第四十三話「焦土作戦」
銀色の大軍団が、はげた大地を歩いていく。
整った一定の歩調で進軍を続けるカティア騎士団。
アリアが整地をして三日後、
彼らは難なくサウスボードに到着した。
城門は固く閉ざされ、
橋は引き上げられている。
一見、全く侵入のしようがないと思うかもしれないが、
カティア騎士団は魔力のエリート集団。
銀髪のエルフが都市から見て堀の向こうに触れる。
するとその堀の大地がどんどんと埋め立てられていった。
そこまで一切の動きを見せない
都市にいるはずの兵士たち。
それを不思議に思いながらも
全身鎧をまとい、直剣を持った騎士が
都市の城門を一刀の元、切り開いてしまう。
いとも簡単に開く城門、
その先には
誰もいなかった。
「あら~?」
全身にフルプレートの鎧をまとうその騎士は不思議そうな声をあげる。
「師団長さ~ん?」
後ろにいる金髪で整った顔の男に語り掛ける騎士。
「やられたみたい」
そこから数万の騎士たちは
その都市を散り散りに、けれど一定の統率を保ったまま
散策し始めた。
残された建物にはあるものを残してすべてがおいてあった。
生活用品がすぐ前まで使っていのであろう
形で生活感を残して放置されている。
だが、水と食料。
それだけが綺麗に抜き取られていたのだ。
蛇口をひねっても水は出ないし、
食糧庫は綺麗さっぱり空。
「師団長様」
戻ってきた騎士たちが
その旨を報告し、
それを受けて、師団長と呼ばれる男が
ゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・わかった。みんなに伝えてくれ
少し休憩したらすぐに出ると」
淡々と告げられた
彼の言葉を聞いて騎士たちがどよめく。
「す、すぐですか!?
我々は三日の行軍ですでに疲労が」
そんな風に文句を垂れるが
「ここにいても干からびるだけだ。」
彼に一蹴される。
「補給を待てば」
「それを許してくれる奴はきっと
政府相手に喧嘩なんて吹っ掛けないだろう
メーガンとカラを補給を後ろに下げて、補給線を見張らせてくれ
もう手遅れかもしれんが」
「く、クラス4を補給に回すのですか!?」
「グズグズしてると全滅するぞ
早くしてくれ!」
何を言っても、言い返され、
最終的に、いら立ちのまじった師団長の声を聴いて、
その騎士たちは全員が動き始めた。
獣人の二人組が数十人の兵士を連れ後ろへと引き返し、
他の騎士たちはもぬけの殻となった都市の中で
持ってきた食料を食べる。
まるで宴会でもしているのかと思うような大食事会。
しかし、それは彼らにとって普通の事。
むしろ彼らからすれば、抑えているとすら思っているだろう。
そんな食事会は終わり、休息をとる騎士たちは
すぐに出撃という指示に愚痴をこぼしながらも
鎧を緩めて休息していた。
「二時間後だ。
全員、二時間後に動き始めるぞ」
号令の声が都市中に響き渡り、
各々愚痴をこぼしながら、賭け事に興じる者、
仮眠をとるもの、男女で隅の方へ行く者と様々だが、
皆一様に息抜きをしている。
「・・・焦土作戦なんて、
教科書では見たことあったが
まさか自分が食らう羽目になるとは」
そう呟く騎士団長がいる場所、
建物の中で座って休憩する彼がいるところ、
そこでは三日前、
怒号が飛び交う作戦会議が行われていた。
「い、今何と!?」
中年の騎士から発せられた
驚きで満ちた叫びはさらに続く。
「こ、ここを捨てるのですか!?」
その声がトランシーバー越しにテオへと届くが、
彼は普通に
「そうだ」
と言った。
「な、何をおっしゃるんですか。
我々はここまで多大な準備と協力を」
「遅すぎた。あいつらがそこまで来てる。」
ノイズの混じった声が騎士に届いている。
だが、騎士は納得いかない様子だ。
「す、捨てるって」
「そこにある食料と物資をできるだけ持って、イーズ、クリ、ウーリに
移動しろ。途中で線路を破壊して、車両も全部使え。
列車を使えば、一日もかからんだろ」
「ここはどうするのですか!?」
「だからくれてやるんだよ。
防御もしなくていい。そこにあいつらを入れろ」
「な、何を考えているのですか!?」
「それが多分一番こっちの損耗がない。
それに比べて、アイツらの被害は甚大だ」
平然とそう言ってのけるテオへ騎士が
