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それを悪女と呼ぶか、貴族と称えるか  作者: あらたまのみこと


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3/3

後編

そして、学園の卒業式を迎えた、晴れやかな朝。


公爵邸には、義母フランカと弟ロベルトが戻ってきていた。

正式に父から家督を譲り受け、公爵家当主となった以上、二人を人質として遠ざけておく必要性はもはや存在しない。徒に彼らの恨みを買うような無益な行為は、かえって将来のリスクを増やすだけである。


何より、フランチェスカ自身、父にも義母にも弟にも私怨など一切抱いていなかった。

これは飽くまで国家と家を守るための政治闘争であり、彼らが自分と血の繋がった家族である事実に変わりはないのだから。


公爵位という重圧から解放された父は、義母が屋敷に戻った際、照れくさそうにこう告白したという。


「お前たちを失うことなど考えられなかった。……愛しているのだ。爵位は失ってしまったが、どうか一緒に生きてほしい」


公爵家に嫁いだ身として、出自の低さにずっと引け目を感じていた義母にとっても、重責に押し潰されていた『公爵』ではなく、ただの『一人の男』となった父の方が遥かに好ましかったらしい。二人の夫婦仲は、驚くほど劇的に改善されたようだった。


この思いがけない副次効果ばかりは、フランチェスカの精密な計算をもってしても読めないものであった。人間の災いと幸福が何によってもたらされるかなど、実に分からないものである。


出立を見守る使用人たちの列に混じり、父と義母、そしてロベルトも見送りに並んでいた。

重荷を下ろした父の顔からは以前の刺々しさが消え、角が取れたように穏やかな表情をしている。普通の人間の生き方として割り切れたようだ。


さすがに家督を強奪した娘に直接声をかけることはなかったが、隣に立つ義母が、どこか清々しい笑みを浮かべて美しいカーテシーを捧げてきた。


「フランチェスカ様。……無事に本懐を遂げられますよう、心よりお祈り申し上げます。わたくしたちは後ほど出立し、観覧席よりお見守りいたしますわ」


「フランカお義母様も、父とロベルトのことを、どうぞよろしくお願いいたしますわ」


挨拶を交わしたフランチェスカは、自らの装いに軽く視線を落とした。


本日纏っているのは、少女らしい可憐なドレスではない。セリム公爵家の象徴である深いミッドナイトブルーの最高級ベルベット生地に、大帝国皇室の意匠である繊細な金糸刺繍が袖口と裾に施された、洗練された正装である。

胸元には、当主の証たる公爵家の紋章ブローチが重厚な輝きを放っている。美しくも凛とした大人の品位と覇気を醸し出すその姿は、どこからどう見ても『一国の命運を握る当主』そのものであった。


優雅な所作で公爵家の紋章が刻まれた馬車へと乗り込む。


王太子の晴れの舞台である今日の卒業式には、国王陛下と王妃殿下も参列される。

そこでフランチェスカが引き起こす行動は、間違いなくこの王国を根底から揺るがすことになるだろう。


しかし、どんな形であれ、イリアナ王国という母体が継続するのであればよいのだ。継続性を維持するためには、『小さな違和感やリスク』をそのまま放置してはならない。


国家の継続性を担保するためには、それらの歪みを早期に発見し、躊躇なく処理せねばならない。それこそが、統治者と呼ばれる者が永遠に目を向け続けなければならない冷徹な義務なのだから。


