第10話 銀月の乙女
いつものように孤児院に訪れたライを待っていたのは、クリスティとフイアンナの笑顔だった。しかも二人とも手にはバスケットを持っている。
「今日は遠出をするわよ」
「はい?」
クリスティの差し出すバスケットを、ライは反射的に受け取っていた。
「さあ、みんな行くわよ!」
片手を突き上げるクリスティに、子供たちが応呼して拳を突き上げる。
ぽかんとそれを見てしまったライに、フイアンナは笑ってしまう。
「フィー?」
「たまに全員で遠出をするのです」
クリスティが子供たちを連れて行ったのは、王城より少し離れた湖畔だった。
到着すると子供達は数人ずつに分かれて、同行してきた孤児院の癒し手達に、付いて行動をしている。
石を運んで薪の準備をする一方で、湖畔近くまで足を運び水を確保する。さらには林の中へ入っていき、牧となる枝や多様な草木を集めてきた。統率の取れたとしか言いようが無い行動力を見せる子供達に、ライの眼が丸くなってしまう。
「野外での教え、ですか?」
「ええ、そうです。子供達に教える事は多くありますから。教える場を限る必要もありませんし、野外だと遊びの中で教えられますので」
ライの横でフィアンナが答えていた。
湖畔でのひと時は、長くは続かなかった。
日が真上よりも傾いてしばらく経った頃、十人ほどの男達が姿を見せる。
不穏な気配を感じ取ったのは、ライとフイアンナだけではなかった。二人は腰を落として男達の動きに眼を配り、クリスティと癒し手達は子供たちを下がらせる。
男達が無言で長剣を抜き放った時には、ライとフイアンナもそれぞれ長剣とカタナを抜いて迎え撃つ用意をしていた。
五対一の剣戟が始まる。激しく右に左にとカタナを振るうライは、一歩も退かずに五人を相手にしていた。
フイアンナが迎え撃った五人は、長剣を突きつけてゆっくりと威嚇するように動いている。打ちかかってこない相手に、フイアンナは怪訝そうに見てしまった。
ライに向かった五人は、ライを打倒すために長剣を振るっているのに、自分に対した五人は打ちかかってこない。
「剣を捨てて投降しろ。『銀月の乙女』」
「何の事です」
内心の驚きをおくびにも出さずに、フイアンナは問い返している。
「フイアンナ・バーネット。クナーセルで唯一人、銀月の祝福を受けた者。その事を知らないとでも思ったか」
長剣を構えたまま、フィアンナは言葉を返せなかった。
「これでもまだ投降しないか」
男が片手を上げると、さらに十人ほどが弓を手に現れる。狙いはフイアンナではなく子供達に向いていた。
フイアンナと男の会話は、その場にいた全員に聞こえている。
クリスティは眼を見張ってフイアンナの後姿を見つめ、癒し手達はなにを聞いたのか自分の耳が信じられなかった。
(どこから漏れた……)
ギリッと奥歯を噛み締める思いが、ライとフイアンナの心に湧き上がる。そして、十本の矢を防ぐ事は出来ないと判断したフイアンナは心を決めた。
「剣を引きなさい」
静かだが力のある声が聞こえる。構えを解いたフィアンナだった。
フィアンナの前の五人は剣を引いたが、ライと対峙する五人は剣を引かずに剣戟を続けている。
「引かせなさい」
「あの男は邪魔だ」
五人を相手に一歩も退かないような者は、後々邪魔な存在にしかならない事は誰にでもわかる事だ。
「そうですか」
フイアンナの手首がひるがえり、刀身が自身の首に当たる。
「この首を落とします」
口元には笑みが浮かんでいた。
「死体で良ければ、持って行くがいい」
フイアンナの本気を見て取った男が慌てる。
「まて! 引かせる!」
男の合図でライと対峙していた五人は剣を引くが、ライはカタナを引く訳には行かなかった。フィアンナを連れて行かれるわけには行かない事は、十分に承知していたのである。
