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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第2章 ともに歩は 飛龍の騎士
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第6話


 街道を進むケイル達の歩みは、急いでいる風でもなかった。


「シルビアさま。この辺りはクーレ伯の領地ですが……いかがされます?」

「伯爵に頼っても同じ事よ。誰が味方で、誰が敵か。判断するだけの材料がないわ」

「ですが……わたしとケイルどのだけでは、状況をひっくり返す事は無理かと」

「わかっているわ……」


 力なく呟くシルビアに、ケイルは提案できる事があると思いつく。


「シルビア。ちょっといいですか?」

「なに?」

「あなたは味方が欲しいけど、誰が味方になるか判断がつかない。と言う事ですか?」

「そうよ」

「なら、簡単ですよ」


 ぽかんとシルビアはケイルを見てしまった。ケイルからは顔が見えないが、グレイスも同じような顔で見ている事だろう。


「クーレ伯、ですか。その伯爵に助けを求めればいいんですよ」

「ケイル。話を聞いていなかったの?」

「いいえ。聞いていましたが?」


 溜め息のようなものが、シルビアの口から出てきた。


「クーレ伯が敵だったら、どうするの? 私は何も出来ずに捕まるか、殺されるかになるだけよ」

「そうですか? 味方なら、そこから味方を増やせると思いますが」

「だから。その判断が付けられないの」


 こめかみを押さえたくなるシルビアに、ケイルはのんびりと言う。


「その伯爵が敵なら、その時は蹴散らせばいい事でしょう」

「は?」

「いくらなんでも、伯爵の屋敷に何百もの兵が居るとは思えません。十数人程度ならわたしとグレイス、それにあなたがいれば、問題はないと思いますが」

「……」


 目が点になるとは、この事である。

 確かにクーレ伯が用意できる兵力はおよそ七百、しかし、全員がいつも長剣を携えて屋敷に詰めている訳ではない。剣や馬術の鍛錬は行うが、平時の時は領地内の街や村に点在しているはずだった。

 そして、ケイルの剣の腕は十人近くの追っ手をものともしない。グレイスに関しては言わずとも、シルビアはよく知っていた。

 ケイルの言う事ができるかと問われれば、シルビアは出来ると、答えるしかない事に気がついてしまった。


「ふふふ……」


 気が付けばシルビアは笑いだしていた。悩んだ事が馬鹿らしく思えてくる。


「では、クーレ伯を訪ねましょう。ケイル……」


 笑顔でケイルを見ると言った。


「言ったからには、責任を持ってよ」

「わかってますよ。責任を持って逃げます」

「もう一つ、言い忘れていたことがあるわ」


 シルビアは笑ったままである。


「私はグラディアの王女よ」

「そうですか。知りませんでした」

「……」


 あっさりと表情も変えずに返したケイルに、シルビアは少し恨めしそうな顔になった。


「どうかしましたか?」

「驚いていない……」

「いや、あの……驚くほどの事でもないのですが……」

「わかっていたから?」

「いいえ。ただ、貴族の娘や商人の娘なら、父はナセルであなたを保護するでしょうし、わたしをグラディアに向かわせる事もなかったでしょう。危険と分かっていて戻らせるような事はしない人ですから。それに……」


 とケイルは苦笑を浮かべてしまう。

 シルビアと良く似た雰囲気を持つ、姫さまと呼んでいた王女を知っていたからである。ケイルを、いや数多くのケイルと同じ境遇の子供を護り、生きる場所を与えてくれた女性。今はもう嫁いで行ったが、ケイルや仲間達は王女の恩義を忘れてはいない。

 だからこそ、今度は自分達が護る番だと思っていた。


「わたしは言いましたよ。あなたが王女でも、ただの娘でも関係が無いと。わたしにとって、あなたはシルビアです。そして、王女と言う肩書きがついた。それだけの事です」

「納得いかない……なんか、悔しい」

「そう言われても困ります」


 クーレ伯爵の屋敷に向かう間に、こんな会話をする二人にグレイスは、こめかみを押さえたくなる衝動を覚えた。

 同時に、ケイルと言う男は侮れない男だとも、感じていたのである。

 王女と聞けば誰もが、その後で言葉使いや態度が変わる。同国の者なら、それが顕著に表れるものだ。他国の者でも、他国の王女にそれなりの敬意を払い、言葉使いと態度が少しは変わる。

