擲。
防御力と耐久力に頼り切ったスタイルだが、負担の大きさは決して感じさせない。
その背中に情けない獅子面の名残は、見当たらなかった。
ただし巨大なナメクジを、あからさまに避けていなければ完璧だった。
「皆さん頑張ってくださいっ! 僕と僕の財布の為にっ!!」
「貴様は闘わんのか? ……フンッ!」
柄の長い鉄槌を振り下ろし、オサフネが地面より顔を覗かせた巨大蚯蚓――ロックワームの頭部を叩き潰す。
オサフネは頭部を潰されて不規則に脈動するロックワームを躊躇いなく引きずり出し、一打、二打と鉄槌を叩き付け、そしてとうとうロックワームは動かなくなった。
彼女は戦士ではなく、職人である。攻撃力は戦闘を専門としたプレイヤーには遠く及ばず、ロックワームの弱点を的確に突こうとも、倒し切るには至らない。
モンスターの群れの襲撃の原因であるアキが、しれっとした顔でオサフネに答えた。
「僕は商人なので戦えません、むしろ戦いません。と言うかオサフネさんこそ、なんでそこまで戦えるんです?」
「『鍛冶』スキルは打つ、叩くといった行動で経験値が入る。そして鎚を振う以上、鈍器の熟練度も僅かながら上昇する」
モンスターを解体するアキを視界に納めたオサフネが説明する。
職人は生産系スキルの特性の関係で、レベルアップ時のステータス上昇値が少ない。しかし、生産を主とするプレイヤーが決して戦えないという訳ではないのだ。
例えば『鍛冶』ならば叩く、打つ。『裁縫』ならば切る、刺すという具合に、生産の作業中でも僅かに武器熟練度に経験値が入る。
戦闘職と異なり習熟可能な武器カテゴリーは一種類のみだが、職人だってレベルを積めば十分に戦闘は可能である。
「アーツは使えんが、なッ!」
振りかぶった鉄槌を、再度振り下ろす。アキの背後より頭部を出したロックワームは、オサフネの一撃によって同胞と同じ末路を迎える。
先程のロックワームは撃破に三度の攻撃を必要としたが、今回は二撃で止めに至った。
オサフネのレベルが上昇したのだろう。鬱陶しそうに虚空に指を這わせ、視界のシステムウィンドウを消していた。
「他愛ないな。で、小僧は何時まで続ける心算だ?」
「勿論、駒が疲れ果てる限界までです。もしくは周囲一帯のモンスターを狩り尽くすまでですねっ!!」
アキががんばってくださーい!と激動するが、必死なラインハルトは聞こえておらず、聞こえている他の面々は応えるつもりすらない。
大坑道を進んだ先、モンスターとの戦闘が始まってから数分程。戦闘スタイル故にラインハルトが危なっかしいものの、一撃必殺は平常運転であった。
モンスターの群れと遭遇し、一度は何なく撃破したものの、モンスターの亡骸を前にしたアキが解体の許可を窺って来た。
このアキという少年は腹黒く口も悪いがなかなか良く働いてくれるので、俺の我が儘に突き合わせてしまっている分、少しだけならと了承したのだ。
巨鎧猪を解体したことで『解体』スキルの高いアキならば、レベルの低いモンスターなら良質の素材を精製可能だ。
アキの利益は即ちギルドの利益に直結し、この場の全員に確認をとって陣形を組み直した。
――だが、それがいけなかった。
調子に乗ったアキが、凄まじい勢いでモンスターの亡骸を解体しだしたのだ。
『解体』スキルの効果により解体作業中は肉食系のモンスターが引き寄せられ、何時の間にかモンスター包囲網が出来あがっていた。
何度かアキには静止の声を掛けたのだが、ニヤニヤとした表情で見返すだけで、その作業の手を緩めることはしない。
表情が語っている。止めれるものなら止めてみろ、と。
大量の素材を確保するには『魔法の道具袋』を所有するアキの存在は必須であり、そしてアキを無理矢理止めようにも、戦線の維持はギリギリである。
レベル的には問題ないのだが、問題なのは数である。
『DARK SIDE ONLINE』はシステムの関係上、圧倒的低レベルのモンスターにも敗北する可能性は十分に有り得る。
例えば急所の概念であり、もう一つは『軽傷』と『重傷』のバッドステータスである。
未だ陥ったことのないバッドステータスだが、一瞬の気の緩みがその原因となる。
