盗賊と剣士と商人と戦士と鍛冶師 2
取り敢えず書き上がりましたが、その内修正します。単調な文章力に力不足を痛感しますが、何事も経験なのでめげずに頑張ろうと思います。
※事情により更新頻度を落とします。
坑道の大空洞から更に進んだ先は、怪し過ぎる一本道の通路だった。鉱山の入り口は高さは6メートル、幅は10メートル程の巨大なものだったが、この通路は高さ3m
メートル程もなく、時たまにラインハルトの持ったランスの先端がカリカリと天井部を削る音が聞こえ、削り落とされた土屑を頭に被ったアキが鬱陶しそうに払いのけていた。
通路を進みながら、時折オサフネが睨むように通路の片隅に目を向けている。『採掘』スキルを保有する彼女には、採掘可能ポイントを視覚で判別することが可能である。幾度も視線を正面から外して『採掘』ポイントを見やる彼女だが、大空洞からここまで歩いてくるなか、その手に携えた鶴嘴を振う事は一度としてなかった。盗賊の専用スキルである『看破』スキルが漠然とした輝きでアイテムの品質を見破るのと同じく、オサフネは『採掘』スキルを用いて何かしらの感覚で採掘可能な素材の
品質や種類を見分けているのだろう。
一撃必殺の面々とオサフネの計五名が並んで通るにはこの通路は狭苦しく、オサフネやアキが手に持つランタンに照らされた一同の表情は疲労も合わさって若干沈み気味
だ。といっても五人の内二人は鋼色の兜を被っており表情は窺えず、残りの三人は決して口にはしないが、ランタンの明かりが二人の全身鎧に反射して少し所じゃなく眩し
かった。
けれども苦言を吐く者は誰一人として存在せず、狭い坑道内には靴音と全身鎧の鳴らす金属音のみが反響して響いていた。
坑道内は息の詰まるような蒸し返った空気に溢れていたが、この通路の向かう先からは僅かに風が流れ込んでおり、時折新鮮な空気を運び込む。
それは一先ずの坑道の終わりを示しており、その事実が延々と暗闇続きで暗雲を纏う五人の気分を少しづつだが晴らしていく。
だが流れ込む風は新鮮な空気と一緒に、余計なものまで運んで来たらしい。
流れ込む空気の中に僅かに鼻に突く異臭を感じ、一瞬だけ気のせいかと眉を顰めたが、異臭は狭い通路を進む内に強く濃くなっていく。
その匂いが無視できない程に濃くなった頃、これは何かあると全員の歩みを止めて、狭い通路に五人で顔を突き合わせた。
「……それで何なんだ、この匂いは?」
『何かしらの生物の匂い――じゃないかな。悪臭という程ではないけど、異臭には間違いないね』
「オジサン、アナタのせいですか? いい加減にして下さい」
『じ、自分は、違うでありますっ!! し、しかし最近娘にも――』
お馴染みのアキの毒舌は、三十代男性にクリーンヒットしたようだ。膝から崩れ落ちた巨躯の騎士は、ブツブツとうわ言の様に娘が下着を分けて…とか妻にも加齢…等と
意味の分からない呟きを繰り返している。
…いや、意味は分かった。
娘を持つ男親が、やがて必ず通るであろう試練の日。それは可愛かった娘との決別の時であり、そして美しくなっていく娘を何時の日か何処のとも知れぬ馬の骨に奪われ
ることを覚悟し、それえを受け入れ始めるきっかけとなる言葉。
というか妻子持ちだったのか、ラインハルト。三十代半ばだしあり得ない事でもないのか。
ガクリと膝をついたラインハルトが面白かったのか、あるいは二十以上も年上の大人を精神的に痛めつけることに味を占めたのか、無慈悲な少年は更なる追撃をしようと
口を開き―――深紅の長髪を靡かせた長身の女性の拳骨に沈黙させられた。
無言で抗議の視線を向けるアキを握りしめた拳を振り翳すことで黙殺したオサフネは、しみじみと語る。
「よさんか腹黒小僧。三十代を過ぎた男性に体臭の話はタブーだ」
「まさか、それは経験談か?」
「父に、な。あの頃のワタシは無邪気だった。無垢故の残酷な言葉に崩れ落ちた父の姿は、今でも鮮明に覚えている」
オサフネはフッと寂しげに笑った。彼女の父親も、試練の日を迎えたらしい。
そうやって少女は大人となり、父は娘の成長を受け入れて行くのだ。
人の親ではない俺には分からんが、復活したラインハルトはオサフネの父親に共感するものがあるらしい。
『鍛冶師殿、男親には越えねばならぬ試練の時があるのです。貴女は何も悪くない、悪く…ないのです。娘の成長は父親にとって何物にも変え難い喜び。父親は黙って受け
入れねばなりませんッ!』
「そうか、貴様は良い父親だな。そういうことなら今度父に風呂は別々のものを使うと宣言するとしよう」
『いえ、そう言う意味では。いえ、それよりも別々の?』
「そうだが?」
何かおかしなこと言ったかという表情のオサフネに、この女実は天然なんじゃないかと思ってしまった。
職人気質で言動も男っぽく、口調も固い。しかしよく観察してみれば佇まいには洗練されたものがあり、姿勢も伸びて美しい。
……上流階級の出身だったりするのだろうか。
先程の別々の風呂と言う表現も、彼女の実家には複数のバスルームが存在していることに他ならないのではないだろうか?
『ねぇ、オサフネって』
「詮索は止せ。興味深くはあるが、これ以上話が逸れるのは時間の無駄遣いだ」
「全くですよ、余計な話はここまでにしましょう」
俺とリンゴがお前が言うなと視線で訴えたが、話が脱線した元凶の腹黒少年はどこ吹く風と知らん振り。
四人の視線が向けられたのを確認したアキは、右手の人差し指を立てて口を開く。
「この異臭ですが、恐らく亜人系モンスターが原因かと思われます。皆さん、亜人種は御存知ですよね?」
『ゴブリンとかオークみたいな人型で二足歩行のモンスター、だよね』
「その認識で問題ないでしょう。レベル的にはゴブリン種の可能性が高いですが油断はできませんよ、基本的に亜人種は厄介なんです。陣形を組んでの集団戦に、場合によ
っては罠を仕掛けてきます。皆さんも十分気を付けて下さい」
得意顔で説明するアキの推測だが、これは面倒な事になった。つまりこの先では集団戦が予想されるということだ。
ゴブリンやオーク等、ファンタジーではお馴染みの人型の怪物だが、それらは基本的に群れで行動しているイメージがある。
しかし、それが異臭の話とどう繋がるのだろうか?
「設定上の話ですが亜人種は体臭が濃く、出現するポイントは匂いで判別可能なのだそうです。可能性の話でしかありませんが、もしかしたら坑道の先に集落があるのかも
しれませんね」
「ということは、本格的な集団戦を警戒した方が良いのか?」
「その必要はないかと。坑道に入る前の廃墟からココまでの距離が1km前後です。ゲーム世界とはいえ、かつての人間の居住区からそれほど離れていない位置に集落があ
るとは思えません。おそらくこの先に居るであろう亜人はゲーム的に数体配置されているだけで、そこまで警戒する必要はない筈です」
瀑布の都市アラ・ラカンから『静寂の廃棄鉱山』まで馬車で片道一時間も掛ったこと事から分かるように、名前の無い異世界『Another World』はとにかく広大だ。エリア
とエリアとの距離が馬車で一時間――およそ20km前後も離れているのは過去のVRゲームと比肩しても異様な広さである。
この距離間をプレイヤーがどう捉えるかは自由だが、移動に少なくない時間を掛けるのも、自分が本当にこの世界の住人になった様で個人的には面白くはある。
異世界、Another World。開発スタッフは本当に別世界でも造るつもりだったのだろうか?