フイアンナが長剣を投げ捨てて、ライに近よりカタナを持つ手に自分の手を添えた。
「引いてください」
「出来ると思いますか」
「あなたなら、何を優先すべきか理解しているはずです」
「それでも!」
フイアンナは、ゆっくりと首を振って微笑む。
「私の騎士なら、できるはずです」
「…………」
ライは大きく息を吐くと構えを解いていた。
それを見届けたフイアンナは、ライから離れて男に近付いていく。
「案内しなさい」
男達とともに離れて行くフイアンナの背を見送るライの口から唸り声が溢れ出す。
十人の射手は、まだ矢を番えたままだった。
と、矢が放たれる。
唸っていたライが叫んだ。
「ふざけるなっ!」
一振り。
それで十本の矢が地面に叩き落され、大地が爆ぜた。
「なっ……」
驚いた射手が次の矢を番えるよりも速く、ライは射手へと接近している。振るったのは三度だけ、その三撃で十人の射手を打ち倒していた。
フイアンナは、こうなる事を見越してライをこの場に残した。射手が矢を放つとわかっていたのである。
そのフィアンナは、男達に連れられて馬車の中にいた。口元に浮かぶ笑みを不審に思った男が尋ねる。
「何を笑う」
「射手は戻ってこない」
顔を上げてフイアンナは男を見た。
「何のためにあの者を残したと思う。たかが十人程度にあの者を倒せるものか」
確信があるからこそ笑っていられる。
そして、自分の運命に巻き込むしかなかった事が悔やまれた。同時に、ライを求める心を止める事ができずに『私の騎士』と呼んでしまって事に気が付いてしまう。
『銀月の乙女』
戦いの火種しかならなく、何の力も持たない存在である自分が、疎ましく思えてならなかった。
それでも逃げる事はできないと思い知る。
だから、フイアンナは笑っていた。
(それなら『銀月の乙女』として戦場に立ち、この命を捨てよう……)
騎士の誇りがある。女としての意地もあった。
そして、ライは自身の招いた事に憤りを感じていたのである。
唸り震えていたライの動きが止まった。ゆっくりとカタナを鞘に戻し、クリスティを振り返る。
「誰も怪我はしていませんね」
「ええ……」
かろうじてクリスティは答えられた。
襲われたと言う事と、フィアンナが『銀月の乙女』と言う事。そして、ライの怖さに衝撃が抜けていないようで、少し蒼ざめた顔である。
「ケイル、バルク、ルーク」
ライは子供達に近付きながら三人を呼んだ。反射的に立ち上がった三人は、ライに駆け寄っている。
「持っていなさい」
差し出されたのは、短めの剣だった。
この日のために用意していた訳ではない。本身の剣を振るう事を教える時期にきていたから、いつでも渡せるように用意していた。それが、今この時になるとは思っていなかったライである。
受け取りたくない思いが、三人の顔に動揺を浮かべさせる。
眼の前で初めて見た五対一の剣戟、あっという間に十人もの敵を打倒した師の剣技、恐怖を感じない方がどうかしていた。
それでも三人は否とは言えずに、蒼い顔のまま剣を受け取ってしまう。
制止の声がクリスティや癒し手達には出せなかった。
「し、師匠……ぼくは、ぼくは怖いです」
「当たり前です。戦う事を怖いと思わない者はいません。死に対する怖れは誰もが持つものです」
三人は剣を握り締めたままライを見上げている。
「クリスティ王女、小さな子達を王宮まで護る。それが君達三人に与えられた事。基本の一つしか教えてはいませんが、覚悟があれば難しい事ではありません」
口元を引き締めた三人は一斉に頷いた。
「待ちなさい」
歩き始めたライをクリスティが止める。
「どうするのです?」
