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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第1章 ともに歩は 漆黒の騎士
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第11話 漆黒の騎士


 エンダルアの背でライは、後続を振り返る事も無くエンダルアに行く先を委ねていた。ライ自身、フイアンナの行方は知らなかったのである。

 エンダルアならフイアンナの行き先が判ると確信があった。飛龍騎士と飛龍の話を聞き、フイアンナとエンダルアの絆を目にしていたからだった。


『エンダルアの心が届くのです』


 そう言っていた。

 心が届くのなら、距離は関係がないと思うのである。


『私の騎士ならば』


 どれほどの思いが、どれほどの迷いが、その言葉に含まれていた事か。

 その言葉がライに、ナセルの騎士や異邦の騎士ではなく、フィアンナ唯一人の騎士となる事を決めさせた。

 護る。

 誰が何と言おうと一切気にせずに、フィアンナを護るためであればどんな手段でも使う。自分の器は知っていた。だが、唯一人の女性のためならば、己の全てを使ってでもやり遂げて見せる。

 ふと、ライの顔に苦笑が浮かんだ。


『全てを救う事なんか人に出来るか。俺は眼の前の友人を、この女を死なせたくないだけだ。そのためなら、この力を使う』


 素人に毛が生えた程度のあの男の方が、自分よりもわかっていたと、今になって思い知ってしまう。

 だから苦笑していた。

 一族の誇りなど理解も納得もしないが、あの男の言う事は理解できる。

フィアンナのためだと絶対に言葉にしない。言い訳も弁解もしない。誹りも蔑みも全て笑って受けよう。

 誰のためでもない自分の信じる誇りの為に。

 愛していると、失いたくないと思う女性の為に。

 そして、この世界で一緒に生きる為に。


《この先に主がいる》


 ライの心に飛龍の心が届いた。


「エンダルア?」


《いかにも》


 なるほど。心が届くとはこう言う事かと思う。ライの知っている言葉で言うのなら『心話』と言うべきだろう。


「少し手前で降りてくれ」


《なぜゆえに。主を取り戻すのではないか》


「取り戻すさ、この手にな。だが、後を追ってくる者達がいる。そいつらを使わない手はない。利用する」


《考えがあるのであれば、おぬしに従おう》


「ありがとう、エンダルア」


ライの言葉とともに、エンダルアは降下に入った。

 ゆったりと大地に降り立ったエンダルアの背から、ライが降りると次々に飛龍が舞い降りてくる。


「フイアンナさまはどこだ!」


 飛龍の背から降りるのも、もどかしそうにロンバルが叫んでいた。


「ロンバル、野営の準備だ」

「きさまぁ!」


 一気に詰め寄ったロンバルだったが、ライの瞳に浮かぶ冷気に足が止まる。


「ここで後続を待つ。使えるようになるには、一夜明かした方がいいだろう」

「きさまは……」


 淡々と言うライに、ロンバルは言葉が続かなかった。


「あんたがここにいる。ケイオスもエンパートも追ってくるだろう」


 ライは周りに集まった飛龍騎士達を見る。


「飛龍騎士は地上戦が出来るのか?」


 怒気が上がった。


「わしらは騎士だ。おぬしは騎士を侮辱するのか」

「当てに出来ないような者は邪魔なだけだ。いない方が良いからな。ロンバル、後続は着き次第休ませろ。二騎ほど飛龍騎士を飛ばせて、ここに案内をさせろ」


 それだけ言うライは、エンダルアの隣に立って南の空を見上げる。


 ロンバルとって、異国人のライの言葉に従うのは抵抗があった。明確な立場でない者からの指示に従う事は出来ない。

それは全ての騎士が思う事だった。しかし、フイアンナの居場所を知る唯一人の者と言う事も事実である。

 不承不承に思いながらもロンバルは、ライの指示通りに野営の準備と、後続のための道案内を出したのだった。

 日暮れ前、一番初めにたどり着いた騎馬群は、ケイオスとエンパートに率いられた十五騎である。

 長時間馬の背に揺られ消耗しているはずなのに、ケイオスとエンパートの二人は、そんな素振りさえ見せずに馬を飛び降りてライに駆け寄っていた。


「フィーはどこだ!」

「まだ先だ」


 振り返りながらライは答える。


「二人とも休め」

「休めだと! 何を考えている!」