『DARK SIDE ONLINE』の設定上の亜人種の生態系は、衛生面に頓着しない野蛮で凶暴で醜悪なものだ。
身体を洗わずに、垢を残すことこそが亜人の文化であり、捕まえた異種族を生きたまま喰らう。好戦的で短絡的。生まれ持った力こそが全てであり、狩として罠や戦術を
用いる術こそ備えているが、発達の遅れた脳細胞は言葉を紡げない。
獲物の骨や皮で身を包む低俗な文明しか持たない亜人種だが、ダークファンタジーにありがちな雄のみの種族という訳ではなく、幸いな事に雌雄の揃った種族であるらし
い。連中の美的感覚で言えば、人間や獣人、エルフといった種族の容姿こそ醜いものなのだとか。
設定上の話と言えども、対象年齢十歳を謳う『DARK SIDE ONLINE』にそこまで過激な設定描写はNGということだ。
思考が逸れたが、異なる文明を持つ種族が近い生活圏に居るのは考え辛く、その点に関してはアキに同意見だ。
ランタンに照らされた坑道は未だに先が見えないが、確実に出口は近づいていた。
その後数分歩いて漸く辿り着いた通路の出口だがその先は日光が漏れてり、坑道の暗闇に慣れた目には眩しくて厳しい。
風に乗る異臭はいよいよをもって本格的に色濃くなり、五感を正確に再現したアバターの嗅覚を攻め立てる。つまり臭いのだ。
「これは、あからさまだな」
『あからさまだね。……確認した。間違いなくこの先に何か居る』
「レベルは?」
『索敵はそこまで便利じゃないんだ、漠然と強いって感じるだけ。でも数は分かったよ。大きいのが二体―――行く?』
「俺は構わんが、お前等の準備はどうだ」
『索敵』スキルを用いて外の様子を探るリンゴの報告を聞き、一同に視線を配る。
先ずはラインハルト。巨躯の騎士は狭い通路内で僅かに窮屈そうながらも両の手には既に特大の馬上槍と大盾が携えられており、聞くまでもなく準備は万端だろう。
『自分は問題ありませぬっ!』
くぐもった重低音の声は肯定を示し、ラインハルトは力強くランスを大盾を打ち付けた。
次にアキを見れば、腹黒い少年はゴソゴソと大きすぎるカバンに手を突っ込み、視線を向ける俺に気づいて鞄を軽く叩く。
「ボクも何時でもいけますっ!」
「いや、お前は下がってても構わんぞ」
「いいえ、僕も行きます。戦えませんが、それでも支援は可能です。実は敏捷値極振りなので逃げ足には自信がありますっ! 例え法の手が迫っても逃げ切る僕一人だけなら自信があります!!」
支援か。まぁ、構わないだろう。現在の『一撃必殺』のメンバーには回復を担う存在が居ない。
各自が持参のアイテムを使用する以外に回復の手段がない為、どの程度の支援が実現するのかはわからないが、今回に限ってはアキに支援を任せるのも良いだろう。
それよりも法の手ってお前、この品の良い顔立ちの少年は何か悪どい商売にでも手を染めたのだろうか?
『悪行値』が溜まり過ぎればゲーム内の法の番人である騎士に御用になってしまうというのに、いやアキがそんな失敗をするとは思えないが。
さて、無言で柄の長い鉄槌を取り出した女剣職人は、一体どういうつもりなのだろうか?
気合を込めるように深紅の長髪を纏める手拭を締め直す様は、自分も戦闘に参加すると言外に主張しているようにみえるのだが。
オサフネは一撃必殺のメンバーでない上に、お互いの目的があってのことだが、この度の彼女は俺たちに巻き込まれたようなものだ。
戦う必要はないし、彼女が倒れてしまえば『採掘』も儘ならないのだが。
視線に気づいたオサフネが、俺の出来れば下がっててくれないかなという心情を察してか、凶悪な笑顔で口を開く。
「まさか置いていく、等とは言うまいな。ワタシも行くぞ」
「……仮に俺がそう言ったら、どうしていた?」
「さぁ、どうなっていたのだろうな。………小僧の護衛は任せろ」
そう言って鉄槌を肩に担ぐオサフネは、ステータス的には劣っているというのに、非常に頼りになる。
最後の一人、十年来の友人に関しては聞く必要もないだろう。
巨鎧猪の鎧に身を包むリンゴは背中の長剣を抜き放ち、この場の誰よりも臨戦態勢が整っている。
『陣形は?』
「どんな敵かは分からんが、取り敢えずラインハルトが一体を抑える。今回は雑魚共とは違う本格的な戦闘だ、ラインハルトは基本的に盾に徹しろ」
『お任せあれっ! ――ですが団長殿、可能ならば撃破しても?』
「騎士殿の判断に任せる」
『了解でありますッ!』
「もう一体は俺とリンゴが相手する。確実に撃破しなければならんのだが……まぁ、臨機応変で良いか」
『敵の情報も未知数だしね、そこは仕方ないかな』
「やれるか?」
『十年来の友人を信用しなよ、私も十年来の友人を信じてるからね』
相も変わらず知った風な口を。だが、今の俺達は同じギルドのメンバーで、気恥ずかしさを憶える言い方だが仲間でもある。
俺も信頼してやるとしよう、リンゴだけじゃなくて、アキも、ラインハルトも。メンバーではないがオサフネも。
全員が表情を引き締め、坑道の出口を向いた。
あとは号令一つで作戦開始なのだが、この号令は俺がやらねばならないのだろうか?
――ここは空気を読んで、それっぽいことでも言っておこうか。
「最後にこれだけ言っておこう。俺はこのゲームを全力で楽しみたい」
四対八つの視線が収束する。ギルドマスター歴一日も経っていない俺が、こんな偉そうなことを言って良いのだろうか?
……こういうのは格好付けた者勝ちだ、とことん格好付けてやろう。
地味な配色のフードを深く被り直し、焦げ茶色のマフラーを軽く締めて、後腰のバスタードソードを抜刀する。坑道出口から入り込む日光に照らされて、鋼色の刀身が薄く輝いた。
バスタードソードを掲げ、一言一句、噛み締め、自分自身に刻むように言葉を紡いでいく。
「敗北も全滅もデスペナルティも、それらネガティブ要素も全てを含めて『DARK SIDE ONLINE』を遊び尽くしたい。だが、どうせなら勝利を分かち合いたい」
リンゴが兜の下でクスクスと笑った。アキはニヤニヤと口を歪ませ、ラインハルトは全身鎧を軋ませて震える。オサフネは、必死に零れそうな笑い声を噛み殺していた。
似合わない事は分かってる。いいじゃないか、こういうのは雰囲気なんだ。
照れと若干の周知を吹き飛ばすように、高らかと宣言するっ!
「今後のギルド『一撃必殺』の基本方針の第一として、逃げることを禁じる。敗走は考えるな、必ず勝てッ!」
剣を振り上げて、坑道の出口に向かって振り下ろす。バスタードソードの白刃が閃き、流れ込む風と空気を切り裂いた。
さぁ、戦闘開始だ。
「『一撃必殺』、行くぞッ!!」
天然自然のコロッセオ。通路の先は岩盤を刳り貫くかれて形作られた天然の円形闘技場だった。
数十メートルの高い岩壁に囲まれ、見上げれば丸く切り抜かれた空が覗き見える。
さながら俺達は剣闘士といったところか?
