裕福な奴は悪い奴と嫌な奴ばかりだ
あれから一か月ほど俺は野菜配達と魔法の練習を続けた。いや、ピリカの監視の元続けさせられた。その成果か、キツイのは変わりないが、筋肉痛にはなりにくくなった。さらに2,3週間は働かずに生活できる程度の金も溜まっていた。
ここ一か月ほどはピリカにがっちり管理されてうんざりしていたが、今日は随分気が楽だ。
なぜなら今日はピリカがいないから!
ピリカは天界の仕事があるから今日はこっちに来られないらしい。今日も配達なのは億劫だが、口うるさい奴がいないおかげでのびのび出来る。
そして俺は今日も農場へ向かった。
「おはようございます。」
「あら、おはよう。いつもありがとうね。それじゃ今日もよろしくね。」
農場の婆さんに挨拶をすると笑顔で返してくれた。働くことは嫌いだけど、こうして声を掛けてもらえると少しだけ頑張ろうという気にさせられる。
そうして光史郎は台車に野菜を積んで配達に出かけた。
「はぁ……はぁ……。」
慣れてきたとは言え、キツイものはキツイ。出来ることなら働かずにのんびり過ごしないぜ。
それにしても今日はやけに暇な気がする……。
そういえばいつもは口うるさいピリカの相手をしていたからか。何を言われていたかは覚えてないけど。
俺はボーっとしながら野菜を届けて回った。
気づけば空がオレンジに染まっていて、光史郎は異変に気付いた。
おかしい……、いつもならこの時間には配達が終わってるはずなんだけどな。
今日の配達はまだ3件も残っていた。
めんどくせえ、これじゃ帰れるのは夜じゃねえかよ。残業代も出ないのに暗くなるまで働かされるなんてとんだブラック労働だな。
俺は怒りを燃やしながらも2件の配達をこなし、残すは1件になった。
オレンジに燃えていた空も熱を失い、冷めきった群青色に変わっていた。
はあ、なんで今日はこんな時間掛ったんだ? 俺は普通に配達してたのによお。
疲れと涼しい夜風で冷静になった光史郎は思い出した。
いつもはピリカがこっちに行けだの、あっちに行けだの、ルートを指図されていたっけ。今日はピリカのナビが無いからいつもと違うルートを通っていた気がする。近道とかあるなら覚えときゃよかった。
台車が最後の配達先である民家に到着した。今まで見た民家とは違って、その民家は木造ではなく石造であった。その石造住宅の窓からは明かりが漏れていて、その明かりの下に四角い箱が設置されている。これはポストみたいなものでここに荷物を入れて配達完了となる。
この世界でちゃんとした家を見るのは初めてだな。俺なんて馬小屋みたいな部屋で暮らしてるってのに許せねえ。裕福な奴らは総じて悪いことをして金を溜め込んでいるに違いない。
見てるとなんかムカつくし、さっさと荷物放り込んで帰ろ。
光史郎が荷物を箱に入れて帰ろうとすると、ガチャっとドアが開く音がした。
今まで配達先の客と対面したことがなかった光史郎は肩をビクッと震わせた。
光史郎は振り返らず早歩きでその場を離れようとする。
「ちょっとあなた!」
光史郎が振り返ると家のドアから女性が声を掛けているのが分かった。声色から察していたが、その表情は決して友好的なものではなかった。光史郎は早くこの場を立ち去りたかったが、完全に目が合ってしまったため、渋々女の元へ戻った。
「な、なんすか……。」
「遅い! あなた今何時だと思っているの!」
「あ、いや……。」
「あなたのせいで夕飯の材料が足りなくて困ったのよ!」
なぜだ? 俺は最後まで仕事を頑張ったのにどうして怒られてるんだ?
「聞いているの? 返事も満足にできないのかしら。これだから下流は嫌なのよ。」
怖い、怖い、怖い。イライラして攻撃的な態度を取ってくる人が怖い。頭と心臓が忙しくなってどうしたらいいか分からない。
「それにこんな汚い服で食べ物を扱わないでちょうだい。常識が無さ過ぎて同じ人間とは思えないわ。」
「う、うぁ……。」
「あなたのせいで迷惑したんだけど、どう対応してくれるのかしら? そもそも謝罪の言葉もないわけ?」
パニック状態の光史郎には女の言葉は通じず、言葉に含まれる敵意のみが突き刺さっていた。それを許容しきれなくなった時、30歳の男の目から涙が流れた。呼吸に合わせて震える肩の周期が徐々に早くなり、それはまるで時限爆弾のカウントダウンのようだ。
光史郎の方の震えが止まると同時に、それが爆発した。
「うああああああああああああああああああああああああああああ。」
目の前で中年男性がいきなり叫び出したことで、女はたじろいだ。光史郎は台車のことも忘れてこの場から走って逃げだした。
光史郎は逃げた勢いそのままに借り宿まで帰ってきた。
帰ってきた光史郎はそのまま布の上に寝転んだ。
ちょっと遅れたくらいでなぜあんなに怒られないとならないんだ。むしろ被害者は理不尽に罵られた俺の方だろ。ちょっといい家に住んでるからって天狗になりやがって。サボっていた訳じゃないんだ。ちゃんとやって遅れたんだから俺は悪くない。
思い出すと胸がキュウっとなるし、何も言い返せなかったことが悔しくなるから光史郎は早く忘れようと自身に言い聞かせた。
「これでまた無職か……。」
台車も捨てて帰ってきたから明日から婆さんどうするんだろう……でももう関係なんだし忘れた忘れた。