「ふふ……本日は、実によいお天気ですわね」


車窓から差し込む陽光に目を細めながら、フランチェスカは呟いた。

穏やかに、けれど静かに世界を変革するための、最高の日常が今始まろうとしていた。


◇


学園の講堂は、目を見張るほどの広さを誇る巨大な建築物である。

それは単に全校生徒を収容するだけでなく、かつて有事の際には一般兵士をも集めて軍議を執り行う「大規模な謁見の間」として設計された歴史を持つという。

実際に兵士が押し寄せた記録は数少ないが、今や国王陛下臨席の式典が執り行われる場所として、荘厳と美を極めた最高峰の空間となっている。


高位貴族は格別の控室で、それ以外の貴族たちは別の大部屋で式典の開会を待つ。

フランチェスカは侍女を伴い、静かに自らの公爵家のために用意された控室へと入室した。


「お嬢様。まもなく開会となります。……王太子殿下の控室には、例の男爵令嬢も同席しているご様子です」


「そう、ありがとう」


侍女からの報告に、フランチェスカは静かに頷いた。

本当にあの男爵令嬢に夢中になっているらしく、その執着ぶりには呆れを通り越してどこか複雑な思いすら抱く。

知識として「恋愛」という概念は理解しているつもりだが、感情そのものはフランチェスカには到底理解の及ばない領域であった。


爵位と重圧を失ったことで、義母に素直な愛を伝えることができた父。

地位や内面の変化によって育まれる愛もあれば、一方で、どれほど周囲から滑稽に見られようと、何の対策も手回しも打たぬまま、ただ「これが自分の信じた愛だ」と大声で叫ぶだけの男(王太子)もいる。


(……お父様と同じように、王太子殿下も『王族』や『王太子』という外面をすべて剥ぎ取られたなら、少しはあの浅はかな振る舞いをやめるのかしら?)


そこまで考えが至った瞬間、フランチェスカは思わずふっと口元を緩めた。


すでに自らの心の中で、王太子の存在など「いてもいなくても変わらない存在」に過ぎない。彼が何を得て何を失おうと、それは彼自身の問題であり、自分が思考を割くこと自体が時間の無駄なのだ。


(ふふ……このような下らない考察に時間を費やすことを、未練と呼ぶのかしらね)


退屈な待ち時間を潰すための無益な思索に耽っていたフランチェスカを、侍女の声が静かに現実へと呼び戻した。


「お嬢様。お時間でございます」


「ええ」


フランチェスカはゆっくりと立ち上がり、重厚な扉を開けて講堂へと歩み出した。


「セリム公爵家、フランチェスカ嬢のご入場です」


学園の卒業式においては、爵位の低い者から順に会場へと入場する。その際、儀典官によって名が大きく読み上げられるのが慣例であった。


扉が開かれた瞬間、会場全体に大きなざわめきが広がった。

フランチェスカが、ただ一人で入場してきたからである。

高位貴族の令嬢が卒業式に単独で参加するなど、前代未聞の事態であった。パートナーを伴わない場合であっても、父親や親族がエスコートするのが当然の礼儀とされている。


だが、フランチェスカは周囲の動揺など端から存在しないかのように、背筋をすんと伸ばし、一糸乱れぬ完璧で美しい歩調で視線を前方に据えたまま歩み続ける。


当然、視線は卒業生席だけでなく、壁際の上層にある公爵家の観覧ブースへとも注がれた。

そこには、重圧から解放された父セドリック、穏やかな笑みを浮かべる義母フランカ、そして無邪気に姉を見つめる弟ロベルトの姿があった。公爵家一家が揃って、あたたかな眼差しで彼女の足跡を見守っていたのだ。


圧倒的な気品と揺るぎない態度に圧され、会場を包んでいたざわめきは、彼女が歩みを進めるごとに静かに収まっていった。


フランチェスカが講堂の指定された位置へと辿り着くと、やがて本日の主役たる人物の入場が告げられる。


「イリアナ王国王太子殿下、カイロン様。ならびにムリム男爵令嬢、レベッカ様のご入場です」


一度は静まり返った講堂に、先ほど以上の大きなざわめきが巻き起こった。

しかし、それは感嘆や驚きによるものではない。

「噂は本当だったのか」「あのお方は、式典の場で本当にこれをやってしまったのか」という、呆れと困惑、そして確信を含んだ異様なざわめきであった。


果たして、登壇する王太子とその腕に縋り付く男爵令嬢は、そのざわめきの『質』を理解しているのだろうか。

晴れ晴れとした勝利感に満ちた表情を見る限り、察する様子など微塵もない。


(……やはり、あのお方には『器』が足りておられないのだわ)