周囲を警戒してみるが、しかし直径にしておよそ五十メートルの闘技場にはモンスターの姿は見当たらない。
『趣味の悪い闘技場だね』
「ギャラリーは居ないがな。というか勇んで突入してみたものの、敵の姿が見当たらなくて拍子抜けなんだが?」
『気を抜かない。必ず何処かに居るよ』
長剣を構えたリンゴが油断なく周囲に気を配っているが、『索敵』スキルを持たない俺には本当に敵が居るのかどうか判断に困る。
リンゴが嘘を吐くとは考え難く、だからと言って俺には抜き放ったバスタードソードを構える事しか出来ないが、闘技場らしき空間は異臭が漂うだけで変化は訪れない。
―――いや、変化はあった。
「……罠だ」
『え?』
コロッセオの入り口と、反対側の出口に『看破』スキル越しに違和感を感じた時には時既に遅かった。
轟音を立てて背後の入り口が土砂で塞がれた。対面の出口も同様に塞がれてしまっている。
亜人種族は時として罠を用いる。有り来たり過ぎる展開だが、つまり俺達は袋の鼠だという事か。
「閉じ込められましたっ!!」
「逃げる気なんてなかったんだがなっ!」
『っ! 上から来るよッ!!』
切羽詰まったリンゴの声に上方を振り仰ぐ。岩壁に切り抜かれた青い空に二つの影が現れ、それらは数十メートルはある急斜面の岩壁を滑り降りて来た。
ずんぐりむっくりとした体形。二足歩行のシルエットは辛うじて人の形であるが胴体の大きさに対して足が異様に短く、その代わりに腕が長く発達している。
肌色は灰褐色、四肢や胴体は脂肪に覆われて醜く肥え太り、その身体をロックリザードの鱗を繋ぎ合わせた皮鎧で覆っていた。
品性の見当たらない顔面の大きな口からは絶えず涎が溢れだしており、俺達を見る黄色の瞳からは知性を感じられない。
岩の闘技場に降り立った怪物は、一言で表現すれば二足歩行の体毛の無いゴリラだ。
アキが予想した通り、この異臭を放つ怪物は亜人種族のモンスターだった。
しかし、
「―――アキ、あれはゴブリンか?」
「…いいえ、絶対に違います」
「ならオークか? その割には豚顔に見えないが」
「それは偏見です。ですが、あれはオークでもありません」
降り立った二体の人型二足歩行の怪物のその身長はかつて相対した巨鎧猪の体長と同等かそれ以上。目算でおよそ6メートルはある。
二体の怪物はそれぞれ片手に、岩石を削り出した太く長く大きいの三拍子が揃った棍棒を握っており、怪物が剥き出しの岩盤に棍棒を叩きつければ轟音を立てて粉塵が舞い上がる。
あれはゴブリンではない、ゴブリンはイメージ的に人間よりも小柄だ。
そしてあれはオークでもない。オークは時に巨躯の怪物であり、時には二足歩行の豚の様な怪物として描かれているファンタジー作品が多い。間違っても、巨人の様な体躯の化物では無い筈だ。そして浅いファンタジーの知識から、眼前の短足の巨人にもっともイメージが近いであろう名称を引っぱりだした。
頬が引きつるのを自覚し、隣からアキの力のない乾いた笑い声が聞こえてきた。
「あれは武装した『トロール』みたいですねぇ、なんでこんな所に居るんでしょうかねぇ、は、はは」
「ほう、あれがトロールという奴か。確か北欧伝承の妖精の一種だと記憶しているが?」
「んなことはどうでも良い、下がってろッ!」
『商人殿ッ! 鍛冶師殿ッ! 自分の後ろへ、お早くッ!!』
現実から逃避するように半笑いを浮かべるアキを叱咤し、バスタードソードを正眼に構える。ラインハルトが大盾を構えてアキとオサフネを庇うようにトロールと相対するが、果たしてどれ程の効果があるだろうか。トロールは二メートル超のラインハルトの巨躯の、実に倍以上の身長を誇っている。
加えてあの岩石の棍棒だ。肥え太った肉体を持つトロールだが、その分厚い脂肪の下には強靭な筋繊維が納まっていることだろう。
いかにラインハルトが強靭な獣人であり、重厚な全身鎧に身を固めていようとも、彼以上の大質量の攻撃を受ければ無事で居られる筈がない。
「すまん、耐えられそうか?」
『この身は騎士です、耐えてみせますッ!』
ラインハルト一人に強敵を押し付けるのは忍びないが、今の俺達は非戦闘員を二人抱えている。
確固撃破では、アキとオサフネの二人がもう片方のトロールに狙われかねない。
位置取りも最悪で、闘技場の中央に俺達が居て、俺達を挟み込むように前後にトロールが佇んでいる。
「ヤスヒロさん、トロールのレベルは?」
「どちらも11」
「……そこまで絶望的ではありませんね。いえ、それならば皆さんでも勝てるかもしれませんッ!」
トロールのレベルは11。俺は16で、リンゴが8。ラインハルトは7だ。アキは勝てると言ったが、しかし巨鎧猪と戦った時程の絶望的なレベル差はないとはいえ、だからと言って容易に勝てる筈がない。『DARK SIDE ONLINE』に登場するモンスターの肉体的なステータスを決定づけるのは、恐らく単純な身体の大きさだろう。
トロールはレベルこそ巨鎧猪の三分の一程度しかないが、六メートル近い身長には膨大な生命力を備えていることだろう。
ヒットポイントも膨大な筈だ。
「不安は残るが、当初の予定通り俺とリンゴでトロールの一体を相手にし、最速で撃破する。そしてラインハルトに加勢し、残るトロールも撃破。他に案はあるか?」
背中越しの問いには反応はない。了承と受け取って、トロールに視線を向ける。
灰褐色の巨人は単純に大きく、重く、脅威である。下品な顔立ちからは知性を感じられないが、岩石の棍棒一つ振るえばプレイヤーなど簡単に吹き飛んでしまう。
「あの棍棒、直撃したらヤバいよな」
『まともに命中すれば一撃死判定は確実、掠っても重傷ってところじゃない?』
「だろうな。……随分でかいが、人型だから急所は胸部と首と、あとは頭か」
『…届きそう?』
並び立つリンゴから、兜越しの視線を向けられる。本当なら二つ返事に可能だと言ってやりたいところだが、意地でギルド全体を巻き込む訳にはいかない。
『軽業師』スキルの効果を用いても、届くのは精々が4メートルくらいだろう。ロングソードを装備しているのならともかく、重量の増加したバスタードソードではさらに若干だけ跳躍距離が減少しそうだ。
トロールの皮鎧に張り付くか? トロールの身体をよじ登って攻撃することは―――不可能だろう。登っている最中にトロールに捕まってしまう。
その後は叩き潰されるか、握り潰されるか。どの道、死ぬだろう。
「難しいな。なんとか怯ませられないか?」
『――そうだね。狙うなら膝裏かな――――えっ!?』
リンゴがトロールを細部まで観察し、やがて視線がトロールの短過ぎる足で止まり、その瞬間にはトロールは巨大な岩石の棍棒を振り上げて走り迫っていた。
足は短いうえに鈍重そうな外見に反して、トロールの動きはなかなか素早い。
棍棒は大振り故に俺もリンゴもステップを発動するまでもなく回避できたが、トロールの一撃は硬い岩盤を叩き割った。
……直撃していたら、確実に死ねる。
『ゴメン無理、こいつ思った以上に速いよ!』
再度振り下ろされた棍棒の一撃を交わしつつ、控え目な声量を限界まで張り上げたリンゴが叫んだ。
リンゴの巨鎧猪の鎧(軽)は、リンゴ自身の希望もあってフルプレートメイルとしては比較的軽めに造られている。
しかし金属製の鎧を纏っていては俊敏な動きが難しいのは当然の事であり、攻撃を避けるだけならばともかく、振り回される巨大な棍棒を掻い潜りながら足元へと辿りつくのは至難である。
「なら交代だ、俺が膝をやるッ!」
『了解、しくじらないでね』
灰褐色の巨人が再度棍棒を振り被ったタイミングを見計らい、疾駆する。敏捷値の高い盗賊ならば攻撃を掻い潜り、足もとまで達するのも容易である―――と思ったのだが、力任せに棍棒を振り下ろすだけのトロールが突如として足元を薙ぎ払うように棍棒を振り回した。
予想外の攻撃に反応が遅れ、攻撃パターンが変化したことを認識した時には、圧倒的重量の一撃が目の前に迫っていた。
石柱の様な棍棒の一撃が大質量の轟音を放ちながら迫り、危険信号を掻き鳴らす生存反応に従って咄嗟に跳んだ。
足元を石柱が唸りを上げて通過し、着地の勢いを前転で殺す。
危なかった。ほんの少しだけブーツの先を掠った。
トロールの短過ぎる足は膝と脛を巨大な骨のプロテクターで覆って居ながらも、その裏側は無防備だ。
衝撃音が響く。トロールはリンゴに標的を変えたらしく、暴力のままに振り被っては叩きつけるを繰り返している。
全身鎧を装備したリンゴは敏捷にペナルティを受けている。しかし、アイツはVRゲームにはそれなりに嗜みがあり、それでいて長らく剣道を修めていたのだ。
振り被った角度で棍棒の軌道を見極め、最低限の回避行動で攻撃を避けている。
業を煮やしたトロールが足りない頭で何を考えたのか巨大な棍棒を両手で握り、上段に振り上げた。
――そんなに大振りでは、リンゴには決して当たらないという事が分からないのだろうか。
そして、それほどまでに大振りでは、致命的な隙になることを貧弱なAIでは理解できないのだろうか。
決定的な隙を見逃す訳もなく、トロールの膝裏を斬り付けようとバスタードソードを振り上げ―――視界に映ったトロールの影に違和感を感じた。
トロールが棍棒を振り上げた。それだけの事実の筈なのに、何かが引っ掛かる。
バスタードソードを上段に構える。柄を握り締め、振り下ろそうとするその瞬間でさえも、違和感は消えることなく燻っている。
トロールが両手持ちに棍棒を振り上げた。ただそれだけの事なのに、一体何に違和感を感じているというのか?