 しかし、ケイルはそのどちらでもなく、自初めに会った時のまま言葉使いも態度も変わらなかった。

 こんな男にグレイスは会った事がない。

 だから、得体の知れない怖さを受け、危険だとも認識したのだった。いずれ、シルビアにとって良くない事になる。そう思えた。

 困った顔をしながらもケイルは、王女が狙われる理由を考えていた。思いつく事はあるが、どれも憶測の域を出ない事で、本当に困った顔になってしまう。


「シルビア」


 まだ納得していない顔に尋ねる。


「王女として、接した方がいいですか?」

「今まで通りでいいわ。なぜかケイルに、王女殿下と呼ばれるのは、寒気がしそうよ」

「ひどいですね。それ」

「どこが? 急に変わる方がおかしいいでしょう」

「まあ、そうかもしれませんが……」

「シルビア・さ・ま」


 グレイスがこめかみを押さえて呼んでいた。

 そろそろクーレ伯爵家に近くなっている、とその目は言っている。

 クーレ伯爵家は、グラディア王国でも辺境に近い領地を治めている領主達の一人で、王都への街道沿いを領地に持つ。

 まわりは平原が続き、収穫も他の領主に比べ多く、豊かではないものの安定した収入が見込めていた。

 そして、辺境に近いがゆえ、王家の影響力もそれほど大きくはなく、王家への忠誠心も大きくはなかった。国内の中堅どころの貴族達と同じと、言っても過言ではない。

 突然の訪問にもクーレ伯は、慌てることもなくシルビア達を迎え入れる。旅装姿のシルビアに、首を傾げつつもにこやかに挨拶を返していた。


「突然の訪問とは、なにかございましたか、殿下」

「クーレ伯。なにもなければ、こんな旅装ではなく馬車で訪れています」

「詳しくお聞きいたしましょう。殿下、中へどうぞ」


 通された部屋は豪華な調度品が一切なく、質素にテーブルと長椅子、少しばかりの家具が置かれているだけの部屋だった。置かれている調度品のどれもが、良く手入れをされたものであり、伯爵の性格を物語っているようである。


「まずは、おくつろぎ下さいと言うべきでありましょうが。何があったのか、お尋ねする方が先でありましょうな」


 シルビアが長椅子に腰を降ろした途端に、クーレは尋ねていた。


「クーレ伯。国境にデューレ騎士団が布陣している事を知っていますか?」

「もちろんであります。殿下」


 頷いてクーレは続ける。


「ナセル王国が国境に騎士団を集結させましたゆえ、対するのはあたりまえであります。我が領地からも準備が整い次第、増援を送る事となっております」

「クーレ伯。よく聞いて欲しいのですが、まずナセル王国が国境に騎士団を布陣させたのは、デューレ騎士団が先に布陣したからです」

「これは異な事を申される。私が受けた命は、ナセル侵攻を阻止する為に増援として、兵五百を国境に派遣せよ。ですが」

「その命は、王命でありましたか?」

「王宮からの命であり申した。ゆえに王命と受け取っております」

「署名はどうなっていましたか。確認しましたか?」


 質問された事には返していたが、クーレそれを不審そうに思っているようだった。


「殿下。殿下は、いったい何をお知りになりたいのでありましょうか?」

「裏切り者を断罪したいのです」

「裏切り者とは、穏やかではありませんな」


 軽く目を見張るク―レに、シルビアは言う。


「クーレ伯。私は暗殺されかけました。それも一度ではなく、何度もです」

「なっ……」


 今度こそク―レは、目を見張ってしまった。


「クーレ伯。今、王宮で実権を握っているのが、誰かご存知ですか?」

「もちろん、女王陛下であります」

「そうであれば、私がここにいる事はないでしょう」

「殿下?」

「私が王宮から出たのは、半月も前です。王宮内で暗殺されかかり、身の安全を図るために脱出したのです。その後、追っ手を討ちながら国境近くまで来ました」


 息を吐いてシルビアは続ける。


「国境近くが、こんな状況になっている事は、こちらに来て初めて知りました。言えるのは、グラディアがナセルに攻め込む事は、無謀な事と言う事です。それが王命であったとしても」