「使い物にならない者は必要ない。夜更けまでに使えなければ捨てて行く」


 ライの言葉にエンパートの配下の騎士達は色めき立つが、疲れた身体では立っているのが精一杯だった。

 その中の一人の騎士は、腰を降ろして木の幹に寄りかかり目を閉じる。同僚の騎士が非難めいた瞳を向けた。


「何をしている」

「俺は、あの男と一緒にクランの陣に夜襲をかけた。あの男は言葉通りにする者だ。身体を休めて疲れを取る」


 目を閉じたまま騎士は言う。

 その姿に何か思う事があったのか、同僚の騎士も腰を降ろして目を閉じた。

一人二人と身体を休める者が出ると、周りの騎士達も同じように、腰を降ろして身体を休め始める。

 疲れた身体では、何も出来ない事を騎士達は知っていた。戦闘継続中で無ければ、回復のために身体を休める事は大事な事である。


「ケイオス、エンパート。話は全員が追いついてからだ」


 エンパートの手が長剣の柄に掛かっていた。

 王子を呼び捨てにした事、何を考えているか明かさない事、フイアンナの身を案じているのはライだけではない事。それらが渾然となって腹立たしい思いである。


「言ったはずだ。邪魔をするのなら滅ぼすと」


 感情さえなくした顔がエンパートに向けられた。


「よせ、エンパート」


 ケイオスがライとエンパートの間に割って入る。


「おまえやロンバルが、どんな思いなのかはわかっている。それでも今は、フィアンナを取り戻す事が先だ。この男の言う通り休んだ方が良い」

「ケイオスさま」

「たった一人で国を滅ばす事などできない。が、この男は俺達とは違う。根本的な意味で俺達とは違う」


 自ら異邦人と名乗ったように、ライは自分達にとっては異質だった。

王族や貴族に対して敬う事が当り前の自分達とは、考え方も感じ方も違うのだろうと思える。退かない強さを持ち、その通りにできる者は強敵ともいえた。


 そこにライ・シードと言う男の怖さがあった。


 遅れていた後続が次々に集まり始める。先に着いた騎士が、後から着いた騎士に休息を指示し野営の薪が増え始めて行った。

 そして、日も暮れて銀月がその姿を見せた頃、クリスティがハーベイとガーランを引き連れて野営地に到着する。


「フィーはどこ!」


 馬上で叫ぶクリスティにライは近付いた。


「まだ先だ」

「まだ? こんな所でなぜ止まる!」


 憔悴しきった顔にもかかわらず、瞳には強い意志の光を宿したままクリスティは、馬上からライを睨みつけている。

手綱を持つ手が震えている事にさえ、気がついていないようだった。


「疲れたまま戦闘に入っても意味はない」


 淡々と答えるライにクリスティの口元が震えだす。


「このぅ……」


 ぐらりとクリスティの身体が傾いで、そのまま馬上から崩れ落ちた。寸前でライがクリスティの身体を受け止めている。


「クリスティさま!」


 ハーベイとガーランが、慌てて馬の背から滑り降りる。


「気を失っただけだ」


 クリスティを抱いたままライは答えると、薪の側まで歩いてゆっくりと地面にクリスティの身体を横たえた。

銀月が真上に来る少し前にクリスティは気が付く。身体を起こしたクリスティにケイオスが声をかけた。


「気がついたか」

「お兄さま……」

「食べろ」


 暖かい椀をケイオスは差し出している。


「食欲がありません」


 首を振るクリスティに、ケイオスは椀を手に持たせた。


「無理にでも流し込んでおけ。空腹のままでは身体によくない」


 ケイオスの言葉通りにクリスティは、ゆっくりと少しずつ口に運んでいった。暖かい椀物はクリスティを少し元気付ける。


「ライ、クリスティが起きた。話してもらうぞ」


 クリスティの周りには、エンパートやロンバルをはじめ、主だった武将格の騎士が薪を囲んでいた。


「この先には何がある?」


 話ではなく問いかけにケイオス達の顔が険しくなる。

それでもケイオスは答えていた。


「オストー公爵の小城だ」

「そうか。では明日、日の出とともに移動し、小城を殲滅する」

「どう言う事だ!」


 一方的な宣言にケイオスが叫んだ。


「おまえ達は何のためにここにいる?」

「わかるように説明しろ!」

「フィーを救いたくないのか?」

「おまえはっ! 何も話さずに、公爵家の小城を落とせるとでも思っているのかっ!」

「今更必要か?」

「何の確認も取らずに、そんな事が出来るか」


 ケイオスは止めるしかない。