イリアナ王国という国家の歴史と、そこに生きる民の流してきたすべての血。それらすべてを注ぎ込んだとしても、溢れさせずに受け止めることのできる器が、王太子殿下には備わっていない。それでは、王として不適格なのだ。


王太子殿下たちはそのまま歩みを進め、講堂の一段高い高座の席へと腰掛けた。

王族特有の少し赤みがかった金髪に、光沢のある白いスーツ。襟や裾にはイリアナ王国を象徴する鮮やかな赤色の刺繍が施された、実に豪奢な装いである。

男爵令嬢もまた、同様の意匠を凝らした華やかなドレスを纏い、まるでこの世界の主人公にでもなったかのように、誇らしげにこの世の春を謳歌している。


(……子供のお遊戯にしては、随分とお金がかかっていますのね)


フランチェスカはそっと扇を広げ、口元だけを冷ややかに綻ばせた。

風を孕む扇の陰で、思考を研ぎ澄ます。次がいよいよ本命だ。この場をもって、二年前から仕込んできた計画のすべてを完遂するのだから。


「イリアナ王国の太陽! 国王陛下、ならびに王妃殿下のご入場!」


儀典官が一段と声を張り上げ、両陛下の入場を告げた。

卒業生たちが入場した正面扉ではなく、高座の脇に設けられた専用の扉からお姿を現し、中央の玉座の前に並んで立たれた。全員が一斉に起立し、大きな拍手でそれを迎えた。


「国王陛下よりお言葉を賜ります。皆様、ご傾聴を!」


儀典官の合図と共に、両陛下を歓迎していた大きな拍手がピタリと止み、張り詰めた静寂が広大な講堂を支配した。


「卒業生たちよ、卒業おめでとう。今年は我が息子である王太子の卒業という節目でもあり、こうして足を運ばせてもらった。そなたたちは現時点をもって、貴族社会において『守られる側』から『守る側』へと進むこととなる。イリアナ王国の貴族としての責務を果たし、誇りある生き方を全うすることを期待している」


国王陛下の格調高い挨拶が終わると、講堂内に割れんばかりの拍手と万雷の歓声が響き渡った。

このお言葉をもって、フランチェスカを含むすべての卒業生が「成人」として認められ、一人の貴族として扱われることとなる。


そして、己の行動が及ぼす全責任を、自分自身で負わねばならない時が来たのだ。


「続きまして、卒業生を代表いたしまして、王太子殿下よりご挨拶がございます」


名を呼ばれた王太子は、満面の笑みを浮かべて立ち上がり、講堂の中央へと胸を張って歩み出た。

だが、その瞬間、席に着こうとした国王陛下と王妃殿下が、王太子の隣の席に見知らぬ令嬢が腰掛けていることに気付き、愕然として目を見開いた。

どうやら今の今まで、王太子がフランチェスカをエスコートして入場したものと信じ込んでいたらしい。


(ふふ……これで、国王陛下とのお約束は完全に破られましたわね)


あのお茶会で陛下自らが「自分が強く言い聞かせる」と約束しておきながら、履行されなかったのだ。その決定的な失態と無能さが、いまや全貴族の目の前で白日の下に晒されたのだ。


そんな父王たちの絶望的な表情など知る由もなく、王太子は得意げに口を開いた。


「みな、卒業おめでとう! 我々も成人し、一人前の貴族となった! 貴族となったからには、己の意志で正義を貫き、立ち塞がる困難には強い決意を持って立ち向かわねばならない! だが……この輝かしい門出において、私は決して見過ごすことのできない『醜い悪』を目にしてきた!」


(ふふ、なんとも分かりやすい導入ですこと。次は『見逃せない罪がある』……かしら?)


自分を断罪しようと必死に言葉を紡ぐ王太子の姿に、フランチェスカは心の中でくすりと苦笑した。


「そう、大人の仲間入りを果たした今こそ、私は自らの手で罪を裁かねばならない!


フランチェスカ・ド・セリム!


前に出よ! 貴様は公爵家や大帝国の権勢を盾に取り、嫉妬に狂って可憐で無垢なレベッカを執拗に苛め抜いた!