トロールが棍棒を振り下ろす。
一瞬遅れて俺も剣を振り下ろ――――――――――ッ!?
「リンゴ、飛べぇッ!!」
『え?』
バスタードソードを振り切るよりも早くステップを発動して後方へと跳ぶ。咄嗟の事だっためリンゴに向かって叫んだが、しかしリンゴは巨大な棍棒の一撃を普通に避けていた。普通に、最小限の動きで避けただけだった。
棍棒を振り上げたトロールの構えには見覚えがあった。巨鎧猪討伐の際に剣の習熟度が上昇し、習得可能なアーツの一覧を流し見た際に、どうせ自分は使わないだろうと思っていながらも、アーツの詳細欄だけは消去する前にしっかりと読み通した。
あのアーツの発動条件は、両手で武器を持ち、地面に叩き付けるというものだった。
巨大な岩石の棍棒が地面に叩きつけられ、棍棒を中心にして衝撃波のエフェクトが発生する!
トロールの行った攻撃、それは小範囲に衝撃波を発生させるアーツ『インパクト』だった。
棍棒の攻撃だけを回避したリンゴは、間近で発生した『インパクト』の衝撃波に叩きつけられて吹き飛び、全身鎧を纏った身体を二転三転と地面に叩きつけられた。
だがリンゴは死亡判定には至っていない。
彼女が纏っているのは30レベルの大型魔獣であった巨鎧猪の素材を用いられた全身鎧であり、『インパクト』によって少なくないダメージを受けながらも、ステータスを『軽傷』の状態に留めていた。
しかし、無慈悲なトロールの攻撃は終わらない。
『っ………まさか『インパクト』を使うなんて――っ!?』
衝撃と『軽傷』のバッドステータスにより硬直した身体を無理矢理起こしたリンゴの目に映ったのは、止めとばかりに棍棒を振り被るトロールの姿だった。
俺は『インパクト』はステップで回避したが咄嗟のステップによってトロールと距離が開いてしまい、今からトロールに向かってもリンゴへと振り下ろされつつある棍棒の一撃を止めることは敵わない。
ステップを用いればリンゴの元へ駆けつけることは可能だろう。しかし、筋力値に頼りないステータスでは全身鎧を纏ったリンゴを抱え上げることは不可能だ。
硬直した友人を助け起こしても、その次の瞬間には二人纏めて叩き潰されてしまう。
どうする? リンゴを見捨ててトロールに斬りかかれば、一人の犠牲こそ免れないが一体のトロールを撃破することが出来るかもしれない。
…………見捨てる訳がないだろう、俺はギルドマスターなのだッ!
地面を叩き付けるように踏み込み、敏捷値の限界まで加速させたステップを発動する。
一瞬でリンゴの間近に迫り、そして格闘アーツである『ロングホーン』で蹴り飛ばす。
多少のダメージは受けるだろうが、トロールの攻撃範囲からリンゴを外すことには成功した。問題なのは、この後どうするのかということだ。
加速し過ぎたステップによって『ロングホーン』は飛び蹴りのような形で発動し、リンゴを蹴り飛ばした姿勢で浮かんだ状態では回避は儘ならない。
巨大な影が迫り、それがトロールの振り下ろす棍棒だと認識したその時には、咄嗟にバスタードソードを盾にすることしか出来なかった。
ラインハルトが自身の二倍以上の体躯を誇るトロールを見上げた。アバターに用いられる技術の関係上、ラインハルトは二メートル超の巨躯であるものの、体格の比率は人間のそれとは大して変わらない。
彼の見上げたトロールは犬の如く下品に舌を投げだし、黄色の瞳でラインハルトを見下している。
『DARK SIDE ONLINE』にログインしてから他のプレイヤーに見上げられていたばかりで、見上げるという行為そのものを久しく行っていなかった彼からしてみれば、見下ろされる感覚と言うものは新鮮な感覚だった。
『…自分が見下ろされるのは新鮮でありますな』
現実の彼も長身であり、社会に出てからというものの頭を下げる以外に他人を見上げるという行為に馴染みが薄かった。
しかし一撃必殺の面々と知り合ってからはアバターの巨躯を縮こまらせるばかりで、実際には他人を見上げるという行為からそれほど掛け離れていた訳ではないのだが、社会人かつ平凡なサラリーマンである彼は所属する部署柄故に頭を下げ慣れており、その事実に気付くことはなかった。
相対した灰褐色の巨人は鋼色の騎士にしてみても強大な敵であり、三メートル近い特大の馬上槍も、ラインハルトの体格から見れば小さ過ぎる大盾も、トロールの持つ巨大な岩石質の棍棒を前にしてはどこか頼りない。ラインハルトの得意とする重量の載った攻撃でさえ、彼の倍以上の巨躯を持つトロールからしてみれば可愛いものである。
グレートヘルムの内側で目を瞑り、精神を統一する。武道やスポーツに嗜み薄い彼からしてみれば、それは所詮ポーズでしかないのだが大きく息を吸って吐く、それだけでも震える身体を治めるには十分に効果があった。
そして彼は、騎士となる。
『いざ、参られ――グヌゥッ!!』
目を空けたラインハルトの視界に映り込んだのは巨大な棍棒の影だった。ラインハルトの左から迫りくる超重量の一撃は、奇跡的にも持ち上げられた左手に装備した大盾によって防ぐ事に成功する。しかしトロールの棍棒の一撃は重厚な全身鎧を纏ったラインハルトを以ってしても完全に防ぎきる事敵わず、大盾を拉げさせ、更にはラインハルトを吹き飛ばした。
鈍い音を立てて転がったラインハルトであったが、彼自身は居たって無事である。致命的なレベルの敏捷値を犠牲にして獲得した膨大な耐久力は、全身鎧の防御力も相まって危機的状況から彼を救ったのだ。
吹き飛ばされた衝撃に頭を振うラインハルトに、小柄な少年が掛けよった。その少年の口から吐き出されるのはラインハルトへの心配では勿論なく、少年が心配するのはトロールの攻撃によって盛大に拉げさせられた大盾の方である。
「何やってるんですかっ!? 格好付けてる場合じゃないでしょう!!」
『し、しかし自分は騎士で』
「いいから立ち上がってください。あぁッ! タワーシールドが拉げてますッ!?」
『む?』
怪訝そうにラインハルトが左手の大盾をみやれば、そこには成人男性が丸ごと覆い隠せそうな――――拉げた鉄板があった。
『なんとッ! これは、不味いですな』
「高かったんですよっ! これはもう敗北は絶対に許しません、なんとしても勝ってもらわないと困ります。でないと大損害ですよッ!!」
『……致し方ありませぬ』
声を荒げる少年を余所に、鈍重に本人にしてみれば最速で立ち上がる。トロールは下卑た笑みを浮かべて佇むだけであり、手に持った棍棒を振り被ろうともしていない。余裕のつもりなのだろうか、それともトロールにはラインハルトの存在が脅威として映っていないのか。
ギリと奥歯を噛み締め、左手に装備していた大盾――タワーシールドを投げ捨てる。拉げた盾では碌に攻撃を防ぐことは出来ないだろう。
利害の一致とは言え、騎士を目指す己の為に『一撃必殺』のギルドマスターが安くはないゲーム内通貨を払って購入した装備を捨てることに抵抗を覚えるものの、ここで敗北してしまっては自分を信じてくれたギルドマスターに面目が立たない。
特大のランスを両手で持ち、腰溜めに構える。ラインハルトの戦闘態勢を認識したトロールが、短い脚を動かして歩み始める。
トロールのだらしなく肥え太った腹部にランスの狙いを定めると、彼の視界の内にリングゲージが出現した。
ゲージが一回転するごとにステータスの筋力値が跳ね上がり、渾身の力を一点に集中させていく。
だが、まだ足りない。
トロールが棍棒を振り上げた。岩石の棍棒の一撃は、粗鉄性ではあれど防御力に優れる大盾を一撃で拉げさせる程に強力だ。