「奴らを追います。奴らも徒歩で、ここまで来たわけではないでしょう。馬を見つけて、後を追いかけます」
「だめです」
振り返ったライの顔に、クリスティは怯みかけた。
恐ろしく冷めた瞳が見返してきている。内の怒りを押し殺しているようでない事はわかってしまった。それでも、このままライを行かせる訳には行かない。何か知っていると直感的に感じていた。
「フィーに後を託されたはずよ。子供達を放り出して良いとでも思っているの」
「王女。次はありませんよ」
ぞくぞくした寒気が、クリスティの背筋を駆け上がる。見た目が冷静に見えるだけに、纏い始めた気配が異質に思えた。
「王宮に戻りましょう。ケイル、バルク、ルーク、先頭に」
剣を腰に吊るした三人が先頭に立ち、クリスティと癒し手達が子供達を間に挟んで歩き出す。ライは一番後ろに付いていた。
王宮に戻ったクリスティは、ライの手を引いてケイオスを捜す。
ライの手を離せば、このまま一人でどこかに行ってしまう事がわかっていた。固い顔でライの手を引くクリスティの姿に、王宮の女官や文官達は思わず道を開けている。
ケイオスをクリスティが探し当てたのは、女官や文官から様子が変だと聞いたケイオスが反対に捜しに来たからである。
妹のただならない顔と、異様な気配を纏うライにケイオスは言った。
「なにがあった」
「お兄さま。フィーが、フィーが……」
瞬間的にケイオスは、ここで話す事はまずいと思って二人を連れて私室へ戻った。
「フィーがどうした」
「何者かに連れて行かれました」
「ライ!」
「相手は二十人。何者かは不明。王女と子供達を人質に取られて、フィーは自ら付いて行った」
「おまえが付いていながら、なんてざまだ」
「俺にカタナを退かせたのはフィーだ」
「それでも、おまえは退くべきではなかった」
「王女と子供達を見殺しにすれば良いのか。フィーが、そんな事を望む女とでも思っているのか」
ライの言葉遣いが変わっている。
「それだけじゃない。王子、奴らはフィーが『銀月の乙女』だと知っていた」
「ばかな。知っている者は限られているはずだ」
「全員を集めろよ、王子」
口元に淡い笑みが浮いていた。
「どうする気だ」
「死ぬまでには吐くだろう」
「そんな事をさせられるかっ」
「なぜだ。あんたの懸念していた事が、現実になったんだ。排除するのは当然だろ」
クリスティが震えながら、ライから一歩離れてしまう。
「それに、もう隠しておく事は無理があるはずだ。あの場にいた子供達、癒し手達が聞いている。その全員を処分するか」
冷え冷えとした瞳がケイオスを見返していた。
「こんなに早くとはな……」
「早い? どこがだ。今まで良く知られなかったと感心する」
「父やバーネット伯爵に話さないと」
「必要があるか」
ケイオスは、吐き捨てて歩き始めたライの腕を取って止める。
「このままおまえを行かせる訳には行かない」
「俺の邪魔をするな」
「おまえだけの問題じゃないと言っている! ナセルの存亡にも関わる。俺の一存でどうにかできる事ではない」
「俺に何の関係がある。フィーは連れて行かれた。取り戻す邪魔をするのなら、ナセルごと潰すぞ!」
「おまえ一人で何ができる! 当ても無くどこに行くつもりだ!」
ライの異質な気配に、怯む事も無くケイオスは言った。
「本当にそう思うのか」
「何者か不明なら、おまえが倒した奴らの身元を調べれば良い。とにかく、今は自重しろ」
ケイオスがライの腕を取ったまま強引に歩き出す。
ライを連れてケイオスが向かったのは、国王の執務室だった。
「フィアンナが連れて行かれました。しかも『銀月の乙女』の事が知られています」
血相を変えたのは、国王ではなく隣にいた宰相クローバスである。