ヒットポイントがぶっちぎりで紙のアキに関しては、一撃で死亡を受けるかもしれない。
最前列のラインハルトを抜けて、二体のロックリザードがバスタードソードを構えた俺に向かって飛び掛かってきた。
敏捷に大きく偏ったステータスの俺には、リンゴのように岩石の外殻を叩き斬るだけの膂力はない。
ましてやラインハルトのように超重量で叩き潰すことなどもっての外。
ロックリザードの鱗は岩石の如く強固であり、半端な剣撃ではビクともしないだろう。しかし、それは鱗の話だ。
飛び掛かったために露出したロックリザードの無防備な腹部ならば、バスタードソードの剣撃は通る。
飛び上がった二体のロックリザードの中間に身を乗り出し、両手持ちに振り被ったバスタードソードを、大袈裟に身体を捻りながら一閃。
右足を軸にして一回転ほど剣を振り抜き、特定予備動作で発動した剣のアーツ『サークルカット』によって剣の軌跡を白刃の閃光エフェクトが飾り立て、俺を中心とした小範囲を切り裂く。
バスタードソードの切っ先は二体のロックリザードの剥き出しの腹部を切り裂き、蜥蜴共を硬直させるが、撃破には至らない。
左のロックリザードに向かって剣を振り上げて追撃。追撃専用のアーツ『トライラッシュ』が発動、右から袈裟に斬り裂き、刃を転じさせて胴を斬り払い、止めに大上段から斬り下ろす。フィニッシュに吹き飛ばしのエフェクトが発生し、岩壁に激突したロックリザードは沈黙した。
右のロックリザードは既に硬直を逃れ、怨敵に向かって再度爪を振り翳す。
視界の端にロックリザードの脅威を捉え、いざ迎え討とうとして――――身体の硬直に焦燥する。剣を振り下ろした姿勢から、指一本動かせないっ!
「っクソ!」
飛び上がったロックリザードの岩石の爪が、岩石質の重量を持って顔面に向かって振り下ろされ―――そして捕えることはなかった。
横合いから振り下ろされた長剣の一撃によって、飛び掛かったベクトルを無理矢理地面へと変えられたロックリザードは、長剣と地面を上下から叩きつけられ、その活動を停止した。長剣を引き抜いた鋼色の全身鎧の剣士――リンゴは長剣を肩に担ぎ、周囲を警戒しながら背中越しに静かに叱咤する。
『調子に乗らない』
硬直の解けた身体を起こし、バスタードソードを正眼に構える。その重量は現在のステータスでは持て余してしまう程に、重い。
金属素材を大量に使用して強化したバスタードソードは、その反動として重量を増加させた。
装備に要求されるステータスは満たしているものの、盗賊なのだからと特に考えもせずに敏捷値に偏らせたステータスの為に、完全に扱いこなすには筋力値が絶対的に足りていないのだ。
それでなくても長剣と剣の中間である片手半剣と呼ばれるカテゴリーの武器は、使いこなす為に高いステータスが要求される。
今後ステータスポイントは、慎重に振り分けねばならない。
奮戦するラインハルトの背中を射るように睨みながら、リンゴは口を開いた。
『次は助けてあげないからね。自分でなんとかしなよ?』
「すまん。今のがアーツ後硬直ってヤツだな」
『そう。敏捷寄りのステータスの弊害だね、甘んじて受け入れなよ』
「わかってるっ!」
前触れなく地面から飛び出したロックワームの頭部を両断し、長い胴体が崩れ落ちる前にアキのいる背後方向へと蹴り飛ばす。
『格闘』スキルの恩恵で勢いよく蹴り上げられたロックワームは、上手い具合にアキのもとへと転がり落ちた。
ナイスシュートなどと茶化すアキに腹立たしさを抱くが、結果的にギルド全体のレべリングに役だっているので文句は―――今は言わない。
『ナメクジなど、恐るるに足ら―――や、やっぱり無理でありますぅううっ!?』
くぐもった野太い悲鳴に視線を向ければ、巨躯の騎士の足元に巨大な蛞蝓――ビッグスラッグが擦り寄っていた。
巨躯のラインハルトと比較すれば小動物程度の大きさしかないが、幼少期のトラウマは拭い切れないものらしい。
――仕方ない、支援してやるか。
腰に巻いたベルトの内、五本のナイフが刺し込まれたベルトの方へと右腕を伸ばし、ナイフを引き抜く。
掌に納まるサイズの投擲用のナイフを、ナメクジに向かって勢いよく振り抜いたっ!