「殿下は、王命を無視しろと、言われたいのでしょうか?」

「いいえ、違います。王命を無視するような者は、処罰されます。ですが、その王命が女王陛下から出たものでなければ、それは女王陛下に対する謀反であると思います」

「殿下。私にも分かるように、教えて欲しいのですが。私に何をしろと言われるのです」

「私の命を狙ったのは、グラル公爵。あの者以外はいません」

「証拠があって、言われているのでありましょうな。グラル公は陛下の信も厚く、我が国の筆頭公爵でもあります。例え殿下であられても……」


 首を振ってシルビアは、クーレを止めていた。


「ありません。ありませんが、私が死ねば誰が一番得か、などは考えるまでもないでしょう。しかも、ナセル王国に戦争を仕掛けるなど、陛下がお考えになる事はではありません」

「殿下。殿下のお言葉を疑いたくはございませんが、それだけでは私にはどうする事も出来ません」


 溜め息をつくようなクーレであった。


「クーレ伯。私はグラル公が何を考えて、このような所業に出たのか知りたいのです。私に力を貸してくれませんか?」


 再びクーレは溜め息をつく。


「出来ません」

「なぜですか?」

「殿下は、憶測でグラル公を疑っておいでであり、確たる事は一切ありません。また、今はナセル王国の騎士団が国境に布陣しておりますゆえ、私がこの地を離れる事はできません。そして、王命を無視する事など、臣下である私には出来ません」