 確たる証拠も無く、小城とはいえ公爵家の小城に攻め込む事は、常識から言って無理な事だった。

 それが通ってしまえば、国内は貴族同士の潰し合いになってしまう。それゆえ、貴族同士の紛争になりかけた時は、国王に双方が進言して仲裁を求めるのだった。

 疑わしくは罰するでは国が成り立たなくなる。

が、ライは冷笑を浮かべた。


「なぜだ? フィーがそこにいる事は、エンダルアが教えてくれた。これ以上確かな事はない」

「だから待て。それだけでは証拠としては弱い。小城に潜入してフィアンナの居場所を確かめてからだ。迂闊に動いては他の貴族達の反感を買うだけだ。誰かに……」


 喉が鳴るような笑い声が聞こえてきた。顔を上げたケイオスが見たのは、冷え冷えとした瞳で、口元だけが笑みの形を作っているライの顔である。


 ライと呼ぶ声が出なかった。


 恐ろしいほどの冷酷な気配を纏う姿に、ケイオスばかりか武将格の騎士までもが呑まれてしまう。ただの人がこれほどの気配を纏う事が信じられなかった。


「おまえ達に言っておく。小城に集う者を誰一人として生かしておく気はない。俺からフィーを奪う者にかける情けはない。容赦もしない」


 反論すべきであり、止めるべきである。

 公爵家の小城ともなれば、そこには女子供もいるはずだった。

誰一人として生かしておかないと言うのは、女子供まで手に掛けると言う事である。

 人として、それは許すべきではないはずだった。


「本気で全員を殺すと言うのか」


 王家の者としては、いたずらに民を殺める行為は止めなければならない。冷え冷えとしたライとは対照的に、ケイオスは唸るような声だった。


「言ったはずだ。邪魔をするなと」

「ふざけるな! 民を殺める愚行を俺が許すとでも思っているのかっ! いいや、俺だけではない。ここにいる全ての騎士達が許さない」

「だから、どうした」

「きさまぁ!」


 ケイオスが立ち上がってライに詰め寄る。武将格の騎士達も立ち上がっていた。

 許すべきでない。黙っている事は騎士の誇りが許さなかった。


「ナセルには愚か者しかいない。護るどころか死を覚悟させる。そんな者どもにフィーを渡せるものか。俺からフィーを奪う者は徹底的に叩き潰す」


 ライが騎士達を見る。


「小城の殲滅に反対ならば、今すぐ王都へ帰れ。そうでなければ従え」


従える訳も、帰れる訳も無かった。

フイアンナを救い出すために、ライを追いかけて駆けて来たのである。このまま帰る事は誰にも出来なかった。

 苦々しくライを見つめる騎士達の中にいてクリスティは、畏怖を感じると同時に違和感を受けていた。


 違うと直感的に思う。


 眼の前の男は、こんなに冷酷ではなかったはずだ。孤児院の子供達に接する姿からは、想像ができないほどかけ離れている。


 夜色の髪と瞳。


 今は夜の闇に溶ける漆黒を思わせる姿だった。

 それは、王家の女にしか伝わらない口伝を思い出させる。


(まさか、この男が……)


そうクリスティに思わせるには十分な姿と気配であった。

気がつけばクリスティは立ち上がっている。不思議と疲れは取れていた。


「クリスティさま?」


 ハーベイが首をかしげてクリスティを見てしまった。隣でガーランも同じような顔でクリスティを見ている。

 何かは解らないがクリスティは、小城を殲滅する事に意味があると理解してしまった。必要であれば、どんな事でもする者だと知っていたではないか。

 どきりとクリスティの胸が高鳴る。

口伝を知らなければ気がつかなかった。

 大事な友なら自分で動けと言われた事を思い出す。

 だから、クリスティは覚悟を決めた。


「ハーベイ、ガーラン。騎士としての矜持も誇りも汚す事をさせる」


 ライを見たままクリスティは静かな声で言った。


「抵抗できない女子供の命を奪う事を命じる」


 ざわりと武将達に驚愕が走る。ケイオスさえもが振り返っていた。


「クリスティ!」


 叱責が含んでいる事はわかっていたが、クリスティは言葉を止めない。


「耐えられなければ、全てを私の責にすれば良い。ナセルのクリスティの名において命じる。従えなければ、今すぐ配下を連れて王都へ戻るがいい」


 クリスティは右手を持ち上げてライに差し出した。


「漆黒の騎士。今、この時だけはあなたの言に従いましょう。小城まで付き従う者は、あなたの言葉通りにする事を、私の名において誓いましょう。受け入れていただけるのなら、私の手に口付けを」