指先から離れたナイフは低レベルながらも『投擲』スキルの補整を受け、風切り音を発てて一直線に突き進み―――ラインハルトの兜に命中した。
『あだっ!?』
――――――あれぇ?
投擲を隣で見ていたリンゴから、兜越しに微妙な温度の視線を向けられる。その視線は何してんの?と言わんばかりに突き刺さってくる。
『投擲』スキルがあろうとも、システムアシストの補整を受けない中途半端な投擲では、狙った位置へ投げるのはかなり難しそうだ。
―――要練習、だな。
リンゴと視線があった。
助けてあげなよ。なんで俺が。投擲失敗したくせに。ワザとじゃない。当たり前だよ、早く行きなさい。
仕方がないのでラインハルトの足元――巨大なナメクジに向かって疾走する。
ラインハルトが無茶苦茶にランスを振り回して抵抗しているが、ランスは虚空に振り向かれるだけでビッグスラッグに掠りもしない。
やがて無意味に暴れたせいでラインハルトが膝を突き、それを三体のビッグスラッグが狙っていた。
前方へのステップを発動し、高速移動中に左足を軸足にして身体を捻る。右足を振り上げて、さらに捻りを加えた渾身の力でビッグスラッグに叩き付ける。
スッテプ後に発動可能な格闘アーツ『ロングホーン』の一撃は、つまりは後ろ蹴り。
敏捷値の補整により、巨鎧猪戦よりも加速の乗ったステップから繰り出された『ロングホーン』はビッグスラッグを絶命させずとも吹き飛ばす。
追撃はせずに、最も近い位置のビッグスラッグをバスタードソードで叩き斬る。
……ぐちゃりとした感触が剣を伝って両腕に伝わった。普通に気持ち悪い。
湧き上がる生理的嫌悪感を押し殺し、残りの二体を斬り伏せる。モンスターは掃討できていないが、気色の悪いナメクジは全て狩り尽くした。
落ち着きを取り戻したラインハルトが立ち上がり、ランスを構えて再びモンスターの群れへ向かう。
『かたじけないっ! …ところで、先程何かが頭に』
「どうでもいい。それよりも蹴った感触が最悪だ」
ラインハルトを適当に誤魔化して、硬質な地面にブーツの底を擦り付ける。
あの巨大ナメクジは体表から粘液でも分泌しているのか、というかスタッフはそんな要素まで実装しているのか、歩く度にブーツの底から不快な感触が伝わってくる。
モンスターの群れは、残り少ない。
坑道を進んだ先、オサフネが以前採掘に訪れたその場所は、天然の巨大な大空洞だった。
モンスター掃討後アキを一発ぶん殴り(誰も止めなかった)、一通りモンスターを掃討してしまったのか再度の襲撃もなく、一先ずの目標地点へと辿りついた。
周囲には朽ち果て打ち捨てられたトロッコや錆びた採掘道具が散乱しており、物欲が反応したのかアキが片端から鑑定している。
無駄だと思うが。
どうやら『看破』スキルはアイテムの品質を輝きとして識別するらしい。
それはあれか? 得物を遠目に物色する盗賊だからこその能力でも演出したかったのだろうか?
