オレの悲しい冬休み side:漣
季節は冬。
雪遊びに来たわけでもないのに軽井沢にある皆川家の別荘にいるオレと黎人。
「はあ…」
目の前であからさまに溜め息をつくオレの親友。
「なんだよ?」
「…別に」
オレだって溜め息をつきたい。せっかくの冬休みだと言うのに…
「…スーパースパルタ家庭教師様はいつオレの子猫を解放すんだよ」
「黎人、おまえのじゃない。オレの可愛い子猫だ。間違えるな」
「るっせーよ、シスコン王子」
オレの可愛い子猫は…ここ1週間ホテルに軟禁状態だ。
冬休み前の試験で悪くは無い成績だった利奈だったが、
『せっかくだからもう少し上を目指そうか』
鬼の一言で総復習と予習をさせられる羽目になっていた。
「…来週は親父が自分の仕事に連れて行くから、それまでには解放するだろ」
「あぁ、南フランスって言ってたな。帰る頃には休みが終わるな」
「…そうだな」
娘が手元に戻ってきたのが嬉しい親父は、利奈に強請られたら城だろうが島だろうが何でも買うんじゃないかっていう勢いで可愛がっている。
今まで利奈が遠慮していた反動らしいけど、アレには流石の兄貴も呆れていた。
一番引いていたのは利奈だったけど…
「ちょっと!あんた達、辛気臭い顔しないでくれる?そんなに会いたいなら行ってくればいいでしょ!?」
ソファの向かいで紅茶を飲みながらキッと睨んでいる黎人の姉。
あの、兄貴に対抗できるだけあって、目力も迫力も凄い人だ。
「美姫さん、それはオレ達に死ねと言ってるようなものなんだけど…」
「何言ってるのよ?学生の本分は勉強!一緒に勉強してきなさいよ!」
「オレ、アネキが勉強してるの見たことない…」
黎人が地雷を踏んだせいで、快適だった皆川家の別荘を追い出された。
「ただでさえ寒いのに、何で軽井沢なんだよ」
「親父と南フランスに行く前に冬を満喫したいから」
利奈に“勉強”をするのに寒さは関係無いだろ、とツッコミたくなったけど兄貴が二つ返事で答えていたから何も言えなかった。
親父も親父だけど、兄貴も兄貴だ。
「しかも、別荘を使わないで何でホテルなんだよ」
「…利奈がここのアフタヌーンティーとテラスが好きだから」
「子猫ちゃんには飴とムチ…ってか」
「そういうコト。…兄貴の得意分野だ」
ウチで兄貴が飴をつかうのは利奈しかいないけどな…
「お久しぶりでございます、漣様。皆川様もようこそお越し下さいました」
フロアマネージャーと支配人と挨拶を交わし、「部屋にいる?」と聞くと
「はい、いらっしゃいます。先程お電話を頂きましたので間もなくいらっしゃると思います」
飴タイムか…
「あ、兄様と黎人だ!」
可愛らしいワンピースを着た利奈が駆け寄ってきた。
後ろから、兄貴が歩いてくる。
お気に入りのティールームで、大好きなスコーンを食べてご機嫌な利奈。
以前の黎人からは想像できないけど、笑みを浮かべながら利奈を見ている。
「漣、課題は終わったのか?」
スーパースパルタ家庭教師がその矛先をオレに向けた。
「大体…」
進学先が決まってるのに真面目に課題をやる訳ない。それが分かっているのに聞いてくる兄貴…何を企んでいるんだ?
「オレは終わった」
黎人が裏切った。
「漣、たまには違う順位も見てみたいな」
やっぱりここに来るべきじゃなかった…
ストレスが貯まる。
「なんでここで間違うかな…」
ナイフのような言葉がグサリと刺さる。
大体この問題自体、まだ習ってないし…
「漣、利奈が頑張ってるんだ。勿論、おまえも同じだよな」
「…なんでそうなるんだよ」
「情けない兄貴でいいのか?」
要は成績を上げろって事か?兄貴と同じで首席卒業しろ。とか言いたい訳か!?
「史兄さま、ここがわからない」
利奈が数学のテキストを差し出した。
「この問題を解くにはこの公式…」
利奈とオレじゃ教え方に雲泥の差がある…
何が悲しくて高校生最後の冬休みにホテルにカンヅメで数学を勉強しなくちゃならないんだ!
「できた~!史兄さま、自由時間にしてもいい?」
「いいよ。皆川君、夕飯までに返してくれるかな」
「わかりました」
黎人は苦笑いを浮かべて返事をしていた。
「漣、頑張れよ」
サイアク…
「利奈、姉貴が会いたいらしい」
「うん。兄さま、行ってきます!」
夕方、黎人は朝と打って変わってご機嫌で帰ってきた。
ムカつくから親父の仕事にくっついて行って利奈を独占してやる事に決めた。
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