 ライの顔に微笑が浮かんでくる。それだけで温かみが帯びた。それはクリスティの考えが正しい事を示す。

そして、ライはクリスティの手を取って、口づけをしていたのである。


「クリスティ王女。わたしはあなたを侮っていたようです。お詫びします」

「クリスティ! なぜ、そんな事を」


 ケイオスは苦い顔のまま、クリスティを非難していた。


「決まっています。私が漆黒の騎士を愛してしまったからです。愛しい方のためならば、私は愚かにもなりましょう」


澄まして言うクリスティに、ケイオスをはじめ全員の顔が呆気に取られたようになる。

くすりと笑ったクリスティは、ライに近付いて抱きついた。


「抱きしめてください、愛しい方」

「クリスティ!」


 ほとんど悲鳴に近いケイオスの声である。

 ライがクリスティの背に腕を回すと、耳元でクリスティが囁いていた。


「銀月の乙女、ともに歩むは畏怖を象る漆黒の騎士」


 ライが驚くよりも早くクリスティは言葉を続けている。


「あなたの事です、ライ。ナセル王家の女のみに伝わる口伝。お兄さまは知りません」


 だからこんな真似をしたのかと、舌を巻く思いだった。手を離したライは、クリスティから一歩離れる。


「申し出は大変光栄に思いますが、謹んで辞退申し上げます。クリスティ王女殿下」

「そうでしょうね。あなたとともに歩むのは私ではないでしょう。ですが、先ほどの誓いは、守ります」


 クリスティは笑ってケイオスを振り返った。


「お兄さま。振られてしまいました」


 答えようがないケイオスである。

 ライと呼んでクリスティは、手を引いて薪から離れて、エンダルアの側まで連れて行った。武将達の前では話せないと思っていたのである。


「ライ。何かは聞きませんが、女子供まで手にかけるのは、理由があるのでしょう」

「なぜ、そう思いますか」

「私は、あなたが好き好んで女子供を手に掛ける方ではない事を知っています。逆だと、女子供は護るべき者達だと知っているはずです」


 と息がライの口から出る。


「あなたは聡明な方です、王女」


 それは肯定を意味していた。


「やはり、そうでしたか……」

「クリスティ、ライ」


 ケイオスが固い顔のまま二人に近付いて来る。エンパートとロンバルが一緒だった。さらにはハーベイとガーランまでがいる。


「おまえは正気か」


 納得できない五人だった。


「お兄さま。覚悟を決めてください」

「クリスティ、おまえもおまえだ。王女の名においてあんな命をなぜ出した」

「必要でしたから」

「どこが必要だ」


 問い返すケイオスに、クリスティは答えずにライを見る。


「フィーを愛しておられますか、漆黒の騎士」

「狂おしいほどに」


 冷たい笑みが浮かんでいた。


「フィーを眼の前で連れて行かれた時、目の前が真っ暗になったと言うべきでしょうが、違いました。王女や子供達の命を無視しても、全力を振るえば良かったんです。わたしの躊躇が、フィーの望みが全力を振るう事を躊躇わせた。自分に対して、ナセルに対して、フィーを連れて行った者達に対して、狂おしいほどの怒りしかありませんでした」