ともかく俺の『看破』スキルが反応しないので、大したものは転がっていないだろう。
『少々よろしいでしょうか?』
「うん?」
黙々と鶴嘴を振うオサフネを眺めながらそんな事を思っていると、座して休憩していたラインハルトが唐突に切り出した。
座しているとはいえ、その二メートル超の巨躯の迫力は凄まじく、ラインハルトの座高は俺の身長とほぼ変わらない。
自然と目線の位置が重なり、巨躯故に普段は上から轟く重低音がほぼ同じ高さから聞こえてきた。
『突然ですが団長殿、恐れながら疑問が有るのですが』
「言ってみろ」
『団長殿は、いえ剣士殿もそうなのですが、盾は装備されないのですか?』
「あ、それは僕も気になってたんです。ヤスヒロさんは盗賊ですけど、リンゴさんは純粋な剣士ですよね?」
俺とリンゴが盾を装備していない理由をラインハルトが窺えば、アキも疑問に思っていたらしく、物色の手を止めて会話に混ざってきた。
何かと思えば、そんなことを疑問に思っていたのか。
俺とリンゴが盾を持たない理由、それは―――
『ん。あぁ、それはね――』
「剣士は盾を持たない」
リンゴを遮って俺が答えた。
俺の中の剣士像は盾を持っていないのだ。戦士や勇者が盾を持つのは構わない。しかし剣士を名乗る存在が盾を装備する事を、俺は我慢ならない。
日本人が連想する剣士と言えば、それは侍だろう。俺は侍を目指している訳じゃないが、しかし侍が盾を持っているのを想像できるだろうか?
知識不足故、もしかしたら盾を持った侍がいたのかもしれない。
しかし俺の目指す剣士には、俺の戦闘スタイルには盾は不要なのだ。
故に、
「剣士が盾を持っている筈がない。邪魔だ」
「……リンゴさん?」
『…つまり、そう言う事だよ』
リンゴも大剣士セットの初期装備として小盾を装備していた。手首に固定するタイプの円形の小盾は、たしかバックラーと言っただろうか?
装着するタイプの盾ではあったが、しかし細かい剣の動きには邪魔になっただろう。
それに十年間剣道を修めているリンゴには、手首の動きを阻害しかねない盾の要素は不要だと思っての判断だった。
この言葉にはリンゴも納得し、俺に言われずとももとより外すつもりだったらしく、NPC商店であっさりと売却していた。
さて、一応理由については語ったが、反応はどうだろうか?
『な、なるほどっ! 確かに剣を用いる者が盾を持っていては邪魔になりますっ!!』
「これは結果論だが、仮に盾を装備していたら巨鎧猪には勝てなかっただろう」
『なんとっ!?』
大袈裟にラインハルトが驚くが、よくよく考えればそれは事実なのだ。
俺が職業剣士だったら、そして盾を装備していたら巨鎧猪戦はどうなっていただろうか?
まず突進をステップで避け切れずに、死亡する。
奇跡的に突進を避けられても、『軽業師』スキルを持たない剣士では急所に届かない。
「片手が盾で塞がれば単純に手の内も限られる。なら盾なんていらない。そもそも剣士は盾を持たない」
『だからそれは偏見だよ。数多くのRPG勇者を否定した発言だよ、ソレ』
「…もはや馬鹿なんだか、合理的なんだか判断できませんね」
呆れるリンゴとアキだが、対象にラインハルトは全面的に俺に同意見らしい。
今まで俺と同意見の存在がいなかったので、正直言って新鮮な気分だ。
気分が乗ってきたので、身振り手振りに演説してやろうではないかっ!
「魔法使いは杖とトンガリ帽子を、騎士が鎧を纏いランスと大盾を構えることが当然であるように、剣士が盾を持たないこともまた当然だっ!」
『感動したでありますっ! まったくもって団長殿の仰る通りでありますっ!!』
「よせ、照れるだろうが」
ラインハルトは休憩中のため立ち上がりこそはしなかったが、鋼鉄のガントレットを嵌めた両掌をこれでもかと叩きつけて拍手喝采。
一人しか拍手をする人間――獣人がいないので、ガシャガシャガンガンと金属の叩きつけられる喧しい音だけが広大な空間内に虚しく響いた。
喧しいっ!とオサフネの鋭い声が飛んでくるまで、ラインハルトは拍手を止めなかった。
やがて鶴嘴を振うオサフネの作業が止まり、リンゴが結果を尋ねる。
『それで、具合はどうかな?』
「うむ、予想通りだな」
『というと?』