ギルドマスターには倒す等と豪語してみたものの、おそらくラインハルトの全力の一撃を持ってしてもトロールを撃破するには難しい。
しかしラインハルトはトロールを撃破する必要はない。トロール一体撃破出来ない己の未熟さに苦心するものの、彼はは一人ではないのだ。
ラインハルトはギルド『一撃必殺』の一員であり、彼等の盾なのだ。
ならば、足止めに徹するのみ。ラインハルトは騎士である。彼の巨躯は打ち倒す為ではなく、仲間達の盾となる為にあるのだから。
『騎士らしくは、ありませぬが――――ッウォオオオオオオオオオオオオオ!!』
ラインハルトが重低音の声を喉が張り裂ける限界まで震わせた咆哮を上げる。
溜攻撃によって高まった攻撃力が更にもう一段階だけ跳ね上がり、いよいよを以って解き放たれる。
『『チャァァァァアアアジ』ッ!!』
前方へステップを発動し、トロールの懐に飛び込む。他のプレイヤーと比べれば鈍間過ぎるラインハルトのステップは、トロールにしてみても遅すぎる。
岩石の棍棒が振り下ろされ、その狙いはラインハルトへと唸りを上げて迫り―――その進行を『チャージ』によって威力を補整させたランスが妨げた。
獅子の咆哮と共に突きだされた特大の馬上槍の先端は、トロールの――トロールが振り上げラインハルト目掛けて唸りを上げて迫り来る棍棒へと一直線に向けられていた。
『DARK SIDE ONLINE』のシステム状、特殊な場合を除いてアーツの名称を叫ぶ事に意味はない。
現代VRゲーム業界における共通の認識として、必殺技や魔法等のアクションは口頭による発動では誤作動を起こし、思念発動もまた誤作動を頻発するのが現状である。
それは『DARK SIDE ONLINE』でも例外ではなく、アーツは予備動作からの発動を基本とし、魔法は専用の魔導書ツールを用いて発動する。
では特殊な場合とはなんなのだろうか?
それは『気合』スキルをセットしている場合のことであり、『気合』スキルは体力値と一部の隠しステータス――肺活量に影響して効力を変化させる。
『気合』スキルは発動させるアーツ名を叫ぶことにより、肺活量の最大値に比例してアーツの威力が増大する。
VRゲームの世界であろうとも、技の名前を叫ぶ事に羞恥心を抱く者は少なくない。
技や魔法の名前を叫んでも羞恥を抱かない存在は、アニメやゲームのキャラクターのみである。
ラインハルトは伊達や酔狂でアーツの名を叫んでいたのではない。
多少の羞恥はあれども、そんなものは彼の憧れる騎士――英雄に近付く為ならば、潔く捨てられる。
馬上槍と棍棒が激突し、軍配が上がったのはトロールの棍棒。
大質量を真正面から受け止めたランスは穂先から圧し折れ、もはや武器として機能するには難しい状態となった。
しかしランスの大破を代償として、トロールの手から巨大過ぎる棍棒を弾き飛ばすことに成功した。
その結果こそラインハルトにとっては重要だった。
灰褐色の巨人は棍棒を取り落とし、さらには少なくない衝撃を与えられて硬直し、膝を突いている。
ラインハルトは槍を放り、ガントレットを嵌めた両の手を握り締めた。
鋼の装甲で固められた右の拳を振り上げ、前方へのステップを発動。ランスを捨てた事で僅かにステップの速度が上昇し、重量と加速度の載った拳は真っ直ぐにトロールの左頬へと吸い込まれた。
『これが、騎士の拳でありますッ!!』
如何に重量を載せた攻撃と言えど、格闘アーツを持たない彼の拳では威力の補整が乗らない為、トロール醜悪な顔面を殴っても決定的なダメージにはならない。
だが時間稼ぎにはなる。両の拳を握り固め、膝を突くトロールを立たせまいと顔面を殴り続ける。
何度も何度もトロールの顔面を殴打し、ひたすらに時間を稼いだ。
そうしていれば、半日も経たない短い付き合いでしかないが、あの人相の悪いギルドマスターと全身鎧の剣士が駆けつけてくれると信じていた。
そんな彼の背後。
ラインハルトが背に庇う少年と女鍛冶師のもとに、当の人相の悪いギルドマスターがもう一方のトロールの棍棒によって吹き飛ばされてきたのを、彼は気付かなかった。
棍棒の一撃をバスタードソードで受け止め、確実に死亡判定を受けるだろうと思っていたのだが、盛大に吹き飛ばされて不格好に空中遊泳し、みっともなく地面に叩きつけられて何度も転がりながらも、何故か俺は生きていた。
倒れ込んだ視界の端で、吹き飛ばされた俺に気付いたらしいアキとオサフネが駆け寄ってくるのが見える。
バッドステータス『重傷』が発症していた。辛うじて生き残れこそしたが、身体は重く、暫くは行動できそうにない。
「――――ッ危ねぇ、死ぬかと思ったッ!―――あぁクソっ『重傷』だ、全く動けない」
「何で死んでないんですっ! チート使いやがったんですかッ!?」
なんとか身体を起こしたタイミングで駆け寄ってきたアキがチートなどと失礼な事を言うが、プライベートルームの設定を友人に頼む程のアナログ人間である俺に、そんな上等な技術はない。
だが本当にどうして生き残ったのだろうか? 防御系のスキルはセットしていないし、ダメージを軽減する『盾』系のアーツはそもそも盾を装備していないのだから使える筈がない。耐久値を集中的に強化したバスタードソードにしても、巨大なトロールの棍棒を受け止めることは可能だったとして、かと言って発生するダメージを軽減できるとは思えない。
……と思っていたら、視界に表示されたシステムウィンドウによって疑問は晴れた。
「………いや『軽業師』スキルが発動したらしい、空中で受けたダメージを軽減したそうだ。後は武器とレベルに救われた」
「『軽業師』スキルにそんな効果があるなんて聞いたことがありませんよッ!?」
「そんなことは知らん。だが、今ので『軽業師』スキルがレベルアップしている。間違いない筈だ」
そこまで聞いたアキが溜め息をつき、『魔法の道具鞄』を漁り出す。
アキの隣にはオサフネが並び立ち、油断なく二体のトロールの様子を窺っていた。
オサフネの手には柄の長い鉄槌が握らているが、職業職人である彼女の攻撃ではトロール相手にダメージを期待できない。
「『軽業師』スキルはアクションの幅を広げるスキルだった筈です。壁を走ったりとか、空中でジャンプで来たりとか。なのに、どうしてダメージ軽減なんて効果があるんですか……」
「空中で攻撃を受け止めるような真似をするプレイヤー等そうは居らん。今まで知られていなかっただけで、たった今この男が実証しただけのことだろう」
アキの呟きにオサフネが答える。VRゲームは超人的なアクションをユーザーに可能とさせるが、それでもプレイヤーは人間なのだ。
仮に『軽業師』スキルを持っている人間が空中での防御に補整が発生すると知っていたとしても、反射的な行動としては『避ける』か『防ぐ』のが普通の反応だろう。
跳び上がって防御するなんて行動は、まともな神経を持っている人間には難しい反応だ。
俺の場合はリンゴを飛び蹴りで吹き飛ばした姿勢だった為、否応にもなく空中で攻撃を受ける嵌めになったのだが、結果的にそれが命を繋いだらしい。
暫くしてアキが鞄の中から二つの小瓶を取り出した。
「ハイポーションと傷薬です。高級品ですが、この際仕方ありません。数分間なら『重傷』は解除されますが『軽傷』程度のペナルティは残ります。ですが、問題ありませんよね?」
「無論だ」
アキから受け取った小瓶の中身を一気に飲み干す。ハイポーションは名前の通りポーションよりも回復力が高く、喧しく鳴っていた警告音が消えていく。