学園という箱庭では誰も貴様に逆らえなかっただろうが、この場には多くの高位貴族が証人として揃っている! 言い逃れはできんぞ! おとなしく己の醜い罪を認め、今すぐこの場で彼女に膝を折り、謝罪せよ!!」


大音量で響き渡る王太子の断罪宣言。

広大な講堂は、水を打ったような完全な沈黙に包まれた。


フランチェスカは、ゆっくりと立ち上がり扇を優雅に広げた。

帝国皇女としてのマナーも、王太子妃としての作法も叩き込まれてきた。だが、これほどまでに呆れ果てたお戯言を聞かされて、笑わずにいる方が無理というものだ。

本当に、この場で声を上げて高らかに笑ってしまいたいほどだった。


これから国家の命運を分ける真剣な交渉をしようというのに、これほど笑いをこらえさせる攻撃など、高度な嫌がらせにも程がある。


フランチェスカは込み上げる笑いを気品ある微笑みで覆い隠すと、高座に座す国王陛下へ向けて深く頭を下げた。


静まり返った講堂の中で、そこに大輪の花が咲いたかのような、息をのむほど美しく洗練されたカーテシーであった。


「国王陛下。陛下と交わしたお約束は破られました。当家はこれをもって、王家との『婚姻契約の破棄』を正式に申し上げます」


国王陛下はガタリと激しい音を立てて椅子から立ち上がった。


「フランチェスカ…! いきなり何を言い出すか!」


「いきなりではございませんわ。……多くの諸卿が列席されるこの場において、改めて事実を確認いたしましょう」


フランチェスカは王太子へ1秒たりとも視線を向けることなく、澄んだ声で講堂全体に言葉を響かせた。


「わたくしと王太子殿下との婚約は、亡き母である大帝国第三皇女の娘、ならびに現帝国皇帝の孫娘としての価値に基づき、両国の平和と友好を維持することこそが絶対の命題でございました。


しかしながら学園入学以来、殿下とわたくしの関係が友好とは程遠いものであったことは周知の事実でございます。


また、本日に至っては、正妃となるべきわたくしではなく、見知らぬ下位令嬢を伴って入場される始末」


彼女の冷徹な指摘に、高座の国王夫妻は顔面を蒼白にさせた。


「この明白な現実を鑑みるに、すでに政略結婚はその趣旨を根底から失っております。


以前より幾度となく書面と対面にて危機を訴え、国王陛下自らが『対応する』とおっしゃったにもかかわらず、何一つ改善されなかった。


……これは王家側に、契約を履行する意思も能力もないものと判断せざるを得ません。よって、本契約は破棄といたします」


「ま、待て! いや、待ちなさい、フランチェスカ!」


「いいえ、国王陛下。わたくしはすでに十分な時間を待ちましたわ。これ以上問題を先送りにすれば……余計な血が流れることとなります」


『血が流れる』という一言に、講堂全体に恐怖のどよめきが駆け抜けた。


「ち、血が流れる……? どういうことだ、何を言っているんだ……!?」


自分の描いていた「悪女断罪劇」とは全く違う次元で話が進み、王太子が狼狽しながら呟く。フランチェスカはその声すら完全に無視して言葉を続けた。


「お分かりになりませんか? わたくしと現在の王太子殿下をこのまま無理やり婚姻させた場合、帝国との関係破綻を恐れる現実派の貴族たちと、事態の深刻さを理解しない王太子擁立派との間で、激しい内戦が勃発するのは火を見るより明らかです」


