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それを悪女と呼ぶか、貴族と称えるか  作者: あらたまのみこと


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前編

今回は、乙女ゲームを政治的なアプローチで勧めた場合です。甘くないお話です。

イリアナ王国の公爵令嬢であるフランチェスカは、生まれた時から王太子殿下の婚約者である。


大国であるファサル帝国との同盟に際して、帝国第三皇女である母が、王の従兄でもあるセリム公爵家に嫁いできたのだ。


帝国の血を引くフランチェスカは、両国の架け橋としての使命を帯び、誕生と同時に現在の国王陛下——当時の王太子の第一子である王子との婚約が取り交わされた。


その母は、フランチェスカが十歳の頃に流行病で儚くなった。


しかし、母からの教えを胸に、フランチェスカは大帝国の血を引く淑女として恥ずかしくないよう、礼儀作法、帝王学、言語、魔法、そして人心掌握術のすべてを叩き込まれた。


フランチェスカ自身も自らを帝国の皇女の血を引く姫として、王国の高位貴族の姫として、まさに「淑女の中の淑女」。将来の『国母』となるべき令嬢として、誰もが認めざるを得ない能力と品格を身につけていったのだ。


姿形においても、彼女の存在感は群を抜いていた。

亡き母から受け継いだ一糸乱れぬプラチナブロンドの髪に、凍てつく冬の湖のように静かで美しいアイスブルーの瞳。陶器のように滑らかな白い肌と、隙のない立ち姿。

鏡に映るその姿は、可憐な少女というよりは、すでにひとりの淑女として完成していた。


王太子妃となるための教育プログラムも、王国の歴史において史上最速の速さで修了させており、教官たちが「もはや教授できることは何もない」と感嘆したほどである。


これほどの準備を整えたフランチェスカにとって、王太子殿下との関係も良好にできると捉えていた。

共に将来の国家を導くパートナーとして、着実に信頼と絆を深めていけるだろうと…。


フランチェスカは、そのつもりだった。


◇


フランチェスカが十五歳となり、王国の学園に通い始めると、重大な支障が生じた。


王太子殿下が、学園で出会った男爵令嬢レベッカと恋に落ちたのだ。


男爵令嬢レベッカは、良く言えば「天真爛漫」、悪く言えば貴族としての教育が根底から欠落した、お世辞にも淑女とは呼べない人物であった。 すべてが完璧なフランチェスカとは、まさに正反対の存在。 殿下が完璧な淑女ではなく、そのような娘に気晴らしの情を寄せる程度ならば、大目に見ることもできた。

だが、恋という重篤な病に冒された王太子とレベッカは、あろうことか白昼堂々と学園内で睦み合い始めたのだ。


立場というものを、理解していない。 婚約者であるフランチェスカの顔を潰すだけでなく、未来の国王としての優先順位すら履き違えている。


現に学園内では、フランチェスカとの不仲説や愛妾説、はたまた婚約破棄の噂まで飛び交う始末であり、もはや放置しておける限界を超えていた。


フランチェスカは、優雅な歩調で二人へと歩み寄った。


「王太子殿下。公の場において、婚約者でもない令嬢と過度な距離で歓談なさるのは、お控えになられた方がよろしいかと存じます」


感情を排し、ただ事実と貴族としての嗜みを諭すように促す。 しかし、帰ってきたのは予想を遥かに下回る答えであった。


「嫉妬か? くだらない。学園では身分に関係なく交友を深める場だ。婚約者だからと俺の邪魔をするな」


「フランチェスカ様、王太子殿下とはただのお友達なんです! そんなに怒らないでください!」


吐き捨てられた戯言に、フランチェスカはそっと瞼を閉じた。

そして、完璧な角度で美しく優雅にお辞儀をする。


「……左様でございますか。わたくしの申し上げたいことは以上でございます。それでは、失礼いたします」


一切の揺らぎを見せず、その場を後にする。


(王国の第一王子ともあろうお方が、政治的配慮を『嫉妬』とすり替えるとは。どのような教育を受ければあのような思考に至るのかしら。男爵令嬢に至っては、許可もなく公爵家の当主たる我が家の名を気やすく口にする始末……)