『軽傷』のペナルティにより若干だけ身体が重いが、傷薬によって『重傷』の症状が緩和されてこの状態なのだ、文句は言えない。
バスタードソードの耐久値は僅かに減っていたが、戦闘に支障はないだろう。
何時までもラインハルト一人にトロールを相手させる訳にもいかない。俺達の後方では巨躯の騎士が膝を突いたトロールを殴り続けていた。
トロールは棍棒を取り落とした素手の状態であるが、ラインハルトも武器を持っておらずジリ貧だ。長くは持たない。
硬直が解けた瞬間に走り出し、重い身体を押してリンゴの相手するトロールの元へ向かう。どちらも限界に近く、しかもリンゴに関しては『軽傷』のバッドステータスを発症している。大振りに叩き付けられる棍棒を無駄なく避ける様子だが、動きには先程までのキレがない。
リンゴはもともと全身鎧を装備するだけでもかなり厳しいステータスだったのだ。坑道内での戦闘でレベルアップしたとはいえ、『軽傷』によって下がったステータスでは重苦しいことだろう。
トロールの攻撃の合間を見てリンゴの傍に寄れば、恨みがましい視線で兜越しに睨まれた。
蹴り飛ばしたことを相当に根に持っているらしい。
『…よくも蹴ったね。この扱いには義憤を抱かずにはいられない』
「だが助かっただろう。……一端下がってろ」
『……悪いね、そうさせてもらうよ――――ありがとう』
図々しさを引っ込めたリンゴが短く感謝を告げてきた。それなりに気心知れているというのに気持ち悪い、何時も通り図々しく堂々と下がっていけば良いものを。
リンゴを一端下げさせれば、トロールの標的は俺へと移ったらしい。黄色の瞳が向けられ、棍棒が振り下ろされる。
『軽傷』の状態とはいえ、こちらは敏捷値に優れた盗賊なのだ。トロールの攻撃などステップを使うまでもなく避けられる。
またしても芸もなく棍棒を振り上げるトロールを視界に納め、棍棒の軌道を予測する。余程の事でもない限り、あんな鈍間な攻撃では脅威足りえない。
このままリンゴを待っていても構わないが、しかしこのトロールには殴り飛ばされた借りがある。
振り下ろされた棍棒は、やはり難なく避けられたが――――よし。
粉塵を巻き上げて地面に叩きつけられた棍棒に飛び乗り、駆け上がる。
『軽業師』スキルがレベルアップしたことにより足場が安定し、本来ならば繊細なバランス感覚が要求されるであろう岩石柱を駆け登る行動を可能とした。
棍棒を駆けあがり、トロールの腕へと飛び移る。剥き出しの灰褐色の肌を、地面となんら変わることなく突き進む。
トロールの前腕部から肘、上腕、肩へと登り、皮鎧を足場にして立ち上がる。
醜悪で品性の見当たらないトロールの顔が向けられ、己の肩に居座る異物の存在に憤怒の表情を浮かべるが、構うものか!
正眼に剣を構え、巨鎧猪を屠った時と同じく突きの姿勢を取り、全体重を載せて跳び込んだ。
鋼鉄の鋭利な切っ先一点に集約された刺突が狙うのは、眼前に無防備を晒すトロールの顔面の中心、その眉間。
トロールの巨大な皮鎧を足場に踏み込み、バスタードソードを巨大な顔面へと突き立てようとしたところで―――飛来するトロールの巨大な掌に断念する。
「うおっ!?」
人間が纏わり着く羽虫を叩き落すかのように、トロールの掌は俺が足場にしていた皮鎧へと叩き付けられる。
咄嗟に肩から跳び下りて避け、一瞬前まで自分の立っていた皮鎧にトロールの手が叩き付けられるのを確認し、一戸建てに近い高さから落下する。
不格好ながらも両の足で着地し、少なくない衝撃に硬直が発生したものの、『軽業師』スキルの効果によって着地の衝撃は少々のダメージに緩和される。
着地した姿勢の俺に向かって、トロールが棍棒を振り上げた。
「そう上手くはいかないかっ!」
あのトロールは随分生物的な反応をしたように思える。肩に登った外敵に向かって表情を歪め、棍棒を持たない手を用いて叩き落す。
開発スタッフはトロールの肩に登るプレイヤーのことを予見していたのだろうか。
もしかすれば大型魔獣の様に、あるいはそれ以上に巨大なモンスターが存在し、そのモンスターに飛び乗って戦闘するような事態が発生することを開発スタッフは遠回しに表明しているつもりなのかもしれない。
そう言えばリンゴの所有していた旧世代の名作ゲームに巨人(巨像?)を登って打ち倒すものがあったが―――いや、余計な事は考えるな。
思考しながらも棍棒を避け続け、そしてステータスを回復させたリンゴが駆け寄ってきた。
『待たせたね、今度はしくじらないよ』
「期待している。準備はいいな?」
『何時でも!』
控え目な声量で叫ぶ器用なリンゴだが、その返事に淀みはない。十年来の友人は何やら闘争心を滾らせているようだ。
短く言葉を交わし、その直後にトロールが棍棒を振り上げた。今回もやはり、渾身の大振り。
敏捷値の限界まで加速し、トロールの足元目掛けて疾走する。リンゴにしろ俺にしろ、先程の様な醜態は二度と晒さない。
凄まじい衝撃が足に伝わった。トロールが棍棒を叩き付けたのだろう。リンゴの様子は窺わない、どうせ無事に決まっている。
トロールの膝裏に回り込み、無防備な灰褐色の肌へ向かってバスタードソードの切っ先を向ける。
右手のみの、刺突の構え。
一気に踏み込み、全体重を載せて剣を突き立てる。刺突のダメージによりトロールが僅かに怯み、踏鞴を踏んだ。
膝裏に突き立てた剣を引き抜き、再度刺突の構えを取る。それは片手剣用のアーツ『スパイクスタブ』の発動条件であり、その効果をアバターに付与させた!
再び繰り出した刺突は敏捷値によって加速し、その刀身を灰褐色の肌に埋め―――即座に引き抜かれ、更に高速で刺突する!
突き刺し、突き刺し、突き刺し、突き刺し、その都度高速で引き抜かれる。
高速の連続刺突。
敏捷値によって一時的にアバターの運動能力が強化され、発生する負荷をシステムが軽減するからこそ成り立つ『アーツ』である。
計六度の刺突に晒されたトロールが膝裏に発生した苦痛にもがくものの、太く短い二本の脚は未だに巨躯を支え続けている。
攻撃速度を優先した片手の攻撃故に威力が減少し、加えて重すぎるバスタードソードを扱い切れていない為の結果だ。
剣を両手持ちに構え、トロールの足を斬り下ろす。追撃によって『トライラッシュ』が発動し、剣の攻撃に威力が補正される。
斬り下ろした剣の刃を翻し、斬り上げる。トロールの巨体が揺らぎ、バランスを崩した。
――この機を逃してはならないッ!
『トライラッシュ』の最後の一撃、大上段に構えたバスタードソードの渾身の振り下ろしを叩き付ける。
中威力の補正と吹き飛ばし及びガードブレイク効果の載ったフィニッシュの一撃を受け、とうとうトロールが前のめりに倒れた。
受け身も取らず顔面から倒れ伏したトロールは無防備そのものであり、その致命的過ぎる隙を見逃す友人ではない。
トロールの頭部に向かって、既にリンゴは疾駆していた。クレイモアは両手持ちに振り被られ、解き放たれる瞬間を待っていた。
「リンゴ、やれッ!」
『了解、これなら私でも届く!』
全身鎧を纏うリンゴが前方へのステップを発動した。その速度はお世辞にも速いとは言えないが、振り上げられた長剣の威力を増大させるには十分過ぎる加速だ。
両手剣のアーツである『バスター』が発動した。ステップ後の斬り下ろし動作から発動する『バスター』は、単純に筋力値と武器の重さを威力へと変換させる。
トロールの醜悪な顔面の正しく目と鼻の先、長剣の必殺の間合いに躍り出たリンゴは大上段に構えられたクレイモアを振り下ろした!