フランチェスカは一歩、前へと踏み出した。


「わたくしが殿下に寄り添うなどという選択肢も存在いたしません。


個人感情の『恋愛』を国家の命題より優先されるお方とわたくしでは、見ている世界があまりに違いすぎます。決して相容れることはございません。


……そして、もし王国がわたくしを『悪女』として排除しようものなら、帝国軍が即座にイリアナ王国へと侵攻を開始するでしょう。


その攻撃は統治や併合を目的としたものではなく、皇女の血を愚弄されたことに対する『徹底的な報復と殲滅』となりますわ」


講堂は、静寂を超えた絶望に包まれた。

これは——もはや学園の噂話などではない。イリアナ王国という国家の『存亡の危機』そのものであった。


この冷酷な現実を知らなかったのは、王太子と男爵令嬢の浅はかな恋愛劇を能天気に楽しんでいた一部の愚者だけだ。良識ある大多数の貴族たちとは、すでにフランチェスカの手によって意思疎通と危機感の共有が完了している。


甘い夢から醒めさせたとき、夢が美しかった分だけ現実は過酷に突き刺さるのだ。


収まらない動揺の中、国王陛下が絞り出すような声で叫んだ。


「フランチェスカ! お前には独断で婚約を破棄する権限などないはずだ! 一度場を改め、冷静に話し合おうではないか!」


フランチェスカは、完璧な淑女の笑みを浮かべた。


「ご心配には及びませんわ、陛下。……昨日をもって、セリム公爵家の当主はわたくしフランチェスカ・ド・セリムが正式に継承いたしましたの。


政略結婚の成否を決するのは家督を預かる当主の務め。新当主であるわたくしがこの場で契約破棄を宣言することに、手続き上の不備は一切存在いたしません」


「な……なんだと……!?」


「……そろそろ、終わらせましょう。


もし、この契約破棄を王国側が認めないと仰るのであれば——明日には国境側に駐屯する帝国東方面軍十万が公爵領に動き、我が公爵領は王国を離脱し、大帝国へと正式に臣従いたします」


「ば、かな……」


国王陛下は崩れ落ちるように椅子へと深く腰を落とした。

顔を両手で覆い、その隙間から、まるで神々しくすら見える新公爵フランチェスカの姿を絶望の目で見つめた。


「なぜ……なぜ、そこまでするのだ……」


「ふふ、お父様もまったく同じことをおっしゃいましたわ。……では、最後にお教えいたします」


フランチェスカは、すっと一本の指を立てた。


「第一に。そもそも帝国の血脈を強く望んだのは王国側でございますのに、その血を引くわたくしと大帝国の尊厳を軽視し続けたこと」


続いて、二本目の指を立てる。


「第二に。危機を再三共有し、三年間という十分な猶予を与えられながら、何一つ手を打たず問題を放置し続けた王家と当主の無能さ」


そして、三本目の指を立てた。


「第三に。すでに国家の存亡に関わる重大事態に発展しているにもかかわらず、それに気付かず『幼い恋愛感情の不始末』として矮小化しようとした対処能力の欠如」


フランチェスカは両手を優雅に広げ、堂々と宣言した。


「そのすべての愚行が積み重なった結果が——今日のこの危機でございます」


静寂の中、参列したすべての貴族、そして卒業生たちが悟った。

今、自分たちの頭上に突きつけられているのは、王家の慢心と怠慢が招いた決定的な破滅の刃なのだと。


「貴方様方は、帝国の血を引くわたくしを舐めておられた。それが大帝国そのものを侮辱することと同義であると悟る知性すらお持ちではなかった。……もしわたくしが貴方方の望むような『愚かな悪女』として感情的に騒ぎ立てていたなら、帝国は我が身もろともこの国を地図から消し去っていたでしょう」


フランチェスカの視線に、初めて『愛国者』としての熱い光が宿った。


「貴方様方は勘違いしておられますが……大帝国はわたくしよりも鋭利で冷徹な肉食獣(モンスター)ですわ。わたくしが帝国の意にそぐわぬ行為をした場合、わたくしもろとも排除されるでしょう。