フランチェスカの頭の中に浮かんでいたのは、恋の裏切りに対する傷心などではない。 『この国の王族教育、および学園の存在価値そのものへの深刻な疑義』であった。


学園から王都にある公爵邸に戻ると、フランチェスカはすぐに身だしなみを整え、執事を呼び寄せた。父の動静を確認し、学園での出来事を協議するための時間を押さえさせるためだ。


父セドリックもフランチェスカも、公爵家の最高意思決定者として時間は有限であった。 母が亡くなり、二年前に父は後妻であるフランカを迎えた。フランカは特に有力な後ろ盾も持たない伯爵家の出で、二歳になる男児ロベルトを産んでいる。


しかし、フランカには我がセリム公爵家のような格式ある家政を束ねる力はなく、そのため実質的な切り盛りは父とフランチェスカが分担して引き継いでいた。


父は公務や領地経営に加えて外部との社交を担い、フランチェスカは王太子妃としての勉学の傍ら、一部の公務と公爵家の内政全般を引き受けていたため、最近では親子でまともに会話を交わす余裕すらなくなっていた。取りつけられた時間は、夕食後のわずかな小一時間。それでも当日のうちに時間を確保できたのは運がよかった。


重厚なオークの扉を押し開き、フランチェスカは父の執務室へと足を踏み入れた。

部屋には、書類を整える紙の擦れる音と、壁に掛かった大きな振り子時計の重々しい刻音だけが響いている。 執務机の前に佇む父セドリックは、グラスに注がれた琥珀色のブランデーを指先で揺らしながら、積み上がった羊皮紙の山から視線を上げようとしない。


フランチェスカは差し出された安楽椅子に深く腰掛け、執事が恭しく給仕したハーブティーの湯気を静かに見つめた。


「お父様。学園での王太子殿下のお話はお聞きでしょうか?」


静寂を破った娘の問いに、セドリックはグラスを傾けたまま、顔も上げずに応じた。


「ああ、知っている。殿下はまだお若いのだ。目移りするのも無理はない。大目に見て差し上げなさい」


「大目に……? 王族として相応しい振る舞いとは思えませんが」


「若さゆえの過ちというものもあるだろう。大人になれば、自然と理解される」


セドリックは手元の書類に羽ペンで署名を走らせる。その動作には、この話題を早々に切り上げたいという露骨な鬱陶しさが滲んでいた。


「わたくしは、そのような過ちを一度たりとも許されておりませんが?」


「誰もがお前のように完璧にこなせるわけではないのだ、フランチェスカ」


会話の最中、父は一度も娘の顔を見ようとしない。視線は常にデスクの書類か、手に持ったグラスへと逃げていた。 フランチェスカは小さく息を吸うと、他人が見てもはっきりとわかるように、冷ややかな溜息を吐き出した。


「……まったく、この国の王族の血なのですかね。そうやってすぐ目を逸らす。現実から逃げ続けるところなど」


その一言に、セドリックの手がぴたりと止まった。 羽ペンをデスクに叩きつけるように置くと、ようやく血走った目をフランチェスカへと向ける。


「お前……ッ!」


「そうでしょう? 帝国の皇女であったお母様に引け目を感じ、正面から受け入れることの出来なかったお父様。……王太子殿下は、本当に大人になれば理解できるようになるのでしょうか? そのような都合の良い変化が、王族の教育で望めるとお思いですか?」


「お前もこの王国の人間だ! いつまで帝国の皇女を気取っている!!」


セドリックの怒声が執務室に響き渡った。だが、フランチェスカの表情はピクリとも動かない。優雅にティーカップを皿に戻し、カチンと静かな磁器の音を立てる。


「……能力のお話をしておりますのよ。足りないと自覚しているのであれば、努力なさるか、役割を変えるなりなさるべきです。王太子殿下は、単に己の責務から逃避なさっているだけに思えます」