「『銀月の乙女』とフィーの事を呼んでいたぞ。知らなければ、そうは呼ばないはずだ」
答えたのはライだった。
「王の名でフィーの事を知る者を集めろ。フィーが連れて行かれた事を全員に話せばいい。おかしな態度を取る者が首謀者だ」
無駄な事だと思いながらもライは続ける。話して確認と言う状況ではなく、今すぐにでも追うべきだった。
フイアンナを『銀月の乙女』と知って連れて行ったのだ。
何かの思惑があるに決まっている。迷信的な事に対しての思惑など心当たりは一つしかないが、悠長に構えているべきではない。
関係者全員を集めたはずが、集められたのは王国の重臣達であった。
謁見の間で居並ぶ重臣達を前に、ライ一人が真ん中に立っている。なぜ集められたのかわからない重臣達は国王の言葉を待つしかなかった。
「みなに伝えておかなければならぬ事がある」
今更遅すぎるが、覚悟を決めたのだろうと思っていた。
「『銀月の乙女』であるフィアンナ・バーネットが何者かに連れ攫われた」
国王の言葉にどよめきが起こる。眼を見張ったのは、フイアンナの事を知っていた者達だった。全てを知らせるつもりである事がわかってしまう。王国としても覚悟を決めなければならない時になったのだと感じていた。
「陛下……」
「バーネット伯爵。これ以上は隠しておいても何もならないのだ」
「はい。賊がフイアンナの事を知っているのであれば、すぐに広まる事でしょう」
固い顔のままバーネット伯爵は、国王を見上げていた。
「我らは『銀月の乙女』を取り戻さなければならぬ。今現在、不心得者の特定中ではあるが、特定しだい全騎士に出動を命じる」
「もちろんでございます、陛下。我らナセルの臣は『銀月の乙女』を取り戻すためであれば、命さえも惜しむ者はいないはず」
すぐに声を上げていたのは、ナガール公爵である。
「それにされても陛下、水臭いのではございませぬか。我ら臣にこのような大事な事をお隠しになられるとは。臣は情けなくも思い、またそれほど陛下の信を得ておらぬかったのかと、己を恥じ入るしだい」
長々と口上を述べるナガール公爵に賛同し、嘆く者まで現れていた。
「我が息との婚約の意も汲み取れず、異国者の言に従った己を恥じ入るしかありませぬ。知り及んでいれは、このような事態にはならなかったと口惜しくもあります。その場に当家の者がいれば『銀月の乙女』をお守りできた事でしょう」
ナガール公爵が顔を上げて国王に願い出る。
「なにとぞ不埒者共が判明した折には、当家に先陣をお命じ下さるように、お願い申し上げるしだいであります」
いや当家にもと、臣下達から声が上がり、中には進み出る者さえいた。
一人、冷めた瞳でライは見ている。
茶番だな。
そう思うと、もうこの場にいる意味は無かった。
ライが、無言で踵を返した事に気が付いたナガール公爵が叫ぶ。
「その者を捕らえよ! その者が手引きしたに違いない! 捕らえて吐かせるのだ!」
先日の祝勝会での事を苦々しく思っていた。さらには『銀月の乙女』が連れて行かれた時に居合わせた異国者である。
関係があろうが無かろうが、ナガール公爵にはどうでも良かった。恥を欠かされた報いを与えなければならない。今がいい機会だった。
公爵である自分の言葉を、疑う者はいないとまで考えていたのである。
謁見の間の扉の前に控えていた四人の近衛兵が、公爵の叫びとともにライへ槍を向けて迫った。近衛兵にしても、この場で唯一人の異国者であるライを、不審に思っていたのである。捕縛よりも叩き伏せる方が早いと、多少の手傷を負わせても良いと考えていた。
手加減も警告もなしに、四人は一斉にライに打ちかかる。
が、打ち倒されるはずのライが悠然と立ち、打ちかかった近衛兵が呻き声も上げずに崩れ落ちた。
