第四十七話「分断戦:後編」
メーガンとカラが耳を澄ませて音を聞き、
前へ前へと進むこと数十秒後、
彼女たちはある男の元にたどり着いた。
血管らしきものがくっきりと浮かび上がっている、
にやけ面で、気味の悪い男。
癖のある黒髪に180cm弱ほどの背丈、
体つきで逞しい方で、
服装はあまり見たことのない物だ。
毛皮や皮でもなく、
スーツのような素材でもない
全く別の素材でできた服装。
上着にインナー、ズボン、ブーツ。
全てが黒色だが
その服になぜか黄色い光の線が浮かび上がっているのが
彼女たちにはとても奇妙に映る。
そんな服装にカラは少しだけ見覚えがあった。
「あなた、なんでこんなところにいるんですか?」
急な侵攻で宣戦布告も出していない状況である以上、
民間人がいる可能性がないわけではない。
限りなく無に近いとはいえ、
戦時中だあろうとカティアの騎士が、民間人を警告もなく
殺したともなれば問題になる恐れがある。
しかし、この状況でサラと同じ格好をしている
彼に何もしないで無視なんて真似はやはりできない。
「ここには何のために?」
だから、彼女は質問した。
その男の正体を探るために
もし怪しければ無力化するなり
最悪殺せばいい。
軍隊内で妥当性があるなら
不祥事はもみ消せる。
だが、不要な殺しは彼女らも望むところではない。
(急に何だ?)
てっきりすぐに切りかかってくるものだと
思っていたため少し驚くルーカスだったが
「依頼だよ。
俺は、ハンターだ。」
咄嗟に嘘をついた。
本当にただの真っ赤な嘘。
それをついたのは
(やり過ごせるならそれに越したことはないか?)
そう考えたためであった。
昂る感情を抑えながら
最善と思われる選択を取ろうと
彼は平静を装う。
「ここらに魔獣の被害があってさ
なんか黒い怪物がいたらしい。」
「・・・・そうですか、その服装は何です?」
「服装?
ああ、これは最近ハンターで流行りの
戦闘着だよ。
結構調子いいんだぜ?」
「・・・・そうですか」
彼がテキトウに言った言葉、
それらすべて、カラには矛盾なく受け入れられてしまう。
なぜなら、嘘ではないからだ。
(あの銃は禁止令が出たとはいえ
使ってるのは革命軍兵士だけじゃない。
ハンターにも、民間人にだって、
もうあれは広まってしまってる。
ああいう服も、どこかで見たような気がするし・・・・)
そんなカラへ
今度はルーカスから疑問を呈した。
「あんたらは騎士か?
あんたは鎧着てないけど
そっちは着てるよな?」
紫髪のカラを指した後
オレンジ髪のメーガンを見る。
「何だ? 任務か?」
「・・・・・」
黙ってしまったカラが次の言葉を切り出そうとする、
その前に、今度はメーガンが口を開いた。。
「ねえ、カラ。
なんか知ってる人の気配がするんだけど」
その言葉と共に目線が合う二人。
「・・・そうね。」
「あいつがいたの?」
「・・・・ええ」
カラが静かに肯定すると
メーガンから冷静さを取り繕いながらも
怒りのこもった声が響いた。
「ふ~ん。カラは優しいね」
不穏な会話。
(こいつら、サラと知り合いか?)
そんなことを思うルーカスを睨み付けながら
皮肉たっぷりな口ぶりで話し始めたのはメーガンだ。
「ねえ、ここらに金髪のエルフを見なかった?
すっごい美人でいい体してる
長い髪の金髪のかわいいエルフなんだけど」
(・・・知り合いなら言っとけよな)
心の中で文句を言いながら、
ルーカスは極めて平静を取り繕って
それに応える。
「いやあ、いなかったなあ、そんな奴。
森に入って、人に会ったのは、あんたが初めてだよ」
その言葉を最後に、
三人の間で少しの間、沈黙が流れ、
「・・・」
「・・・」
「・・・」
突如動いた。
カラが弓を引き、
ルーカスがカラに銃を向ける。
そして、同時に矢と魔法が放たれ、交差した。
カラのすぐそばで爆破の魔法が発生、
二人の前に爆炎と煙が現れ、視界を覆うが、
一方、矢は確実にルーカスの胸へ突き抜け
貫通していった。
(ドジったか?