「くっ……だから、しばらく様子を見ろと言っているのだ!」


セドリックは苦々しく吐き捨てると、逃げるようにブランデーを一気に煽った。

フランチェスカはその哀れな姿を冷たいアイスブルーの瞳で見つめ、立ち上がった。完璧なお辞儀と共に、静かに宣告する。


「……承知いたしましたわ。報告書は定期的に送らせていただきます。公爵家だけでなく、王家へも。……どうか今度は、キチンとご覧になってくださいませ」


こうしてフランチェスカと父との不毛な対話は終わりを告げ、彼女は王太子たちの醜聞に対し、暫しのあいだ静観を装うこととなったのだった。


◇


それ以来、フランチェスカは王太子殿下との無益な関わりを極力避けるようにした。


そうでなくとも、彼女の日常は過密を極めている。将来の王太子妃としての公務、筆頭公爵家の家政の統括、高位の客人への精緻な対応、社交における礼状や贈り物の手配、夜会やお茶会の差配—さらには、イリアナ王国のみならず大帝国や周辺諸国の複雑な政情把握に至るまで、処理すべき課題は山積みであった。


子どもの恋愛ごっこに付き合っている暇など、最初から1秒たりとも存在しないのだ。


とは言え、完全に放任することもまた政治的リスクとなり得る。


フランチェスカは寄子の貴族たちに命じ、複数の目撃証言に基づく王太子たちの動向報告書を定期的に作成させた。それらは「将来的な国家の安寧に対する懸念」という公式意見を添え、公爵家および王家へと提出し続けた。


こうしておけば、王太子や自らに付いている護衛、あるいは暗部に蠢く影の者たちの報告書とのすり合わせが可能となる。仮に王家側が報告を意図的に握り潰したとしても、定期的に正式文書を提出し続けている以上、「問題を予見しながら放置したのは王家と当主(父)の側である」という決定的な過失を反論の余地なく立証できるからだ。


さらにフランチェスカは、この報告書の写しを「近況を知らせる私的な手紙」にそっと同封し、帝国の皇帝──実の祖父へと定期的に送付していた。

祖父と孫娘の心温まる私的書簡という体裁を装うことで、他国の検閲を合法的にすり抜け、大帝国の最高権力者の元へと確実に届く「保険」を仕掛けたのだ。


その頃、学園内での噂話は歯止めが効かないほど無軌道に広がりを見せていた。

中でも最も主流を占めていたのが、「フランチェスカは帝国皇帝の血筋を盾に取り、王族を蔑ろにしている冷酷な悪女である」という不穏な風評であった。


この噂を耳にした時、フランチェスカは不快感を抱くどころか、心の中で静かに感心した。

事実に基づき、真質を巧みに穿った実に出来の良い噂だと評価したのだ。


自身が帝国皇帝の血脈を誇りとしているのは紛れもない事実であり、王太子の浅はかな愚行を取るに足らないものと見下しているのも事実。それらを『蔑ろ』という言葉にすり替え、王国への反発という大義名分を与えることで、王太子の醜聞に正統性を持たせようとする—実に見事な世論誘導の手腕であった。


(王国にも、これほどの絵を描ける知恵者が存在しましたのね)


少しばかり安堵したものの、王太子側に就いている時点で、所詮は視野の狭い小利口に過ぎない。

しかし、使い方さえ誤らなければ有用な道具となり得る。将来的に自らの忠実な駒として取り立てるべく、フランチェスカは即座に噂の発信源の特定と背景調査を命じた。


この時点で、フランチェスカの手元にはすでに恐ろしく優秀な側近の手足が完璧に揃っていた。


公爵領の若き有能な文官たちや、母方の実家である大帝国のお祖父様(皇帝陛下)から密かに遣わされた情報収集と暗躍の専門家たち──。彼女の手足として冷徹かつ正確に働く彼らの存在があったからこそ、膨大な公務と並行して、王国全体の情報を完璧に掌握することが可能となっていたのだ。


こうした緻密な裏工作と細々とした政治的処理をこなしながら、静かに年月が流れていく。



王太子殿下の問題は、一年が過ぎ、二年が経過しても、何一つ改善されることはなかった。

フランチェスカがあえて静観を決め込んでいたこともあり、学園での噂は収束するどころか熱を帯び、彼女を『悪役』に仕立て上げる多種多様な陰口が飛び交っている。


あまりの過熱ぶりに、高位貴族の一部やまともな良識を持つ者たちは、苦々しい顔で静かに距離を置いた。一方で、事態の異様さを察知した幾つかの有力貴族家からは「このまま放置して本当によろしいのか」と密かに打診と懸念が寄せられた。


