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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第2章 ともに歩は 飛龍の騎士
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第16話


 二日後、シーリィの予想通りゼンア騎士団が王都へと姿を見せる。整然と並びゆったりとした進軍は、その圧倒的な兵力を見せ付ける為でもあった。

 城壁の上から、近付いてくるゼンア騎士団を見たフィゲルは唸ってしまう。ある程度の事は覚悟していたが、直に目にするとその覚悟さえも揺らいでしまった。


「勝てるのか……」

「勝てません」


 思わず呟いた声に、シーリィが返している。


「ですが、負けはしませんね。将軍、お忘れですか? 私達は勝利する必要はないのです。ただ、負けなければいいのです」

「軍師どの……」

「要は、時間稼ぎですよ」


 笑ってシーリィは、フィゲルを見ると言った。


「ケイルが、グラディア騎士団を連れ戻すまでの。私の策は、篭城戦は、そのための時間を作るためです」

「ふむ。今ここにいない騎士団の連中に、我らの戦いぶりを伝えるとしようか」


 フィゲルも笑って言う。


「間に合わなければ、私も一緒に死にます。将軍、それで許してください」


 じっとシーリィを見てしまった。男の姿でいる時は、澄ました優男としか見ていなかったが、本来の姿の戻ったシーリィはすっきりとした美人顔である。

 なまじ知略に長けていたため、女の姿のシーリィは必要とされていなかったと理解した。人を欺き従わせるには、女の姿よりも男の姿の方が信用される。


「シーリィ・シードどの。もし、どうにもならなくなった時は、あなたは王都を脱出するといい。西門に、足の速い馬を用意させておくゆえ」

「将軍?」


 フィゲルの言葉にシーリィは戸惑った。


「死ぬのは騎士だけでよい。あなたの知略は、他の国でも必要であろう。願わくば、あなた自身が望む場所で」

「私に逃げろ、と?」

「万が一の時は、そうして欲しい。あなたはグラディアのために、負けない手を授けてくれた。それだけで、十分です」


 静かな声である。これから死力を尽くして戦う者には、できない顔であった。


「グラディアの命数は、すでに尽きているのでしょう。ゼンア騎士団を撃退したとしても、グラディアに明日はない。我々が戦うのは、騎士としての最後の誇り」

「グラディアを、この状況にしたのは私ですよ」


 そう言うシーリィに、フェゲルは笑っていた。


「あなたがしたのは、ほんの少しだけ背中を押しただけに過ぎない。人一人の思惑で、国が滅ぶような事はない。その国自体に原因が無い限り」


 フィゲルは城壁の外を見てから、シーリィに顔を戻すと一礼する。


「では、軍師どの。始めましょうか」

「ご武運を」


 シーリィもフィゲルに一礼をしていた。

 顔を戻した時、シーリィの顔から笑みは消えている。傍にいるマックバーンを振り返ると言った。


「マックバーン隊長。城門を落とす時には、合図をします。それまで待機していてください。城門を落とした後は、全力でゼンア騎士団に矢を射かけてください」

「了解した」


 緒戦でどのくらいの兵を倒せるのかが重要だった。

 圧倒的とも言える今現在では、少しでもゼンア騎士団を減らす事で、グラディア騎士団の士気を上げたかったのである。

 数で劣っていても、戦える事を示さなければ篭城戦は消耗戦になってしまい、王都は援軍を待たずに陥落する。

 警戒もなくただ見せ付ける進軍しているゼンア騎士団は、その歩みと一緒でゆっくりと城門を通り過ぎて行く。

 シーリィ達グラディア騎士隊は、城壁の上で息を潜めて通り過ぎるゼンア騎士団を見送っていた。

 通りの中ほどを過ぎた時、両脇の建物の二階から火矢が放たれる。それと同時にシーリィが、マックバーンに合図を送って城門を落とさせた。


「火矢と油壺を!」


 シーリィの命令で城壁に伏せていたマックバーン隊が一斉に立ち上がり、眼下のゼンア騎士団に向けて火矢と油壺を飛ばし始める。

 同じ頃、城門の内側に入ったゼンア騎士達の正面から、フィゲル率いる近衛騎士団が突撃を慣行していた。

 前面では騎士同士の激突になり、側面では火矢が絶え間なく飛んで来ている。そして、後方では城門が落ちた。突然の攻撃を受けて戸惑う間もなく、退路を絶たれたゼンア騎士達に日頃の強固さはなかった。

 火矢を止めようと建物に侵入したゼンア騎士が、扉を開いた途端に中から飛んで来た矢に射られて絶命する。入り口で折り重なるようにゼンア騎士が倒れ、侵入の邪魔をする事になっていた。

 ゼンア騎士達が本来の力を発揮できなかったのは、奇襲を受けた事もさることながら、狭い通りで両側を建物で塞がれた袋小路であったため、さらに戦闘は王宮に入ってからと言う油断があったためである。

 状況を把握する間もなく、混乱しかけるゼンア騎士達に、立て直す時を与えず正面から突撃を受け、前衛が壊滅的打撃を受けた。

 騎士隊長達はすぐにでも動揺を収めるべきではあったが、声を張り上げようにも余裕がなく目の前の敵に対するだけで手一杯になっている。それでも声を張り上げられたのは、後方の騎士隊長だけであった。

 激しい城内の戦闘とは違い、城壁の上からの攻撃は一方的である。

 戦闘開始には大多数の被害は与えたが、優秀な指揮官がいたようですぐの落ち着きを取り戻し、防戦しながら城壁から後退して行く。盾を掲げて火矢と油壺を防ぎ、矢の届かない場所まで距離を取っていた。