わたくしは大帝国の血脈であると同時に、このイリアナ王国で生まれ育った愛国者でもございます。


だからこそ、この国を破滅から救いたかった。イリアナ王国という我が故郷を滅ぼさないために、わたくしは立ち上がったのです」


会場の誰もが言葉を失い、ただ彼女の圧倒的な高潔さに息を呑んだ。

フランチェスカは胸元から、重厚な羊皮紙の書簡を取り出し、朗々と読み上げた。


「イリアナ王国筆頭公爵、セリム公爵が奏上いたします。国王陛下、これより『貴族議会』を即刻設置し、貴族の総意をもって国政を動かす新たなる治世をお認めください。


……なお、本提案にはすでに全貴族家の『三分の二』を超える賛同の署名が集まっております」


青ざめた儀典官が震える手で書状を受け取り、国王陛下の元へと恭しく捧げた。

国王陛下は深く、重い息を吐き出すと、ガタガタと震える手でその書簡を掴み取った。


それは無言の承諾であった。

フランチェスカを『新公爵』と認め、王太子の婚約破棄を受け入れ、そして王家が絶対権力を手放し『貴族議会(象徴君主制)』へと移行することを認めた、歴史的瞬間であった。


次の瞬間—講堂全体から、割れんばかりの嵐のような拍手と歓声が巻き起こった。

それは愚かな王家の専横から解き放たれ、国家の破滅を未然に回避した新公爵フランチェスカと共に歩む『新時代』の到来を心から祝福する、全貴族たちの熱狂であった。


やり遂げたフランチェスカはそっと胸を撫で下ろし、穏やかな笑みを浮かべて自らの席へと腰を下ろした。


ただ一人、光り輝く舞台の中央で、自分に何が起きたのかすら理解できず、ただ惨めに立ち尽くす王太子の姿を残して。


◇


そして…。


これは未来の話。


イリアナ王国の『フランチェスカ・ド・セリム』という名は、世界の歴史において知らぬ者のないほど著名である。

未だ男尊女卑の風潮が根強く残っていた時代において、世界初となる『貴族議会制度』を樹立させ、初代女性議長としてその卓越した政治手腕を振るった人物である。

今日においても、ジェンダーの平滑や女性の権利向上を巡る議論においては必ずや彼女の名が引き合いに出され、「自立した女性の象徴」として不滅の光を放っている。


彼女のドラマチックな半生は学校の歴史教科書に記載されるにとどまらず、あらゆる時代で小説、映画、戯曲、ドラマへと姿を変え、新たな時代の「フランチェスカ像」が再解釈され続けている。


中でも興味深いのは、彼女の若き日の逸話として必ず語られる、まるで古典戯曲か軽小説のごとき「学園卒業式での婚約破棄事件」であろう。


作品によっては、彼女が王家を裏切り権力を強奪した「冷酷なる悪女」として描かれることも少なくない。

これは当時、失脚した旧王家派や一部の諸侯が遺した『悪女フランチェスカ』なる偏頗な記録が、史料の提示として現存していることも一因である。

しかし、彼女が遺した偉大な政治的成果と平和への貢献を見れば、彼女が歴史に名を刻む不世出の偉人であったことに疑いの余地はない。


だが、完全無欠の聖人ではなく、そうした「恐ろしくも魅力的な悪女」としての側面を併せ持っていることこそが、没後数百年を経た今なお、人々が彼女の物語に魅了され続ける最大の理由なのかもしれない。


——御剣出版『世界の歴史を動かした女性偉人伝』より抜粋——


おしまい


評価・レビュー等は受け付けておりますが、返信できない場合が多いので、ご承知おきくださいmm


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AI利用状況設定については、設定にて「補助的利用(アイデア出し・資料調査・誤字脱字のスペルチェックなど、補助的な利用)」にチェックして投稿しています。

補助的利用については、「この設定は公開されません。※ただし、コンテストに参加されている場合や、商業化等で作品へのお問い合わせがあった場合など、関係する企業に伝達することがあります」

とのことなので、AIラベルは表示されていないようです。

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本作はAI(Gemini)を利用し、作者が文章を書き→AIに校正を行ってもらい→それを再度見直し、修正・削除を行っています。

基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。

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― 新着の感想 ―
公爵と王家は身内の情に甘え責任を押し付けやすい所に押し付けようとする辺り親戚感がある。
エピローグなり閑話なりで阿呆王太子達の末路を期待します。
面白かったです。かっこいい女性って素敵ですよね
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