「クーレ伯。このままではグラディアは滅びます。それでも、ですか?」

「仮に、殿下の言われる通りだとしても、王命である以上、私に否はありません」

「止めましょう」


 黙って聴いていたケイルが、口を挟んでいた。


「ケイル?」

「クーレ伯。一つだけお尋ねしますが、答えていただけますか?」

「従者の出る幕ではない」


 口を挟むなと、言外の圧力を込めてクーレはケイルを見る。


「あ。違いますよ。わたしはシルビアの従者ではありません」

「貴様。殿下を呼び捨てにするとは、身の程を知れ」


 高圧的な態度のクーレに、ケイルは笑っていった。


「困りましたね。シルビアに王女ではなく、親しい友人として接して欲しいと言われた身なのですが」

「殿下! このような者に、そのような事を申されたのですか」

「そんな事は、どうでもいいのですが。クーレ伯」

「どうでも良くはない」

「どうでもいいんですよ。大事なのは……」


 真直ぐにクーレを見て、ケイルは言う。


「あなたはシルビアの敵ですか、味方ですか」

「……」

「答えられないのですか?」

「貴様に答える必要はない」


 ケイルは首を振ってシルビアに言った。


「行きましょう。ここにいても時間の無駄です」

「ケイル! 簡単に行く訳はないわ」

「シルビア。今のあなたの状況で、即答できない者を必要とするのですか?」

「あなたはできるの?」

「出来ますよ。わたしは、シルビアの敵ではなりません」

「味方とは言わないの?」

「言えません。わたしがあなたといるのは、わたしの都合ですから。ただ、敵になる事は今のあなたの状況であれば、ないとだけは言えます」


 溜め息をついたシルビアは立ち上がると、クーレを見る。


「敵でもなく味方でもない。それでもいいでしょう。クーレ伯は臣下として当然の態度を取られた、と言う事」

「殿下。王命を無視するのは臣下ではありません」


 背を向けるシルビアにクーレは言った。


「間違った王命なら、諌めるのが臣下です。あなたは、それを放棄した」


 肩越しに振り返ったのは、シルビアではなくケイルである。


「放棄などしていない!」


 叫ぶク―レを無視して、ケイル達はク―レ伯爵家を後にした。

 屋敷の外に出たシルビアは、息を吐く。


「私にもっと力があれば……」

「シルビアさま……」


 肩を落とすシルビアに、グレイスはかける言葉が見つけられなかった。対してケイルは首を振っている。


「あなたに力がないのでは、ないでしょう」

「ケイル」

「あなたに力がないのであれば、もっと適当にあしらわれていたと、思いますよ」


 馬の手綱を取ってケイルは、シルビアを振り返っていた。


「力がないと言うのは簡単です。ですが、力とはなんでしょう」


 馬上に身体を上げてケイルは続ける。


「武力でしょうか、知略でしょうか、それとも人を惹き付ける事でしょうか」


 ケイルが何を言いたいのかわからず、シルビアとグレイスはケイルを見ているだけであになってしまう。


「わたしは……」


 ケイルは苦笑らしきものを浮かべた。


「すみません。せんのない事を言いました」


 それでもと、ケイルは思う。

 ライとシグに言われた言葉。


『力はただ力でしかない。自分の持てる力は、たかが知れている。だからこそ、人は力を求める。たとえ、それが間違った事でも』


 その時は、何の事かはわからなかった。いや、今でも分かったとは言えない。

 だからケイルはグラディアへの道行きで、それを知る事が出来るのではないかと思っていた。ただ漠然と何かをしなければならないのだと感じていたのである。


「街道の領主達に、お会いになられますか?」


 そう尋ねたのは、グレイスである。

 ク―レ伯爵は味方にはならなかったが、領主が一人しかいないと言う訳ではない。他の領主を味方にすれば済む事だった。


「一通りは会いに行きましょう。グラディアの状況が分かっている領主なら、味方になってくれるでしょう」

 それが甘い考えでしかない事を、シルビアは思い知る事となった。


 行く先々で訪れた領主達は、みな何を言っているのだろうという顔で、なかには憐れむような顔でシルビアを見て首を横に振っていた。

 さらには、怒りも顕わにシルビアを責める者までいたのである。


 曰く。


『殿下は内乱を起こしたいのか。確たる証拠も無く筆頭公爵を非難し、味方になるかなどと問うとは、正気を疑いたくなる』

『グラディアは平和的に他国と付き合っているにも関わらず、波風を立てて国を混乱させたいのか』


 等などだった。

 領主達はシルビアの言葉を、真剣に受け止めてはいなかったのである。

 これにはシルビアが落ち込んだ。

 王女と言えど、名ばかりなのかと頭を抱えたくなったのは言うまでもない。グレイスがなにかと励ましていたが、焼け石に水のようなものだった。


「あなたも、何か言ったらどうだ」


 グレイスに、水を向けられたケイルは肩を竦める。


「グラディアの領主達が、ああだとは知りませんでした。ナセルなら、まず国を割るつもりがあるのかを尋ねます。そのうえで、相手を捕縛するなりしています」

「どういう事なの。ケイル」

「あんな話をする相手を、野放しにする事はないと言う事です。あまりにも国にとって危険ですから」

「私は、間違っていないわ」

「それでも、です」

「どうする事も出来ないと言うの?」

「わかりません。今は無理でも、王都に付けば変わるかも知れません。わたしも全体が見えている訳ではないので」

「他人事のように言うのね」


 憮然となったシルビアに、ケイルは努めて冷静に言う。


「他人事でしょうね。ですが、わたしにもグラディアで出来る事があると思います」


 ケイルとシルビアの話を聞いていたグレイスは、冷静に淡々と答えるケイルに、ある種の恐ろしさを覚えた。

 迷ったり、考え込んだり、悩んだりする事が普通である。しかし、ケイルにその類の事を感じた事がなかった。冷静過ぎる事が、グレイスには危険に思えてしまう。



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