何事もなかったようにライは足を踏み出す。
唖然とした空気が謁見の間を支配した。
立ち直りが早かったのは、やはり戦場を経験する騎士である。この場にいた五人の騎士団長がライに向けて駆けていた。
ライの前方へ回り込んで抜刀する。
足を止めたライが振り返った。
「これが、おまえ達のやり方か! ケイオス!」
射竦められる。
声に篭る力が、真っ直ぐに冷えた瞳を向けてくるライに、ケイオスは呪縛されたように声も出せずに動けなかった。
そら恐ろしいほどの気炎を纏っている。
気が付かない臣下が「王子を呼び捨てにするとは、なんたる無礼だ」と指を突きつけて叫んでいた。
全てを無視してライは言う。
「『銀月の乙女』と言いながら、護る事もせずに命を捨てる事を教えた!」
憤りが奥歯を噛み締めさせていた。
あの男の言葉が浮かんでくる。
『護る事も救う事もできない力に何の意味がある。ただ見るだけなら力など要らない』
その通りだ。
惚れた女を、護りたいと思う女を救うためなら、持てる全力を振るうべき。己の躊躇がフイアンナに命を捨てさせた。
後悔、ではない。
だから決めた。
フイアンナを救い出す事に全力を振るうと。
誰にも邪魔させないと。
どんな手段でも使うと。
「フイアンナ・バーネットはおまえ達には渡さない。俺がもらう」
「戯言を」
ナガール公爵が長剣を引き抜いて足を踏み出した。
せせら笑いがライの口元に浮かぶ。
「邪魔をするのなら、ナセルごと潰す」
「若僧が、大層な口を利く。きさまごときに潰せるほど、ナセルは腑抜けではない」
思い上がった異国者。
ナガール公爵には、そうとしか見えなかった。
これほどの侮辱の言葉を黙っていては臣下として、また公爵としては名折れになる。誰も動けない中で、行動を示す事が公爵の地位を不動のものとする。国王に対しても王国に対しても、発言力が大きくなる好機だった。
が、ナガール公爵の足が止まる。
ライが抜刀と同時に、カタナを半円に振り拭いていた。吹き出る重圧が公爵の足を止めたのだった。
そして、床が爆ぜた。
何が起きたのか誰にもわからない。
ライのカタナが床を爆ぜさせたとわかったのは、一度目にしていたクリスティだけだった。
虚仮脅しと思ったナガール公爵の足が再び前に出る。が、ライの前にいる騎士団長が下がるように道を開けたのを見て足を止めた。
そのライの腕を取ったのは、黙って見ていたクリスティである。
「フィーを救って」
クリスティの懇願に、ライは冷たい声で返えしていた。
「大事な友なら人任せにせず、自分で動け」
震えながらクリスティの手が離れる。恐怖からではなかった。
「フィーはおまえのために、命を捨てる覚悟をした。おまえはフィーのために、命を捨てられるのか」
謁見の間を出て行くライの背を見つめるクリスティの全身が震えだした。見下してきた瞳が雄弁に語っていた。
それで大事な友と言えるなと。
クリスティの顔が、ゆっくりと横を向いていた。視線の先には、二人の騎士団長が立っている。
「ハーベイ、ガーラン。出れる者だけでいい、私に付いて来なさい」
二人の騎士団長は、互いに顔を見合わせて困った顔になっていた。
この状況では、わかりましたとは答えられない。いくら王女の言葉と言えども、出来ない事だった。
クリスティは自分が軽んじられている事は良く分かっている。兄ケイオスと違い戦場にも立った事のない王の娘に、騎士団長達が素直に従わないのは当たり前だった。
それでも今は、騎士団長の協力が絶対に必要である。
王の娘である自分が頼む事はできなかった。
「この私、ナセルの王女が命じる。付いて来い」
騎士ならば従えと、命じる声と力のある瞳に、ハーベイとガーランの二人は思わず答えてしまう。