「お兄さま、このようにライは狂っています。止めるよりもライの狂気を利用した方が、フィーを救い出すためには必要です」

「良く言いますね、王女」


 苦笑するライにクリスティは言う。


「その方が早いでしょう」

「王子よりも決断が早いですね。そして、豪胆でもあります」

「ライ!」

「王子。わたしは宣言どおりに行動します。もとよりわたし一人で、フィーを取り戻すつもりでしたから。ナセルの騎士達が同行するのなら、利用させてもらいます」


 口調は普段のライに戻っているが、冷えた瞳はそのままだった。


「騎士にとっては汚名にしかならない。望んで汚名をきる者がいるとでも思っているのか」

「それがどうしました。汚名をきたくなければ、王都へ戻ればいい事です」

「フイアンナさまを救い出す必要な事なのだな」


 黙っていたロンバルが確認するように言う。


「そうです」

「わかった。飛龍騎士隊は、おぬしの言に従おう」

「リソリア城から連れて来た私の配下も、おまえの言に従わせる」


 エンパートがロンバルの後をついで言った。その二人をライは交互に見て尋ねてしまう。


「なぜです。お二人は王子と同じように、反対する立場のはずです」

「ふん。フィアンナさまをお救いするのに理由が要るのか」


 鼻で笑うロンバルと、静かに笑うエンパートの二人は、ケイオスに一礼をして薪へと戻って行った。


「そちらの二人はどうします?」


 ライがハーベイとガーランに尋ねる。


「我らはクリスティさまからすでに命を受けている。命に従うは騎士の誉れ。おまえの言に従う。それが、どんなに屈辱的な事でも」


 ハーベイとガーランの二人は、クリスティに一礼をして薪の方へ戻っていった。

 ため息をついたケイオスが静かに言う。


「ライ。これから話す事は二人に話すな」


 ゆっくりとライは、ケイオスを振り返っていた。あえて表情を消したとしか思えない顔がそこにある。


「ロンバルの娘ファニは、エンパートの婚約者だった。そして、フィアンナと同期の騎士でもあった」


 過去形で語られるその言葉は、ある事を示していた。

 気がついたライは、何も言わずにケイオスを見る。傍で聞いていたクリスティが驚いたように眼を見張った。


「フィアンナとファニは、互いに励まし合い競い合って騎士を目指していた。二人の努力のかいもあって、同時期に騎士に叙された。騎士になって二年目、四年前の事だ……」

 一度、ケイオスは言葉を止める。苦しいと息のようなものが口から漏れてきた。

「戦闘の斥候に出た小隊が、敵の小隊と偶然にも出会いがしらに遭遇してしまった。先手を取られてあっという間に斥候小隊は壊滅。敵に囲まれた状態で、フィアンナとファニが残され、二人は逃げずに踏み止まって戦った。報告を受けたロンバルとエンパートが駆けつけた時には、ファニは瀕死だったらしい」


 再び苦いと息がケイオスの口から出ていた。


「フィアンナはかすり傷だけで、怪我らしい怪我は負わなかった。ファニが身を挺してフィアンナを護ったと言う事だ。自分の命を投げ出してな。ファニは……知っていた。フィアンナが『銀月の乙女』である事を……ロンバルとエンパートがフィアンナの事を知っているのは、フアニの葬儀の後にフィアンナが二人に話したからだ」

「それがフィーを救う理由ではないですね」


 質問ではなく確認である。

 それだけでは、自分の言葉に従う理由にならなかった。それだけなら騎士の矜持と誇りの方が優先される。

 ああとケイオスは頷いていた。


「ロンバルは命を投げ出した娘の代わりに、フィアンナを護るためならどんな汚名であろうと、命を失おうとその通りにすると決めている。そして、エンパートは婚約者が護ったフイアンナを、婚約者の代わりに護ると決めている」


 それでもまだ足りない。

護ると覚悟を決めるには、まだ足りなかった。


「それだけではないはずです。まだ、あるはずです。それだけでは足りませんよ」

「フィアンナが呼んだ。ファニを『私の騎士』とな。『銀月の乙女』であるフィアンナが、その言葉を言うのは意味がある」

「銀月の乙女の騎士、ですか」

「その通りだ。『銀月の乙女』を護るためであれば、命を投げ出す者の事を示す。後にも先にも、その言葉を言ったのはファニだけだ」

「自分の運命に巻き込んで命を落とす事になるから……他の誰にも言わない……」


 だから、思いと迷いがあった。


「そうだろうな。フィアンナは自分の運命に巻き込んで、親しい友を失ってしまった。二度と同じ思いはしたくはないだろう……」


 運命。


 これほど都合のいい言葉はない。

 ライにとっては認められない事だった。

退魔の一族に生まれたからには、他者のために戦う事が運命。それこそが一族の誇りと教え込まれてきた。

 だから、理解も納得もできない。


そんな言葉ですむほど、人の生き方は安くはないはずだ。

 だから、言う。


「運命などと言う理不尽な事ではなく、わたしがフィーといる事を望み、フィーと生きるために……」


 だから、笑う。


「わたしは、今この時より漆黒の騎士と名乗る」


 宣言は覚悟となった。



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