フランチェスカは、噂に対する各貴族家の動向を冷徹に見極めていた。

王太子殿下と、位も低くろくな後ろ盾もない男爵令嬢。その浅はかな恋愛劇に興じ、噂をただの娯楽として消費するのは、平民と変わらぬ愚者である。

帝国の血を引く国内随一の公爵家が『なぜ沈黙を守っているのか』──その政治的意味にすら思い至らないのであれば、貴族家としての価値は皆無に等しい。


フランチェスカは有能である。

そして真に有能な支配者とは、発生した問題を単に処理・解決する者のことではない。

『生じた問題すらも利用し、己の都合の良い盤面へと利用できる者』のことだ。


この噂において、悪意ある風評を作り出した者。それを無邪気にデマを媒介する者。乗じて甘い蜜を吸おうとする者。脅威と受け止める者。動かないフランチェスカに焦りや憤りを募らせる者。危機感を共有しようとする者。そして、静かに距離を置く者。


二年という年月は、王国中の貴族たちの『政治的見識と踏み絵』を炙り出すには、十分すぎる時間であった。


フランチェスカの頭の中で、複雑に絡み合う貴族たちの勢力図が、一筋の明瞭な盤面として完成していく。

学園の卒業という大きな節目まで、もはや残された時間は少ない。


「……そろそろ、動く頃合いですわね」


冷ややかな笑みを唇に浮かべ、彼女は静かにチェスの駒を進める決意を固めたのだった。


◇


フランチェスカは正式に先触れを出し、王太子殿下の引き起こしている問題について、王家ならびに公爵家による会談を申し入れた。学園入学以来続いている男爵令嬢レベッカとの醜聞に対し、両家としての公式な見解を尋ねたいと迫ったのだ。


申し入れから一週間後。王家の離宮において、身内のみという名目の非公式なお茶会が設けられた。


会談の場となったのは、離宮の庭園に佇む東屋である。色鮮やかな花々と穏やかな池を見渡せる、実に景観の美しい場所であった。

フランチェスカは正装でありながらも過度な装飾を排した、気品漂う落ち着いたドレスを纏い、父セドリックと共に案内された。


この会談を申し入れた際、父は大袈裟だと激しく反発した。

しかしフランチェスカは、「これは子供同士の他愛もない喧嘩ではなく、国家間の契約に関わる重大な確認であること」「すでに王家には正式に書面で通知済みであること」「問題を曖昧に放置することは公爵家の名誉に関わること」を淡々と並べ立て、父をぐうの音も出ないほど説き伏せたのだった。


なお、このお茶会に王太子の姿はない。

「必要なのは個人の感情論ではなく、国家と家における契約履行の確認であるため、殿下の同席は不要」とあらかじめ通告しておいたからだ。


やがて、静寂を破って国王陛下と王妃殿下が姿を現した。

フランチェスカはゆったりとした優雅な所作で立ち上がり、完璧な角度で頭を下げた。


「お忙しいなかご足労いただき、誠に恐縮に存じます。セリム公爵家が娘、フランチェスカが国王陛下、ならびに王妃殿下にご挨拶申し上げます」


その隣で、父は言葉を失ったまま静観するしかなかった。

本来であれば、家督を持つ父が最初に口を開くのが貴族社会の絶対的な礼儀である。

しかしフランチェスカは、自身が宿す『大帝国皇帝の孫』という絶対的な権威を背負うことで、この場の主賓が自分であることを無言のうちに宣言したのだ。


少しの静寂の後、最初に沈黙を破ったのは国王陛下であった。


「……挨拶を受け取ろう、フランチェスカ。セドリックも久しいな。お互い王宮におりながら、なかなかゆっくり話す機会もなかったな」


国王陛下は、フランチェスカが叩きつけた静かな威圧感をさらりと受け流すと、従兄でもある父へと気さくに視線を向けた。

父は顔を朱に染め、娘が自分を差し置いて口を開いた不敬を取り繕うように、慌てて深く頭を下げた。


「は、はい。国王陛下、王妃殿下に謹んでご挨拶申し上げます。……娘の行き届かぬ振る舞い、大変失礼いたしました。公務の忙しさに感けて、久しくお目にかかれず申し訳ございません」