これなら治せば)
その煙を突き進むものがいる、
それを感じたルーカスはとりあえず
矢の貫通した後を服ごと治したが、
それをするのがやっとだった。
もう、次の瞬間には煙の中からメーガンが跳びだし、
ルーカスに槍を突き立てようとしていた。
非常にシンプルな穂と柄で構成される赤い槍。
しかし、その鋭い先端の刃は彼女の抵抗力を伴って
彼の体など簡単に貫いてしまいそうだ。
(抵抗力で防御は・・・・無理そうだな)
そう思った彼は
まるで達人のようなナイフ使いで
それを捌く。
円を描くようにナイフを回し、矛先を
固定、または別の方向へ誘導する。
刀での捌き方にも似ているそれで
的をそらして、自身の体をメーガンの槍の外側へと逃がした。
そして、
矛先より逃れた位置からルーカスは
ナイフによる横振りで彼女の首へ攻撃を仕掛けたのだ。
完璧な防御から
当然の攻撃への移行。
どこでそんな技術を得たのか
本人にもわからないが、
それは確実にメーガンの首元へ一太刀を浴びせようと迫る。
が、彼女は簡単に一本取らせてくれるような相手ではなかったらしい。
それが迫った瞬間、メーガンは体を反らした。
とてつもない柔軟性で、イナバウアーのように
自身の腰ぐらいまで頭を落として、ナイフを躱す。
そんな体勢になっても、なおバランスを失わない
メーガンは、すぐさま体を回転、移動させ、
体勢を元に戻しながら、槍による横なぎの打撃を繰り出した。
ルーカスがそれを楽々と受け止めると
ナイフと槍がぶつかり、
その衝撃で辺りに風が起こる。
ブワァァ!!
と言う音と共に煙が一瞬で散り、
二人の姿が顕となった。
「いきなりかよ」
「さっきまであなた誰かと話してたでしょ!
しかも、この森に入れるハンターが、
あそこのアイツを感知できないなんてことあるはずない!」
凄まじい剣幕で迫るメーガンの槍と
ルーカスのナイフがぶつかり合い、火花を散らして、
力が拮抗する。
そこで、
ルーカスは片手に持っていた魔導銃を地面に捨て
空いた左こぶしを握り締めた。
一気に加速して動く彼の拳が
的確にメーガンの腹へと叩きこまれ、
ドゴォッッ!
と嫌な音を鳴らすと
「ぐっ!」
苦悶の表情を浮かべたメーガンはそのまま
後ろへ殴り飛ばされていき、
木々をなぎ倒していった。
ただ、そこにいるのは彼女とルーカスだけではない。
今度は、怒り心頭のカラに放たれた矢がルーカスに迫っていた。
ルーカスの腕ぐらいはある長い矢が
彼に迫り、彼を串刺しにしようとしている。
それを、ルーカスは加速した体の動きで避けた。
彼が映像を無理やり早回しにしたような動き。
避けた矢は地面を貫通し、深く深くまで入り込んでいったようで、
土煙を上げながら見えなくなっていく。
「くっ!!!」
憤怒湧き上がる目がルーカスをとらえ、
何発もの矢が放たれるが、
それらもすべて地面に穴を作るだけで
彼にはかすりもしない。
首を傾ける。足を上げる。
体を反る。半身になる。体一つ分だけ横に跳ぶ。
そんな最小限の動作だけで
矢を躱す彼は口角を釣り上げながら
カラの方を見る。
そして、彼女の方へ跳びだした。
彼女の喉笛にそのナイフを突き立てようと
近寄っていくルーカスだったが、
彼がカラの元へ届くことはなかった。
横槍が入ったのだ。
文字通りに、彼の側面から赤色の槍が彼を突いた。
咄嗟にナイフで自身を防御したようだが、
勢いは殺せなかったらしい。
今度は、
彼が木々をなぎ倒しながら
後方へ吹き飛んでいった。
「大丈夫?」
「ええ」
マーガレットがカラに声をかける。
「あの人誰?」
「知らないわ、
報告にも挙がってない。
あっちの新戦力ってとこかしら」
飛んでいった方向を見て
二人で構えた。
その奥でまた木が倒れるような
大きな音がしたのだ。
「あんな強さで無名なんてあり得るの?」