「我々の家は、兵舎はどうなるのですか?!」
騎士の怒号に近い声で叫ぶ。
それに対して、テオは若干呆れた様子で
ため息交じりに話をつづけた。
「あいつらは別に都市を壊しに来たんじゃない。
攻略しに来たんだ。別に全部燃やして逃げるんじゃないんだから。
戦後の整備くらいこっちで持つさ。」
「し、しかし」
「隕石じゃ足りんかもしれんが、
カティア騎士団でアリアと同程度のやつは
少なくとも五人以上。
そんな奴らをまともに籠城戦で相手して
無事で居れるほどその都市は強固じゃない。」
テオと騎士がトランシーバー越しにそんな話をし、
トランシーバーがおかれている長机には
何人もの兵士や、騎士、雇われたハンターもおり、
サラとルーカスもそこにいた。
(・・・何言ってんだ?あれ)
納得がいかない騎士を周りがなだめ始め、
会議は概ね、テオの指示通りとなっていたが
ルーカスにはどういう話なのかがいまいちわかっていなかった。
そんな彼を察してか、
サラは小声でルーカスに話しかけてくれた。
「えっと、話分かってます?」
「いや、なんかここは捨てるっていうのはわかったが」
「それだけわかってれば、まあいいんすけど」
「捨てていいのか?」
「捨ててあの人たちをここに入れるんです」
「それでいいのか?」
「まあ、詳しい説明は後でします。」
さっきの暗い顔も明るい顔に入れ替わり、
いつもの調子でルーカスにこたえるサラ。
会議が終わり、全員があわただしく動くなか、
部屋の中で彼女はテオと直接話をしていた。
「私たちはどうするんすか?」
「お前らはまた森にこもって貰う。
いいか?」
「はい、わかりました。でも、森はもうないんじゃ」
「お前らが行くのはあいつらの後方だ。
二人で補給線を絶ってもらう。そこならルーカスも思う存分やれるだろ?」
「わかりました」
そう言ってサラはトランシーバーを切った。
「俺はまた森か?」
「ええ、また森っす。」
嫌そうな顔をしてみせるサラは
「その前に説明をしときましょうか?」
「ああ」
ケースの中から地図を取り出し、机に広げる。
そして、
いくつも印の付いた記号的な地図のサウスボードと書かれた場所を指さしながら
彼女は話を始めた。
「まず、ここが現在地っす。
そして、ここから南東の方角、こっちに中央都市があります。」
第一地区のから右斜め下、
各地区の中央を陣取るようにある中央都市、中央政府を指さす。
「ここからまあ、地形も破壊してまっすぐ来てるんでしょう。」
指でサウスボードまで線を引く。
「それで、私たちはそれを迎撃する準備を進めてました。
が、私や他の斥候からの情報だと
相手は予想外に準備万端で、
とてもじゃないっすが正面衝突はしたくありません。」
三角形の敵軍を示す模型が
地図上の南東20km付近に置かれている。
「一日か二日か、
急げば半日で詰められる距離にもう迫ってきてる彼らっすが、
これも予想外、こんなに早く侵攻をかけてくるなんて
思いもしてませんでした。
なので、私たちの取る作戦は」
模型がサウスボードに入る。
そして、その後ろを指さし、バツを描くように動かした。
「相手の連絡線と補給を絶って、孤立させ、
ここから出ようとしたら、防衛戦で押しとどめながら、引いて、弱らせる。
それが私たちのとる作戦っす。なんとなくわかりました?」
「・・・・気になることがあるんだが」
「いいっすよ」
「そんなに食料って簡単に尽きるのか?」
ルーカスは少し黙って考えた後、
素朴な疑問をサラにぶつける。
「尽きるでしょうね」
それにサラはすぐにそう答えた。
「リリーを見てくださいよ
あの大食漢は別に不思議なことじゃありません。
どころか比較的小柄なリリーですらあの量食べないと動けないのに
体の大きい半巨人ならクラス3ですらリリーと引けを取らないっす。
カティア騎士団って基本的に仕事少ないし
食べてばっかで税金泥棒ってよく言われてるぐらいなんすよ」
「ふっ、確かにリリーが何人もいると考えたらきついな」
リリーが何人もいて、食事をむさぼる場面を想像すると自然と
ルーカスの顔がにやける。
一飲食店中の食料を集めても足らないのではないかと思わせるほど
食い気の張った彼女が大量にいる
それだけでその大変さはルーカスにも伝わっていた。
「でしょう?