「はっ」
返答を聞くまでも無く、クリスティは歩き始めていた。
心に思うのは、許せないと言う事だけである。
自分の大事な友を不当に連れ去った者達、冷淡な瞳で見下してきた異国の男。退けるものかと、思い違いをわからせなければならないと思っていた。
「クリスティさま。お着替え下さい」
ハーベイが後を追いかけながら言う。
「わかっている。ドレスでは長距離は乗れない。着替える間に替え馬と、二日分の食料を用意。バーベイ、何人出れるか」
「四十」
「ガーラン」
「六十は大丈夫です。招集はかけておきます。いる者で先行すれば良いかと」
「それでいい。城門で待機」
「お待ちしております」
短い応酬でハーベイとガーランは、クリスティから離れていった。
クリスティに先駆けて謁見の間を出て行ったライは、足早に飛龍舎へと向かっていた。そのライの後を追いかけていたのは、ケイオスとエンパート、そしてロンバルの三人だ
けであった。
飛龍舎に着いたライは、真っ直ぐに翼を休めているフィアンナの飛龍エンダルアの元に向かっている。迷いの無い足取りが、後を追う三人に戸惑いをもたらせていた。なぜライが、飛龍の元に向かったのかはわかってはいない。
「エンダルア」
飛龍の頭が持ち上がってライに向いた。
「俺はフィーを取り戻したい。エンダルア、俺をフィーの元に連れて行ってくれ」
ケイオスとエンパートの顔が、ロンバルに向いて尋ねている。
そのロンバルは信じられない顔で、目の前で起きた事を見つめているだけだった。
エンダルアが身体をかがめて、ライを背に乗せいていたのである。
「馬鹿な……飛龍が主でもない者を……主の許しも無く背に乗せるだと……」
飛龍騎士にとっては信じられないどころか、目を疑う光景だった。
飛龍は主以外の者を背に乗せる事はない。
例外として、他の者もその背に乗せる事はあっても、それは主が一緒にいる場合だった。
エンダルアがライを背に乗せた事は、飛龍騎士にとって信じたくない光景である。
この場には、ロンバル以外の飛龍騎士もいたが、その誰もがぽかんとエンダルアとライを見てしまっていた。
ライを乗せたエンダルアが、翼を打ち振って空へと舞い上がって行くのを、ロンバル達飛龍騎士は見送ってしまう。
「ロンバル! 追え! 奴を見失うな!」
慌てたようにケイオスが叫んで、飛龍舎から出て行った。
「馬では飛龍に追いつけない。ロンバル殿、飛龍で追いかけろ!」
エンパートも駆け出しながら叫んでいる。
二人の言葉で驚いている場合ではないと、気がついたロンバルは慌てて配下へ命令を下していた。
「飛龍騎士! エンダルアを見失うな!」
一番初めに空へ舞い上がっていたのはロンバルである。
副長の慌てぶりに配下の飛龍騎士達が、感化されたように飛龍の背に飛び乗り、慌てて空へと舞い上がっていた。
飛龍舎から王宮へ戻ったケイオスは、王宮内を駆け抜けて馬舎へ向かっていた。何の準備もせずに馬の背に飛び乗ると、城外へと王都の外へと馬を駆けさせる。
門番の問いかけや制止を一切無視して、駆け抜け空を見上げていた。
普段は整然と隊伍を組んで飛んでいくはずの飛龍騎士が、ばらばらに飛んでいく姿を南の空に見えた。
それを確認したケイオスは、南へと飛んで行く飛龍を目指して馬を駆けさせる。少し遅れてエンパートが追いついてきた。
「ケイオスさま。少数ですが、配下を連れてきました」
併走するエンパートに、ちらりと眼を向けて軽く頷き返す。
二十騎が一塊になって南を目指していた。
王都の外でそれを目にしたクリスティは、腕を伸ばして付き従う二人の騎士団長に言う。
「追う。後続のために隊列を長く伸ばせ」
百騎あまりの馬群が長く伸びていた。