父の言葉には、フランチェスカへの苛立ちと、王家に対する平身低頭な恐縮が透けて見えていた。

国王陛下はそれを宥めるように穏やかな笑みを浮かべ、あえて「身内の談笑」として扱うことで、フランチェスカが持ち込んだ張り詰めた空気を和らげようと試みているのだ。


(都合が悪くなると『身内』の情に訴えて煙に巻く……。昔からの王家の悪い癖ですわね)


それなら、それで良い。

あの挨拶は、こちらが会話の主導権を握っているという最初の意思表示に過ぎないのだから。


全員が東屋の席に着くと、離宮の使用人たちが洗練された手つきで、軽くつまめる繊細な菓子と香りの良い紅茶を運んできた。

全員が紅茶に一口だけ唇を付け、場にわずかな静寂が訪れたその瞬間、フランチェスカは迷いなく本題を切り出した。


「本日お伺いいたしましたのは、学園における王太子殿下のありようが、当家との政略結婚における本来の趣旨と激しく相反している問題についてでございます。


ご承知のとおり、亡き母である帝国第三皇女、ならびに現帝国皇帝の孫娘としての我が身に流れる帝国の血脈という価値に基づき、王国と帝国の友好関係を維持することこそが、わたくしと殿下との婚約における絶対の命題となっております」


フランチェスカはそこで一度言葉を切り、氷のように冷ややかな、けれど完璧な笑みを浮かべた。


「しかしながら、学園入学から二年にわたり、殿下とわたくしの関係が友好とは到底言い難い状態であることは、両家とも重々ご承知のはず。


仮にこのまま予定通り婚姻を結んだとして、それが帝国と王国との真の友好に繋がり得るか……甚だ疑問と言わざるを得ません。つきましては、王家ならびに公爵家として、この『国家間契約の履行』についてどのようなお見解をお持ちなのか、正式にお伺いしたく存じます」


一息で叩きつけられた極めて合理的、かつ隙のない正論に、国王陛下と王妃殿下はしばし呆気に取られたように言葉を失った。

提示されたロジックを頭の中で反芻するにつれ、両者の顔に苦渋の色が滲み出していく。


沈黙を破り、国王陛下より先に反応を示したのは王妃殿下であった。


「……フランチェスカ。この件に関して、貴女も王太子と距離を置いておられると聞き及んでいますわ。現状に問題があるのは確かでしょうけれど……もう少し、貴女の側から王太子に寄り添うことはできませんの?」


王妃殿下がお互いの仲を取り持とうと助言している意図は解る。だがそれは、王太子の不始末を報告された段階で、殿下本人に対して与えるべき指導であった。


「失礼ながら、わたくしは王家の教育方針に関して意見する立場ではございません。


最初に一度、王太子殿下と男爵令嬢に対し、貴族としての一般的な嗜みについて助言をいたしました。ですが殿下は、それを『嫉妬』という言葉で退けられました。……貴族としての常識や契約の重みを、個人的な愛憎とすり替えておられる以上、現状の殿下と認識をすり合わせるには、王太子殿下の教育の進歩段階がわたくしのそれと乖離しすぎておりますわ。


国家の重責を担う身として、共通言語すら持たぬ相手と一から交渉をやり直すような時間的猶予は、あいにく持ち合わせておりません」


歩み寄るにしても王太子の程度(教育水準)が低すぎる—そう暗に突きつけられた王妃殿下は絶句し、国王陛下は不快そうに顔をしかめた。

父セドリックが、すかさず間に入る。


「フランチェスカ! 今の物言いは不敬だぞ!」


だが、フランチェスカは謝罪することもなく、冷静に言葉を重ねた。


「これは王家と公爵家の『契約』であり、その唯一の前提は、わたくしの血脈を通した帝国との友好関係の構築でございます。


帝国との友好の鍵となるのがわたくしである以上、王太子殿下がわたくしに合わせるならともかく、わたくしが殿下に合わせる必要がどこにございましょう?