それにあれ以上に食べる人だってゴロゴロいるんすよ」
「・・あんま信じられないが」
「そんなのを抱えて、ここから中央都市まで直線で5,60km
隕石でまっすぐに整地して、火を消したとしても、
大量の食糧抱えて走ってくるのなんて、
それこそ、クラス3から4くらいじゃないと務まらないでしょう。」
「だろうな、クラス0とかに運ばせてたら
年が明けそうだ」
「ええ、
ですが、中央政府の人ってのは
クラス3や4は戦場で華々しく使って、
裏方は他にさせるのが好きな人たちっすから、
あんまりそこで彼らが出ることはありません。
戦争なんてここしばらくなかったですし、そういう意地の方が勝つでしょう。
いたとしたら相当賢明っすが、
政府高官のおじいちゃん、おばあちゃんたちには好かれないでしょうね」
「なるほど、まあ、俺が口をはさむことじゃなかったな」
「別にやってくれれば何言ってもいいんすよ」
談笑もそこそこに
彼らも準備を始める。
といっても準備するのはサラだけで
ルーカスは何もしないが、
ともかく、そこからサウスボードは動いた。
ありったけの食料をもって遠くの都市へ移動する最中、
最後尾の列車に乗った誰かが線路を破壊。
人もどうにか引き上げさせ、
三日かかって、どうにかギリギリ
都市を空っぽにすることに成功したのだ。
そこで今、騎士たちは束の間の満腹感を味わっている。
師団長と一部の兵士たちは
この事態を重く受け止めるものの、
全てに勝ち進んできたエリートたちは
自分たちの実力を疑うことを知らない。
(まずいな)
師団長は考えを巡らせていた。
(他の都市を攻略するか?
大きいものなら、ここから近くて半径20~30km圏内に
イーズ、クリ、ウーリがあるが・・・
それまでの小さい村はどうだ?
いや、そんなことをしたら
世間的にも、上層部からも評判は最悪だ。
今後のことも考えるとそれはできない。
撤退は・・・もっとできない。
上層部が絶対許さないだろう。
となるとやはり、一番近いイーズか・・・・)
「どうするの?」
全身鎧を着たままの騎士が彼に語り掛けた。
「イーズを攻める。」
「撤退しないの?」
軽い口調でそう話す騎士。
「できるか?」
「おじいちゃんたちが、おかんむりになるでしょうね」
「だろう?
元々、大分無理のある行軍で、
現地に補給物資がある前提で進んできた作戦だ。
それにそもそも、
退路の確保もまだ済んでない
下手するとそっちも危うい。」
事実に打ちのめされて
どんどんと下を向いていく師団長。
「やっぱ、あなた変わってるわね」
突然、騎士がそんな彼にそう声をかけた。
「急に何だ?」
「普通、あなたみたいな人ってそこまで
冷静に悲観しないもの」
「これぐらい普通だ。じゃなきゃ団長になんてなれやしない。」
「どうかしらねえ」
彼らも休息をはじめ、
携帯する食料を食べた。
「やれることをやろう」
そう自分に言い聞かせて。