剣士の戦闘スタイルは大きく『剣士』と『大剣士』の二つに分けられる。
細かく分類すればさらにスタイルは分岐するのだが、一応『剣士』に位置づけされる俺と異なり、現時点のリンゴは『剣士』と『大剣士』の中間点に位置している。
リンゴは『剣士』としては敏捷値に頼りなく、『大剣士』としては筋力値が足りていない。
初期装備を大剣士セットにしたリンゴだが、ステータスポイントは『大剣士』に推奨される筋力値には最小限にしか振っていない。
リンゴが重点的に強化したのは『技術』のステータスだ。
『技術』のステータスは長剣や大剣等の、どちらかと言えば鈍器の如く叩き付けて使用される武器の威力にはあまり影響しない。
『技術』のステータスが重要に影響するのは、武器の攻撃速度やアーツ発動時の消費スタミナ、あるいはアーツ後の硬直時間である。
剣道は竹刀を両手で振うのが一般的であり、リンゴも一般的な剣道以外は納めていない。二刀流なんて以ての外だ。
竹刀と同じように両手持ちが推奨される長剣が初期装備だったから大剣士セットを選び、しかし竹刀を振る速度に慣れた彼女は長剣の鈍間な剣速に納得しなかった。
筋力を強化して単純な威力や攻撃速度を上げるよりも、リンゴは総合的な剣速を上昇させるために『技術』を集中的に強化したのだ。
その弊害として巨鎧猪素材の全身鎧は要求ステータスぎりぎりであり、緊急時にはむしろ枷になってしまう。
攻撃力も両手剣の特色を引き出すほどには特化していないが、故にリンゴは火力を補う為にアーツの連携を主体とする戦闘スタイルを構築した。
『バスター』によってクレイモアの剣撃が閃光を放ち、トロールの頭蓋へと叩き付けられる。しかし人型であるが故に弱点となる筈の頭部に攻撃を与えても、貧弱な筋力値のリンゴでは大ダメージこそ与えられても倒し切るには至らない。
そんなことはリンゴも承知であり、だからこそ即座に二太刀を振り上げた。
高火力のアーツ程硬直時間は長く設定され、そして硬直時間も威力に比例して長い。長剣や大剣等の両手持ちで大型の武器は、習得するアーツの威力も高い。
一撃の威力にこそ全て掛けるからこそ、二太刀は必要ないのだ。
だがリンゴは『技術』を重点的に強化しており、両手剣アーツの中でも低威力の『バスター』を使用したことも相まって、短縮された硬直時間は攻撃の数瞬後には終えていた。そしてリンゴは本命のアーツを発動させる。
大剣士としては控え目な筋力値を限界まで発揮して跳躍し、握ったクレイモアをトロールの頭部目掛けて再度振り下ろす!
跳躍からの縦方向への剣攻撃は特定モーションとして認識され、リンゴは何時の間に登録していたのか両手剣アーツ『ブレイカー』を発動させた。
長剣の重量を、フルプレートメイルを纏った全体重を、クレイモアに収束させて斬り下ろす。
『一刀両断ってね』
落下速度が『ブレイカ―』によって加速し、クレイモアの切っ先は剣道で培った最適な軌道を辿って、トロールの頭部を両断した。
『ブレイカ―』によって斬撃のエフェクトが発生し、鮮烈な紅い閃光で斬撃の奇跡を彩った。
剣撃の破砕音と共に倒れ伏した巨体が跳ね上がり、ヒットポイントの尽きたトロールはそれを最後にして沈黙した。
トロールを撃破したのだ。
強敵の一体を屠り、しかし余韻に浸る余裕はない。トロールはまだ一体残っているのだ。
トロールの亡骸を乗り越えてリンゴと合流し、さてラインハルトの元へと向かおうとして―――その前にリンゴに問い質さねばならない事があった。
「ラインハルトが限界だ、急ぐぞ。……そんなことよりも、さっきの決め台詞はなんだっ!? 格好良いじゃないかっ!!」
『なら今度は止めは譲るよ。言ってみたいんでしょ、決め台詞。その代わり失敗したら許さないからね?』
「本当だな!? 止めは俺がやるからな!!」
視線の先に居るもう一体のトロールは棍棒を取り落とし、棍棒の脅威がなければ敏捷値に不安のあるリンゴでも膝裏を狙う事は可能だろう。
ラインハルトの相手しているトロールは既に立ち上がり、体勢を整えている。ラインハルトが注意を惹きつけて岩石の棍棒を拾わさないよう慎重に立ち回っているが、トロールとて握りしめた巨大な拳でラインハルトを殴打し、時には短過ぎる脚で蹴り付けている。
重厚な金属鎧を纏ったラインハルトでも、ダメージは少なからず受けている筈だ。
「すまん、遅れたっ!」
『否、これは自分の未熟でありますっ! グッ……申し訳ない、槍を壊してしまいました』
巨大な拳をガントレットで受け止めたラインハルトが僅かに呻き、言われて視線を移せば特大のランスが圧し折れていた。
何を言うかと思えばそんなことか。強敵相手に短くない時間持ち堪えてくれたラインハルトに文句など言える筈がない。
文句を言いそうな人間には一人心当たりがあるが、その時はぶん殴って黙らせる。トロールを挟んだラインハルトの反対側には既にリンゴが待機している。
「気にするな、修理すれば良い。あと少しだけ、イケるな?」
『当然ですっ! では団長殿、止めを頼みます。ぬぉりゃあああああああああああっ!!』
トロールが立ち上がってから防戦一方だったラインハルトが、咆哮を上げて突進した。ステップを用いた超重量の体当たりはトロールに僅かにダメージを与えたのみだったが、その足並みを一瞬だけ止めさせた。
その一瞬があれば、頼れる十年来の友人には――リンゴには十分過ぎる。
トロールの背後から無防備な膝裏目掛けて振り下ろした長剣の一撃は、大剣士としては低過ぎる筋力値であっても盗賊の俺と比べれば遥かに高く、ただの一振りでトロールの膝を突かせた。―――悔しくなんかない。
『切り崩したよっ!』
見たらわかるッ! いかん、落ち着け。この機を逃せばこの場の全員に迷惑が掛ってしまう。
トロールへと視線を移し、その無防備な眉間へと剣を振り被る――――いや、待て。
棍棒を取り落として素手の状態となったためか、トロールは両手を支えにして状態を持ちあげている。
トロールの視線は――俺に向いているだと?
『軽業師』スキルを用いれば眉間まで攻撃は届くだろう。しかし、警戒された状態では叩き落されかねない。
なら、切り崩す!
トロールの左手に向かってステップを発動し、加速する最中でバスタードソードを上段に構え直して斬り付ける。
『ダッシュスタブ』の補整が入り剣の威力を僅かに上昇させるが、トロールは僅かに呻くだけだ。ならばと追撃の『トライラッシュ』で三度連続で斬り付ける。斬り下ろし、斬り裂き、叩き斬る。しかし、それでもトロールの体勢は崩れない。
現時点でのステータスではリスクは高いが、この際関係ない。敵は残す所一体のみなのだ、出し惜しみする理由はない!
バスタードソードを構え直し、袈裟に斬り下ろす。それでも揺るがない灰褐色の左腕目掛けて、斬り下ろしたバスタードソードの勢いをそのままに身体を捻る。剣の軌道を筋力値で強引に捻じ曲げて、しかし勢い殺さずに大上段へと持っていき、再び正面へと捕えた巨人の腕へと振り下ろす!