「さあ、私たちにできるのはあれと戦うことだけよ」
ルーカスが倒れた樹木を乗り越え、
肩をトントンとナイフでたたきながら遊ばせて、
彼女たちの方へ歩いていき、数メートル手前で止まった。
「いきなりかよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
余裕のある顔で向き合うルーカスと
真剣な顔の二人。
間をおかず、
彼女らはまた攻勢に出た。
カラが矢を放ち、
メーガンが前に出る。
メーガンが槍で彼と攻防を繰り広げる中、
カラが軽く跳んで木の枝に乗り、
上から一方的に矢を放つ。
ルーカスはそれらを完全にいなした。
メーガンとの攻防は
彼女の攻撃をいなしながら懐もに潜り込み、
槍で自身を防御する彼女ごと切る伏せ、後ろへ押し戻す。
その後飛んできた、矢は細かい回避で避ける。
避けているところへ攻撃をしてくるメーガンの突きを回避し、
また近づくと、今度は抱えて、自分の盾にした。
「うぐっ!!」
メーガンの背中へ矢が刺さり、血がにじむ。
「な!?」
それに動揺してしまったカラの動きが一瞬止まった。
その隙をルーカスが見逃すはずはない。
彼は抱えていたメーガンを投げ、カラにぶつけ
それをもろに食らったカラは地面へと落ちていった。
「・・・・聞いてたよりも大したことないな」
ポロっと漏れ出たその言葉に
メーガンが怒りをあらわにして立ち上がり、
槍を構える。
「いま、なんか言った?」
「簡単に倒せる相手じゃないって
知らされてたんだが、そうでもなさそうだなって」
そう言われた瞬間、メーガンの周りに
オレンジ色の靄が現われ、顔が怒りで染まった。
怒りと殺意、
瞳孔の開ききった目でルーカスを威圧し、見据える。
その魔力も圧力もさっきよりは遥かに
大きなものへとなった。
だが、怖いという感覚すらどこかへ消えてしまいそうな
幼少期を送ったルーカスにとって、対処できそうな殺意など可愛いものだ。
「まだやんのか?」
まだまだ煽る。
嘲笑うような笑顔を浮かべ煽る。
「!!」
それを見て、聞いて、
もう我慢の限界が来たのだろう。
メーガンはルーカスの方へ突っ込んでいった。
踏み足が地面をへこませ
槍が突き出される。
その攻撃は
一般人が見れば、
何本もの槍を同時に突き出しているようにも見えるだろう。
そんな
猛攻撃とルーカスは渡りあった。
リーチの差は圧倒的なはずが、
それを覆すほどの技量をなぜか発揮し、
その攻防は一進一退となっていく。
槍の突きを躱して潜り込み、
ナイフで攻撃を繰り出す。
それをメーガンが後ろに引いて下がる。
そうやって、後ろへ下がる彼女を追いかけて
ルーカスが迫りくるが、
ただ後ろへ下がるだけの彼女ではない。
後ろへ下がりながらも槍を振って
反撃に転じた。
ルーカスに当たることはなく、
しゃがんで簡単に避けられてしまうが、
そのしゃがんだ彼に槍が振り下ろされる。
何とも慣れた動きの組み合わせだ。
きっと何度もそれで敵を打倒してきたのだろう、
その返す刀のような動き。
その圧に屈して、
ルーカスが後ろへ跳んで避けると
そのままの勢いは地面へと振り、
地面を砕いた。
断層が起き、地面が割れてゆく。
「おお」
想像以上の威力を発揮した槍を見て、
ルーカスの顔が少し真剣になり、
メーガンと向き合う。
そして、少し冷静になった、
その時に初めてあることに気づいた。
(あの紫髪はどこだ?)
目の前にいるオレンジ色の髪の獣人を
視界に納めながらその端で周囲を確認すると
紫髪がいない。
しかし、それを気にできる状況ではない。
今にもそのオレンジ髪は自分へ突撃してきそうだ。
(周りにいない・・・
後ろにもいる気配はない・・
どこにいった?)
そんな疑問を持ちながらも、
彼は目の前の敵との攻防に集中するようになっていった。