「鉄鋼が過半、良質鋼が僅か。稀に水晶も採れるが、これは要らんな」
オサフネの足元には採掘した金属素材が山となって積まれているが、しかし品質はそこまで良くはなさそうだ。『看破』スキルが反応しない。
「それなら僕に下さいっ! 商人のスキルで法外にぼったくってくるのでっ!!」
「ここで採掘できる金属では無理がある。騎士の甲冑に鉄屑を用いる訳にもいくまい」
「ならば、どうする?」
『魔法の道具鞄』に採掘した鉱石を詰め込みながら、水晶云々の下りでアキが反応した。あっさり無視されたが。
オサフネの言うう通り、この程度の粗末な素材で騎士の鎧を打つ訳にはいかない。何より、それでは無理をさせてしまったガイに申し訳が立たない。
さてどうするとオサフネに視線を向ければ、深紅の長髪を纏める手拭を巻き直し、男前にニヤリと口角を釣り上げたオサフネが目に映る。
「先に進むべきだ」
短い言葉でオサフネが告げる。彼女の視線は大空洞の先、坑道の更なる奥へと向かっていた。
『索敵』スキルを所有するリンゴに向き直れば、暫く考え込んでから控え目な声量を兜越しにくぐもらせて、淡々と答えた。
『確実に強敵がいるね。多分、レベル的にも苦戦すると思う』
「…リスクが高いと思われます。ここから先は配布されたマップにも記載されていませんし、リンゴさんの言うとおり、すぐ先に高レベルモンスターが配置されているそうです」
リンゴの話をアキが引き継ぎ、配布されたマップと珍しく真剣な表情で語る。
それだけ言って口を閉ざしたアキだったが、品の良い顔立ちの眉間に皺を寄せて暫く考え込み、一息ついてから顔を上げた。
呆れたような、諦めたような。それでいて楽しそうな表情でアキは口を開いた。
「行きましょう。商人は利益の為なら命を惜しみませんっ!」
「お前は戦わないだろ」
「僕だって一撃必殺の一員です。このギルドマスターが金遣いが荒い人ならば、僕がしっかりと資金を確保しなければなりません」
金遣いが荒いって――――身に覚えがあり過ぎる。リンゴの全身鎧にバスタードソード、ラインハルトのランスと重鎧。
確かにゲーム開始二日目とは思えないような大出費だ。一撃必殺の資金を管理する身としては、不安で仕方がなかったのだろう。
アキはアキで、このギルドのことを考えて行動していてくれたのだ。
この少年は先程の戦闘だって、不必要に解体を繰り返していた。巨鎧猪の素材はまだまだ残っているが、それだっていつかは尽きる。
商人は商人の戦場で戦う。その言葉を違えず、この少年は俺達の為に戦ってくれていたのだ。
馬鹿か俺は、この少年は十分に戦ってくれているではないか。
「死ぬ気で戦ってください、でも死なないでください。貴方達が戦闘で頑張る代わりに、僕は全力でお金を稼ぎますっ!」
この面々の中で最年少。そして最も身長の低いアキだが、俺にはこの背の低い友人が、一撃必殺の仲間が、最高に頼もしく思えた。
隣に座り込むラインハルトが、アキに聞こえない程度の小声で囁いてきた。
『…団長殿は良いメンバーに恵まれましたな』
「アキの表情を良く見ろ。俺達を使えないと判断したら確実に切り捨てる腐った目をしてやがる。……なら、精々見限られないように努力するか」
『自分も誠心誠意励むとしましょう、存分に使ってくださいっ!』
「当たり前だ、ブラック企業も真っ青になるくらい使い潰してやるから覚悟しておけ」
大き過ぎる『魔法の道具鞄』を背負い直し、ランタン片手に坑道の奥を向くアキの頼もしい小さな背中を見ていれば、背後でリンゴとオサフネ女性陣の話し声が聞こえた。
『やれやれ、アキくんが最後の砦だったんだけどね』
「口調の割には、貴様も随分楽しそうな風に聞こえるが? いやしかし、ゲームとはこれ位の方が面白いのかも知れんがな」
リンゴの口調は何時も通りの控え目で大人しいものだ。しかし兜越しのくぐもった声は、どことなく楽しそうである。
オサフネも同様。男前で強気な口調ながらも、その雰囲気は柔らかく、どこか優しげだった。
僕は台詞から書き上げて、後から文章を足していくスタイルなのでどうしても会話がメインになってしまいます。
力不足ですね、もっと頑張ります。
装備の強化が進んでますが、所詮は序盤で手に入るちょっと強めな装備てしかありません。
その内痛い目にあいます。