ましてや、我が身を低きへ流すことなどあり得ませんわ」


その断言に、全員が完全に閉口した。フランチェスカの突きつけた事実があまりにも正論だったからだ。


池のほとりから聞こえてくるカエルの鳴き声、風に揺れる木の葉のざわめき、小鳥たちの美しいさえずる。静寂の中で人の声以外の音だけが響く長い間を置き、フランチェスカは改めて問題の核を提示した。


「ですから、婚約についての公式な見解を両家にお聞きしたいのです。


現状では、本来の目的である『帝国との友好』など成立いたしません。そして、わたくしが殿下を立派な王太子に育てるべく補佐することもございません。それは王族教育の領分であり、わたくしが関与すべき責任ではないからです」


フランチェスカは背筋をすっと伸ばし、威厳に満ちた眼差しで両陛下を見つめた。


「みなさま……これは王家と貴族の甘い恋模様を描いた『舞台劇』ではございませんわ。過去無数の先人たちが血を流し、国家国民の生存戦略として定めた『契約』のお話でございます」


国王陛下が、胸の奥から絞り出すように重い声を漏らした。


「……フランチェスカの問題については、儂から王太子に強く言い聞かせる」


その回答に、フランチェスカの心には深い落胆が広がった。


「国王陛下。学園の卒業まで、もはや半年を残すのみとなっております。

強く言い聞かせるなどという、幼子に注意を促すような対応で、王太子殿下が今更己の身のあり方を振り返るとお思いですか?」


流石に踏み込みすぎたか、国王陛下の顔に激しい怒りの色が浮かんだ。

しかし、フランチェスカとて己の進退がかかっており、何より生まれ故郷である王国の未来を憂えてのことなのだ。決して王族を無闇に貶めたいわけではない。


「フランチェスカ、もう口を閉じなさい! 国王陛下からのお言葉をいただいたのだ。臣下はそれに従わねばならん!」


父の必死の制止を聞き、フランチェスカは静かに諦めた。

せめて、「歳の離れた王弟殿下の後妻として嫁ぎ直す」なり、「公爵家の家督をわたくしが継ぎ、帝国から婿養子を迎える」なり、政治的な打開策を具体的に議論できることを期待していたのだが……。


「言い聞かせる」というあまりに幼稚な回答には、本気で呆れ果ててしまった。


(お父様然り、王族の逃げ癖はもはや血筋なのですか。……よくもまぁ、これまでこの国家が存続できたものですわね)


「……承知いたしました。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございました」


フランチェスカは、これ以上の進展は望めないと完全に割り切った。

時間を置くことで成熟するものもあれば、ただ腐敗していくだけのものもある。今回の件は、間違いなく後者であった。


下された決断の結果については、各々が等しく責任を負うべきである。それこそが、意思決定という行為の代償なのだから。


もちろん、フランチェスカは王家の「言い聞かせ」が成功するなどとは夢にも思っていなかった。

人はそう簡単に変われるものではない。自己を形成するのは、それまでに積み重ねてきた知識と経験の総体である。確立された人格を修正するには、それまでの生き方や経験を自ら否定することから始めなければならないのだ。

つまり、一度出来上がった人間の矯正など、幼子にものを教えるよりも遥かに困難な事業なのである。


誰もがその現実に気付きながら目を背けるのは、間違った人格形成に費やした時間の責任を取りたくないからに他ならない。しかし、統治者たる者はその間違いを正さねばならないのだ。


たとえその手段が、修正ではなく—『排除』であっても、『廃棄』であったとしても。


評価・レビュー等は受け付けておりますが、返信できない場合が多いので、ご承知おきくださいmm


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AI利用状況設定については、設定にて「補助的利用(アイデア出し・資料調査・誤字脱字のスペルチェックなど、補助的な利用)」にチェックして投稿しています。

補助的利用については、「この設定は公開されません。※ただし、コンテストに参加されている場合や、商業化等で作品へのお問い合わせがあった場合など、関係する企業に伝達することがあります」

とのことなので、AIラベルは表示されていないようです。

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本作はAI(Gemini)を利用し、作者が文章を書き→AIに校正を行ってもらい→それを再度見直し、修正・削除を行っています。

基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。

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