剣のアーツである『リベンジエッジ』が発動し、バスタードソードの威力を大幅に補正。強化された斬撃が巨人の腕を切り裂き、剣の奇跡を一条の閃光がエフェクトとなって飾りたてる。
『リベンジエッジ』を受けた左腕がとうとう力なく崩れ去り、トロールが鈍く重い音を発てて倒れ込んだ。
倒れ込んだトロールは、先程のトロールと同じように頭部を無防備に晒している。
後方へとステップを用いて下がり、トロールの顔面を正面に捉える。
巨鎧猪の眼球が弱点であったように、トロールが生物として設定されてる以上その急所は頭部―――おそらく、眉間だろう。
バスタードソードを片手持ちに構え、刀身を水平に寝かせる。その鋼鉄の切っ先で狙うのは、もちろん眉間。
柄を握り締め、前方へと最高速度のステップを発動する。
『ダッシュスタブ』の突き。
動く事儘ならないトロールの視線が向けられるが、もう遅い。
「クリティカルヒットだっ!!」
切っ先は眉間へと一直線に吸い込まれ、刀身を深く埋めた。一秒、二秒、三秒程経過し、トロールの灰褐色の巨体は完全に力を失った。
これで、終わった。天然自然の岩の闘技場には巨大なトロールの亡骸が横たわっており、しかしプレイヤーは全員健在だ。
完全な勝利だ。なにかしらのイベント戦闘かと思われるが、ギルド『一撃必殺』は、結成後初めての大規模な戦闘で勝利したのだ。
心の内から歓喜が湧き上がり、昂る。
俺の造ったギルドが、俺達のギルドが、初めての勝利を―――
「ヤスヒロさんっ! 避けて下さいッ!!」
「は?」
勝利の余韻はアキの切羽詰まった声によって中断され、
「上だッ! 馬鹿者!!」
「え?」
同じく焦燥した様子のオサフネの促しによって上方を見上げた俺は、絶句した。
高い岩壁によって丸く切り抜かれた空には、巨大な影が浮かんでいた。その影は徐々に大きくなっていき、やがてそれがトロールに勝るとも劣らない巨体のモンスターと認識した頃には、それは確実に、確定的に、俺の直上へと迫っていた。
「――――あ?」
急ぎ避難しようとしたが、少ないスタミナゲージでアーツを無理に連発したことにより、アバターは硬直して指一本動かせない。
落下し続ける巨大なモンスターのデティールが少しづつ見えてきた。
トロールと同程度の全長、しかしトロールよりも遥かに肥え太った肉体は異形のものであり、背中には小さすぎる翼が二対生えている。
リンゴが、アキが、ラインハルトが、オサフネが。異口同音に避けろ、下がれと叫んでいるが、恐らく無理だろう。
硬直は解けた。しかし、バスタードソードが引き抜けない。
バスタードソードの柄から手を放そうにも、まるで柄に吸いついたように微動だにしない。
午前中にアキが『ダッシュスタブ』を残念アーツの筆頭だと言ったが、その理由を身を持って理解した。
『ダッシュスタブ』の詳細欄の一文。『ダッシュスタブ』の突きが命中した際に、命中した部位によっては特殊な判定が発生する。
突き刺し状態。字の如く、剣が突き刺さった状態のことだろう。
この状態から移行するには、引き抜きモーションを行わなければならない。引き抜き中は無防備になり、さらに剣から手を離すことが出来ない。
筋力値を上昇させる事によって引き抜きモーションは短縮するらしいのだが、しかし敏捷値にポイントを振ったステータスではとても短縮できそうにない。
悔しい、申し訳なくて涙が出そうだ。なんで調子に乗ってアーツを連発したのだろうか。
きっとこの後、俺を除いた四人は更なる激闘を強いられることだろう。
最悪、全滅するかもしれない。
もう俺には信じる事しか出来ない。だから、新米ではあるがギルドマスターの責任を果たそう。
「16だ」
見上げた視界に空は映らず、不衛生そうな巨大な尻で視界が覆われ、一瞬後には暗黒で閉ざされた。
初めての死亡原因は、モンスターの尻に押し潰されての圧死だった。
巨大なモンスターの不衛生そうな尻に圧殺され、次に意識が戻った時、そこはアラ・ラカン東門前広場だった。
見上げた空は晴天。この空の続く先、鉱山エリアの一角では激闘が繰り広げられているに違いない。
「……これが死に戻り、か」
背後を振り返れば『帰還の大結晶』と呼ばれる巨大なクリスタルが佇んでおり、その周辺にはアバターを半透明に透けさせたプレイヤーの姿がちらほらと見える。半透明なのは俺も同じで、翳した掌の向こう側が透けて見える。
『亡霊状態』と呼ばれる『DARK SIDE ONLINE』のデスペナルティだ。この状態では戦闘行動は一切行えず、その代わりペナルティが解除されるまで被ダメージ判定も消失する。まさしく、亡霊の様な状態と言う訳だ。亡霊だからと言って、他のプレイヤーから姿が見えなくなるという訳ではない。普通に姿は見えるし、攻撃判定のない接触なら触れ合う事も出来る。
要するに、死亡した事実を晒されるのだ。ペナルティは十分で解除されるが、それでも良い気分はしない。
所持金を確認すれば、その値は寂しい数字が一つだけ。0だ。アイテムは装備を除いて全て喪失。例外として初期装備の切れ味が死んだロングソードが一振り。腰に巻いたナイフホルダーにはナイフが納まっていない。
ステータスは経験値こそ失ったもののレベルダウンは無し。武器習熟度も同様。
メニューを閉じると、新規称号取得のシステムメッセージが表示された。
『等身大の実力』
詳細:奇跡は二度と起こらないことを実感した貴方に贈る称号。
『ラッキーパンチ』
詳細:偶然が証明された貴方に贈る称号。
――――いや、うん。
腹立たしい事この上ないが、全て事実なのだから仕方がない。きっと俺は調子に乗っていたのだろう。
初日で巨鎧猪を撃破し、凄そうな称号を手に入れ、ギルドを設立し、メンバーにも恵まれた。
楽し過ぎて忘れていたが、俺はVRゲーム初心者なのだ。
ふと左隣に青い燐光が収束し、その光が二メートルの大男の姿を象った。
ラインハルトやトロールの巨躯を見慣れたせいで、大柄な筈の目の前の彼が小さく感じてしまう。
種族は獣人。その中でも虎族の特徴が見られるその大男は、両の手に武骨なガントレットを嵌めていた。
拳甲には二本の棘が備えられており、それは彼が格闘スキルを主軸とした戦闘スタイルを用いることを表している。
「アンタもか」
虎族の大男も、俺と同じく半透明。つまり亡霊状態であった。
「む? あぁ、なるほどな。俺は荒野でスケルトン共に殺られたんだが、お前は?」
「坑道奥でレッサーデーモンの臭そうな尻に潰された」
「―――そりゃあ、中々強烈な死に様だな。坑道ということは鉱山エリアの奥か? あそこにはデーモンが出現するのか、新情報だな」
うんうんと肯く虎男。この男は荒野で死亡したらしいのだが、確かアラ・ラカンの西門から向かえるエリアだったか。
アラ・ラカンは北から流れる大運河によって居住区が東と西に分かたれており、アラ・ラカンを拠点とするプレイヤーは東と西のそれぞれに存在する広場がスタート地点設定されている。プレイヤーの比率は東西でほぼ拮抗しており、巷では東組と西組という区分が生まれつつあるらしい。
それはそれとして、
「スケルトン共ってのは?」
「…あぁ、骨の三連星だと思ったんだが、実は骨の四兄弟だった。かと思えば骨の大家族だ、相手にし切れん」
「は?」
「行ってみたら嫌でも理解するぜ。じゃあな」
俺だけ死因を知られているのは面白くなかったので、虎男の死因を聞き出そうとして見たのだが。
三連星? 四兄弟? 大家族?
さっぱりわからん。しかし彼がスケルトンに嬲り殺しにされたらしいことは理解出来た。
虎男は立ち去り、その姿はやがて見えなくなった。
「――――すまん」
零れ落ちた謝罪は鉱山奥で戦っているであろう仲間達には届かず、プレイヤーのひしめく広場の喧騒に溶けて消えた。
前書きにも載せましたが、改めて。
一応投稿してみましたが、その内大規模な修正を行います。
※事情により更新頻度を落とします。




