第17話
シーリィの言葉通りに、ゼンア騎士が白旗を掲げて城門に近付いたのは、一日半後の事であった。
城門の手前で止まり、真ん中の騎士が大声を張り上げる。
「我は、ゼンア王国ルゼア騎士団の長ビイザである。即刻城門を開け、ルゼア騎士団を受け入れるがいい」
立派なつくりの鎧を纏う騎士は、交渉とは程遠い物言いだった。城壁の上から、口上を聞いていたフィゲルが鼻白む。
「交渉する気が、まったく見えませんな」
「一つの手ですね。兵力にまさるゼンア騎士団は、高圧的に出ても不思議ではないでしょう。圧倒的な兵力を見せ付ける意味もあります。でも……」
とシーリィは笑った。
「今に状況では、意味がありませんね」
緒戦で一時的に後退したゼンア騎士団が、高圧的に出ても脅威は感じられない。
「では、軍師どの。なんと返すべきであろうな」
「簡単ですよ、将軍。侵略者に返すべき事は一つです」
「ほう、それは?」
「話し合いの席に付く気があるか、です」
思わずフィゲルは笑いだした。
言われて見れば、その通りだと納得してしまう。
交渉するにも、相手にその気がなければ交渉する意味もない。例えそれが、情報収集のために決裂すると、分かっていても同じ事だった。
「ビイザどの! 貴君は我が国と、話し合う場を持つ事を望むか!」
城壁の上から、フィゲルは叫び返している。同じように地上から、ビイザは見あげて答えた。
「これは異な事を言う! グラディアが先に襲ったのだぞ! 本来なら、問答無用で攻撃を始めるところを、釈明を聞くためにこうして出てきたのだ!」
「それこそ異な事! 我が国に宣戦布告もなく、侵略してきたやからの言う事か!」
「何を言う! 我らは貴国の要請により、こうして馳せ参じたのだ! 歓迎される事はあっても、襲われる言われはない!」
「我が国は、貴国を国内に招待した事実はない!」
これはどう言う事だと、ビイザは思っていた。
事前の話では、キリアの策略では襲われる事はないはずとされていた。東の砦の守備隊が、たいした人数は残っていなかった事で、キリアの策略が――腹立たしい事に――上手くいった事を物語っていると思っていたのである。
王都の城門が警戒もなく開いていたところまでは、キリアの策略通りだった。
状況がどう変わったのか理解はしていないが、グラディアが城門を閉ざして篭城戦の構えを見せた事で、キリアの策略が失敗に終ったと判断できた。
このままではゼンアは、グラディアに宣戦布告もなく進軍した侵略者と言う汚名を着る事になる。
ふと、ビイザは笑う。
このままグラディアを滅ぼせば、なんの問題はないはずだと考え付いた。
いかに篭城戦の用意はしていなくても、グラディアの全兵力は、今頃ナセルとの戦闘中で、すぐには戻って来る事ができない。そして、王都に残る兵力は多くはないはずだった。
この時点では話し合う必要はないのだが、こういう場を作ってかなければ後々ナセルあたりが難癖をつけてくるとも限らない。
そうならないためにも、グラディアとの話し合いは必要になる。それが決裂する話し合いだとしても。
「良かろう! 我々と貴殿らの間に、行き違いがあるようだ! 誤解を解く場を作ろう!」
「では明日! 日が真上に来る頃ではどうであろうか!」
「承知した! が、場所はどこに!」
「我々がそちらに出向く事も、そちらを城内へ招く事も無理があるゆえ、城外ではいかがか!」
「城と我が陣の間! で、よろしいか!」
「さらに半分、王都よりにしていただきたい!」
「承知した!」
フィゲルもビイザも、大声を張り上げての受け答えであった。フィゲルはシーリィの言葉を、そのまま返していただけである。
離れて行くビイザを目で追いながら、フィゲルは感心したように呟いた。
「さすがですな、軍師どの」
「そうではありません。将軍、ビイザ将軍は野心家です。ゆえに他の将軍よりも、対外的な事も考えたのでしょう」
「ほう、それは?」
「このまま戦闘を続けてグラディアを滅ぼしたとしても、今の受け答えを見ていた者がいれば、他国がゼンアを責める口実を奪う事が出来ます。話の流れから交渉の席に着く事にはなりましたが、和平などは頭にはないでしょう。こちらを挑発して、決裂させる事が目当てですね」
「良くおわかりになりますな」
「他国では知られなくとも、ゼンアでは有名ですから」
「なるほど。そう言う事なら、我が国にも言える事であろうな」
腕を組んで頷くフィゲルに、シーリィは笑って頷いていた。
翌日、交渉の席に着いたのは、センア騎士団からは五人、グラディアからはシーリィとフィゲル、そしてグレイスの三人である。
