第27節:策謀の悪魔
夕刻近く。
コウ自身を含む《黒の装殻》とアイリは、全員揃って米国駐留軍基地の中にある、総司令部の前に立っていた。
総司令部の外ではまだ米国軍部隊が襲来体と戦う喧騒が響いているが、コウらの周囲だけは凪のように静かだ。
総司令部の入り口前にある中庭に一人立つ柔和な笑みを浮かべるくせ毛の男は、《黒の装殻》らの顔を見回して労いの言葉をかける。
「こんな所までわざわざ、ご苦労様な事です」
「……シープ」
黒の一号の低い呼び掛けに、シープは笑みを深めた。
彼は一人だった。
臨戦態勢のこちらに対し、余裕すら見える表情の意味を計りかねるコウの横で、ニーナが続けて言葉を発する。
「貴方が、廃棄された筈のアンティノラⅧねん」
「ええ。貴女とこうして言葉を交わすのは初めてですね。我らが開発者たる貴女とこうしてまみえる事が出来て嬉しく思いますよ、アンティノラⅡ」
「とっくの昔に捨てた名前だわん」
「つれないですね。同胞だというのに」
「一緒にしないでくれるかしらん? 少なくとも、襲来体に与するような恥知らずになれるほど、私のお顔の皮は厚くないのよねん」
肩を竦めるシープに対して、次に声を掛けたのは花立だった。
「フラスコル・シティでもここでも、散々引っ掻き回してくれたな。お陰で随分と苦労させられた」
花立の静かな口調の中に、鋭い敵意が含まれている。
アイリも花立に同調して声を上げた。
「お前のせいで、マタギも死んだ。いつまでもこの世に居座ってないで、大人しく寝てれば良いのに」
二人の言葉に、さも、今気が付いたとでも言いたげな様子でシープは手を打った。
「ああ、そう言えば貴方がたはフラスコル・シティの捜査員でしたね。思い出しましたよ、特に参式。貴方にハメられて、私は殺されました。……まぁその恨みも、このあいだの会戦でほぼイーブンですし、ベアーを殺したのはそもそも貴女でしょう、メイデン」
おどけるように皮肉を口にするシープに、怒りを滲ませた口調で噛み付いたのはケイカだった。
「イーブンですって……? ユナを傷付けてくれた事をなかった事にする気? イーブンどころか、こっちは恨み骨髄よ!」
「お前のせいで、こっちゃえらくキッツい思いをさせられたんや。今日は倍にして返したるで!」
同化したケイカの言葉に、肆号・融合形態となっているミツキが同調して声を上げると、シープは困ったように溜息を吐いた。
「騒がしいお子様方ですね。策略には、ハメられる方が悪いのですよ」
その言葉に、拳を握り締めたのはジンだった。
伍号装殻の双眼が苛烈な黄金色に輝き、腕の表面で雷光が弾ける。
「……カオリを殺した言い訳にしちゃ笑えねぇな。お前の話は、聞いてるだけで反吐が出る」
「俺たちがハメられたのは自業自得だとしても、姉さんをハメたお前を、俺は絶対に許さない……!」
シープは、因縁の深い相手だ。
コウにとって、全ての始まりとなったフラスコル・シティでの事件の黒幕の一人であり、後に襲来体としてコウ達の前に立ち塞がったその男は、邪悪を体現したような存在。
そのシープは、コウとジンの言葉に、ついに堪え切れなくなったように笑い出した。
「なら、殺してみればどうです? ……まぁ、お前らには無理だけどなァ! ひゃはは!」
シープの言葉とともに、総司令部の建物から、悠然と女が一人、姿を見せた。
入り口に繋がる階段の上に立つ紫のドレスに菫のタトゥを肌に刻んだ女は、コウらを見回した後に口を開いた。
「装殻を応用した撃退装置、か。中々小賢しい真似をしてくれたな、《黒の装殻》ども。だが、無駄な足掻きだ」
「アナザー……!」
鮮烈な憎しみを感じさせる声を上げたのは、花立だった。
アナザーの模した姿は、花立の恋人だった女性のものなのだ。
「今度こそ、この手で葬り去ってやる……」
「貴様には出来んよ、参式。霊号以外ではそもそも私の前に装殻者として立つ事すら出来ん」
アナザーは花立の言葉を切り捨て、コウとアイリ、そして黒の一号に対して目を細める。
「忌々しい霊号どもよ。再戦と行こう―――今日この場で、人類の希望だという貴様らが滅べば、他の人間どもの駆除が容易くなる」
アナザーが手を掲げると、四体のコア・コピーがアスファルトを割って、シープの両脇に出現した。
二体は、アナザー以外のもう一人の襲来体母体である『マザー』のコピー、後の2体はシープの装殻体と、テータ・オーバードライブに似たコピーだった。
「報告と合わせて、これで8体……残りの2体はどうした?」
黒の一号の問い掛けに、アナザーは表情を変えないまま、シープは眉根を寄せたが、答えない。
その様子からおそらくはコウ達の知らないところでやられたらしい。
何者の仕業かは分からないが、伏兵や増援の心配はないだろう、とコウは思った。
もし仮にコア・コピーが伏せていたとしても、こちらに霊号が3人いる現状で然程の戦力にはならない。
今この場に揃っている装殻者は、全員が間違いなく人類最強級の能力を有しているのだ。
それを、アナザーも理解しているのだろう。
「さて、貴様ら相手に分身どもでは相手にならない。なので、こういう趣向を用意した」
アナザーが上げた手を下ろすと、現れたコア・コピーらがそれぞれに手を合わせて融合する。
片方は漆黒色の装甲に、青、紅、紫、黄の出力供給線を持つ、2対の触手を持ち電撃を纏った装殻体に。
もう片方は、白色の外殻に、アッシュ、ブルー、ブラウン、グリーンの出力供給線を持ち、マントのようなブレード・スラスターとグレイヴ、ガトリングガンを備えた装殻体に、それぞれ姿を変えた。
それぞれに見覚えのある特徴を備えながらも、歪に捏ね合わせたような2体になったコア・コピーに、コウは思わず顔をしかめる。
醜い、と。
「ふふ、霊号どもを除く貴様らの情報を組み合わせた複合体だ。そうだな、この『私』達は黒殻体と白殻体と呼ばせて貰おうか」
「前々から思ってたけどさ、襲来体ってホント、悪趣味だよね」
呆れたようなアイリに、コウは応える。
「……所詮、襲来体は襲来体だよ」
「今まで散々殺してきた襲来体と、思考回路はおんなじって事やな」
ミツキまでもが頷くのに、黒の一号が無駄話を遮るように逆十字を指で切り、呟いた。
「……強纏身」
黒の一号が、更なる外殻を纏って巨殻形態化する。
彼の巨殻形態の稼働時間は限られている。
常に短期決戦を強いられる運命にある彼は、焦る事もなく仲間達に指示を出した。
「……コウ、アイリ。アナザーはお前達に任せる」
「「了解」」
時空改変に対抗出来るのは、霊号コアを持つアイリとコウ、そしてジャミング能力を持つ黒の一号だけだ。
「残りの全員で、シープと複合体の相手だ」
「お任せよん」
「……仕方がないな」
「いっちょ、やるで!」
「この場で、全部終わらせる……!」
「あの悪趣味なコア・コピーをぶっ潰す!」
そして、未だかつてない規模で開始された人類と襲来体の、生き残りを賭けた決戦は、終局を迎えようとしていた。