「マックバーン隊長。一隊を残して残りは城内の敵に対してください」


 すかさずシーリィはマックバーンを呼んで、次の指示を与えている。否もなくマックバーンは、指示を実行してからシーリィを見た。


「残った一隊でバリスタの準備を。準備出来次第、攻撃を始めて下さい。バリスタも届かなくなったら、攻撃を中止して待機しておいてください」

「了解、軍師どの」


 バリスタは人の背丈の二倍はある巨大な弩の事で、グラディア王都の城壁に十基ほど用意されていた。元々は対飛龍戦用に用意されていたのだが、今の状況では大いに役に立つありがたい物である。

 最初から使わなかったのは、バリスタの飛距離の問題で、手前を狙えずに後方を狙うしかないからで、前面に押し寄せられると、城壁の上にいる少数では対処できなくなるからだった。

 城外のゼンア騎士団がバリスタも届かなくなる場所まで後退すると、シーリィは攻撃を中止させ様子を見る事にしていた。

 その頃、城内の戦闘も終りを告げていた。

 返り血を浴び自身も少なからずの怪我を負ったフィゲルが、城壁の上に上がって来た。シーリィを見つけると近付く。


「緒戦はどうにかなりましたな」

「将軍。手当てを」

「心配めさるな。かすり傷です。それより、次はどうでてくるでしょうな」


 王都より離れた所で、部隊の立て直しと再編成をしているゼンア騎士団に、目を向けてフィゲルは尋ねていた。


「交渉でしょうね」

「交渉、ですか?」

「はい。こちらの戦力の見極めと、ゼンアの目的が悟られているかどうか、確認のためです」

「すると?」

「初めから決裂する交渉ですね。交渉と言う名の情報収集です」


 シーリィは笑ってフィゲルに答えていた。


「相手にせずとも良いかな」

「それはだめです。ゼンアに、もっともらしい口実を与える事になりますから」

「しかし、城内に入れるのも、城外に出るのも……」


 フィゲルの心配は、シーリィにも判っている。城内に入れれば、グラディアの兵力が少ないと分かり、ゼンア騎士団を勢いづかせる事になる。

 また城外では、交渉の最中にゼンア騎士団が襲ってくれば、後退に乗じて城内への侵入を許してしまいかねないのだった。


「将軍。交渉の場所は、城門近くになります。それに、これで時を作れます」

「時?」


 フィゲルが首を傾げる。


「戦闘後の立て直しに一日はかかるでしょう。そして、軍議を開き交渉に来るまで半日、さらに再び戦闘になるまで半日。二日の時間が私達に与えられます」


 冷静に分析するシーリィに、フィゲルはシーリィの抱えていた矛盾を理解した。

 この頭の切れと冷静さは、男なら国の重要人物になりえる。あるいは、危険人物となりえた。女なら疎ましく思う者も多いはずだ。必要とされるのは女でなく男であり、シーリィは女でありながら男にならなければならなかった、と言う事である。

 そんなフィゲルをよそに、シーリィは続けていた。


「将軍。警戒のために二隊ほど残して、交代でみなを休めてください」

「了解だ、軍師どの。確かに我らには時が必要だ。軍師どの、交渉は長引かせる事は無理であろうか?」

「決裂する交渉ですから、無理でしょうね。ああ、将軍。交渉には私も立ち会います」


 フィゲルの顔が問いかけるようになる。


「両軍の事情を理解しているのは私以外いませんよ。それに、この姿で私とは気付く事はないと思います。特に、ビイザ将軍はキリアを見下していましたから」

「だからと言って、気が付かない訳でもない。その時はどうするのだ?」

「どうしましょうか?」


 笑って言うシーリィに、フィゲルは笑い出していた。

 なかなか肝の据わった人物で頭も切れる。おまけに美しいと言える顔立ち、謁見の間でナセル騎士とのやり取りから見てきたフィゲルは、自分の息子の嫁に出来ない事を惜しいと思った。


「シーリィどの。キリアではなくシーリィで、グラディアに来ていれば、グラディアはもっと早く、そして、対抗する間もなく滅んでいた事でしょう」


 この言葉にシーリィは首を傾げる。


「おや、ご自分の魅力に気が付いていないと見える。あなたの知略や豪胆さは、男を惹きつけるもの。私の息子が成人していれば、私は息子の嫁にと懇願している」


 ぽかんとシーリィは、フィゲルの言葉を聞いていた。


「そうならなかった事が、グラディアにとっては幸運なのであろうな。また、飛龍騎士どのがグラディアに来なければ、今日の時点でグラディアは、何も出来ずに滅んでいた事であろう。シーリィどのとケイルどの。そのどちらかが欠けても、今の状況にはならなかったはずであろうな」


 フィゲルにしては饒舌である。城外のゼンア騎士団を見て言う。


「シーリィどの。ケイルどのの言う通りなのかも知れませんな。グラディアはすでに滅んだ。今は骸に残る誇りが、ゼンア騎士団を止めているのであろう」


 再びフィゲルはシーリィを見た。


「近衛騎士団は、貴君の指示に否はない。何なりと命じて欲しい」


 シーリィは微笑んで言う。


「では、生き抜いていただきましょう。グラディアの民のために」

「分かり申した。シーリィどの」


 恭しくフィゲルは、シーリィに頭を垂れる。



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