マックバーン以下の騎士隊長達は、せめて一個小隊を連れて行くべきだと主張したが、シーリィの万が一の時の損失は少ない方がいいと言う言葉と、後を託せる者達がいると言うフィゲルの言葉で引き下がった。
テーブルに付いたものの、双方とも言葉を発する事もなく、互いに値踏みするように見ていた。
フィゲルは平然と、グレイスは静に、シーリィは微笑んでいる。
痺れを切らしたのはビイザだった。
「グラディアは、人材不足と見える」
誰の事を言っているのかは、ビイザを見れば分かる。鼻白むように、シーリィとグレイスに視線を投げつけていた。
「それはどう言う意味かな、ビイザどの」
「こんな小娘が軍師、そちらの女が騎士隊長。これで人材が豊富とは言えんだろう」
「我が国の軍師と、騎士隊長を侮辱するとは、話し合う気が無いと受け取ってよいか」
「それはこちらの言う事だ。話し合いの場に、道理も知らぬような小娘やお飾りの女騎士を連れて来るとは、我々を馬鹿にしているのか」
「度重なる侮辱……許せる事ではないぞ。ビイザどの」
「フィゲル将軍」
静かな声でシーリィは呼んでいる。
「私の外見は、小娘ですよ」
「軍師どの」
思わずフィゲルはシーリィを見てしまった。
「ですが、フィゲル将軍は私の外見ではなく、能力を見てくださっています。また、騎士グレイスほど、シルビアさまに忠誠を示す騎士を他に見た事はありません。真に騎士たる者であります。それを理解出来ぬ方なら、話し合っても無駄です」
「小娘が、言いよるわ」
「小娘と侮っていただく方が、私もやりやすいですね。手玉にもとりやすい」
ふわりと微笑んでいたシーリィは、ビイザに言葉の剣先を突きつける。
「キリア・オディスなる者は、女王陛下暗殺の咎ですでにこの世にはおりません。また、キリアに利用されグラディアを裏切ったグラルも、自分を恥じて自害しました」
舌打ちしそうなビイザに、シーリィは続けていた。
「これがどう言う事か、尋ねる間もないでしょう。さらには、ウイゼル砦を落としたゼンア騎士団が、援軍とは片腹痛いと言う物です。ビイザどの……」
シーリィの瞳が細められ、声に冷気が帯びる。
「グラディア王国は、貴君らゼンア騎士団に即刻の国外退去を命じる。従わない場合は、グラディア全軍を持って貴君らを討ち果たす」
シーリィの宣言を聞いたビイザの口元に失笑が浮かんだ。
「やはり小娘は小娘。おまえの言うグラディア全軍とは、王都に篭もっている臆病者の事か? さすればグラディア騎士は臆病者の集まり、我らゼンア騎士団は臆病者風情の声に耳を貸す者はいない」
ビイザの眼光が鋭くなりシーリィを射抜くが、シーリィはビクともせずに受け止めている。そればかりか、口元には不敵と見える笑みさえ浮かべていた。
その顔に、ビイザは苛立ちが募ってくる思いである。
「グラディア王国に降伏を勧告する。無駄に死者を出すより、ゼンア王国に降った方が民のためだ」
「その自信が、どこから来るのかはわかりませんが、寝言は寝てから言いなさい。退路を絶たれたら、降伏するのはそちらですよ」
「大口を叩くな、小娘。万以上を相手に小国の兵力ごときが、勝てるとでも思っているのか」
「たかが万程度の兵力で、グラディアを落とせると言い放つとは、戦術も知らぬ稚児の言いそうな事ね」
辛辣なシーリィの言葉にフィゲルは内心驚いていた。
ここまで強気に出られる根拠がわからない。数の差は机上では、多いぐらいの感覚で現実味を帯びないが、目の前でその姿を見れば圧倒されるものだ。
不安に思わない方がおかしいと言える。その不安の影を露とも見せないシーリィに、フィゲルは騎士の豪胆さを見ている思いだった。
そう思っていたのはフィゲルだけではなく、ビイザもまた同じ思いを抱いていたのである。不安がビイザに尋ねさせた。
「小娘。何者だ」
「シーリィ・シード。そう言いました」
「シード……」
呟いたビイザは、気が付いたように叫んだ。
「きさま、ナセルのシードか!」
「だとしたら、どうします? ゼンアが一方的に、グラディアへ侵攻した事実は変わりません。グラディアに請われて、私はここにいるのです」
冷めた瞳がビイザを見返している。その瞳と声をビイザは知っていた。前に会ったはずだが、思い出せなかったのである。
言葉が消えた交渉の席の上に、巨大な影がいくつも横切って行った。さらに、巨大な旗を打ち振るう音が聞こえて来る。
反射的に振り仰いだフィゲルやビイザ達とは別に、振り仰がなかったシーリィの顔には笑みが浮かんでいた。
早くても、もう一日後と予測していたにもかかわらず、この場に姿を見せる。
しかも援軍を連れて、である。
「まったく。私の予測を裏切る人ですね、旦那様は……」
言葉とは裏腹に、シーリィの頬はゆるんでいた。




