俺だって被害者なんだ
「こんばんは! 今日は一人で大丈夫でしたか?」
寝転がって天井をぼーっと眺めているとピリカが覗き込んできた。天界での仕事を終えて、顔を出しに来たらしい。俺はピリカの質問をどう誤魔化すかを考えた。
「え、えーと、いや……、大丈夫だった。」
光史郎は明らかに不審な挙動を見せた。その様子を確認するとピリカの口角がスッと下がった。
「何をしでかしたんですか?」
ピリカは確信をもって光史郎を追求する。言い逃れが出来そうにないことを察した光史郎は事の顛末を語った。
「……ってわけで、しょうがないだろ。俺は悪くない。」
「悪いですよ。悪いことだらけでどこから説明すればいいのやら……。」
ピリカは眉間を親指と人差し指で抑えながら上を向いて考えこむ。改めて光史郎の方を向き直して口を開いた。
「まずは明日お婆さんに今日のことを方向して謝りましょう。その後にお客さんにも謝りに行きましょう。」
「もう行きたくない。だって怒られるだろ。」
「頼んだ仕事を放り出したんですから、怒るに決まってるじゃないですか。」
「もう十分怒られたんだから、俺を許してくれよ。今日だって何も言い返さず罵倒に耐えてたんだぞ。」
「耐えてたんじゃなくて、何も言い返せなかっただけですよね? というかその感じだとお客さんにも謝ってませんね。」
「だって……。」
「だってじゃないです。」
その日はすぐに寝て、明日の朝、婆さんに謝りに行くことになった。
「光史郎さん、いつまでウジウジしてるんですか? お婆さんの畑に行きますよ。」
「なあ、俺新しい仕事始めようと思ってるんだ。」
「はいはい、それじゃあお婆さんに謝罪した後に依頼を見に行きましょうね。」
「……本当に行かないとダメか?」
「ダメです。」
ピリカにせっつかれて俺は渋々いつもの畑に向かった。俺たちが畑の近くまで来たら農作業をしていた婆さんが手を止めてこちらを見ていた。どんな顔をして、どんなことを思っているか分からないから恐る恐る近づく。婆さんを前にして、どんな声を掛けられるか身構えていた。婆さんは俺をじっと見て口を開いた。
「あんた無事だったんだねえ。心配したんだよお。」
「え?」
てっきり酷い言葉を浴びせられるものだと思っていた俺は言葉を失った。
「ほら光史郎さん、お婆さんに謝るんですよ。」
「そ、そうだ。昨日はごめんなさい。台車も置きっぱなしにしちゃいました。」
婆さんは穏やかな様子だったから安心して謝ることが出来た。昨日みたいに威嚇されたんじゃ謝れるものも謝れない。
「それは置いといて。昨日は何があったんだい?」
完全に水に流してもらえる流れだと思っていたから「それは置いといて」という言葉が気になったが、昨日俺に起こったことを説明した。夜まで配達が終わらなかったこと。偉そうな客に酷い言葉を浴びせられ、人格否定までされたこと。ここまで話せば俺がどんな辛い思いをしたのか分かってもらえるはずだ。
「それはちょっと言い過ぎだねえ。」
「そうなんです!」
ちゃんと説明すれば分かってもらえるんだ。怒られることなく同情まで勝ち取った俺はすっかり安心していた。
「でもなんでそんな遅くまで配達に時間が掛かったんだい?」
これだってちゃんと説明すれば分かってもらえるはず。俺はなぜ配達に時間が掛かったのか説明しようとした。だが、出来なかった。いつも道案内していた天使が丁度その日はいなかったからだなんて言えるわけがない。
「み、道に迷ってしまいました。」
「配達先はいつもとあまり変わらなかったはずだけどねえ。」
「光史郎さん、これまで何も考えずに配達していたんですね……。」
俺が捻りだした言い訳では婆さんの納得を得ることは出来ず、隣のピリカも呆れた様子を見せていた。元はピリカの不在も原因なんだから、お前は助け舟くらい出せよ。なんとか婆さんを丸め込むために続く言葉を探した。
「そ、それに今まで配達したことのない石造りの家にも配達したし、多分今までとは違う場所だったかも。」
「石造りの家?」
「今までは木造の家に配達してたけど、昨日の最期は石の家に配達しました。」
「私も確認すべきだったけど、あんたやってしまったねえ……。」
俺が石造りの家に配達したことを話すと婆さんは頭を抱え込んでしまった。
「それはアルレア様の家だよ……。」
「アルレア?」
「この辺りで一番の権力者さ。アルレア様を怒らせて、ここらで働けなくなった人の噂も聞いたことがあるよ。」
いまいち状況が掴めない俺にピリカが説明を加えた。
「恐らく、アルレアというのはこの辺りを管理している中流階級の人間のことだと思います。つまり下流階級の光史郎さんが中流階級のアルレアさんを怒らせてしまったということですね。」
そういえば昨日のヒステリック女に下流がどうのって言われた記憶がある。なるほど、あれが中流階級の人間なのか。
「はあ、中流なのがそんなに偉いのかよ。」
不満を漏らす俺に険しい表情の婆さんがずいっと迫り、睨みつけるような視線を向けてきた。
「今から一緒に謝りに行くよ。付いてきな。」
「うえっ?」
さっきまであんなに優しかったのに、急に怖くなるなよ。良い人だと思ったのに、ちょっと偉い奴を怒らせただけで手のひら返しかよ。




